第一章44 『大狼王と強襲と○○と』
「二人は………………」
手元から魔法石が地面に落ちる。ガイさんにまだ伝える事があったのに、寒さで手が震えて持っていられなかった。
何が起きた? 確か私たちを連れてきた男二人を倒して、そしたら急に目の前に大きな氷の塊が現れて……
周りを確認する。洞窟の更に奥、ここには凍らされた蓄える植物もいないようだが、どこもかしこも凍り付いているのはさっきの場所と変わらない。
「さっきの攻撃は多分」
洞窟の入り口からいきなり氷の塊が飛んできた。
蓄える植物にぶつからないギリギリの大きさで作られた氷の塊は、それでも洞窟全体を埋め尽くす程の大きさで、咄嗟に電気駆動で洞窟の奥に回避する事しか出来なかった。
あんな事が出来るのは大狼王しかいない!
「二人は……」
ガイさんに伝えようとした言葉の続きは出てこない。だって、この場に二人はいなかった。
足元に落とした魔法石が振動している。凍える手で何とか掴み、服のポケットにねじ込んだ。
(今は通信をしている場合じゃない!)
襲撃を受けた事は伝えられた。ガイさんなら何か考えてくれている筈だ。
(ライにエン君、二人が危ない!)
洞窟の入り口まで走っていく。
本当に油断していた。ここはいわば敵の本拠地で、企みの中心……こうなる可能性も予測出来た筈だ。
今の状況も、咄嗟の判断だったとはいえ結果的に二人を置いて逃げ出したのと変わらない。
これでもし二人に何かあったら、私は私を許せない!
「なっ!?」
何本もの蓄える植物がある場所まで戻ってきた私の目の前には、驚きの光景が広がっていた。
大きな鋭い爪と牙を持った、洞窟の天井に頭がつきそうな程に巨大な狼が、片足で二人の男を踏みつけていた。
「騒がしいと思って来てみれば、何でこんな事になっていル?」
直ぐに周りを確認する。先程の氷の塊は砕け散ったのか、辺りの地面に転がっている。破片の一部と一緒に、見覚えのある桃色の髪を持つ獣人を見つけた。
(ライ!)
倒れて意識は失っているみたいだが、ここから見た感じ大きな怪我はなさそうだ。後は……
(エン君?)
蓄える植物が何本も並んでいる場所に、肩で息をしながらエン君は座っていた。様子を見るに動く事も辛そうだ。
どうやってこの状況を切り抜ける? ライは気絶している、エン君は動けそうにない、目の前には大狼王、今の私に出来る事は何だ?
「………………うん? 何だ?」
「やっと目覚めたカ」
男が意識を取り戻した。不味い! 大狼王だけでも手に負えないのに、二人まで目を覚ましたら……
「あれ? 何でお前がここに?」
「少し様子を見に来たら何だか騒がしかったのでネ。で、この状況は何ダ?」
「あっ、そうだ! あいつら何処に行った?」
――ドンッと大きな音が聞こえる程に、男二人を片足で叩き付けた。
「がはっ! ごほっごほっ! ……何して?」
「質問しているのは私ダ!」
「……だから、捕まえてきた奴らが俺らを!」
「これだけ準備してやったのに、こんなに簡単な事もお前達は出来ないのカ?」
「仕方ないだろ! 不意を突かれたんだよ!」
押さえ付けていた片足を、男二人から外した。まだ一人は気絶しているが、いよいよ不味い状況になって来た。
電気駆動で気絶しているライと、動けないエン君二人を連れて一気に逃げるか? いや、きっとそれを許してくれないだろう……
「やはり、人間は下等な生物ダ……」
「いきなり何だよ?」
「まぁいイ。お前たちはどの道用済みダ。ここで消えロ!」
「はぁ? 何を言っ………………」
男は言葉を言い終わる間もなく、その場で凍り付いた。まだ気絶していたもう一人も、氷の塊に姿を変えている。
「何でそんな事が出来るの?」
思わず問い掛けていた。大狼王の鋭い目線がこちらを見る。
今まで、私を見てすらいなかった……それが生き延びる為の唯一のチャンスだったのかも知れない。
だけど私は目の前で起きたその行為を見て、黙ってはいられなかった。
「何で仲間にそんな事が出来るのかって聞いてるの!」
もう一度ハッキリと聞く。この感情は怒りだ。仲間を、相手を仲間だと思っている人を簡単に切り捨てた。まるでゴミでも捨てたような気軽さで……
「こいつらは仲間などではなイ。下等な生物であり、ただの駒だヨ」
「あんた…………」
「何故怒っていル? お前もそこにいる哀れな人間たちと同じ姿になる所だったんだゾ?」
そう言いながら、蓄える植物を見る。
「そんな事をしようとした人間ダ。それなのに何故お前が怒ル?」
こいつの言う通りだ。二人がこうなったのは自業自得だと言える――だがそれでも! 人間を下等生物と呼び、協力している相手を平気で裏切るようなこいつを私は許せない!
