異世界への転生招待状
『おめでとうございます。抽選の結果、貴方様は異世界転生に当選致しました』
一通のメールが俺の元に届いた。
どう見ても、どう考えても怪しい。怪しいのだが……俺には、心当たりがあった。
「あー。だるい……」
平日の昼間だというのに、ベッドに寝転がりスマホを眺めている。
スマホにはお気に入りの小説投稿サイトが表示されている。中でも俺のお気に入りは異世界転生物だ。
俺みたいに取り得のない、ニート寸前なダメ男がある日、不慮の事故に巻き込まれ異世界に転生しチートをもらってハーレムを作ったりと夢のような生活をする物語だ。そんな物語を夢見て、二十台も半ばを過ぎたというのに、バイトもせず「異世界に転生出来ないかなー」なんて考えるくらい、俺の人生は終わっていた。
「なんか面白いのないかな」
ブクマ登録している小説は昨日更新されてしまったため、今日は更新を期待できない。だから新たな暇つぶしを探そうとランキングを開き画面をスクロールしていく。すると、ふと指先が画面端にあった広告にぶつかってしまい、邪魔なだけの広告のページが表示される。
「ちっ。うぜえな。はいはい、バックバック。」
たまに同じように広告ページに飛んでしまうことがあるが、いつも内容は見ないで元のページに戻っていた。
その時もいつも通り元のページに戻ろうとしたのだが、ふと気になる一文を見つけて指を止めてしまう。
「は? 異世界転生しませんか?」
スマホには『異世界転生しませんか?』と大きく書かれている。いつもなら気にせず戻る俺だが、その時は暇してるのもあり、なんとなくスクロールしてページを読んでしまう。
『この世界が生きにくいと感じるそこの貴方。異世界転生で理想の生活を掴みませんか?』
怪しさ満点の謳い文句が書かれている。
「異世界なんてあるわけないだろ。バカじゃね」
本当にそう思っていた、異世界なんてあるわけないと。でもページをスクロールしながらこれが本物で本当に異世界に行けたらいいな。などと考えていたことも否定はできなかった。
そんなことを考えていたから、ページの一番最後に『応募する』と書かれたボタンを見つけた時、つい押してしまったのだろう。
『応募を受け付けました。抽選結果をお待ち下さい』
応募の完了を示す文字がスマホに表示されると、気持ちが妙に冷めていき、恥ずかしいことをしてしまったんじゃないかという気分になる。
「はっ。バカらし、やめやめ」
そう言って俺は新しい異世界転生物の小説漁りを再開した。
それが数日前である。
そして今日、差出人不明の当選メールが届いた。
「いや、詐欺でしょ」
きっとこのメールから違うサイトに飛ばされて金を要求される。そう思いつつも、念のために『おめでとうございます』から始まる怪しさ満点のメールの内容に目を通していく。
そのメールには異世界転生の注意点が書いてあり、簡単にまとめると次の通りだった。
①、転生先の世界は確定しており選ぶことが出来ないが、転生先の世界ではチートをもらい好きに生活できる。又、チート内容については転生時に担当官と相談して決められる。
②、転生には電子機器や大型品、武器などは世界観を壊す可能性があるため持ち込めないが、金銭や宝石類などであれば転生時に異世界で流通してる通貨に換金することが可能。
③、転生する日時、場所は世界間の接触タイミングが関わっているため変更は出来ない。時間までに指定場所に居なければキャンセルとみなす。キャンセルの場合は、不定期に行われる抽選からやり直しとなる。
④、俺の転生順番は五番目であり、先に一回から四回の転生が行われる。一回目は明日一名、二回目は三日後三名、三回目は七日後三名、四回目は十日後五名、そして俺を含んだ五回目は十二日後五名。いずれもキャンセルが可能なので最大人数より減る可能性があることと書いてある。
⑤、転生時、担当官の間違いを防止するため、『翼』をモチーフにした装飾品を上半身、又は所持品に見えるように身に着けて欲しいということ。
