物語に必要なのはヒロインか?それとも魔王か?
前々から気がついていたが、俺の物語にはヒロインが圧倒的に不足している。
これといって仲のいい女の子が居なさすぎて、これといった登場人物に女の子が居ない。
ヒロイン不在のストーリーなんて有り得ない、主観的にも、客観的にも面白いわけがない。
せっかく高校生になったというのに、櫻井なんていう能面野郎ばかりとつるんでいてはダメだ。
俺の物語はもっと刺激的でなければいけない。
なぜならば…面白くなければ価値がないからだ。
先日のバンド結成も結局、谷口とかいう能面野郎その二が増えただけだからな…そろそろこの辺で仲のいい女の子を作っておかないと、青春に乗り遅れる…。
その日はたまたま朝、一人で登校していたこともあってか、俺はクラスメイトの女子でも見つけたらせっかくだから話しかけようなどと考えていた。
先日のバンド結成の際、戦国乱世を生き抜いた俺は足軽から三等兵くらいには成長していたこともあってか、朝からそんなやる気に満ちていた。
さてさて…だれか顔見知りがいないかな…。
そんな風に辺りに目をつけて歩いていると、前方に見たことがある気がする女子生徒の後ろ姿を発見した。
…あの子は確か…同じクラスの槇原サクラ…だったっけかな?。
これといって会話をした記憶はないが、クラスメイトと思しき女子の一人で登校している後ろ姿を見つけた俺は彼女をターゲットに定めた。
さて…どうやって話しかけるか…普通におはようとかつまらないしなぁ…。
どうにかして面白おかしく話しかけたいものだし…なにか落し物でも落として拾ってもらうか?。
でもなにを落とすか…学生証とか落としてもつまらないしなぁ…。
そんなことを考えた俺は手持ちをガサゴソと漁り、めぼしいものを探した。
そして中学の入学式からポケットの中に詰め込んでいた例のブツを思い出した俺は足早に歩いて槇原を追い抜き、彼女の目の前でその例のものをぶちまけ、そして叫んだ。
「あぁ!俺の大事な第二ボタンたちがぁぁ!!」
地面に散乱した八つの第二ボタンは槇原の目の前へとコロコロと転がり、槇原はそのうちのいくつかを拾い上げ、俺へと渡してくれた。
そんな槇原の瞳を見つめながらキザったらしく俺はこんな言葉を口にした。
「ありがとう、お礼にひとついかがですか?俺の第二ボタン」
…我ながら攻めたなぁ。
勢いに身を任せてこんな話しかけ方をしたが、ほとんど話したことのないほぼ初対面の相手に対して第二ボタンは攻め過ぎだと頭では理解していた。
しかしながら、心の中に根強く住み着く献身的なピエロが俺をそうさせたのだ。
ここでツッコミ役に櫻井でもいてくれたのならば俺のこの奇行を弁解してくれるのだろうが…残念ながらやつは今ここにはいない。
しかし、俺のそんな心配をよそに槇原は何食わぬ顔でこう返した。
「第二ボタン多くない?」
彼女の反応からとりあえずは引かれてはいないと悟った俺はわざとらしくこう返事をした。
「俺ともなるといつ女子に第二ボタンをせがまれるかわかんないからさ。こうして持ち歩いてるってわけだ」
「へぇ…君ってそんなによくボタンをせがまれるの?」
「いや、逆。モテないから数少ないチャンスを逃さないために持ち歩いてるだけ。一度チャンスを逃したら次にチャンスが来るのは来世かもしれないし…」
「ふふっ…なにそれ」
苦笑いにも等しいがとりあえず一笑い稼げたことに安堵して、何食わぬ顔で槇原の隣に立って学校へと歩き始めた。
「まぁ、本当はこうやって女の子に話しかけるネタにでもなればいいと思ってポケットに入れてるだけなんだけどさ」
「…一々人に話しかけるのにネタが必要なの?」
「そりゃあ俺みたいなブサメンが普通に話しかけてもつまんないしさ…」
「別にいいと思うけどね、つまんなくたって」
「いやいや、俺みたいなのは面白くなくちゃ価値がないからさ」
俺が何気なくそんな言葉を漏らすと隣を歩く彼女は俺の心を見透かしたかのようにこんな言葉を吐き出した。
「そっか、君…自信がないんだね」
その彼女の言葉に一瞬、ズサリと鋭い刃物で心臓を突き刺されたこのような感覚に見舞われたが、その動揺を表に出すことなく、俺はおどけたように言葉を返した。
「え?それどういう意味よ?」
彼女は俺のそんな様子を見て、何かを誤魔化すかのように笑顔を浮かべた後、何食わぬ顔で返事をした。
「気にしないで、そんな気がしただけだから」
そしてまた、何食わぬ顔で彼女は話題を変えて俺の背中に背負っていたベースのケースを指差してこう話しかけてきた。
「それってギター?楽器やってるんだ」
「いや、こいつはギターじゃなくてベース」
「へぇ、好きなの?ベース」
「いや、ほんとはギターが良かったんだけどさ、間違えてベース買っちゃったからベースやってるだけ」
「返品とか出来なかったの?」
