夏休み 決戦!4
再び至近距離に迫った二人。
太刀原の右ストレート。疎及の顔面に決まり、嫌な音がする。しかし臆する様子のない疎及は、左手でがっちりと太刀原の腕を掴む。左腕を払い、脱着してまた太刀原を壁に叩きつけようとする疎及。しかし、腕を振るところまではうまくいったが、今度は太刀原が左腕を疎及の首にかけたことで吹っ飛ばすには至らない。
そこで疎及は、左手で太刀原の顔面を掴んだ。手に太刀原の顔が吸着するのを感じた疎及は、太刀原の頭を床に叩きつけた。それも、何度も。廊下にガッ、ガッと不穏な音が響く。
しかし、それでやられる太刀原ではない。叩きつけられた時の衝撃で跳ね上がる脚を器用に疎及の腕に絡ませると、疎及の腕を一気に締め上げた。ミシミシ、と疎及の腕から音がなる。堪らず、疎及が動きを止めたところで、太刀原は疎及の膝の関節めがけて鋭い正拳を繰り出した。頽れる疎及。
疎及の手から顔が離れたのを感じた太刀原は、すかさず脚を解き、逆立ちしてから両足で疎及の顔面を打った。疎及はよけることもできず、床に転がった。疎及が立ち上がるのを待たず、太刀原は頭部めがけてかかと落としを繰り出す。
危険を察知した疎及は、体が痛むのを無理して、うずくまった体勢から強引に跳びあがった。疎及がいた場所に、太刀原の足が落ちた。それを感じつつ、疎及は壁に触れる。すると手が壁に吸着し、疎及は体が宙に浮いた状態で止まった。
それを確認した太刀原は、自身も壁に駆け寄り、壁を蹴って疎及に迫る。殴ろうとした太刀原だが、疎及がすかさず放った蹴りが、綺麗に太刀原の顔面に入り、頭から床に落ちる。その上に、手を壁から離した疎及が落ちてきて、太刀原の胴体に重い一撃が入った。着地が安定しなかったために再び床に転がる疎及。
そして同時に立ち上がり、二人はまた向かいあった。しかし、その息は荒く、鼻血を出したり口を切ったり、体力の消耗は明らかだった。
それでも、二人は余裕を崩さない。
「なかなかやるじゃあないですか。生意気なだけの小僧だと思っていたのですが」
「あんたこそ、弱っちい老いぼれと踏んでたんだが、なかなか粘るな、じじい」
不敵な笑みを浮かべる疎及と、静かに微笑む太刀原。だが、その目は全く笑っていない。
「しかし、随分と頑張るのですね、親父さんの名誉のために」
体力の回復の意味も込めて、会話を引き延ばす太刀原。その意図を理解しつつも、自らの回復のために疎及もあえて会話を続ける。
「もはや、親父の理念は俺の理想。それを叶えるために、あんたは邪魔だ。それに言っただろう、これはけじめだと」
「なるほどなるほど。しかし、あなたは理解しているのですかな、国を背負うというのはどういうことかを」
「何?」
顔から笑みが消え、怪訝な顔を浮かべる疎及。一方で太刀原は、真剣な眼差しで問う。
「藤堂家に仕えて痛いほどわかったことですが、国を一つまとめ上げるというのは、本当に大変なことだ。内閣の指針に沿う形で政治に指示を出し、裁判所に助言をし、ほどよく対抗勢力を成長させ、国の害になると分かった政治家や企業を間引く。それが、あなたたちにはできるのですか?」
それに対する疎及の答えは簡潔だった。
「なるようになる。物事は、それが全てだ」
それを聞いた太刀原は、一瞬驚いたような呆れたような顔をし、そして静かにため息をついた。
「そうか、そうですか。所詮は、その程度の覚悟ですか」
「それがどうした」
もはや、疎及の顔に疲労は見られなかった。その目が、爛々と輝く。
「覚悟がなんだ、意志がなんだ、理念がなんだ。今更それを口にするのか、じじい。人は違う、生まれた時から違う。他人と衝突する権利は、この世で初めて声を発した時にすでに与えられた。そんなことは、知っているだろう?」
そう言うと、疎及は身構えた。決着をつけるという思いが、その体中から感じられた。
「もはや言葉はいらない。今一度、一撃を」
そして太刀原も構える。もう、笑ってなどいない。
「そうですね。今一度、一撃を」
何度目かは分からない。二人はまた、走り出した。
またしても、先手を取ったのは太刀原だった。今度は、疎及の腹めがけて繰り出された右の正拳。疎及は体をねじってそれをよけ、右手で太刀原の腕を掴もうとする。だが、すぐに腕を戻した太刀原は、出てきた疎及の腕を掴み、一本背負いに持ち込んだ。
しかし投げられない。太刀原が掴んだ腕が、太刀原の胴に触れており、うまく疎及を腰に乗せられないのだ。
そして、逆に疎及が強引に太刀原の体を腰に乗せ、投げた。地面に叩きつけられ、一瞬息が詰まる太刀原。疎及はその上に馬乗りになった。そして、腰から取り出したのは、拳銃。銃口が、太刀原の顔へ向けられた。
「これは予想してたか?」
「当然です」
太刀原は疎及の腕を払い、首を横に曲げた。腕を払われた衝撃で疎及が撃った弾丸は、太刀原の顔の数センチ横を通った。
間近で発砲されたことで、キーンという音が頭に鳴り響きながら、太刀原は思いきり疎及の顔を殴った。疎及の体が反り返ったところを、太刀原がすかさず立ち上がり、太刀原が馬乗りになる形になった。
「さようなら」
そんな言葉とともに、太刀原は疎及の顔を再度殴った。太刀原の拳は疎及の顎を捉え、脳が揺れたのだろう、ついに疎及は気絶した。
それを確認してなお、しばらく動かなかった太刀原だったが、ふう、と一息つくと、すくっと立ち上がった。
「やはり、若い頃のようにはいきませんね」
そう言いながら、服の埃を払う。先ほどまでの緊迫した様子は、一切見られない。
「さて、坊ちゃまはどんな感じですかな」
太刀原は能力を使い、大地の入った部屋の中の様子を確認する。その中では、二十人ほど倒れていたが、大地を含め三人は、まだ立っていた。
「おやおや。坊ちゃま相手に頑張るではないですか」
この時点で、太刀原にはまだ余裕があった。しかし。
太刀原は、その能力で大地に相対する二人の攻撃手段を感知した。感知してしまった。その恐ろしさを、分かってしまったのだ。
「坊ちゃまっ!!!」
廊下に響く太刀原の声。太刀原は、大地のいる部屋へと駆けだした。