この一回目から五回目の転生は、例えば一回目なら『西区。二十代男性。十七時、暴力団抗争に巻き込まれ』など詳細が書いてあった。
「ふーん。テンプレ通りチートもらえるんだな。世界を選べないのはまあ普通として、機械がダメってことは魔法があって機械が発展してないとか……そんな感じの世界かね」
異世界転生物をかなり読んでいる俺は条件から転生先の異世界の文明などをある程度想像することが出来てしまった。チートは相談して決めるということも、決められていないなら優位に立てるものをある程度選べるということだろう。
「でもま。嘘でしょ」
異世界については色々考えてしまうが、やはりメールの内容は信じられなかった。ただ、寝る前に自分が異世界転生をして活躍してる姿を思い浮かべてしまい、少しばかり夜更かししてしまった。
次の日もいつも通りベッドの上に寝転がり、お気に入り小説の最新話を楽しんだりしていた。
「いい加減バイトでもしなきゃな……」
気になった小説をあらかた読み終わり、ふと時間を見るとすでに十八時を回っていることに気が付き、昨日のメールの内容を思い出す。
「そういえば、十七時だっけ……」
ベッドで寝転がったまま、スマホを使いネットニュースをチェックする。
「――え?」
ネットニュース。新着記事一覧の中に『本日、十七時頃。西区にて二十代前半とみられる男性一名が死亡。暴力団の抗争に巻き込まれたとみられる』と書かれた一文を見つける。
慌てて詳細を確認するが警察が調べている最中のようでそれ以上の情報は今の所出ていなかった。
慌ててメールアプリを開いて昨日のメールの内容を確認する。そこには昨日確認した通り『西区。二十代男性。十七時、暴力団抗争に巻き込まれ』と書いてある。
「マジで? 嘘だろ……?」
ネットニュースとメールを何度も交互に見て確認するが、何度見ても二つの内容は同じだった。
(あり得ないだろ、転生なんて……。もしかして、マジなのか? いや、待て。たまたま。偶然だ。あり得っこない。)
あまりの出来事に驚いてしまったが、たった一回メールの内容が当たったからと言ってそう簡単に信じてしまう程、バカではない。偶然に違いない。そう思うようにして、なるべく考えないようにしたが、頭の片隅でメールのことが気になってしまうようになった。
それから二日。いつものように異世界小説を読んで過ごしたが、『自分なら異世界でどういう行動を取ろうか』という内容を普段よりも多く考えてしまった。メールの影響を受けているな、と自覚はあったがどうしても気になって考えてしまう。
そして、今日は二回目の異世界転生が行われる日だった。
再度メールをチェックする。
「今日は三名。十二時頃、北区で十代の男女が交通事故……」
俺はメールは嘘だと思いながら、何度もネットニュースを更新した。新着更新のない画面を見ては、亡くなった人はいないという安堵と異世界転生が事実ではないと悔しがる気持ちを何度も感じながら。
そして遂に、新着に一件のニュースが追加される。『本日正午頃、北区にて十代とみられる男女三名が交通事故により……』という内容。
「マジかよ……。はは……」
メールに書いてあることが事実だと告げる、二回目の報道。信じられなかった。それでも、まだ偶然である可能性は捨てきれない、そう考えて俺は三回目を待つことにした。
亡くなった三名の若者には申し訳なかったが、転生したのかも……と考えてしまい、残念な気持ちにはならなかった。
それから四日。異世界転生が本当だったらどうしたいか、そればかりが頭の中を巡った。
「今日は三回目。二十時、西区で二十代から三十代の男性三名。交通事故」
メールの内容を確認する。
いつも通りネットニュースをスマホでチェックする。何度も何度も更新ボタンを押す俺の手の平はじっとりと湿っている。
三回目は起きないで欲しいと思う気持ちが強い。二回目までならまだ何とか偶然で片付く可能性があったから。でも、三回目もメールと同じ内容が続くともう偶然だとは思えなくなる。