「やろうと思えば出来たかもしれないけど…間違えて買っちゃったからベースって方が面白そうだからそのままにしたんだよ」
彼女はそんな俺の言葉にクスリと笑い、そして静かにこんな言葉を呟いた。
「…ほら、そういうとこだよ」
俺が彼女の真意を言及しようとしたが、前方に友人と思しき女子生徒を見かけた槇原は笑顔を浮かべて俺にこう話しかけてきた。
「ごめん、友達待たせてるから行くね。また話しかけてね、加藤君。…今度は普通でいいからさ」
そう言い残して彼女は前方の方で手を振っている女子生徒に向かって早足に去って行った。
意味深な言葉を残した颯爽と去っていった彼女に俺はまるで空き巣に入られたかのように呆然としながら見送るしか出来なかった。
そしてしばらく一人で突っ立った後、ふと思い出したかのように無意識のうちにこんなことを呟いた。
「そうだ…バンド名、決めないとな」
俺と櫻井、そして谷口の3人でバンドを組むことになったのだが、一年生が練習場所であるプレハブ小屋を支えるのは週に一度の30分だけ。
そして今日はその練習場所が使える週に一度の日、せっかく集まるのだからバンド名を決めようと、俺は密かにそう考えていた。
「櫻井、バンド名どうするよ?」
昼休み、俺は櫻井にそんなことを尋ねた。
「まだまともに練習すらしてないのに、いきなりバンド名かよ」
「いや、大事だろ、バンド名。これがあるのとないのとではバンドらしさが違うだろ?」
そう、せっかく笑える以上の何かを得るためにバンドを組んだにも関わらず、全然音楽活動が出来ていないことに俺は何となく焦りを感じていた。
練習時間や場所は限られているから今すぐには練習は出来ないが、それでもバンドを組んだ実感を得るためにもなにかそのためにできることをやりたかったのだ。
「シンプルなタイプにするか、それともカッコいい系にするか、あるいは奇をてらった印象のあるものにするか…」
「意味深な感じのが個人的に好きだな」
「よし、ここはレジェンドオブカトウなんていうとはどうだ?」
「やべえな、近年稀にみるダサさだな。なんにしても僕たちだけで決めるわけにもいかないだろ。谷口にも相談しないと」
「もちろん相談はするが、いろいろ案を予め考えておいてもいいだろ。今日の練習終わりにでも考えようぜ」
そんな感じに俺たちは昼休み中ウダウダとああじゃない、こうじゃないと話し合っているようで本質的に中身の無いくだらない会話を交わしていたとさ。
そして時は流れ、とうとう待望の俺たちのバンドが練習場所を使える時間になった。
「おっほ、こうしてみるとここも広いな」
このプレハブ小屋に来たのも軽音楽部の新入生歓迎会以来だ。
ボロそうな木製の作りで、大きな地震でも来れば崩れてしまいそうな風貌をしていて、壁の作りも薄く、防音のボの字も感じ取れなかった。おまけに中も綺麗というわけでもなく多少のチリやホコリや砂が待っているのが見て取れた。
少しでも綺麗に見せようとしているのか、絨毯の代わりのように床には申し訳程度にブルーシートが敷かれていた。
まぁ、はっきり言ってただのボロ倉庫。それでも今の俺たちには十分すぎるほど充実した練習場所であった。
「とりあえず…時間が許す限りいろいろ弄ってみるか」
そう言って俺たちはずっしりと存在感を露わにするアンプなどの音響機器を嬉々として弄り始めた。
「そういえば谷口は?」
「さあ。時間は伝えてるんだし、そのうち来るだろ」
そんな感じで俺たちが適当に機器を弄っていると、のそりと谷口がやってきた。
「おう、やっと来たか、谷口」
「…ごめん、遅れて」
そう言って谷口は無表情なまま軽く謝罪の言葉を述べた。
「そういえば、谷口ってドラム叩いたことあるのか?」
「えっと…初めて…ほとんど」
「じゃあ、今のうちに叩いて慣れておかないとな!」
そう言って俺は谷口をドラムの席へと促した。
俺に促されるがまま、谷口はドラムの席へとのそりと座った。
「んん?これどう使うんだ?」
そんな谷口を尻目に櫻井は目の前に鎮座しているアンプと呼ばれる黒い立方体に四苦八苦していた。
「確か使う時は電源を切ってからコンセントに繋ぐとか先輩が言ってたな」
「えっと…電源電源…これだよな?」
僕達は探り探りでなんとかアンプを起動させようと奮闘していた。
「えっと…コンセントに繋いだから…とりあえずベースを繋いでみればいいかな?」
そう言って俺が自分のベースとアンプを繋げようとした時…。
「ま、待った!」
口数の少ない谷口が突然大きな声を上げてそれを制した。
「それ、ギター用のアンプだから…ベースはこっちのアンプ…」
「お、そうなのか?いやぁ、知らなかったわ」
そうして俺は谷口に言われた別のアンプを弄り始めた。
『もしかして谷口ってバンド経験者?』という疑問が脳裏に浮かんだが、後でゆっくり聞けばいいかと考え、いまは目の前の黒い箱に手がいっぱいで後回しにしてしまった。
