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第一章29  『過去とドラゴンと○○と』

 


「おい、エン! 何処に行くんじゃ?」


「ちょっと遊んでくる」


「またか! 遊ぶのはいいが、お前いつも何処に行っとるんじゃ? 村の者だってお前の居場所を知らんと……」


「急いでるから! ごめんじっちゃん!」


「エン、ちょっとま……」


 いつものじっちゃんの説教は聞かず、家を飛び出す。上顎山(アッパーマウンテン)と外の世界で呼ばれてるらしい山の、頂上近くにある村、それが僕の故郷だった。

 ノアと呼ばれているこの村は、千にも満たない人口で、月に二、三度来る行商人くらいしか外との繋がりもない。

 しかし、この山で採れる鉱石は外の世界で貴重な物らしく、それを売る事で村その物は豊かな暮らしが出来ていた。

 この村は好きだ。両親がいない僕を孫のように面倒見てくれるじっちゃんに、僕が最初からここに住んでいたみたいに優しくしてくれる村の皆。友達だって沢山いる。


「おっ、エン! 今日山の森で遊ばねぇか?」


「今日用事があって」


「またかよぉ……お前最近付き合い悪いぞ」


「ごめん! 次は絶対行くから!」


「分かった。約束だぞ?」


 せっかくの誘いだけど、仕方ない。友達に手を振りながら目的の場所に向かう。

 いつものように、途中の森で暴れ猪を倒して担ぎ、何個か木になった果物を採っておく。

 村から遠く遠く離れた場所に滝がある。誰も知らないけど、滝の裏には大きな洞窟があって、その中には……


「ヴァル、お待たせ~!」


「また、あなたですか……」


 溜め息を漏しながら、いつもと同じ台詞が返ってくる。


「何度も言いましたが、私の事は放っておいて下さい」


「イヤだよ! 僕がヴァルに会いたいから来てるだけなんだし……」


「私の名前はヴァルではなくて、ヴァルキリーです。いい加減その名前で呼ぶのも止めて下さい」


「えーー! ヴァルの方が何かいいじゃん」


「何かとは何ですか……もうその話はいいですから、早く村に帰りなさい」


 追い出そうとするヴァルに提案をする。


「今日も猪と果物持ってきたけど?」


「……………………し、仕方ないですね。じゃあそれを食べている間だけなら、ここにいても」


「やったぁー! ありがとうヴァル!」


「だからヴァルキリーです! 暑苦しいからくっつかないで下さい」


 抱きつき僕に対して、そう言いながらも無理矢理引き剥がそうとはしないヴァル。


「また外の世界の話を聴かせてよ」


「またですか? 本当にあなたは外の世界の話が好きですね」


「だって凄く凄く面白いんだもん」


「そこまで面白い物ですかね?」


「ヴァルがしてくれる話だから尚更ね!」


「…………し、仕方ないですね。少しだけですよ」


 ヴァルは昔から世界中を旅して、色々な場所や人、沢山のものに触れ合ってきたらしい。そんなヴァルの話は、まるで一つ一つがおとぎ話のようで、外の世界を知らない僕からすれば、毎回心が躍るようだった。




「……で、その人間を助けたのは私だったのです」


「やっぱりヴァルは凄いや! 他にも話を聴かせてよ」


 楽しい時間はすぐに過ぎて、いつの間にか猪も果物もなくなっていた。


「…………ねぇ?」


「何、ヴァル?」


 優しい口調で、問いかけてくる。


「悪いことは言いません。やっぱりあなたは帰りなさい……」


「何で?」


「あなた、ここに来ている事を村の誰にも言ってないでしょう?」


「そうだけど……? ヴァルもあんまりここにいるの知られたくないよね?」


「そういう事ではありません! ここは村から遠い。何かあったらどうするのです?」


「大丈夫だよ! 僕運動は得意だし」


 そう言いながら食べ終わった暴れ猪の骨を指差す。


「この山には魔物だっているんですよ?」


「うーん……でも山の中にいるので手こずるのは一匹もいないしなぁ」


「あなたの両親が心配するでしょう?」


「僕に両親はいないよ。じっちゃんと二人暮らし」


「…………なら、そのじっちゃんが心配するでしょう?」


「じっちゃんは口うるさいけど、ちゃんと分かってくれるよ」


「でも……」


「そんなに僕と喋るのはイヤ?」


「…………そう……とは言い切れません」


「なら、いいじゃん!」


「あなたという子は……」


 仕方ないなと言うように、また溜め息を漏らすヴァル。



 ヴァルの話を聴いた後は、決まって僕の話をした。ヴァルからすれば見聞きした事のある話ばっかりで退屈だったのかも知れないが、そんな事は顔にも出さず、話をいつも最後まで聴いてくれた。


「……で、今はいつでも外の世界に行けるように、鉱石を沢山集めてお金を貯めてるんだ!」


「そんなに外の世界に行きたいですか?」


「うん! ヴァルの話を聴いたら余計にね!」


「外の世界は楽しい事だけじゃない、危険な事も沢山ありますよ?」


「それでも行ってみたいんだ! それに……」


「それに?」


「その時はヴァルが守ってくれるでしょう?」


「……それは」


「ヴァルも一緒に外の世界に行こうよ」


「………………そうなったら……いいですね……」


 少しだけど長く感じる間の後、そう返ってくる。


「何だよ。歯切れが悪いなぁ!」


「そんな事より! 外の世界に行きたいなら、まずあなたはその言葉使いを直しなさい!」


「えっ? 何で?」


「人間は幼いというだけで、相手を下に見たりする生き物です。しっかりしてるように見られたいならまずはそこからです!」


「わ、分かったよ~」


「分かりました。です!」


「分かりましたー」


「語尾を伸ばさない!」


「分かりました」




 いつも気付けば夕暮れだった。


「じゃあ、今日はそろそろ帰るね」


「えぇ、気を付けて帰りなさい」


 そう言いながらヴァルを見る。大きな翼に、体躯、まるで鋭い剣のような尻尾。人を軽く丸呑み出来そうな口に、岩をも砕きそうな牙。だけど、目はとても優しくて、もし母親と呼べる人が僕にいるなら、こんな目なんじゃないかと思う。


「あっ、待ちなさい」


「うん?」


「今日はそろそろ帰ります……です」


「もう、ヴァルは煩いなぁ」


「煩いとは何ですか!?」


 外の世界と繋がりを持たない僕でも知っている。絵本や物語に出てくるそれ。金色の綺麗な鱗を持つヴァルは紛れもない()()()()だった。


「じゃあ、またね!」


「夜道には気を付けるのですよ?」


 手を振りながら滝を後にする。今の僕にとって、ドラゴンだけど()()なヴァルとの時間は何より楽しいものだった……




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