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夏休み 海水浴!4

「楽しかったですね!」

「そうねー。兄ぃさえいなければもっとねー」

「ひどいこと言うなあ。お兄ちゃんは大切にしなよー」

「黙れ兄ぃ」


 花音たち3人は、駅に向かって住宅街を歩いていた。海からの帰りということもあって、大地の髪が濡れていたり、海水浴後独特の疲労感が3人を襲っていたりしているが、楽しそうな顔は崩れなかった。ビーチから駅まではあまり遠くない。美雨は花音と大地についていきながら、時間が過ぎることの速さに一抹の寂しさを感じていた。楽しい時間というのは、どうしてこうも早く過ぎ去ってしまうのか。


 そんなことを考えながら歩いていると、

「美雨、ちょっと止まって」

美雨は突然花音に制止された。

「どうしたんですか?」

 美雨に問われ、花音は苦々しげに答える。

「迷ったわ。それも人為的にね」

「迷った?」

 美雨は不思議そうに首をかしげる。藤堂花音と大地という、天才的な頭脳を持ち合わせた2人が迷ったなど、美雨には想像もつかなかった。


 そんな美雨の頭をポンポンしながら、大地は花音に警告する。美雨の猫耳が動きまくった。

「花音ー、気付いてると思うけど、なんかずっとつけられてるよー。ばれないと思ってるのかなー」

「ばれても構わないってことでしょ。それだけ自信のある計画を用意していると。おそらくここ、電波もつながらなくなってるんじゃないかしら。思っていたより連携が取れてるわね。迷ったのも敵の能力の1つなんでしょう」

 そう言った花音は、前方の十字路の方へ呼びかけた。

「どう?私の予想は当たっているかしら」


 美雨が曲がり角の方を見ても、人影は見当たらなかった。美雨は誰もいませんよ、と花音に言おうとした。

 そこで、突然拍手の音が通りに鳴り響いた。美雨が人を見つけられなかった十字路の左右の角から、そして美雨たちの背後から、30人ほどの男たちがぞろぞろと現れた。先頭に立ち、拍手しているのはあの海の家の経営者だった。


 海の家の男が話し始める。その顔には、余裕と冷笑があった。

「さすがだね、お嬢ちゃん。ほぼほぼ当たっているよ。まあ、だからと言って問題はないがね」

 そして、腕を広げ仰々しく男は言葉を続ける。

「俺は、非超能力者解放軍の、笠居ってもんだ。一応、幹部をやってる。俺は超能力を使えないが、部下の中には超能力者もいるし、お嬢ちゃんたちを捕らえるのに十分な武器もある。早いとこ降伏した方が、お嬢ちゃんたちのためだな」


