夏休み 決戦!7
満身創痍の大地が立ち、もどきを挟んで望と叶が立つ。そんな構図が出来上がったところで、双子の少女は一息ついた。これまで、この技を破った人間はいなかった。その事実が、二人に余裕を生じさせたのである。どんな人間でも、自分を殴るのには抵抗が生まれてしまうものだ。それに、人数的にも、勝てるはずがない。
そんな思いから、二人は少々油断していた。のだが。
突然、空気が変わった。不吉なことが起きるという、何か予感めいたものがぞわっと二人を襲い、たちまち二人を臨戦態勢にさせた。
二人は、もどきたち越しに大地を見た。それまでへらへらと笑っていただけの大地は、どこか異質な、傲岸不遜な笑みを浮かべていた。
「人数でごり押ししようってか、クソガキ。私をなめるなと言ったな。その言葉、そのまま返すぜ。俺を、俺たちをなめるなよ。そんな甘い考えじゃあ、俺は倒せないぜ」
大地が、望と叶をギラギラと睨みつける。血管が浮き出て、髪が逆立ったその顔は悪魔的とすら言えた。
そして、大地は詠唱を始めた。
「汝、我に求めよ
さすれば我、汝に勝利を授けん
高き才に弱き心を住まわせし我が主よ」
ここで、双子の少女は大地の呟いているのが詠唱であることに気づいた。もちろん二人とも、わざわざ詠唱が終わるのを待っているほどお人よしではない。すぐに、もどきたちに大地を襲わせた。
一斉に大地へと迫ろうとするもどきたち。まず、五体が同時に蹴りを繰り出した。大地の左右と頭上から豪速で迫った五本の脚。それらは、避ける素振りも見せなかった大地にモロに当たった。ボキボキ、と嫌な音がする。
しかし、折れたのは大地の骨ではなく、もどきたちの脚。大地の体が、鋼のように硬くなっていた。
大地の詠唱は、留まることを知らない。
「汝、王の器にあらず
王を統べる器なり
汝、英雄にあらず
善悪の区別なく、全てを淘汰する者なり
ならば、汝は何ぞや」
続く二体のもどきが、大地と同じく体を硬くして蹴りをかます。今度こそ大地の体は吹っ飛び、壁に激突した。大地の体が壁にめり込む。それでも、大地は詠唱をやめない。
「汝、道化師なり
心を見せず、弱みを見せず、不遜に笑う狂人なり
我、悪魔なり
汝の体を操り、喜劇で終える化け物なり」
もどきたちが、次々と大地の体に拳を、蹴りを、頭突きを、ありとあらゆる攻撃を打ち込む。しまいには、大地の両腕が妙な方向に曲がった。
しかし大地は淡々と詠唱を続ける。笑みを浮かべたまま。
「汝、我に求めよ
我ら、敗北を知らぬ者 勝利を約束された者」
そして、詠唱が終わる。
「Devil's Promis(悪魔の契約)」
その瞬間、爆風が吹き荒れた。実際に吹いたわけではない。しかし望と叶は、確かに感じた。大地の、激烈なプレッシャーを。
双子が意識したわけでもないのに、勝手にもどきたちの動きが止まった。双子が感じた本能的恐怖が、無意識にもどきたちに動くなという指令を出したのだ。
そして、もどきたちと双子が見守る中、大地は両腕の怪我をものともせず、壁から床に降り立った。
「どうした、来ねえのか?」
大地が、挑発的に言う。双子の少女が悔し気に歯ぎしりをする。
「行きなさい!!!」
望が叫んだ。再び、もどきたちが動き出す。一方大地は、両腕をもの凄い速度でバッ、と振った。するとその一瞬で、両腕は元通りになっていた。
もどきの一体が、大地の首を掴もうと飛びかかってきたその腕を、大地はがっちりと掴んだ。その周りから、覆いかぶさるように跳んでくるもどきたち。
そこで大地は、掴んだもどきを、ぶん、と片手で一振りした。もどきともどきの体が衝突し、もどきたちの体が吹っ飛ぶ。
大地は、腕を振った勢いで体を回転させ、掴んでいたもどきを双子の少女の方へと放り投げた。もどきの体はぐるぐると回転し、叶の作った鏡を数枚突き破り、なおも勢いを減じず扉の上の壁に激突した。
それを見ているわけでもなく、大地は次の標的を見定め、無造作に首根っこを掴んだ。そして先ほどと同じように放り投げた。またしてももどきの体が鏡を割って飛んでいく。
そこへ新たにもどきが殴りかかってきたその胴体を、大地の蹴りが貫通する。もどきの体はすぐに動かなくなった。大地はそのまま回し蹴りを放ち、結果そのもどきも鏡の方へと飛んでいった。
そこまでくれば、望と叶にも大地の意図が分かった。大地は鏡を破壊することで、新たに虚者を生成されることを防いでいるのだ。先ほどの鏡の大量生成で、叶が鏡を再生成するのには時間がかかると踏んで。そしてその読みは当たっていた。しかし、望も叶も、どうすることもできない。
そんな望と叶の様子などお構いなしに、大地は倒れ込んでいた一体のもどきの足首を掴んだ。そして、勢いをつけてぐるぐると回り始める。回転速度がみるみるうちに速くなり、まるで大地を中心とした台風のようになった。
そこへ、ただただ大地を襲うように襲われただけのもどきたちが、結果を考えずに飛び込んでいった。その顔面に、大地に掴まれたままのもどきの頭部がヒットし、ボゴッ、と嫌な音がして、もどきたちの体がぐるぐると回転し、倒れ伏した。
そうして、立ち上がったままのもどきたちが周りにいなくなると、大地は掴んでいたもどきを放り投げた。今度は、もどきは鏡の方へとは飛んでいかず、望と叶の方へ向かっていった。不意にきた攻撃に反応できず、二人は避けられずにもどきに衝突、扉前まで吹っ飛ばされた。ごろごろと転がり、呻く二人。それでも、どうにか立ち上がる。
同時に、大地は超高速で宙に浮く鏡を全て破壊した。破壊された鏡は、キラキラと輝いて消滅した。
その後、大地は部屋の中央に立つ。うずくまる二人を見下ろして、大地は言った。
「形勢逆転だな。そう思うだろう?クソガキ」




