表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/34

異世界勇者は宿(?)に入る

 メストさんの店から外に出た。

 路地裏の空気がホコリっぽく、鼻に飛び込んで来たため、少しむせてしまった。


 ただ、この空気感というか雰囲気は嫌いじゃない。

 何というか、前世ではこんな場所に行った時がなかったし、そこの物陰からいきなり飛び出してきた男がいるなんてのも、経験したことがない。


 危ねっ。

 俺は華麗に身を翻し、男を背負い投げ。


 やっぱり、異世界は危険である。

 だが、そこが良い。

 前世にはなかったヒリヒリ感が、この世界にはある。

 まあそれも、俺の勘があるからなんだろうが。


 常人からすれば、いきなり事故に遭って、知らない間に変な空間にいて、目の前で豚が絞め殺されるのを見たら、気が狂ってしまうに違いない。


 そこは一応、勘に感謝しておこう。

 俺の勘が、敬えと胸を張った気がしてイラッと来たので、肩パンしようとするがヒラッとかわされる。


 どうでもいいが、お前。

 女なのか?

 何だか胸が揺れている気がしたんだが。

 まあ、あくまで想像の中なので、俺の気のせいか、さすがに。


 そもそも、お前がいなけりゃ、こんな世界に来てないんだからな!

 と、一応は抗弁だけしておこう。

 実際、感謝しているのは間違いないし。

 勘だけに。


 ヒくほどつまらなかった。

 良かった、言葉にしていなくて。


 あ、背負い投げした男が立ち上がった。

 俺がギン、と強い視線を向けると、くそが、と毒づきながら、後ろ走りで逃げていく。

 中々にシュールだ。


 どうでもいいが、ちゃんと前見て走った方がいいぞ。

 あ、ほら。

 路地裏に放置されたゴミに足を取られ、盛大に倒れこんだ。

 俺が背負い投げした時より痛そうだ。


 まあ、放っておいて、メストさんに紹介された宿、と思われる場所に向かおう。

 

 それらしい場所に着いた。

 ううむ。

 やはり、ボロ屋。


 看板なんかも、何も付いていないので、ただの民家にしか見えないが。


 とりあえず、扉はこれでいいんだよな。

 ノブを回して、ギシギシギシ。


 中に入ると、こっちもメストさんのいた建物と同じで、やはり小綺麗な内装である。


 あれだ。

 表をボロく見せるような結界的な何かを張っているに違いない、きっと。

 変な輩が入ってこないようにだ。


 中に入ってぐるっと見回す。

 右手には、テーブルと椅子のセットが何個かある。

 そのさらに奥には、壁を切り取った空間がある。

 香ばしい香りが漂ってくるような雰囲気だ。

 食堂なんだろう。


 左手には長い廊下が続いているが、はてさて何があるのやら。


 というか、外から見た時より明らかに、中の方がずっと広いように感じるのはきっと、気のせいではないのだろう。

 何だか、摩訶不思議な空間である。


 そして、目を正面に向けると、カウンター。

 その奥には、新聞を広げ、椅子に腰を掛けている人らしき姿。


 俺が入ってきたことに気付いたのだろう。

 新聞を下げ、そこに出来た隙間から、俺をジロリ。


 中々に迫力がある。

 小さな子供が見たら、泣いて喜ぶことだろう。

 まだ自分が、死んでいないことに。


「客か……」


 渋い男の声だった。


 感じからすると、結構年がいっているような気がするんだが、何故だろう。

 これから何十年と経っても、今のままでいそうだという若さのようなものも、感じ取れた。

 その理由はきっと、頭に角が生えているからなんだろうな。


「多分そうだ」


 俺はその声に返答する。


「多分……だと?」


「ああ。ここは宿屋なのか?」


「まあ、宿もやっているにはいるが……」


「なら良かった」


「たけぇぞ?小僧に払えるのか?」


「いや、右2軒隣のメストさんに紹介されたと言えば、安くなると言われたんだが」


「……何?」


 すると、男の声が一段、低くなる。


 どうでもいいが、俺の目からはまだ、男の表情が見えない。


 未だに新聞を広げているからだ。


 態度悪いぞ!

 いい加減新聞をたため!

 俺は客だぞ!


 まあ、安く泊まろうと来ている俺が、客と呼べるのかは甚だ疑問だが。


「あのババア……余計なことをしやがって」


 あ、悪口言ってる。

 言い付けてやろう。

 ばらされたくなかったら、俺を安く泊めろ。


 でも多分。

 何となく、メストさんには聞こえてそうだな。

 建物がギシッて鳴ったもんな。

 心の中で合掌。


「なんぼだ?」


「5000」


「……チッ」


 露骨に舌打ちだ。

 おい、態度がなっていないぞ!

 だからこの宿、客がいなくてすっからかんなんだよ!


「……しゃーねぇ」


 男は結局、諦めたように呟くと、ようやく新聞を畳んだ。


 立ち上がった男の全貌は、その表情に負けず劣らず迫力があり、戦うとなったらまず、逃げることを考えるだろう。


「5000で泊めてやる。ただし……」


 二日までだ。


「あざす!」


 ちょうど良い。

 一万しか持っていないからな。

 俺は勢いよく頭を下げた。


 男が、はぁ、とため息をつくのが聞こえた。

 幸せが逃げるぞ。

ありがとうございました、


よろしかったら、ページ下部にあるブクマや評価を付けていただけると嬉しいです


当方の作品「その箱を開けた世界で」もどうぞお楽しみに

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