 そんな男の言葉を受け、花音は憎々しげに舌打ちした。

「あなた、随分私をなめているのね。武装した男が数10人いるからなに?私は氷崎さんほど甘くはないわよ」

 そんな、花音の強気な発言にも、笠居は余裕の表情を変えない。

「お嬢ちゃんをなめるなんて、そんな恐れ多いことするわけないだろう。もちろん、手は打ってあるさ」

 そう言って、笠居は曲がり角の奥を見て誰かを呼ぶような仕草をした。


 その後現れた人物を見て、花音の顔色が変わる。

「なるほどね。これは確かにまずいわ」

 その人物とは、1度は花音を追い詰め、そして花音たち藤堂に恨みを抱いているはずの男、国破厳気であった。

「久しぶりだな、花音。お前と再会するのを楽しみにしていたよ」

「最悪。電撃よ、地を伝え!」

 そう言って、花音が足を踏み鳴らす。すると、花音の足元に一瞬バチっと電気が発生した。だが、それは国破の方へ伸びる前に消えてしまった。

「やっぱり······兄ぃ、あいつもう詠唱を終わらせてるわ。可視化できる攻撃は全部消去される」

「風ならどうですか?」

 美雨が尋ねるが、花音は首を振る。

「この狭い道じゃ、兄ぃと美雨を巻き込んでしまうわ。それに、周りに砂利が異常に多い。風じゃ砂を巻き込んで可視化してしまうわ。かなり用意周到ね」


 笠居が余裕ぶった笑みを浮かべ、片手を挙げる。花音たちの前後にいる男たちが、懐から拳銃を取り出し、構えた。

「お嬢ちゃんも気づいてるんだろうが、ここは部下の能力で作ったパラレルワールドだからね。発砲しようが問題はない。早めに降参するべきだよ」

 笠居の言葉で、花音の顔についに焦りが見え始めた、その時だった。


 それまで黙り込んでいた大地が、口を開いた。

「花音。人格代えるから、美雨と一緒に隅にいて」

 その言葉に一瞬戸惑いを見せた花音だったが、すぐに美雨と傍の塀の下に移動し、身をかがめた。驚いた美雨が大地の方に駆け寄ろうとしたが、花音がそれを押しとどめる。


 そんな花音、美雨と、笠居や国破たちの前で、大地はいつものへらへらした笑みを浮かべる。

「やーやー皆さん、今日はお日柄もよく、このような日にわざわざ僕たちのためにお集まりいただきありがとうございまーす」

 緊迫感のない大地の言葉に、笠居は怪訝な顔をし、国破に尋ねた。

「おい、あいつは問題視しなくていいんだよな」

「ああ。あいつはネームレス、学園の落ちこぼれだ」

 2人の会話を聞きながら、大地はふふ、と笑った。


 国破の方を見て、大地は言う。

「ひどいなあ、問題にならないなんて。確かに周りからは落ちこぼれって言われてるけど、一応頭脳には自信があるんだよ。それにまあ、君は僕たち藤堂に恨みがあるようだけど、僕も君に美雨を誘拐された恨みがあるんだ。僕だって、怒ってるんだよ?」

 焦りの見えない大地に、笠居は言う。

「随分と余裕だな。俺たちが何故銃を持っているか理解しているかい?1人ぐらい殺してしまっても問題はないからだよ」

 笠居たちの顔からは、余裕の笑顔が消えない。それは、自分たちが絶対優位の立場に立っていると信じているからであった。

 そしてそれは、大地も同じことだった。


 誰に言うでもなく、大地は呟く。

「代わる前に、あれ終わらせておこうかな」

 大地はそのまま言葉を続けた。通りに響きわたったそれは、何故かその場にいた全員の心を掴み、動きを止めた。すぐにそれが詠唱であることに気付いたのは、花音ただ1人であった。


「ある時英雄は誕生した


 大地を踏みしめ勇敢に立ち


 先陣を切るその姿は


 味方全てを勇気づけた


 その血は草木の糧となり


 その骨は後進たちの武器となった


 やがて英雄は怪物となった


 私はかつて英雄と呼ばれた者


 母なる大地に刃向かうのなら この私が相手をしよう」



 初め、男たちは困惑していた。何故大地がこんなことを言い始めたのか、落ちこぼれのはずの大地が1人で自分たちの前に立ちふさがったのかが、分からなかったからだ。

 そして、次の瞬間骨の髄まで理解した。男たちの前に立っていたのは、決して人間などではなかった。大地から発せられるおぞましいほどのプレッシャーが、男たちを襲っていた。

 どんなに賢く強大なキングも、どんなに強靭で勇敢な英雄エースも、その前ではなす術を持たない。笑いながら武器を振るい、敵を屠る怪物。男たちが大地に抱いたイメージは、まさに道化師ジョーカーだった。


 空気が大地の威圧で震えているようにも感じる中で、大地はにかっと笑う。その笑顔は、傲岸不遜で、邪悪なものだった。

「さあさあパーティーの始まりだ。そこのおっさんも、そこの兄さんも、てんてこてんてこ踊り狂え。ダンスの相手は俺をご指名?いいぜ凡人、この天災がお相手しよう」

 大地の体から、パキパキと音がする。骨格が造り替わり、筋肉が膨張し、大地の着ていた服がピンと張りつめ、シャツが裂けた。その体から発せられる恐怖は、男たちを捉えて離さなかった。誰も、大地から目を離せなかった。




 確認のために、再度伝えておこう。これは、世界最強の、妹の物語。

 世界最強の男の、妹の物語である。

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