藤堂邸訪問! 2
大地を見た美雨のテンションが、一気に上がったのは火を見るより明らかだった。猫耳が左右に揺れている。
そのテンションのまま、美雨は言った。
「こんにちはっ、美雨って言います!」
それに対する反応次第で、花音は大地をぶん殴るつもりだった。だが、大地の返答は
「あれ、この前の女の子じゃない。前はありがとね、かばってくれて。結構嬉しかったんだよ~」
だったので、無理やり殴る理由を作る訳にもいかず、花音は暴力行使を諦めた。
一方、美雨は覚えてもらっていたのが嬉しかったらしく、顔を赤らめていた。
「大地さんはすごいです。あんな人たちに嫌なことされても、ちゃんと学校行ってるじゃないですか」
それは藤堂の息子が不登校なんて知れたらまずいからよ、と言おうとした花音だが、すかさず大地が言葉を返した。
「照れちゃうなあ。よし、今日一緒に夕食食べない?」
「いいんですか!?」
「ダメに決まってるでしょ」
二人で盛り上がっているところに水を差したという、ばつの悪さは感じた花音だったが、やむを得なかった。
「美雨はまだ親御さんに連絡してないでしょ?それに、急に作る量が変わったら、料理人たちが困るわよ」
美雨は、料理人がいるという事実を受け止めきれずによろめきつつ、反論した。
「私は別に、親には電話すれば済む話ですし。折角先輩が提案したのに、無下にしたら申し訳ないです」
平然と言ってのける美雨に花音は、案外この娘図太いのか!?、と認識を改めた。
「そうそう。それに、仕事が増えてもあの料理人たちならむしろ喜ぶんじゃないかなあ」
便乗しているだけの大地に、花音は苛立ち、腹にアッパーを決める。フゴォッ!?と呻きながら、大地は頽れた。
「とにかく、私は先輩と、それに花音と一緒に夕食を食べたいです!断る理由もないでしょ?」
そんな風に美雨に言われてしまい、断らない理由もないんだけど、と思いつつ花音は渋々了承した。
しばらくして、現藤堂家当主、藤堂源竜と妻、美晴が仕事から帰ってきた。美雨が一緒に夕飯を食べるというのは急な話だったので、頓挫するかもしれないと思ったが、源竜は、美雨が拍子抜けするほどあっさりと承諾した。
結果、美雨はホテルで出てくるような品々に驚かされつつも、ひと時の楽しい時間を過ごしたのであった。
美雨が藤堂邸に来てから2時間ほど経っただろうか。腹が満たされた美雨は、席を立った。
「あの、そろそろ帰りますね。親も心配してると思うので」
そう言われた花音と大地が、時計を見る。
「ほんとね。楽しいと時間が経つのが一瞬だわ」
そう花音が言うのを聞いて、美雨は自分との時間が楽しかったことを確認でき嬉しく思った。
ふと、源竜が口を開いた。
「もうこんな時間だ。彼女一人で帰してしまうのはいけない。大地、家まで送ってあげなさい」
その源竜の計らいに、美雨は感激したものの、
「いえ、もうこんなによくしていただけましたし、そこまでしてもらうのは申し訳ないです」
と断った。しかし、花音までもが
「送っていってもらいなさいよ。どうせこんな奴、いようがいまいが一緒だとは思うけど」
と言い出し、大地も迷惑そうではなかったので、美雨は厚意を受け取ることにした。
美雨は知らないが、これは美雨が藤堂家に害のない人間であることを調べるための計らいでもあり、大抵大地の担当なのである。
美雨は、夜の涼しさを肌で感じながら、帰路を大地と歩いていた。二人以外に人が見受けられないのも相まって、美雨は余計に大地を意識していた。
藤堂邸にいるときは強がっていたが、本当は美雨は一人で帰るのが心細かった。なので今は、隣を歩く大地のことがとても心強く感じられ、一緒に帰ってもらえることが嬉しかった。だがもちろん、大地の危険解決能力を信用している訳でもなく、むしろ何かあったときは自分が先輩を守ろうとさえ思っていた。
そんな気持ちを抱えつつ、二人の共通の話題が全然ないという問題に直面していた美雨は、
「あの、瀬織さん」
「ひゃいっ!!?」
大地に突然声をかけられ、驚いて変な声が出た。
「あの、ちょっと話があるんだけど」
大地の声が少し緊張しているようにも感じながら、美雨は
「は、はい。なんでしょう」
と答える。
「瀬織さんは、藤堂がどういう人間の集まりか知ってる?」
「もちろんですよ。強くて優しくてかっこいい人ばかりです」
そんな美雨の答えに、大地は苦笑した。
「確かにそうかもね。でも、それだけじゃないよ。藤堂は、いろんな方面に首を突っ込んでるから、結構たくさんの人に恨まれてたりもするんだ。そんな一族だから、みんな嘘がうまくなる。花音だけは例外かもしれないけどね。でも、その嘘がもしかしたら瀬織を傷つけるかもしれない。だから、もう藤堂とは関わらないほうが君のためかもしれないよ」
そんな大地の言葉に対する、美雨の返答は至ってシンプルだった。
「そんなことないです!」
そして大地は、そのシンプルな返答に驚いて、しばらく何も返せなかった。返せない間に、美雨が言葉を継ぐ。
「そんなの、花音と先輩と友達になっちゃいけない理由にはなりません。嘘がなんだっていうんですか。嘘なんて誰でもつきますよ」
我に返った大地が、言葉を返す。それは、どこか嬉しそうでもあった。
「瀬織さんは優しいんだね。後輩に説教されるとは思わなかったよ」
そして、大地は立ち止まって、左側にあった家を指さした。
「それより、ここじゃない?瀬織さんの家」
美雨はその言葉の意味を理解するのに少し時間を要し、そして、自分が熱弁するあまり帰宅したことに気付かなかったことを知って、恥ずかしさで顔を真っ赤にした。
そして、
「今日はありがとうございましたあ!」
と言いながら、そのままの勢いで家の中に駆け込んでいった。
そんな美雨の様子を微笑みながら見ていた大地だったが、突然、ふっ、とため息をついた。
「困ったなあ、もう嘘ついちゃってるのに」
そんな呟きは、もちろん家の中の美雨には聞こえなかった。
一方、藤堂邸では花音が、大地が美雨に何かしてはいないかとやきもきしているのであった。