その出会いは何気なく、されど宿命のごとく混ざり合う
何事も笑えなければ価値はない。
だから俺は笑えるようなことしかやらないし、真面目なだけでつまらない言葉は口にしない。
ただひたすらに笑いを取るための道化師となり、そのためならば喜んで身を削るし、恥を厭わない。
笑えれば何でもあり、笑えることこそすべて、それができなきゃ俺に価値はない。
笑いのためならば、俺はいくらでもピエロになろう。
…別に勘違いしてほしくないのは、そのために己の本心を偽って、自分を犠牲にしてピエロを演じているわけではないということ。
笑えなければ価値はない、そのことに気が付いてからずっとそうやって生きてきたから、もうそうすることに慣れきってしまっていて、そうすることが当然というか…もはや笑いを取りに行くことは呼吸に等しい生理的行為というか…いうなればそれはもうただの性なのだ。
だから身を削って笑いを取りに行く献身的なピエロな自らの様を恥ずかしいとも思わないし、むしろ誇りとも思っている。
そう、別にそれがいやとかじゃないんだ。
ただ…笑えるだけでは気を紛らわせる一時しのぎの時間稼ぎに過ぎなくて、笑えるだけではぬぐい切れない思いがあることにあの卒業式の日に気づかされた気がして…。
だから、欲しくなったんだ。
笑えるだけじゃ終わらない何かが…。
笑える以上のもっとすごいものが…。
高校の入学式も何事もなく終わり、新一年生のクラス分けで俺と櫻井は同じクラスとなった。
「よう、櫻井。高校でも同じクラスになるなんて腐れ縁ってやつは怖いな」
「いや、ほんとまったくね…」
喜ぶでも困るでもない無を基調とした顔で櫻井は俺を出迎えた。
「はぁ…なんでお前男なんだよ。女の子の幼馴染の腐れ縁だったら泣きはねて喜ぶのに…」
「その言葉何度目だよ、加藤。高校に入ってもまだそのセリフ聞かされるのかよ」
「いや、だがそれもこれまでだ。高校に入ったからには彼女を作ると決めているからな!!。ほら、第二ボタンだっていつもらわれてもいいようにこんなに用意しておいたんだぞ?」
「それ、中学の卒業式の時ももってたやつじゃん…まだ肌身離さず持ってたのか…」
やはりせっかく自腹を切って購入したネタのためしか使い道のないボタンを卒業式の一発ネタで終わらせるのももったいなく感じたため、俺は何かに使えないかとこうして持ってきていたのだ。
「まあ、高校では口だけで終わらないようにするんだな、加藤」
「この野郎…人の顔見て堂々と口だけなどと宣いやがって…まぁ、その通りだからぐうの音もでないのだがな…」
確かに櫻井の言う通り、俺は中学では毎日のように『彼女欲しい』と公言していたが、そのために核心的なアタックをしてきたわけではない。
「だが、高校では口だけでは終わらせない。…なんせバンドだってやるしな」
「バンドやれば彼女できるってのもどうかとは思うけど…。そういえば結局加藤はギターじゃなくてベースをやるのか?」
「おう、買っちゃったものは仕方ないからな」
「本当に間違って買っちゃったベースでいいのか?。いまならまだ返品だって…」
「いいんだよ。だって…そっちのほうが面白いだろ?」
そう、面白いはすべてにおいて優先されるのだ。
数日後、俺は手違いで自らの愛器となったベースを抱えて小さなプレハブ小屋に来ていた。
軽音部の新入生歓迎会がそこで催されるからだ。
このプレハブ小屋は軽音楽部の練習場でもあり、いくつかの楽器と音響機器が並んだだけのみずぼらしい小屋ではあったが、新たな門出を前に俺は多少の高揚感に包まれていた。
いくつか先輩から歓迎の言葉を聞いた後、自己紹介として軽いプロフィールや担当したい楽器などを一通り言い終わった後、先輩が俺たちにこう告げてきた。
「じゃあ、一年生で適当にバンドグループ作っちゃってくださーい」
突然バンドグループを作れと言われて多少驚きはしたものの、俺は瞬時にここが分岐点であることを悟った。
これはチャンスだ。
ここで女子とバンド組めれば…バンド活動を通して確実に仲良くられるし、ただの練習にだって華がある。
