異世界勇者は宿探し
よろしくお願いいたします!
とりあえず、宿を探そう。
安そうな宿をだ。
表通りのギルドからも程近い場所にいくつか並んでいるが、ここら辺は絶対にダメだ。
立派な入口に立派な外装で明らかに高級宿、ロングリー様の父親が止まっていたところよりは数段劣るだろうが、それでもおいくら万の世界だろうきっと。
一万しか持っていない俺では門前払いだ。
よし、こういう時こそ俺の勘だ。
五千以下で泊まれるようなところがいい。
勘の赴くままに歩き回る。
せめて、二日。
二日は経ってから戻らないとすごくダサい感じがするのである。
そんな俺の希望を勘は答えてくれるのか。
こっちこっちと俺の勘が言っているような気がする方向にひたすら歩いていくと、おいおいおい。
住民の声が飛び交う活気溢れる通りから、少し薄暗い雰囲気のある路地裏へ。
治安が悪そうだ。
俺の勘は敵なのだろうか、俺の。
何か恨みでもあったか?
しかし、勘はお構いなしにこっちだと囁いてくる。
……。
しょうがない。
行ってやろうじゃないか。
どうせ他に心当たりもないんだし。
と、その時、勘がちょろっと騒ぎだす。
後ろから誰かが駆けてくる音。
とても軽やかで速さそうだ。
とりあえず、俺も走っとこ。
「なっ?!」
驚く声だ。
あてが外れたのだろう。
何をするつもりだったのかは、まあ何となく予想がつくが残念だったな。
駆けっこにはちょっと自信がある。
小学生の時は、常にクラスで三位くらいだった。
勘にツッコまれた気がしたが、そんなのは知らん。
しかし、相手も中々の強者だ。
俺に引き離されまいと、必死に追いかけてくる。
むーう。
しばらく逃げていたら、入り組んだところに来てしまった。
俺はちゃんと表の通りに戻れるのだろうか。
しかも、まだ追いかけて来ているのだ。
しょうがない。
あそこの角を曲がったら待ち伏せしよう。
俺は十メートルほど先にある曲がり角を見て決めた。
数秒後、角を曲がる。
その先で、少し横にずれる。
追跡者も曲がってきた。
と、すぐそこに俺がいたのでぎょっとした。
その隙に俺は足を掛ける。
追跡者は突然のことに反応できず、まんまと転ばされる。
手は何とか地面に付いていた。
俺はその手を取り、なるべく痛くしないよう気を付けながら、背中に捻る。
膝を付き、体重をかけて起き上がれないようにする。
「うぐ……」
追跡者がうめく。
うーん、やっぱりか。
女の子だ。
しかも少女と言っていい年齢。
だから逃げたのに追いかけてくるもんだからこんなことになっているのだ。
一体、俺に何の用なんだか。
正直、この体勢は心苦しいものがある。
前世だったらお世話になっている、警察に。
用を聞いて、とっとと逃げよう。
「何の用だ?」
俺は追跡者に聞いた。
「……」
彼女は答えない。
まあ、それは答えないよな。
こんな胡散臭い男だ。
正直に答えたら何をされるか分かったもんじゃない。
「何か俺からスろうとした?」
とりあえず予想したことを言ってみる。
「……」
相変わらず何も言わないが、少し焦っているような気がする。
「冒険者ギルドからつけてきた?」
「?!」
お、思わず反応してしまったな。
しまった、と今度は明らかに焦っている様子だ。
初めてこの街に来た俺に用があるなんて、そのくらいしか思い付かないからな。
「グモンの実?」
「っ?!」
やっぱりか。
大人気である、この謎の実。
ふむ。
「残念ながらあれはもうない」
「……ないの?」
「というのは嘘だ」
「……」
すきま風がヒュルルルーと吹いた。
やっと喋ってくれたな。
俺は空いた片手で一粒ポッケから取り出してパクッと食べた。
少女が目を見開く。
物欲しそうにしている。
「俺の質問に答えてくれれば、分けてやらんでもない」
「……ほんと?」
「うむ。まあ、とりあえず俺はもう逃げないから、お前も俺を襲おうとするなよ?」
「……分かった」
その返事を聞き少女の手を解放し、俺は立ち上がった。
少し離れる。
少女も立ち上がり、手をふるふる。
俺に捻られていたせいで、しびれたようである。
まあ、それは仕方ないと思ってもらうしかない。
「まず、お前の名前は?」
「……マリ」
「マリね。じゃあマリ、五千ジェル以下で泊まれる宿を知らない?」
「……はっ?」
俺の質問にマリは目を丸くさせている。
ふむ、目鼻立ちはパッチリしていて、髪は少しボサボサだが銀色のきらめき。
前世にこんな子がいれば、何年に一度のアイドルとかで売り出されていたに違いない。
将来が楽しみな少女である。
しかし。
今の今まで彼女の恰好を意識して見てなかったが、よく見ると服がボロボロである。
あまりいい暮らしをしていないのだろうか。
格差社会。
前世でも問題になっていたことだが、ここまでボロボロしている奴はいなかった気がする。
まあ、この世界では福祉とか何やらが充実していないんだろうな。
俺にはどうしようもないことだ。
世知辛い。
「……ギルドに戻ればいい」
グモンの実を売ればいい、ということなんだろう。
ふん、分かってないな。
「すぐに戻ったらカッコ悪いだろう?」
俺はニヒルに笑む。
ふむ。
まるで理解できないという顔をしているな、少女が。
整った顔をした少女に、そんな能面のような表情で見つめられると何かの趣味に目覚めてしまいそうだ。
いけないっ。
「知らない?」
俺は再度、確認するが。
「……知らないけど……」
マリはそこで言葉を区切り。
「……うちに来る?」
お読みいただきありがとうございました!
よろしかったら、ページ下部にあるブクマや評価をつけていただけると嬉しいです!
感想もお待ちしております!辛口希望!
当方のもう一作「その箱を開けた世界で」もどうぞお楽しみください!