「例えそうだとしても、それとあんたがした事は別よ!」
「理解出来ないナ……」
「理解出来なくて結構!」
ライを見るが、まだ動いていない。エン君は? 丁度よろよろと立ち上がった。目配せすると、ゆっくりと頷いてくれる。
この状況じゃ、どちらにしても逃げられそうにない。私に目がいっている今なら、奥に逃げるか何とか入り口から脱出するチャンスがあるかも知れない。
「電気駆動!」
明らかに苦しそうなエン君に任せるしかないのが辛いが、今はこうする以外に方法はなさそうだ。
一歩を踏み出す――何としてでもこの状況をどうにかする!
「馬鹿ガ……」
前足を横に振るって来る。洞窟の中なら、ただ適当に振り回していても当たりそうな大きさだ。
氷に足が取られるが、戦うと決めた以上躊躇っている暇はない!
迫る鋭い爪と地面の間をスライディングで避ける。氷の影響で勢いが止まらず、大狼王の体の下を通り抜ける事になる。
咄嗟に大きな尻尾に手を伸ばして、滑り続ける体を止める。
「触るナ!」
「ぐっ!?」
体ごと大きく尻尾を振り、私を壁に叩き付ける。痛みで手を離し、そのまま上から下にずり落ちていく。
「うん?」
何かおかしい? ゆっくり考えたいが、そんな時間はくれそうにない。
空中にいくつもの小さな氷の塊が浮いている。痛む体を起こし、前に転がる。
私がいた場所には、激しい雨のような氷が降り注いでいる。地面に突き刺さっている所を見ると、雨のように濡れて終わりとはいかなそうだ……
転がった勢いのまま、大狼王の前に出る。
ライやエン君を逃がす為には、こいつを洞窟内から追い出すしかない!
「雷光!!」
電気を纏い、大狼王の体に突撃する。
「目障りナ!」
目の前に氷の塊が現れた。ギリギリで体を捻って避け、それを足場にして更に加速。
「吹っ飛べぇーーーー!!!」
突進の勢いをそのままに、私ごと大狼王の体を洞窟の外に押し出す。見た目から意外な程その体は軽く、アッサリと吹き飛んでいった。
「やっぱりおかしい……」
洞窟の入り口で転がりながら、体勢を立て直す。洞窟の外は、仄かに光る氷があった中と比べ、前も確認出来ないくらい真っ暗だった。
尻尾で攻撃された時の違和感。今ぶつかった時もそうだが、全く重さを感じなかった。
まるで、手を抜いてると言わんばかりの軽い攻撃。
「そんな事をして何の意味があるの?」
身構えているが、飛んでいった大狼王はまだ戻ってこない。あの大きさの魔ノ者がこれぐらいで倒れないだろう。暗闇の中、目を凝らすが姿は確認出来ない。
「ドロシー……さん……」
「エン君!」
気絶したライを担ぎながら、エン君が洞窟の外に出てくる。二人を支えながら、一度入り口の横に座らせる。
「ライ!」
ライの頬を軽く叩いて起こす。
「…………」
「ライ! ライ!」
「……うーん。もう食べられないにゃぁ……」
「この状況でどんな夢見てんのよ!」
「はっ!? ドロシー?」
「やっと起きた!」
「あれ? ここは何処にゃ? 私の暴れ猪のステーキ祭りはもう終わったにゃ?」
「それ夢の中の話! ステーキ祭りってどんなお祭りよ!」
「あと百枚は軽く行けたにゃ……」
「状況分かってる!?」
「ドロシーさん!!」
エン君が名前を呼びながら、私の背後を指差す。振り返ると暗闇の中から、仄かに光る大きな氷の塊が凄い速度で飛んできている。
(間に合わない!)
