第九ノ契約 討伐対象
『間もなく八咫烏警備隊が到着します。従業員の避難誘導に従い、行動してください。繰り返します。間もなくーー』
暫くして彼らの眼下から人々が消え、繰り返されるアナウンスだけがシンと静まり返ったショッピングモールに響いていた。鈴花の言う通りと云うか、予想通りと云うか、これで動きやすくなった。待つことも時には大事だと刻は思った。刻がガラス張りの縁を軽々と乗り越え、三階に着地すると警戒した眼差しで周囲を見渡す。モノノケの気配がない事を確認すると哉都達を振り返った。
「三階にモノノケはいなそうだ。おいで」
「鈴花から先にやって」
「仰せのままに」
哉都が鈴花に手を差し伸べ、立ち上がらせていた国久達を振り返って言った。哉都の指示に刻が従い、再び縁の上へと飛び乗ると鈴花に向かって手を差し伸べた。その手を鈴花が取った途端、ヒョイッと腕一本で持ち上げ、ゆっくりと反対側に下ろす。まさか腕一本で来るとは鈴花も思ってもみなかったらしく、ギュッと刻の手を震えながら掴んでいた。次に国久が鈴花と同じようにして三階に下ろされた。最後は哉都の番だ。伸ばされた刻の手を掴もうとした時、遠くでアナウンスに混じって刃音が聞こえた気がした。思わず、横目で見たが眼下にも三階の向こう側にも誰もいない。
「主君?」
「ううん、なんでもない」
気のせいだ。怪訝そうな刻の腕を掴むと先程と同じようにして哉都を三階に下ろしてくれた。周囲をもう一度確認してから、トンッと刻も三階に着地した。三階は人々がいなくなった二階と同じように静まり返っていた。自分達の呼吸音が出現したと云うモノノケに聞こえるんじゃないかと思ってしまうほどに、静かだった。
「……本当にモノノケなんて出たのかなぁ」
「出たよ国久くん。恐らくあちらの方向かな」
あまりの静けさに国久がそう問えば、刻が三階の向こう側を指し示した。本来、哉都達が行こうとしていたフードコートの方向だ。よくよく耳をすましてみれば、フードコートの方からなにやら物音がする。モノノケか、それとも八咫烏警備隊か。どちらでも哉都達には構わなかった。どっちかというと八咫烏警備隊の方が良いが。だが、こちらに気づいている様子も気配もなく、このままいけば無傷で帰還することも夢ではなかった。
「……でも、だよねー」
「うん、そうよねー」
「モノノケがそんな優しいわけないよねー」
「「「ねー」」」と何処か諦めたような、笑っていない目を合わせながら哉都達は言う。それには刻も同意見だった。だからこそ、用心のために薙刀を出現させ、握りしめていた。とその時、フードコートの方から大きな音が響き渡った。それと共に大きく響き渡る刃音に哉都達は一瞬にして緊張と警戒で体を硬直させた。
「これって、モノノケも八咫烏警備隊も来た感じ?」
「そうみたいね。しかも、戦闘中」
「刻」
「嗚呼、分かっているよ。みんな、こっちへ……」
バンッ!刻が哉都達を誘導させようとしたまさにその時、その瞬間を狙ったかのように遠くのゴミ箱が破損した。バッと全員が振り返り、刻が三人の前に躍り出、薙刀を構える。彼らの視線の先、恐らくフードコートの入り口であろう廊下のゴミ箱に踞るようにしてモノノケがいた。モノノケという名に相応しいと言わんばかりの屈強な胴体に、二振りの大太刀を携えた武士だった。屈強な胴体とは裏腹に狐のような頭部を持ち、なんだがアンバランスにも見えた。そんなモノノケはフードコートにいる誰かに唸り声をあげると、ゆったりと起き上がり、頭を振ったところでこちらに気がついた。
「刻!」
「主君!二人と一緒に隠れていておくれ!」
「わかった!」
モノノケの鋭い瞳が自分達を捉えた瞬間、哉都は叫んでいた。神姫と契約を結んだ者の務めとでも云うように心臓が昂った気がした。左右にいた国久と鈴花の腕を勢いよく掴むと哉都は周辺を見渡した。何処かに隠れられる場所はないか?だが周囲は雑貨店だらけで、店内の奥に身を潜めなければ隠れたとも言えない場所が多かった。しかし、
「!あった、あれだ!国久!鈴花!」
「気をつけてね!?」
見つけた!店と店の間に挟まれた従業員用出入り口。銀色の観音開きの扉に書かれた「関係者以外立ち入り禁止」の文字は、この状況では完全無視だ。扉に向かって哉都達は駆け出した。突進するようにして扉を開け、中に転がり込む。店内と違い、薄暗い明かりが少し長い廊下を仄かに照らしている。店の裏に入った国久と鈴花は二度目の恐怖からか、壁に寄りかかり、大きく息を吐いた。しかし、哉都は二人も心配だったが一人モノノケと対峙する事になった刻も心配で、扉から微かに顔を出して覗いた。
