分かっていたけど思ってたより地雷原
「…うん、今日1日で随分上手くなったね、加藤君」
「マジっすか!?ありがとうございます!!」
先輩達との練習は基礎などの練習を度外視してとりあえずライブでやる予定の曲を弾けるようになる事だけに集中した練習であった。
先輩達が手取り足取り教えてくれたおかげか、俺は曲の簡単な部分部分だけなら弾けるようになっていた。
「凄いね、加藤君!!今日1日でこんなに弾けるようになるなんて!!」
「これが愛の力が成せる技って奴ですよ、西田先輩」
我ながら適当なこと言うなぁと思う。
そういうわけである程度形になったことに満足して、俺は先輩達と帰ることにした。
「えっ?加藤君も鷲宮第二中だったの?」
「じゃあ西田先輩も鷲宮第二中出身なんすか?」
練習の帰り道、学校から駅までの道のりの話で出身中学校の話となり、西田先輩と俺が同じ中学出身であることが判明した。
「加藤君卓球部だったんだ。私中学は吹奏楽部だったし…接点もないし知らなくてもおかしくないか…」
「俺としたことが…西田先輩という素敵な先輩を把握できていなかったとはなんたる不覚…。この加藤、一生の恥です!!」
西田先輩のことを知らなかった俺はそのことを大袈裟にそう言ってみせた。
「ははは、大袈裟だな、加藤君は…」
そんな俺に黒枝先輩は呆れ混じりにそう言ってきた。
「でも誘ったのが加藤君で良かったよね。お陰で楽しくなりそうだし」
西田先輩が嬉しそうに黒枝先輩にそう告げた。
「そうだな。これで相沢も納得してくれればいいんだが…」
黒枝先輩がボソリと『相沢』という言葉を発した瞬間、黒枝先輩と西田先輩は沈んだように黙り込み、場が白けてしまった。
そんな空気に違和感を覚えつつも、俺はエンターテイナーとして場を盛り上げようと奮闘しているうちに、俺たちは最寄りの駅へとたどり着いた。
「じゃあまた明日、加藤君」
「お疲れ様でした、黒枝先輩」
黒枝先輩に別れを告げて、自分の帰る方向の駅のホームに向かおうとしたその時、西田先輩がこんなことを俺に告げた。
「じゃあね、加藤君」
その言葉に違和感を覚えた俺は帰る足を止め、二人の方を振り返ってこう言った。
「…え?西田先輩、俺と同じ方向じゃないんですか?。家も近所ですし…」
同じ地元の中学の出身であるはずの西田先輩が自分とは違う方向に帰るということに違和感を覚えた俺は思わずそんなことを聞き返してしまった。
俺のそんな疑問に二人はなぜか固まり、少し間を空けてから西田先輩がいつもの笑顔を浮かべて返事をした。
「そうだったね、帰る方向一緒だったね」
返事まで妙に時間がかかったことに違和感を覚えつつも、俺は西田先輩と帰りを共にした。
「えー、意外!?。加藤君って彼女いないんだ!モテそうなのに」
「いやー、全然モテないんすよね。卒業式なんて第二ボタン8個も持って来てたのに一個も捌けなくて…」
「えー!なにそれ!ウケる!」
「体育祭の時だって、騎馬戦って半裸になるじゃないですか?。だから背中にデカデカと『彼女募集中』って油性の赤ペンで書いておいたんですけど、全然彼女出来なくて…」
「あはは!おもしろーい!」
「油性で書いたからその後の1ヶ月くらい文字が落ちなくて困ったのなんのって…」
「あははは!!」
本心からかどうかはよく分からないが、西田先輩は俺のネタをよく笑って返してくれるから、ついつい俺も調子に乗せられて帰りの道中でいろんなことを話した。
本当に西田先輩のリアクションが良くて、俺もついつい楽しくなっちゃって…なんだかこんな日々が続くのも悪くないんじゃないかななんて、思っちゃったりして…。
なんかこういうの、青春っぽくない?。
西田先輩との帰りの道中、俺は不意にそんなことを思ってしまっていたのだとさ。
そして翌日の昼休み…。
三年生ということで練習場所を使える優先度が高いこともあってか、俺は先輩達と練習場で曲を合わせることになっていた。
「じゃあ、最初から通すぞ」
特に前置きもなく、相沢先輩は全員が準備が出来次第、そう口にして、曲合わせがさっそく始まった。
思えば先輩達の演奏を耳にするのはこれが初めてであったが、自分の演奏をするのに必死であったため、正直周りの音を聞いていられる余裕はなかった。
昨日の今日で全部を完璧に弾くなんてまず無理、だからせめて自分の弾けるところを全力で弾く。
そう考えながら俺は必死に演奏していた。
しかし…。
「ストップ!!演奏やめろ!!」
曲の途中で相沢先輩が声を荒げてそう口にした。
そして演奏が止まるや否や、俺の方を睨んでこう告げて来た。
「おい、なんだ?今のは?」
威圧感のある声で相沢先輩は俺にそう迫って来た。
「え、えっと…」
容赦のない気迫に俺は返す言葉に詰まってしまった。
「俺は今日までに弾けるようになっとけって言ったよな?全く弾けてねえじゃねえか」
「す、すみません…」
平謝りするしか出来ない俺をかばって黒枝先輩が間に割って入って来てくれた。
「ま、まぁ、落ち着けよ、相沢。加藤君は初心者なんだ、1日で弾けるようになるわけが…」
「ライブは6月なんだぞ!?1日たりとも無駄にしてる場合じゃないのはお前も分かってんだろ!!。それなのに一人が足を引っ張ってたら練習になんねえだろ!!」