目覚めたばかりのライに、まだ辛そうなエン君。二人を連れて逃げようにも、私の力じゃどうしようも……
「……大丈夫!」
――聞き覚えのある声が響く。
私たちに向かって飛んできた氷が、棘の付いた大きなグローブで破壊される。
「フェイちゃん!」
大きなクマのぬいぐるみに乗った、栗色の髪の可愛い女の子がそこにいた。
「やっぱり女神!」
「だからドロシーには何が見えてるにゃ!」
「……皆……大丈夫?」
ぬいぐるみに乗ったまま、フェイちゃんがこちらに近付いてくる。
「私とライは大丈夫! エン君は……」
ちらっと見るが、やはり苦しそうだ。
「僕も……大丈夫です」
とてもそうは見えないが、本人が言うなら今は信じるしかない。
「……よかった!」
「ぐおぉぉぉぉーーー!」
「いきなり、どうしたにゃ!?」
フェイちゃんの満面の笑顔が可愛すぎてヤバイ! 許されるならこのままずっと見ていたいがそんな場合ではない。
「フェイちゃんも無事で本当に良かった!」
「……ガイがちゃんと……助けてくれた」
「まぁ、ガイさんはロリコンだしね!」
「自然な感じで事実を捏造するのは止めるにゃ!」
「冗談よ冗談!」
「その割に目が本気に見えましたよ?」
エン君からも指摘が入る。くっ! バレてるか……
「で、どうするにゃ?」
様子を見てみるが、次の氷は飛んでこない。
「今の大狼王なら倒せるかも……」
「そうなんですか?」
「理由は分からないけど、多分あいつは本気を出していないと思う」
エン君は厳しそうだが、フェイちゃんも来た今、ライと三人でなら可能性もあるかも知れない。
「フェイさん!」
また氷の塊が飛んできたが、エン君の言葉に即座に反応したフェイちゃんが、テディのパンチで氷を砕く。
「ふざけるナ!」
怒りの混じった声が響き、氷の塊が何回も飛んでくる。
その度にテディが的確に氷を捉え、一つずつ処理していく。
「後、少しで完成するんダ!」
また飛んでくるが、テディは逃さない。
「下等な生物が、私の邪魔をするナ!」
暗闇の中から、憎悪に満ちた顔をした大狼王が現れる。
「エン君少し休んでて……」
「はい! 休ませて貰います」
ずっと辛そうな顔をしていたエン君が座ったまま、瞳を閉じる。
「あんたもここで終わりよ!」
ライも立ち上がり、私とフェイちゃんの隣に並び立つ。今なら倒せる!
「消えロ!」
大きな氷の塊が空中に出現し、こちらに向かって飛んでくる。それを勢いよく振り抜いたテディの拳が破壊した。粉々に砕け散る破片が足元に落ちてくる……
――瞬間。
破片に紛れて、私の足元に別の方向から飛んできた氷が刺さった。
「邪魔をしないでくれっ!!」
「…………な!? 何…………で?」
私の目の前に、手のひらに氷の塊を浮かべた男が現れる。
「どうしてこんな所に?」
「ごめんな、嬢ちゃん……」
とても申し訳なさそうな顔でそんな事を言う。
そこには、商人であり、リンちゃんのお父さんでもあるドンさんがいた。




