国破戦! 2
花音は床を踏みしめ、国破を睨んだ。それが、集中力を高め超能力を発動させるためのモーションだと気づいた国破も、同じように精神を集中させる。
花音は、一度だけ、
「降参する気はない?」
と聞いたが、国破は平然と、
「降参するべきは君だよ、花音」
と言ってのけた。
「そう」
それだけ言って、花音は足を踏み鳴らした。能力が発動する。
突然、床が水で覆われる。それなりの広さがある床一面を覆いつくだけの水を発生させられたのは、クイーンの実力を持っていることの証明とも言えた。だが、水はせいぜい足首の高さまでしかなかった。
「おいおい花音、こんな水だけで何をするんだい?」
国破はそう言って笑う。だが、その目は油断なく花音に向けられていた。
一瞬、花音が国破の後方を見た。国破は、素早く美雨の方を見る。だが、特に変わったことはなかった。
······いや、あった。花音が発生させた水は、美雨を避けるように張られていた。
国破は、水と床の間が若干開いていることに気付く。
そこに何らかの意図があると踏んだ国破は、再び前を向く。ところが、いるはずのところに、花音がいなかった。
「どこっ······」
叫ぼうとした瞬間、不吉な気配を感じ、国破は飛び上がった。
果たしてその勘は正しく、水と床の間を、一瞬電気と炎が赤く染め上げた。
国破が着地するや否や、水が蒸発し始める。水は湯気となって、国破の視界を白くした。
「目くらましかっ······」
国破は小さく呟いた。湯気の中で、男たちのうめき声が響く。先ほどの攻撃を避けることもできず、火傷でもしたのだろう。花音が発生させた炎は、相当強力なもののようだった。
しかし、国破は焦らない。その目はくまなく辺りを見回し、耳はわずかな音も逃さない。
突如、国破の背後で音がする。
「そこかっ!」
国破は、後ろ回し蹴りを放ちつつ、能力を発動させた。国破の視界に映った煙が、一瞬で消える。
蹴りは、当たらなかった。
いるはずの美雨が、消えていたのだ。そこには、美雨を縛っていたはずの紐だけが残されていた。
さすがの国破も困惑し、一瞬動きが止まる。そこで再び、国破の背後から足音が聞こえた。
国破はすかさず反応し、後ろ回し蹴りを放った。今度は、決まった感触があった。
だが、国破が能力を発動させて見たのは、国破の蹴りをモロに食らって悶絶する、男の姿だった。
「ざ~んねんでしたっ!」
そう言って、花音は男を跳び越え殴りかかった。予想外の出来事に、国破は反応しきれない。花音の蹴りはどうにか腕で防いだが、その威力に堪えきれず吹き飛ばされた。
倉庫の壁に当たって跳ね返り、倒れ伏す国破。だが、彼はすぐに立ち上がった。すぐに能力を発動する。途端に、立ち込めていた湯気は一瞬で消え失せた。
そして露わになったのは、足首を押さえてうずくまる男たちと、花音、そして花音に支えられるように立つ美雨だった。
ここまでに、1分もかからなかった。
「なるほどなるほど」
国破は1人納得する。
「感心したよ花音。まさかこれだけの短い間に、美雨を救出し、僕の部下を無力化して、さらには僕から一本とるとはね。でも、まさかこれで終わりじゃないよね?」
それなりにダメージを喰らったはずなのだが、余裕を崩さない国破。
美雨を自分から離しながら、花音は
「もちろんよ」
と答えた。ふっ、と息を吐く花音。
今度は、突風が国破を襲った。踏みとどまることもできず、国破は再び壁に吹き飛ばされる。
「があっ!」
肺から空気が吐き出される。
風はすぐに止み、国破は地面に手をついた。花音は、国破が立ち上がり次第、再び風を起こすつもりだった。
······痛みに呻いているはずの国破の顔は、笑っていた。
国破の真下の地面が突如陥没する。床だったものは、砂状になっていた。
その現象が国破の能力によるものだと看破した花音は、素早く風を起こす。
だが、それより一瞬早く、国破は走り出していた。その手には、砂が握られている。
風が国破を吹き飛ばしかけた時、国破は手に握っていた砂を投げた。風は砂を巻き込み、砂嵐となる。そして、風が砂によって可視化できるようになったとき。
風が、消えた。今度は、花音が驚く番だった。
国破と花音との間が詰められ、国破が花音の目の前で構える。
国破の回し蹴りは、かがんだ花音に避けられた。
体勢を崩した国破に、花音は拳を放とうとするが、国破は蹴りの勢いのまま裏拳で攻撃し、花音は腕で防がねばならず攻撃できなかった。
裏拳を防がれた国破は、すかさず後ろ蹴りをするが、花音に両手で防がれた。国破に再び攻撃される前に、花音は国破の首を絞める。
ところが国破は臆することもなく、首を絞めている花音の腕を掴み膝をたわめて、花音を前方に投げた。それは、柔道の背負い投げに近かった。
足で受け身をとった花音は、国破のかかと落としを、横に転がって避ける。国破の攻撃が外れた瞬間立ち上がり、国破から距離をとった。
一瞬の攻防だった。花音も国破も、肩を上下させる。だが、それも僅かな間のことで、両者の息はすぐに整った。
「まさか、砂を投げつけて風を可視化するとは思わなかったわ。電気を帯びたままのはずの水に触れても平気だったから、感電対策もしているようね」
そんな言葉に、国破は誇らしげに答える。
「見えさえすればいいんだよ、ほんの一瞬見えさえすれば。それだけで僕は、ありとあらゆるものを破壊できる。それは、風も例外じゃないのさ。感電対策は、当然のことだよ。君相手になんの対策もしないなんて、ある訳がないじゃないか」
花音は、
「もっと私を舐めているのかと思ったわ。あなた、あまり賢くないようだから」
と言って挑発したが、国破は怒ることもなく
「それは君もだろう?」
と言ってのけた。双方、目だけは鋭く相手を見据えている。
余談だが、国破一族はその昔、中国でその名を馳せた戦闘のプロであった。
最近、こんな史料が見つかった。それは、強者たちが跳梁跋扈していたような時代のものだった。その史料には、
『あの一族のいる軍に戦いを挑んではならない。それは、身の破滅を意味する。彼らが暴れまわったあとに残るのは、無数の死体、不変の自然、そして不敗の彼らだけである』
『あの一族の恐るべきところは、強靭で、かつ諦めの悪いところである』
と書かれている。
そして現在、国破家と、国破家をよく知る人物たちは、国破家こそが『あの一族』である、と主張している。
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