異世界には興味がある。凄く。物凄く。だけど、その異世界に手が届くかもしれないと思うと同時に、漠然とした恐怖が芽生え始めていることも気が付いていた。
そして、ニュースを更新する手が止まる。
「……ははは」
『本日二十時頃、西区で二十代から三十代と思われる男性三名が交通事故により……』
新しく表示されたニュースの内容を確認した瞬間に、俺の中で異世界転生は確信に変わる。
三回も連続で、日時、人数、年代、性別、死因を的中させるなどあり得ない。
メールは完全に未来を予告していた。
次の日改めてニュースを確認したら、俺がチェックしていた一連の死亡事故には『全員、翼をモチーフにした装飾品を身に着けている』奇妙な共通点が見つかったとして、事件である可能性を視野に入れて捜索を開始したとある。
間違いなかった。彼らは選ばれた異世界転生者達だったのだ。
そこから、色々なことが頭の中を巡る。
今はニート生活で周囲から疎まれているが、小さい頃は可愛がってくれて。文句を言いながらも今も住まわせてくれている暖かい両親についてのことや、たまに連絡を取る友達のこと。楽しかったこと、苦しかったこと。色んなことを思い出して、久しぶりに涙が出た。
異世界には憧れているけど、この世界が嫌いなわけじゃない。ただ、自分が甘い考えで、努力不足で生きにくくしてしまっただけだと気が付き、悔しくて涙が止まらなかった。
これからは頑張ろう。努力しようと思えたが、こちらの世界か異世界かは答えが出なかった。
そうして考えている間に、四回目の異世界転生が起こった。
内容はメールに書いてあった通りの内容だったが、今回は初めて一人不足していた。それでも五人のうち四人、気にならない誤差だった。全員が翼の装飾品を付けていたことから事件性が強くなり、情報を求むとの内容が書いてある。
異世界転生です。と情報を伝えたらどうなるんだろう? なんて笑いながら考えてしまう。
その時にはほとんど眠れなくなっていて、ずっと転生について考えていた。
一回目の異世界転生から十一日後。
五回目の転生が行われる日。俺はメールにあった人気のない指定場所にいる。
異世界で困らないように、一応自分の貯金は下ろして持ってきた。
小さい頃、母に買ってもらった。大切な思い出の翼のブローチを付けて。
ただ、異世界に行くと決心がついたわけじゃなく、メールにはキャンセルが出来ると書いてあったから、ギリギリまで悩もうと思っていた。
周囲には俺と同じようにそわそわと周りを伺う、翼の装飾品を付けた人たちがいる。彼らが俺の仲間のようだ。軽く会釈しようかとも思ったが、彼らがライバルになる可能性もあるんだなと思うと出来ない。
指定された時間が近づいてくる。
あと十五分。
今なら引き返せる。
両親や友達を悲しませたくはないけど、この生きにくい世界で我慢して生きていくのも辛い。
異世界に行けば楽しい世界が待っている。
だけど、死ぬのは怖い。
異世界には行きたい。でも死ぬのは怖い。父さんや母さんだって悲しむ。
やめようか。やめよう。
だけど、この機会を逃したら。
足は動いてくれない。
死にたくない。
目を閉じると、自分の人生と、両親の顔と、友達の顔と、好きだった子の顔とか……爺ちゃん婆ちゃんの顔。なんで俺こんな時に思い出してるんだろうってくらい頭の中でぐるぐると巡って……。
――トントン。
肩を叩かれる。
「やあ。転生おめでとう」
目を開けた俺の前には、スーツを着た強面の男が立っていた。
確か俺の死因は……。
思い出すのをやめた。
チンピラの奥には、俺をどうとでもできそうな強面の人が何人も立っている。
ファンタジー物が書きたいなと思って、短編で練習を始めたのですが、異世界に転生するとしてどういう理由で……と考えているうちにこんなものが出来てしまいました。
粗は多々あると思いますが、詐欺には十分御注意を。