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国破戦! 3

 異様な緊張を伴った静寂の中。


 花音と国破はにらみ合う。そのどちらもが、相手の行動にすかさず反応できるよう、油断なく身構えていた。傍で見ている美雨には当然、介入する余地などないように思えた。


「国破」

 花音に呼びかけられ、国破は花音から目を離さないまま、少し首をかしげる。

「なんだい?降参なら、聞き入れてあげるよ」

 国破の言葉に首を振る花音。

「そんなのじゃないわ。1つ、気付いたことがあるのよ」


 特に何も言わない国破に対し、花音は話を続ける。

「あなたの能力の弱点のことよ。あなたが、視界の範囲内にあるものしか破壊できないのは分かっていたわ。でも、それにしたって私が湯煙を発生させたとき、あなたが消せたのは目の前のものだけ。あなた、能力を発動できる時間が極端に短いんじゃない?」

 そんな花音の問いかけに、国破は

「随分よく喋るね」

という言葉を置き去りにして、走り出した。


 そうした国破の様子を眺めつつ、花音は腕を伸ばして、手のひらを国破に向けた。その状態のまま、花音は再び口を開く。

「そうそう、それから、もう1つあったわ」

 国破が、花音まであと5歩のところまで迫る。

「目に見えない速さで放たれた攻撃は、破壊できるのかしらね」

 国破が腕を後ろに引き、殴れる構えをとる。

 花音の手のひらの前に、一瞬光の球のようなものが見えた。


「エレクトリック・キャノンッ!」


 国破の顔のすぐ横を、何かが通り過ぎた。そのスピードは、速いなんてレベルのものではなかった。国破の、若干茶色がかった金髪が、数本千切れてはらはらと舞う。国破は思わず、飛び去るようにして、折角詰めた距離をまた開けてしまった。


 国破の頬を、冷や汗が流れる。

「なるほど、そういうこともできたのか。まさか、高密度のエネルギー弾を光速で打ち出すとはね」

 花音は、ニコリともせず言葉を返す。

「どう?私の奥の手。別に手のひらからしか撃てない訳じゃないわ。何なら指先からでも撃てる。あなたにこれを防ぐ手段がある?」

 国破は押し黙った。その歯が食いしばられる。


 しかし、花音はここまできてまだ、国破を甘く見ていた。花音は、自分のこの奥の手をひけらかせば、さすがに国破も降参するだろう、と考えていたのだ。だが、それは大きな間違いだった。


 しばらくして、国破は口を開いた。その姿は、負け犬のそれではなかった。

「そんなので勝った気でいるなよ、花音。僕はまだ、負けていない。僕の本気を見せてやるさ」

 その言葉に不穏な気配を感じた花音は身構えた。だが、国破に、花音に抵抗するような手段は残されていないはずだった。


「国破れて山河在り」


 突然放たれた、国破のその言葉に、花音は困惑する。


「城春にして草木深し」


 国破が突然そんな言葉を発したことについて、花音は素早く、ある可能性に思い当たる。


「後に残るは不変の自然」


 詠唱と呼ばれる技術。特定の言葉を言うことで自分の精神にプレッシャーをかけ、自分の力を限界まで引き出すというもの。花音は、それを阻止すべく、国破に当たらないぎりぎりのところを狙って、エレクトリック・キャノンを放つ。だが、国破の詠唱は止まらない。


「我ら民を制する者」


 止むを得ず、花音は攻撃を掠めさせる。だが、国破は止まらない。


「春望!」

 最後のフレーズが発された。国破の目が、かっと開かれる。

 国破の能力が、発動した。悪夢の、ようだった。


 倉庫の天井が、突然轟音を立てて崩壊した。天井は間違いなく、国破の視界に入り切るような大きさではなかった。

 花音は驚愕しつつも、爆風を発生させて、落ちてきた天井の残骸を支えた。だが、その規模の風を発生させるとなると、さしもの花音もただではすまない。すぐに軽い息切れが花音を襲った。


 だがまだ、花音から余裕がなくなった訳ではなかった。花音は左手を国破の方に突き出す。途端に、5本の指の先に光が灯った。花音は、エレクトリック・キャノンを撃とうとする。


