藤堂邸訪問! 1
「ここが私の家よ」
と言って花音が美雨を見ると、案の定美雨はカルチャーショックを起こしているようだった。美雨にとっては、三メートルはあろうかという巨大な門を構える、大豪邸が友達の家だと聞けば、驚くのが当然なのだが、花音にとっては、自分の家に驚かれるのは憂鬱なだけである。
門と塀で囲まれている藤堂邸は、塀より内側に、藤堂家の人間が住むための邸宅と、召使いのための離れ、そして倉庫の三つの建物を持っている。南にある門から入って、左側にあるのが離れ、右側にあるのが倉庫、奥にあるのが邸宅だ。ちなみに、塀のすぐ内側には、低木と無数の花が生い茂っており、塀の外からは内側が見えにくくなっている。
そんな風に花音から説明されていた美雨だったが、そもそもどうやって門を開けるのかすら分からなかった。花音と美雨が二人で押しても、開きそうにない。
そんな美雨の疑問は、簡単に解決された。美雨は気付いていなかったが、門の隣に小さなインターホンがあったのだ。花音がインターホンを押すとすぐに、反応があった。
「お帰りなさいませ、お嬢様。後ろの方は?」
インターホンから聞こえてきた、男の者と思われる声に、花音は答える。
「友達よ。話の流れで、招待することになったの」
「かしこまりました」
そう男が言って数秒がたつ。すると、低く響く音を伴い、門が開き始めた。美雨は、早く中が見たくて、門の開くのが遅いのをじれったく思った。
門が開ききり、見えたのが邸宅に続く石畳の道であったので、美雨は、家に入るのがやたら長いなあ、と妙な方向に感心した。
そんなこんなで、ようやく美雨たちが家に入ると、美雨は再び驚いた。まず、靴を脱がなくてよい、ということである。外国ではそれが主流ということは知っていたが、美雨の身近にもこういう生活様式の人はいたのか、と何か新鮮な気持ちになったのだ。
ただ、靴を脱がなくてよいということが頭で理解でできても、行動に移すには少し戸惑いを覚え、美雨がオロオロしていると、花音に
「何してるの?」
と不思議そうに言われ、何でもないです、と言いつつ萎縮したまま家に上がった。
扉からフロアの奥まで、赤い絨毯が一直線に伸びており、絨毯の先には、大きな階段があった。階段は数段上がると左右に分かれ、カーブを描くような形で二階の廊下に続くという構造になっていた。階段の下にも大きな扉があるので、奥にも部屋があるのだろう。階段は吹き抜けになっており、階段を上がった先の壁には、美雨にはよくわからなかったが、高価そうな絵が飾られていた。
「ここ、無駄に広いけどダンスホールとかになるから、誰か呼んで舞踏会とかするのにはうってつけなのよね。あ、トイレはあっちにある休憩所から入れるから。私の部屋は二階よ」
といって花音が左を指さした先には、木製の可愛らしい扉があった。家の中に休憩所があること自体、美雨には衝撃だったのだが、トイレも男性用と女性用に分かれているんではないか、と想像した。さすがにないか、と考え直したが、この家ならありえそうだと思った。
そうして考えを巡らしている美雨の様子を気に留めることもなく、花音はずんずんと階段を上っていく。その後を追いかけながら、美雨は、家に入ってからも長いなあ、と再び感心していた。
階段を上りきった先の、絵画の飾られた突き当りを左に曲がりつつ、花音は、思い出したように言った。
「あ、そう言えば、右にいった突き当りにもトイレはあるわよ。ただ、男女兼用だけど」
友人の尋常ではない家の内装に興奮していた美雨は、普通はそうなんですよ、というかやっぱり一階のは男女別だったんですねっ、と言いかけたが、「あ、はい」と答えるだけに留まった。
左の突き当りが花音の部屋であり、ようやく着いた、と妙に安堵しながら部屋に入った美雨が、一言目に発した言葉が、
「え······」
である。
さすがに耐性がついてきたかな、と思っていた美雨だったが、さすがに花音の部屋が自分の家のリビング二つ分ぐらいの広さであることには驚いた。部屋の中は、女の子らしからぬ質素な内装で、必要最低限の家具とテレビだけがあった。部屋の中央のテーブルには、ティーポットとカップ二つが置いてあった。
この部屋おしゃれにしたいなあ、と美雨が考えていると、つい立ち止まってしまっていたようで、先に入っていた花音に再び不思議そうな顔をされた。
花音が、部屋の中央のテーブルの席に着いたのを見て、その向かいの席に座った美雨は、まず
「なんで椅子が二つもあるんですか?」
と尋ねた。
花音は、
「昔は家庭教師雇ってたからね」
と、何でもないことのようにいったが、わざわざ家庭教師用の椅子を用意すること自体驚きである。
「さ、お茶にしましょ」
と言って、花音がティーカップに紅茶を注いだ。カップを受け取った美雨は、紅茶を堪能しつつも、疑問に思う。
「そういえば、さっき来たばっかりなのに、どうしてもう紅茶が用意されてるんですか?」
花音は、
「召使い長が、そういうことができる能力を持っているからね」
と簡潔に答えた。だが、美雨が物足りなさそうな顔をし、ついでに猫耳がピクピク動いているのを見て、説明を付け加えた。
「召使い長はね、特定の範囲内のものの位置や動きを、正確に知れるのよ。範囲は大体敷地より一回り大きいぐらいらしいわ。インターホンを押したときに、すぐ返答が来たのもそれが理由よ。多分、私が二人で帰ってきたときから、この紅茶は用意させてたんじゃないかしら」
美雨は、納得して頷き、
「じゃあ、監視カメラいらないですね」
と言った。そして、
「ついでにもう一つ聞いていいですか?」
と、言葉を継いだ。
「もちろんいいわよ。何かしら」
「大地先輩は今どこに?」
大地という名前が出た瞬間、花音の顔が一瞬引きつった。どうも、大地先輩の話になると、花音は様子がおかしくなるなあ、と美雨は不思議に思う。
一方花音は、やっぱりそういう話になるわよねっ、と焦っていた。
「兄ぃなら、隣で本でも読んでるんじゃないかしら」
「それなら、この部屋に呼びましょうよ!人数多いほうが楽しいですよ」
美雨は叫んだ。
「絶対ダメ!あんなやつほっといて女子トークしといたほうが楽しいわよ、絶対!」
花音も負けじと叫び返す。だが、美雨はめげない。
「先輩がいてもできますよ、女子トーク!」
「無理よ!あの木偶が女心なんてわかるわけないでしょ!」
「やる前から無理って決めつけてちゃ成長できないですよ!」
「あなたに言われたくないわよ!」
無い胸を指さされながらそう叫ばれ、美雨の胸は深くえぐられる。なんとか言い返そうと、美雨が考え出した時っだった。
「うるさいなあ、どうしたの?てか、誰がいるの?」
花音の部屋の扉が開いた。そこに立っていたのは、大地だった。
長くなってしまった…