さらにさらには夏休みには合宿なんかしちゃって、一つ屋根の下で女の子と一夜過ごしたりとか、休みの日には練習もかねてどこか遊びに行ったりして…それでそれで文化祭のバンド演奏っていう共通の目的のためにみんなで切磋琢磨しあって、それでそれで文化祭で最高のライブしちゃったりして、そんでもってそのあとのキャンプファイアーで告白なんかしちゃって彼女ができちゃったりして…ああ、最高だ!最高に青春してる!!。
バンド結成から彼女獲得までのフローチャートを俺はすでに脳内で作り上げていた。
「あんまり深く考えなくても、今組んだグループが絶対ってわけじゃないから、心配しないで」
先ほどの先輩がいきなりバンドを作れと言われてうろたえている一年生にそんなことを口にした。
「どうするよ、加藤」
困惑交じりの櫻井の声に俺は力強くこう答えた。
「どうするって…決まってるだろ、女子と組む」
「お前…マジか?」
俺も櫻井もそんなに女の子に対して耐性があるわけでもないため、ここでいきなり見知らぬ女子に話しかけてバンドを組むことはかなりハードルの高い偉業であった。
いうなればこれは戦。
さまざまな私欲という弾丸が入り乱れる乱戦の中、身一つで敵陣と言う名の女子グループに乗り込み、敵城に己の陣地であることを証明するための旗を立てる戦国乱世の戦。
俺や櫻井はビジュアルがいいわけでもなく、話し上手とかそういうわけでもないほぼ初陣に近いただの足軽。
名立たる武将たちが入り混じるこの戦に先人切って攻め入ろうものならば死は免れない。
ましてや手柄を立てるなど奇跡に等しい偉業だ。
「や、やめとけ、加藤!!その顔じゃ無茶だ!!」
わが友たる櫻井は俺の身を案じてそんな言葉をくちにした。
「いいや!俺はやる!やってやる!!」
しかし、俺もここで引くわけにはいかないのだ。
故郷に残したおっ母やおっ父がこのままでは俺に彼女が出来ないのではないかと心配して待ってくれているのだ。
そのためにも、俺はここで引くわけにはいかない!!。
「その顔で馬鹿言うな。命が惜しくないのか!?」
だが、それでも我が友は俺を案じて引き留めてくる。
そんな櫻井に俺は力強くこんな言葉を突き付けた。
「櫻井、俺は決めたんだ、高校生になったら変わるんだって…。もう彼女欲しいって言うだけで、なんの行動にも移さない口先だけの日々は終わりにするんだ!!」
その言葉を受けて友はもう俺を止めることができないと悟ったのか、あきれたようにこう言ってきた。
「加藤…わかった。その顔でもそこまで言うなら、もう止めやしないさ」
「ありがとう櫻井」
友を想い、見送ることを覚悟した櫻井に敬意を表して、俺は櫻井に握手を求めて手を伸ばした。
そして櫻井は躊躇うことなく、差し出せれた手を握り返し、力強く俺にこう告げた。
「その顔でも食らいついてこい!!加藤!!」
「ああ!!行ってくるぜ!!。……あと、その顔でとか言うな、普通に傷付く」
さっきからなんなんだよ!?お前!!。
そう怒鳴りつけてやりたかったが、いまは戦うべき相手はほかにいる。
そう思い立ち、我が友クソ櫻井に背を向け、俺は戦場へと歩き出した。
人が入り乱れる戦場において、ただの一体の足軽兵に満たない俺は飛び交う視線の弾丸を潜り抜け、狙いを定めた女子グループの敵城へと密やかに歩みを進めた。
徐々に敵陣が目前に迫り、その城の高さを改めて見上げてあまりの高さに俺が一瞬たじろいでいると、その隙に横から別軍の男グループが敵陣へと攻め入り、交渉という名の合戦を始めてしまった。
交渉が上手くいき、グループ結成と相成り、目標としていた武将の首を別グループに切り落とされて戦果を横取りされた俺はなすすべもなく、一度櫻井のもとへと戻った。
「その顔なら撤退は英断だな、加藤」
一部始終を見ていた櫻井が生還した俺を櫻井が持ち合わせてる最大限の言葉で労ってきた。
「櫻井、やっぱりおまえも来てくれ、一人じゃ無理だ」
「話し下手な僕なんかついて行っても烏合の集には変わりないだろ」
「いや、それでもエベレスト無酸素単身登頂から酸素あり登頂くらいには楽になる」
そういうわけで今度はふたりで城を攻め入ることにした。
一人から二人になり、戦力が倍になったことから精神的には多少の余裕もできたが、それでも所詮は足軽が一人増えた程度…諸行無常の戦国乱世においてはただのノミ程度の戦力にしかならないのだ。
