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モテるんならやるっきゃない

「俺のバンドにようこそ、ラストチルドレン」


無骨なアンプの上に堂々と腰掛けたその男の声には威圧的なものが感じ取れた。


「ど、どうも…加藤です」


その男から放たれるピリついた空気に動揺して、俺は思わず声に詰まってしまった。


しかし、その男はそんな俺を尻目に不躾に質問をぶつけてきた。


「お前、ベース弾くのか?」


「え、えぇ、全然初心者ですけど…」


その男は俺がベースだと知るや否や、俺にこんな言葉を突きつけた。


「じゃあお前でいいや。俺のバンドでベースやれ」


「…え?」


有無を言わせぬ物言いに俺が困惑していると、その男の隣に立っていたメガネをかけた優男が場をなだめるように声をかけてきた。


「相沢、言い方ってものがあるだろ。…ごめんね、加藤君。こいつが困らすようなこと言って…」


「い、いえ、大丈夫ですけど…」


「とりあえず自己紹介と行こうか。まず僕が部長の黒枝、ドラムをやってる。で、こっちの偉そうな奴がギターの相沢」


そう言って黒枝は今もアンプの上にどかっと腰掛ける威圧的な男を指差した。


「そんで私が西田、担当はキーボードだよ」


俺を連れてきた先輩がそう言って可愛らしくはにかんできた。


一通り自己紹介が終わった後、黒枝先輩が朗らかに話しかけてきた。


「それでなんだけどね、加藤君。実はベースを担当していた真島ってやつが急に練習に出られなくなってさ、僕たちベースが居なくて困ってるんだよ。それで君に手伝ってくれたら嬉しいんだけど…」


「いや、でも俺ベース始めたばっかの超初心者っすよ?。『こーどってなんだ?』ってこの前まで言ってたくらいのど素人っすよ?。絶対足引っ張りますよ」


部屋に入った直後は相沢の威圧的な視線に当てられてペースを乱されていたが、徐々に雰囲気にも慣れたのか、俺の呂律は先ほどより回るようになっており、いつものようにおどける様に俺はそう言った。


「大丈夫だよ、私達がちゃんとサポートするからさ!」


西田先輩は陽気にそう言って親指を立てて見せた。


「いや〜、それに組んだバンドのメンバーにも悪いですし…」


なるべく空気を悪くしないで断れる様に俺はやんわりとそんなことを口にした。


そんな俺に西田先輩は陽気に話しかけてきた。


「大丈夫だよ、掛け持ちなんて当たり前のことだからさ!みんなやってるよ。多い人だと5つくらいバンド掛け持ちしてたりするし」


「マジっすか!?五つもっすか!?」


そんなに興味のある内容というわけではないが、場の空気を良くするためにも俺は少々大げさにリアクションをしてみせた。


そんな俺に黒枝先輩がこんなことを言ってきた。


「確か加藤君って櫻井君と組んでたと思うけど…二人とも初心者って言ってたよね?。初心者ばかりじゃどう練習していいかも分からないんじゃない?」


「そーなんすよね!。今日だってせっかく練習場使えたのに機械の使い方を知るだけで終わっちゃってまるで練習出来なかったんですよね!」


この部屋に入った時からなんとなく感じていたピリついた空気を少しでもほぐせる様に俺は普段の3割り増しでおどけてみせていた。


そんな俺に対してアンプの上にドッシリと構えていた相沢先輩が舌打ち混じりに口を挟んできた。


「ちっ、貴重な練習時間無駄にしやがって…」


そんな相沢先輩に黒枝先輩はまた宥めるように声をかけた。


「まぁまぁ、相沢、初心者なんてそんなもんだって…」


それと同時に、今まで笑顔を絶やさなかった西田先輩が一瞬、嫌悪感を露わにした目で相沢をにらみながらこう言った。


「そうだよ、黙っててよ、相沢」


そしてすぐさま俺の方へと振り向いて上手な作り笑いを浮かべて声をかけてきた。


「経験者がいないとなにを練習したらいいかも分からないからさ、私達のところで練習するのは良い経験になると思うの」


「いや、でも…俺ほんとうに初心者ですし…」


俺はそう言ってやんわりと断ろうとしていた。


実際のところ、教えてもらえる機会が出来るのはありがたいことだった。


だからこれは決して悪い誘いではない。


それでも俺が断ろうとしているのは初心者で力になれる自信がないということと、櫻井達との自分のバンドに対して後ろめたいという理由もあるのだが…一番の理由はそれらではない。