結局俺たちはアンプの扱い方を学ぶだけに貴重な30分費やし、全く練習することなくプレハブ小屋を後にした。
「全く練習出来なかったな」
「まぁまぁ、いいってことよ。練習は各自家ででも出来るだろ?。ちゃんと練習場所でしか出来ないことを学べたんだからいいじゃないか」
櫻井発言に俺はそう言って答えた。
実際、俺は家でも軽く練習を積み重ねていて、コードなるものの代表的なものは弾けるようになっていた。
しかし、先の練習に満足したわけではないのは確かだ。
たしかにさっきやっていたことは家では出来ないことだろうが、それでも予習するくらいは出来たはず…。
そうすれば少しくらいは一緒に演奏できたかもしれない。
どんなに煩雑でも一緒に演奏しておけば…もっとバンドを組んだって気にもなれたかもしれない。
なんにしても、もっとできることはあった。
あったけど…初心者の集まりの烏合の衆ではなにからやればいいのかわからない。
おまけにこの学校の軽音部は割とバンドごとの活動と割り切っているのか、先輩との交流もあの新入生歓迎会以来なにもなく、先輩とのつながりも薄く、教わることも出来なかった。
…やはり誰か経験者に教えてもらわないと。
だが、特にめぼしい人物も思い当たらず、とりあえず今やるべきことをやろうと俺は櫻井と谷口に向かってバンド名の話を振ろうとした。
「それはそうとバンド名なんだけどさ…」
そんな風に練習終わりに決めることにしていたバンド名の話を俺が持ち出そうとしたその時…少々甲高い女性の声が俺の言葉をかき消した。
「見つけたー!!えっと…君は確かベースの加藤くんだよね!?」
俺を見つけるなり、俺にそう話しかけてきたのは新入生歓迎会にいた軽音楽部の3年生の女子生徒の先輩だった。
「ええ、あなたのベーシスト、加藤ですとも」
女性に話しかけていただいたのにそれを無下にすることもできず、俺は無意識のうちにそんな言葉を吐き出した。
「なんだよ?あなたのベーシストって…」
隣で櫻井がそんなことをぼやいていたが、そんなことを無視して先輩は俺に上目遣いで可愛らしくこんなことを言ってきた。
「ちょっとお願いしたいことがあるんだけど…いま時間あるかな?」
「えっと…」
突然の出来事に俺はが困った顔をしながら櫻井たちをチラリと見た。
「あ、じゃあ僕たち先に帰るよ。バンド名はまた明日にでも決めよう」
櫻井はそう言って俺に気を使って、谷口を連れてその場を後にした。
「ごめんね、お友達帰しちゃって…」
「いえ、大丈夫ですよ、あなたのためなら私はいくらでも友を裏切る覚悟は出来てますとも」
女子に話しかけられて舞い上がってるわけではないが、よく知らない先輩の女子相手にどう話せばいいのかも分からず、俺は誤魔化すようにそんな言葉を宣っていた。
「あはは、面白い面白い」
先輩はそう言って可愛らしい笑顔を浮かべるが、顔だけしか笑っていないのが目に見えていた。
「それで、某にいかなるご用件で?」
「あ、ごめんね。とりあえず音楽準備室まで来てくれないかな?」
「もちろん、あなたのためならばお墓までお供致しましょう」
「あはは、面白い面白い」
そんな先輩の作り笑いはとても自然な笑顔であった。
「実はね、いま私たちのバンドのベースが不足してて…それで加藤くんベースだからやってくれないかなって思って…」
音楽準備室まで行く道中、俺は先輩からことのあらましを聞いていた。
「いや、でも俺、ベース始めたばっかりの初心者だし…」
初心者ということもあるが、櫻井たちとの自分たちのバンドを無下には出来ず、俺は断ろうと考えていた。
「とりあえず!とりあえず話だけでも聞いてみるだけでいいから」
しかし、押し押しでくる先輩のそんな言葉を断りきれず、俺は音楽準備室の前までついてきてしまっていた。
「ベース連れてきたよー!」
先輩が扉をあけて、中にいた人達に陽気にそう話しかけた。
先輩に連れられ、中に入った俺を待ち構えていたのは、新入生歓迎会の司会を務めていた軽音部の部長でメガネをかけた優しそうな雰囲気を放つ先輩と、そして…まるで玉座で待ち構える魔王のような佇まいで黒いアンプの上に腰をかけ、そして部屋に入ってきた俺をぎらりと睨みつけた男子生徒の姿があった。
そしてその男は俺の姿を見るなり、不気味な笑みを浮かべてこう言ってきた。
「俺のバンドにようこそ…ラストチルドレン」
…この時の俺は、知る由も無いだろう。
この目の前で魔王のように俺を待ち構えていたその男は…比喩でもなく正真正銘の魔王であったということを…。
こうして俺の物語には、ヒロインの代わりに突如として魔王が現れることになったとさ。
ようやくさくらちゃんとの分岐点
ここでさくらちゃんルートか魔王ルートにわかれる模様