哉都達が店の裏に転がり込んだ瞬間、モノノケは視界に入った刻を狙って駆け出した。付近の破損したゴミ箱と縁を足場に大きく跳躍し、天井まで飛び上がるとその天井を蹴り上げ、凄まじい勢いをつけて刻に向かって頭上から二振りの大太刀を振り下ろした。ドゴン!と鈍い音と共に後方に飛び退いた刻が先程までいた床が大きく抉られ、へこんだ。破片が飛び散り、モノノケが回転切りを続けて放てば礫と化して刻に襲いかかる。それらを薙刀で弾きながら、後方に跳躍し、床で半回転すると再び跳躍し、薙刀を振り回した。キンッと上空へ飛び出した時の攻撃をモノノケが片方の大太刀で防ぐともう片方を勢いよく、回転させるように振る。紙一重でその一撃をかわすとモノノケの頭上を飛び越えようとする。がそれよりも先に振り下ろされていた大太刀をモノノケが振り上げた。その攻撃が飛び越えている最中の刻の腹に当たり、凄まじい痛みに顔を歪ませながら吹っ飛ばされしまう。刻は受け身も取れず、床に転がり、近くの柱に背中からぶつかってしまった。チラリと哉都が行った方を見ると、哉都がこちらを不安そうに覗いていた。大丈夫、そう笑おうにも腹に受けた一撃に顔を歪めてしまい、意味などない。
「……っ。二刀流か」
大太刀二振りのリーチが大きすぎる。嗚呼、けれど。ニヤリと左目のみを細める刻、途端にモノノケの一振りが彼女の頭上から落下した。しかし、薙刀を横にし、落下をギリギリで防ぐ。もう一振りが自分に向かって振り払われるより先に背後の柱を蹴り上げ、モノノケの後方へ素早く跳躍して回り込む。と薙刀を両手で握りしめる。
「でも、懐に入ってしまえば」
ブンッ、とモノノケが振り切った二振りの大太刀が空を切る。先程までモノノケの背後にいたはずの刻はそこにはいなかった。刻は既に
「こちらのものだろう?」
モノノケの懐に潜入していた。早すぎてわからなかった。いや、見えていなかった。それは哉都も同じだった。
「死角に回り込んだみたいだね」
「うん……見えなかったけど」
「まっ、神姫の動きがちゃんと見えるなんてそれこそy」
刻の戦闘を見て、感想を漏らした哉都達の背後で物音がした。ギギギ、と錆びてしまったかのような首を動かし、背後を振り返るとそこには紅く染まったモノノケがいた。
「刻ぃいいいい!!!」
「逃げるよ!」
ヒュッと息を呑んだのが早かったか、それとも哉都が叫んだのが早かったか。観音開きの扉にぶつかるようにして一斉に逃げ出せば、あまりの大きな音にモノノケと刻が一瞬振り返った。が、すぐさま刻はモノノケの顎を蹴り上げると薙刀を首筋目掛けて斜め上に振った。振り返ろうとしていたモノノケの首から上が勢いで空中に吹っ飛ばされる。だがそれでも二振りの大太刀はバランスを崩しながら刻を狙って振り回される。刻は薙刀をすぐさま手元に引き寄せ、振り回された大太刀を弾き、もう片方を跳躍してかわすと足場とし、背後の柱に半回転させて足をつくと勢いよく蹴った。空中を滑るように移動し、哉都達のもとへと駆ける。従業員用出入り口から飛び出した哉都達を追いかけ、中にいたモノノケも飛び出す。
「てかどうやって入ったのさ!?」
「僕らが知るわけないでしょ?!」
「そんなこと良いから早く逃げるわよ!」
鈴花が二人を叱咤する。本当に哉都の言う通り、どうやって入ったのだろう?俺達が逃げ込んだのは従業員用出入り口。モノノケが裏口から入った、もしくは出現したのだとしたら……サァと嫌な想像をしてしまい、頭を振ってそれを追い払う。とたまたま視界に入った買い物かごを走りながら手に取ると急旋回し、モノノケに投げつけた。
「カナ!」
「なにやってんの!?」
哉都を追い抜き、振り返って二人が叫ぶ。声色は不安と心配で滲んでいた。だが、これで良い。ニヤリと口角を上げて笑ったのは、短いながらに形作った絆だった。だって
「これで、少しは稼げたんじゃない?!刻!」
「全く……こちらの心配も知らないで主君ったら……まぁでも、さすが主だ」
刻を知っているから。
上空から聞こえたのは何処か嬉しそうな刻の声。その意味が分かるのはきっと契約だけじゃない。哉都が投げつけたかごを腕で払い除けたモノノケの頭上へ刻の薙刀が振り下ろされる。が、それをモノノケは間一髪で飛び退いてかわす。そのためガンッと薙刀が床に当たってしまう。だがそんなことなど気にせずに刻はモノノケに向かって一踏みで迫ると薙刀を振り払った。それをモノノケが腕に装着された刃物で防ぎ、もう片方の腕で反撃する。首を傾げる要領でかわし、一旦退避。哉都を背に隠し、モノノケを睨み付ける。グルル……と唸り声をあげるモノノケをキッと睨み付け、哉都は前方の刻を見上げる。
「刻」
「嗚呼、分かっているよ主君」
力強い哉都の声に刻はにっこりと笑って振り返ると、モノノケに向かって跳躍した。
よくある?かもしれない状況です。ちょっとずつ入れていきます……早いかな?
次回は月曜日です!