「でも仕方ないだろ、彼しか代わりはいないんだし…」
「ふざけんな!!俺のバンドでこんなクソみたいな演奏許されるわけないだろ!!他のやつを連れて来い!!」
声を荒げる相沢先輩を宥めようと黒枝先輩もあれこれ口にするが、それでも相沢先輩の怒りが収まる気配はなかった。
俺がそんな争いを前になにも出来ずに黙り込んでいると、今度は西田先輩が口を出して来た。
「いい加減にしなよ!!相沢!!。あんたそんなんだから真島にも逃げられたんでしょ!!」
「あ?」
「そもそも私が加藤君を連れてくるのにどれだけ頑張ったと思ってんの!?偉そうに座ってるだけのあんたには分からないだろうけど、代役一人連れてくるだけでも大変なんだよ!!そんな私の苦労も知らずに他のやつ連れて来いとか…あんた何様だよ!!」
普段は明るい西田先輩のマジギレに場はますます険悪となり、その引き金となってしまった俺はますます肩身が狭くなった。
「このバンドは俺のバンドだ。メンバーは俺が決める」
「じゃああんた一人で弾いてなよ!。あんたのわがままに振り回されるのももう限界なの!。加藤君を辞めさせたら私も辞めるから!!」
「お、おい、西田まで…」
収拾しようがないほど散らかった場の中で黒枝先輩だけがなんとか穏便に済ませようと西田先輩にそう声をかけたが、西田先輩は黒枝先輩を睨みつけながらこう叫んだ。
「あんたはどっちの味方なのよ!?」
そんな西田先輩の言葉に黒枝先輩は何も言えなくなり、とうとうこの場を収拾させる目処がつかなくなった。
場の雰囲気は最悪で、今にも空中分解しかねない中、エンターテイナーである俺は何もせずにはいられず、意を決して口を開いた。
「す…すみません!!先輩方!!。俺が未熟なばかりにご迷惑をかけてしまって…」
そして丁重に頭を下げて、さらに言葉を続けた。
「俺、皆さんの足を引っ張らないように完璧に演奏できるようにしてみせます!!。…だけど、すぐには無理なので、どうか少しばかりお時間をください!!必ず弾けるようになってみせますから!!」
場を収めるためにはこれしかないと思い、俺は誠心誠意頭を下げた。
「…時間って、どれくらいだ?」
相沢先輩は俺をにらみながらそう口にした。
「3週間…いえ!2週間で仕上げてみせます!」
「ダメだ。最低でも来週には仕上げろ」
「…わかりました」
初心者で始めたばかりの俺が1週間でこの難しい曲を仕上げる自信など全くなかったが、場を収めるためには俺はそう答えるしか出来なかった。
「口にしたからには約束は守れよ」
相沢先輩はそう言い残してさっさと帰ってしまった。
残された俺たちは険悪な空気が芋引いて、暗い空気のままとりあえず今日は帰路へと着くことにした。
特に何を話すでもなく駅まで向かい、西田先輩と共に電車に乗っている最中、西田先輩は元気のない声で俺にこう言ってきた。
「…ごめんね、加藤君。相沢のわがままに巻き込ませて…」
「い、いえ、俺が出来てないのは最もですし…大切なライブが控えてるなら相沢先輩がああいうのも最もですし…。それにこれはベースの腕を磨くチャンスだと思ってるんで!」
だからと言って1週間であれを仕上げる自信はないが…それでも目の前にいる人を心配させまいと俺は強がってそう口にしてみせた。
「大丈夫ですよ、俺の手にかかればあんな曲くらいすぐにマスターしてみせますよ。なんせ、俺のモテモテハーレムライフがかかってますからね!」
俺はそう言ってガッツポーズしてみせた。
そんな俺の姿を見て、西田先輩はクスリと笑って、そしてボソリとこうつぶやいた。
「加藤君は良い子だなぁ」
「え?何すか?」
「いや、何でもないよ。…加藤君ももう気がついてると思うけど、相沢のやつがわがままでね。演奏に妥協を許さないの。だからこういう風にもめるのもよくある事で…それが嫌で元々いたベースの真島って人も辞めちゃってね…。そういうことがあった中で本当は初心者の加藤君を誘うのは心苦しかったんだけど…どうしても誰か連れて来なきゃいけなかったの。それがなんだか、加藤君を騙しているようで心苦しかった。だから…ごめんね」
「何言ってんすか!むしろおかげで西田先輩に出会えたんですし、感謝しかないっすよ!」
「ふふ、ありがとう、加藤君。…本当に良い人だね、加藤君」
そして西田先輩は一息ついてから、物憂げな顔を浮かべ電車の窓に映る月を見上げ、小さな声でこんなことをぼやいた。
「私は…楽しく出来ればそれで良いのになぁ…」
空気に溶けて、霞んで消えそうなその声を聞いて、なんだか今にも先輩は泣き出してしまうんじゃないかと思った俺は、そんな先輩を気遣ってこう言った。
「だ、大丈夫ですよ!俺が上手くなれば万事解決っすから!!」
こんな辛気臭い会話じゃなくて、俺は先輩と昨日みたいに馬鹿な話で盛り上がって、先輩を笑わせたかった。
だから、先輩に笑って貰うためにも、俺は上手くなりたいとって思ったんだ。
「うん!頑張ろうね!加藤君!私も練習付き合うからさ!」
「うっす!よろしくお願いします!」
こうして俺は、先輩との青春っぽい時間を守るためにも、ベースへ打ち込むことを決意したのであった。