しかし、それでも勇気をふり絞り、戦場を駆け抜けて何とか二人の女子グループが待ち構える敵城の目の前までたどり着くことができた。
俺達は目を合わせてお互いにここまでの奮闘を称えあった。
しかし、ここはまだ城の入り口にも満たない場所、城攻めはここからが本番だ。
だが、いざ城を目の前にすると足がすくむ感覚に襲われる。
遠くから見るぶんには大したことない高さであったが、間近に迫るとその迫力は何千倍にも違って見えてくる。
覚悟を決めるためにも一度3日間ほど小休止を入れたいところなのだが、ここはもう敵陣の目の前。
つまりは女子生徒の目の前。
そんなところで覚悟を決めるために突っ立っていようものならば不審者を見るかのような敵陣からの強力な集中砲火によって死へ誘われる可能性がある。
攻めるか退くか…俺達はわずかな時間でその二択を迫られていた。
『ここは一度引いて体制を立て直すべきだ、加藤』。
隣にいた櫻井はアイコンタクトでそう伝えてきた。
どれだけすごい偉業を達成したとしても、生きて帰ってこれなければ意味がない。
だから、その偉業を目の前にあえて撤退という選択を決断するのもまた勇気なのだ。
生きていればいつかはもっといいコンディションでの城攻めに挑める時が来る。
だからいまは引こう。
櫻井のそんな心の声が聞こえた気がしたが、頂きにむけて俺はさらなる一歩を歩み始めた。
櫻井は友の蛮勇を止めようと手を伸ばすが、俺はその手を振り払い、櫻井にその大きな背中で語りかけた。
『共に行こう、ユートピアへ』
難攻不落、プライベートゾーンという名の鋼のような鉄壁を誇る城壁、俺たちを拒むかのような視線の弾丸。
ただの足軽風情ではいまにも吹き飛ばされそうなほど心もとない戦力だが勇気という名の弾丸を大砲に詰め込み、最後の力を振り絞って発射し、大砲で敵城門をノックした。
「あの!…メンバー、決まった?」
そして…とうとう俺は城へと踏み込んだのだ。
「えっと…君たちは確か、ベースの加藤くんとギターの櫻井くんだったよね?」
「そうだよ」
女の子に名前を呼ばれ、後方支援に徹していた櫻井も敵城へと足を踏み込んだ。
俺たち二人はとうとう、城で待ち構える敵の武将と対峙することとなったのだ。
だがしかし、武将は俺たちに容赦なく現実の非情さを突き付けてきた。
「ごめんね、私達二人ともギター希望でさ、ギターがこれ以上増えるのはちょっと…」
俺たちはその言葉を前に戦国の世で突然戦艦が襲い掛かってきたかのごとくなすすべがなかった。
敵戦艦の砲撃によって俺たちが木っ端みじんになったかと思われたその時、敵戦の船長と思しき女の子がちらちらと俺の方を見ながらこんな言葉をつぶやいた。
「でも…ベースが欲しいのは確かなんだけどなぁ…」
まさにこれは光明。
敵戦艦の集中砲火によってなすすべもなく塵になったかと思いきや、俺は皮一枚で首が繋がっていたのだ。
少々想定外の出来事に俺と櫻井は顔を合わせ、アイコンタクトで作戦会議をした。
『加藤、僕のことはいい。おまえ一人でもユートピアに行くんだ』
戦死した櫻井が天国から俺にそう語りかけてきた。
『馬鹿野郎!!これは俺たち二人で達成した偉業なんだぞ?櫻井を置いて行けるか!』
『バカはお前だ!男の友情なんて恋愛の前にはゴミクズ同然だろ!?』
『っていうか、俺一人で女の子グループに混ざるとか、戦国乱世に一人で全裸で置いていかれるようなもんだろ!?死ぬわ!!』
『…それを言われちゃ、どうしようもないな』
一瞬のアイコンタクトで前述のような意思の疎通を終えた俺達は改めて女子グループに向き合い、涙ながらにこう告げた。
「じゃあ、またの機会ということで…」
こうして俺たちは戦場を後にした。
そんなこんなで時間をロスした俺達は、結局谷口というこれといって個性を感じさせない平凡な男子を成り行きでドラムとしてメンバーに加えることになった。
「谷口です、よろしく」
何の面白みもない無難なあいさつに心の中でため息を吐き出し、よろしくと返事を返した。
…なんだ、つまんないな。
こうして、俺のむさくるしい怒涛のバンド生活が幕を開けることとなったとさ。
作者は割と谷口がお気に入りだったりする。