なぜ俺が断ろうとしているのかというと、それは…この部屋から薄々感じていたことなのだが…今までのやりとりの中の何気ない仕草から俺は察していたのだ。


…このバンド、多分仲が悪い。


平然を取り繕ってはいるが、空気はどことなくピリついていて、何か俺に後ろめたいことがあってなにかを隠している様な気がしてならない。


『もしかして俺は騙されているんじゃないだろうか?』という疑念が頭をよぎって離れないのだ。


そう、俺は本能で察していた。


このバンドは地雷である、と…。


そんな直感に従って俺はなんとか体良く断れる文句を探していた。


「大丈夫大丈夫!私達がちゃんと教えるからさ!」


「そうだよ、初心者だからって心配いらないよ。6月の初めにあるライブまで手伝ってくれたらいいからさ」


しかし、そんな俺の思いとは裏腹に西田先輩と黒枝先輩はしつこく食い付いてきた。


「いや、でも俺ほんとうに初心者の中の初心者で…ギターと間違ってベース買っちゃったくらいのペーペーっすよ!?」


「大丈夫だよ!加藤君なら出来るよ!」


「いや〜、出会ったばっかりなのにそんなこと言われても…」


「いや、わたしには分かるよ。加藤君なら出来るって!」


西田先輩は俺の顔を真っ直ぐに見つめ、そして俺の手を両手で握りながらそう言って来た。


「えっ?そ、そうっすか?」


突然の出来事に多少は困惑はしたものの、女の子に手を握られるのは決して悪い気はしなかった。


「そうだよ!!加藤君、今日初めてあった時から面白い人だと思ったもん!!そんな君と一緒にバンドしたいって私思ったもん!!。加藤君練習したら絶対上手くなる!!カッコイイ演奏出来るって!!」


「ま、マジっすか?カッコイイっすか?」


そんな風に俺が期待を込めた返事をしたのは女の子に面と向かってここまで言われたから…と、言うよりはエンターテイナーとして冷めた返事をすることが出来なかったからだ。


だから何か騙されている自覚はあるものの、乗せられる事しか出来ないのだ。


そんな八方塞がりの俺にすかさず黒枝先輩が追撃を仕掛けてきた。


「そうだよ!上手い奴はモテるよ!。ほら、あそこで偉そうに座ってる相沢だって上手いだけで結構モテるんだからさ!!」


「マジっすか!?モテモテっすか!?」


何度も言うが騙されているのは分かっているが、エンターテイナーとして『モテる』という言葉には過剰反応を示さざるを得ないのだ。


「うん!絶対モテるよ!加藤君!」


「そうだよ!!ベース上手くなればモッテモテだよ!加藤君!。可愛い女の子を毎日取っ替え引っ替えできるよ!」


「いやぁ、モテモテかぁ…。毎日取っ替え引っ替えかぁ…」


二人の言葉に俺は口を緩ませながらそう言った。


何度も言うようだが、本気でそう思ってるわけではない。


ただ、エンターテイナーとしてこの言葉には乗らざるを得ないのだ。


そんな俺の弱みに付け込んで、西田先輩はこう言ってきた。


「これはもう、やるっきゃないよね!加藤君!」


それに続いて黒枝先輩も口を開いた。


「ハーレムな青春が君を待ってるよ!!」


…こうなるともう完全にやるしかない流れである。


エンターテイナーとして、この流れを断ち切ることは出来ない。


だが、『なにか隠しているんじゃないか?』という俺の疑問が晴れたわけではない。


それなのにこのまま口車に乗せられて誘いに乗るなんてまさに滑稽、愚かにも程がある。


しかし、それでも…それでも俺の中の献身的なピエロは俺に囁く。


『そっちの方が面白い』と…。


「一丁やりますか!!」


面白いは全てにおいて優先される。


だから俺は誰がどう見たってただの冗談としか思えないこの口車に全力ジャンプで乗り込むのだ。


そういうわけで、俺はとりあえず6月にある先輩達のライブまで、二つのバンドを掛け持ちすることとなったとさ。

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