第十ノ契約 不安の矛先
ガンッ、だか、キンッ、だかそんな甲高い音がしたのは目の前からだろうか?それとも、フードコートの方向からだろうか?もしかすると、そこよりさらに奥かもしれないし、下の階、上の階からかもしれなかったが哉都にはそれを知るすべはなかった。いや、最初からない。目の前では刻がモノノケの片腕を切り落としたところだった。勢いよく振り上げられた薙刀について行けず、刃物が装着された腕は大きく宙を舞って下の階へと落ちて行った。それと同時に響き渡るモノノケの咆哮に思わず耳をふさいだ。と、咆哮しているモノノケの隙をつき、刻が薙刀を両手首の上で回転させた。刃物の部分がモノノケの無事な腕を狩り取る。それにまた大きく咆哮をあげるモノノケに刻は顔を歪めるとその腹を蹴った。後方にバランスを失い倒れていくモノノケに向かって容赦なく薙刀を突き刺す。そうして、力強く上へ振り上げた。途端にモノノケは胴体から上が見事に真っ二つに切断された。そのまま後方によろめいていくとガンッとガラス張りの縁に当たり、座り込むようにして倒れた。ガラスにモノノケ特有の何色なのか見当もつかない変な色が一線描かれる。従業員は大変だろうなと場違いにもそう思ってしまい、刻は自らの口元を抑えた。
「刻……」
終わった?とでも言うような不安げな、何処か安心したような声に刻は振り返った。近くの店に隠れていた哉都達がまるでトーテムポールのように顔を覗かせていた。「大丈夫だよ」と薙刀を消し、微笑みながら刻は近づくが、哉都達の心配そうな表情に腹の怪我を思い出した。
「刻、大丈夫か?」
「うわぁ、なにその怪我ぁ……救急箱救急箱」
無事な哉都達を見て安心してしまったらしい。刻は哉都達がいる店の近くにある柱に手を付くと、そのままズルズルと座り込んでしまった。慌てて哉都と鈴花が駆け寄り、国久がスポーツバックから救急セットであるポーチを探す。刻の元に駆け寄った哉都は刻の腹に刻まれた大きな傷と真っ赤な血に一瞬、意識が飛んだ。生死と隣り合わせなのは自分達だけではないと現実を突き付けられたかのようだった。
「大丈夫か?」
「ふふ、大丈夫だよ主君。これくらい、よくあることさ」
心配する哉都を安心させるように刻が血に染まっていない左手で哉都の頭を優しく撫でる。これくらいの怪我では神王も神姫も死なない。分かってはいるがそれでも心配だった。
「あれ?てか待って。救急箱の中身って『神の名を冠する者』に効くっけ?」
「人型と動物型は多少効くはず。他は……」
国久が黄色と白のポーチを片手に鈴花に聞くとそう答えが帰って来た。そうして二人して刻を見る。そう、刻は今の見た目こそ人型ではあるが同時に精霊型でもある。つまり、普通の治療法ー人間で言うところのーは効かない場合がある。
「刻、怪我ってどうやって治すんだ?神姫の場合」
不安そうな哉都の問いかけに刻は、腹の怪我を一瞥すると言う。
「そうか、主君には言ってなかったね。確かに国久くんや鈴花……ちゃんの言う通り、その両者は人間の治療法が効く。でも私は人型と同時に精霊型でもあるからねぇ……はっきり言って効かない」
「は?!え、じゃ、どうするの?!|
刻の発言に国久が手に持っていたポーチを落としかける。それに慌てて鈴花も加勢し、ギリギリでキャッチした。「落ち着きなさいよ!」と声を荒げてしまったのは鈴花もその発言に驚いたからだろう。だが、哉都は違った。だって、刻は笑っていたから。
「じゃあ、どうやって!?」
「八咫烏警備隊の神王や神姫なら治療法があるかもしれないけれど、助けを求めるのは得策じゃないかもねぇ」
「?なんで?鈴花」
「考えてもみなさいよ国久。八咫烏警備隊は戦力と言う名の人材が欲しいのよ?色々お世話になっているけれど、だからこそよ。こんな状態のカナと刻ちゃんを連れて行ってみなさい?実力不足でもかっ去られる可能性があるわ」
八咫烏警備隊が人材を求めているのは皆が知る真実だ。だからこそその可能性もなきにしもあらずだ。少し憤慨しているようにも見える鈴花からポーチを受け取りながら国久は疑問に思い問う。
「なんでそこまで?」
国久の問いに鈴花はまたあの見通すような瞳を細めて笑う。