 しかし、できたはずの光の粒は、一瞬で消え失せていた。それは間違いなく、国破の能力によるものだった。

 そして花音は気付く。国破が詠唱により何をするのを可能にしたのかを。

「まさか······」

と呟いたところで、今までよりも大きい息切れが花音を襲った。体力は、どんどんすり減らされていた。


 国破は、そんな様子の花音を見て嘲笑う。

 国破は、詠唱により、彼の弱点を克服していた。つまり、能力の使用時間制限を、一時的に無効にしていたのだ。花音が気付いたのは、そういうことだった。


 国破が冷たい目で見守る中、花音が膝を折る。せめて風の能力ではなく、火や電気の能力が使えればその爆発力でなんとかできたが、火が発生した瞬間国破に消されてしまうことは、自明だった。どうにか、国破の視線を逸らす必要があったが、花音にその手段はなかった。


 さらに運の悪いことに、雨がぽつぽつと降り始める。天井が崩壊した今、雨を遮るものはなにもなく、国破と花音は静かに濡れていった。ごく少量の雨だったので、国破は雨を消失させるつもりはないようだった。


 だが、ここで花音は1つ、あることを思い出す。今日は、天気図を見る限り、雨が降ることは絶対にないと予想していた。それが覆ったということは、この雨は自然に降っているのではない…。


 そこでようやく、花音は美雨の存在を思い出した。花音が美雨の方を見ると、美雨は小さく手を振っていた。美雨は、花音にすら忘れ去られていたので少し不満そうだった。

 花音は、美雨の意図に気付き、小さく頷く。美雨は、花音の承諾を見て取って、すぐに神経を集中させた。計画は、国破に気付かれる前に迅速に行わなければならなかった。


 国破が、花音の視線をたどり、美雨を見つける。そして、この雨が美雨によるものだと知り、行動を起こそうとする。だが、美雨が能力を発動するほうが早かった。


「豪雨よ」

 美雨の声が小さく響いた、その刹那。


 雨が、豪雨となって降り注いだ。雨粒が目に入りかけ、国破は思わず目を瞑ってしまう。それは、本当に一瞬のことだった。


 その一瞬が、勝敗を分けた。


 国破が目を閉じた瞬間、花音は炎と電気を同時に発生させた。風に乗った炎と電気は大爆発を起こし、その強大なエネルギーは降り注ぐ豪雨などものともせず、一気に瓦礫を粉々にして吹き飛ばした。天井は、もはや跡形もなくなった。


 国破が目を開ける。視界に入ったのは、こちらを見据えた花音だった。

 何かをする間もなく、国破は風に包まれ、そして吹き飛ばされた。吹き飛んだ先には、美雨がいた。

「仕返しです!」

 そんな言葉とともに放たれた拳が、国破を打ち据える。そしてようやく、国破は気絶するのだった。容赦のない美雨の攻撃に、花音は苦笑したが、止めはしなかった。


 花音が辺りを見回すと、そこには戦闘に巻き込まれた国破の部下たちがバタバタ倒れていた。

 そんな男たちに憐れみを感じるわけでもなく、花音はふうっ、と息をついた。


 そんなときに、今更ながらパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。

「今更来られてもねえ······」

と言いつつ、花音は苦笑する。

 実は花音は、倉庫に来る前に、源竜に美雨のことを報告していたのだ。それは、今の自分では気が立ってまともに交渉できそうにない、との思いからだったが、さすがの源竜も、他人のために警察に出動するよう交渉するのには、難があったらしい。


「ま、解決できたしいいでしょ」

 花音はそう呟き、警察が来るのを待った。事後処理は兄ぃにでも任せようかしら、と考えながら。




 翌日。

 新聞もテレビも、トップニュースは国破家の経営する会社の倒産だった。理由は、国破家の一人息子の素行不良の発覚によるもの。国破厳気は当然すぐに学校を退学。国破家は社会から姿を消した。だが、国破家に不利な情報がこうも突然現れたのを、不審がる者もいる。

 ちなみに、美雨の誘拐事件だが、マスコミが騒ぎ立てて子供たちの学業に支障が出てはいけないと、源竜がその権力を駆使してなかったことにされた。


 こうして、花音の平穏な日常は、1ヶ月ほどは保たれた。

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