異世界勇者は宿(?)に入る
メストさんの店から外に出た。
路地裏の空気がホコリっぽく、鼻に飛び込んで来たため、少しむせてしまった。
ただ、この空気感というか雰囲気は嫌いじゃない。
何というか、前世ではこんな場所に行った時がなかったし、そこの物陰からいきなり飛び出してきた男がいるなんてのも、経験したことがない。
危ねっ。
俺は華麗に身を翻し、男を背負い投げ。
やっぱり、異世界は危険である。
だが、そこが良い。
前世にはなかったヒリヒリ感が、この世界にはある。
まあそれも、俺の勘があるからなんだろうが。
常人からすれば、いきなり事故に遭って、知らない間に変な空間にいて、目の前で豚が絞め殺されるのを見たら、気が狂ってしまうに違いない。
そこは一応、勘に感謝しておこう。
俺の勘が、敬えと胸を張った気がしてイラッと来たので、肩パンしようとするがヒラッとかわされる。
どうでもいいが、お前。
女なのか?
何だか胸が揺れている気がしたんだが。
まあ、あくまで想像の中なので、俺の気のせいか、さすがに。
そもそも、お前がいなけりゃ、こんな世界に来てないんだからな!
と、一応は抗弁だけしておこう。
実際、感謝しているのは間違いないし。
勘だけに。
ヒくほどつまらなかった。
良かった、言葉にしていなくて。
あ、背負い投げした男が立ち上がった。
俺がギン、と強い視線を向けると、くそが、と毒づきながら、後ろ走りで逃げていく。
中々にシュールだ。
どうでもいいが、ちゃんと前見て走った方がいいぞ。
あ、ほら。
路地裏に放置されたゴミに足を取られ、盛大に倒れこんだ。
俺が背負い投げした時より痛そうだ。
まあ、放っておいて、メストさんに紹介された宿、と思われる場所に向かおう。
それらしい場所に着いた。
ううむ。
やはり、ボロ屋。
看板なんかも、何も付いていないので、ただの民家にしか見えないが。
とりあえず、扉はこれでいいんだよな。
ノブを回して、ギシギシギシ。
中に入ると、こっちもメストさんのいた建物と同じで、やはり小綺麗な内装である。
あれだ。
表をボロく見せるような結界的な何かを張っているに違いない、きっと。
変な輩が入ってこないようにだ。
中に入ってぐるっと見回す。
右手には、テーブルと椅子のセットが何個かある。
そのさらに奥には、壁を切り取った空間がある。
香ばしい香りが漂ってくるような雰囲気だ。
食堂なんだろう。
左手には長い廊下が続いているが、はてさて何があるのやら。
というか、外から見た時より明らかに、中の方がずっと広いように感じるのはきっと、気のせいではないのだろう。
何だか、摩訶不思議な空間である。
そして、目を正面に向けると、カウンター。
その奥には、新聞を広げ、椅子に腰を掛けている人らしき姿。
俺が入ってきたことに気付いたのだろう。
新聞を下げ、そこに出来た隙間から、俺をジロリ。
中々に迫力がある。
小さな子供が見たら、泣いて喜ぶことだろう。
まだ自分が、死んでいないことに。
「客か……」
渋い男の声だった。
感じからすると、結構年がいっているような気がするんだが、何故だろう。
これから何十年と経っても、今のままでいそうだという若さのようなものも、感じ取れた。
その理由はきっと、頭に角が生えているからなんだろうな。
「多分そうだ」
俺はその声に返答する。
「多分……だと?」
「ああ。ここは宿屋なのか?」
「まあ、宿もやっているにはいるが……」
「なら良かった」
「たけぇぞ?小僧に払えるのか?」
「いや、右2軒隣のメストさんに紹介されたと言えば、安くなると言われたんだが」
「……何?」
すると、男の声が一段、低くなる。
どうでもいいが、俺の目からはまだ、男の表情が見えない。
未だに新聞を広げているからだ。
態度悪いぞ!
いい加減新聞をたため!
俺は客だぞ!
まあ、安く泊まろうと来ている俺が、客と呼べるのかは甚だ疑問だが。
「あのババア……余計なことをしやがって」
あ、悪口言ってる。
言い付けてやろう。
ばらされたくなかったら、俺を安く泊めろ。
でも多分。
何となく、メストさんには聞こえてそうだな。
建物がギシッて鳴ったもんな。
心の中で合掌。
「なんぼだ?」
「5000」
「……チッ」
露骨に舌打ちだ。
おい、態度がなっていないぞ!
だからこの宿、客がいなくてすっからかんなんだよ!
「……しゃーねぇ」
男は結局、諦めたように呟くと、ようやく新聞を畳んだ。
立ち上がった男の全貌は、その表情に負けず劣らず迫力があり、戦うとなったらまず、逃げることを考えるだろう。
「5000で泊めてやる。ただし……」
二日までだ。
「あざす!」
ちょうど良い。
一万しか持っていないからな。
俺は勢いよく頭を下げた。
男が、はぁ、とため息をつくのが聞こえた。
幸せが逃げるぞ。
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当方の作品「その箱を開けた世界で」もどうぞお楽しみに