「大切な親友を守るために決まってるでしょ?私には、頭脳がある。なら、それを使わない手はないでしょう?」
嗚呼、そこまで、昨日の今日でそこまで出来るのは羨ましい。ドロリ。国久の中で黒いなにかが蕩け出した。けれども、国久にはモヤモヤした違和感が残っただけで。国久は鈴花の笑みに頷き返すとポーチを戸惑い気味にしまおうとする。が、それを哉都が止めた。
「カナ?」
「一応仕舞わないでおいて」
「分かった……」
真剣な哉都の瞳に国久は思わず頷いてしまった。カナも、召喚者である自覚を持っている。それがなんだが母親ー……は違うか、父親が瞬時に出てこなかったのは多分、自分の性格と云うか、二人からよく言われていた言葉があったからだろうーの心境になったようで何処か嬉しくて、寂しかった。
「鈴花ちゃんの言う通り、行かない方が良いだろうね。八咫烏警備隊がどういう組織なのかは知らないが、神王・神姫が多く、実力主義者が多い事は分かる……こんなご時世だ。そうしたがるのも無理はないが」
「で、刻。治療法は?」
「えーと、精霊型の場合は契約者と共にいることで自己再生能力が上がり、治るが……」
「じゃあ、カナと一緒にいなくちゃね。一応で包帯巻いておきましょ?」
刻の説明に鈴花がそう進言すると彼女は少し困ったような表情をした。その表情を哉都と国久は服を脱がなければ治療出来ない、と読み取ったらしく二人同時に顔を背けた。
「いや、包帯は必要ないよ。主君、手を握ってもらえるかい?」
「え?……うん」
だが、そうではないようだ。刻に促され、哉都は恐る恐ると云った感じで彼女の手を握る。と翡翠色の粒子が二人の手と刻の腹を包んだ。まさかの出来事に哉都は手を引っ込めかけてしまうが、刻の苦痛の表情にそれをやめた。しかし、哉都がやめた瞬間、刻が哉都の手から自らの手を抜いた。えっ、と別の意味で驚く哉都とまさかの現象に驚く国久と鈴花を横目に柱を支えに刻が立ち上がった。
「うん、だいぶ良いようだね。ありがとう主君」
「え、えっと?」
「どういうこと?」
口々に問いを投げ掛ける彼らに刻がクスリと笑い、説明をする。
「私は先程も言ったように人型と精霊型だ。自己再生能力を上昇させ完治するのを待ちたいが、今はそうも言ってられないだろう?だから、ちょっと私の方から治療薬となるものを強制的に、緊急と云うことで吸収させてもらったんだ」
「……つまりそれって」
理解した鈴花が哉都を振り返ると案の定、フラッと立ち眩みを起こし、国久に支えられた。突然、立っているのが辛いと云うか、目眩がしたと云うか、微妙な感じだった。
「少々契約者の体力を変換するから、そうなってしまうね」
「確かに緊急だけど、先に言えよ刻ー!」
「……すまない」
国久に寄りかかった状態で哉都が叫ぶと刻が「本当に申し訳ない」と頭を下げる。刻の頭を下げる姿がなんだがしょぼーんとしているように見えて、グッと哉都に来たのは内緒だ。だが、今が緊急であることも承知だし無論そうしようとしていたのだから哉都の考えを見事読み取った刻が正解っちゃあ正解だ。国久に支えられつつ、哉都は言う。
「次はちゃんと言えよ?」
「嗚呼、そうしよう」
哉都がしょうがないなと笑えば、刻も安心したように笑った。やはり緊急を要するとは言え、哉都が心配らしく両手が彼の方を向いていた。その様子に鈴花が小さく笑えば、国久も呆れたようにクスクスと笑う。哉都と刻も顔を見合せ、小さく笑ってしまう。
「さてと、さっさと脱出しちゃいましょ」
「うん、そうだね。カナ、僕に寄りかかって行こっか」
「……痛恨の極み」
「なんで?!」
クスリと笑う哉都に国久もしょうがないなと笑い、哉都の腕を自らの首に巻き付けた。鈴花が二人の荷物をさりげなく取り、担ぐ。手慣れている、というかまさにそんな三人に刻の方が目を丸くしそうになった。が、クルリとこちらを振り返った哉都に驚愕と歓喜の……複雑過ぎる感情を押し込む。
「刻、行こう」
「嗚呼」
笑いかけた両者の笑みは力強い絆で結ばれていることを物語っていた。
もう六月ですねー……梅雨の時期だー!
書き溜めが増えてきたのでもう一個投稿します!




