プロローグ
これは、世界最強の、妹の物語である。
今すぐにでも雨が降りそうな、どんよりとした空の下。3月という、冬から春への移り目独特の花の香りが湿気とともに感じられる、そんな日だった。
ソファを2つ置くには少し窮屈な、ほんのちょっと豪華な部屋で、2人の男が向かい合って座っていた。
そこは、とある高校の校長室。超能力に目覚めた生徒を集めた特別高等学校、略して「特学」。数少ない特学の中でも、エリート校として知られるその学校の校長であり、国内有数の超能力者として知られている男が、もう1人に頭を下げていた。
校長が口を開く。
「この度は、ご子息に、我が鳳凰学園を選んでいただき、ありがとうございます。藤堂様とこのようにして関係が持てたこと、大変嬉しく思います」
そんな校長に対し、男―藤堂も軽く頭を下げて、答えた。
「頭を上げていただけませんか。私は今、ただの1人の父親として来ているのです。そのようにされると、こちらもやりにくい」
すると校長は、戸惑うこともなく頭を上げた。その、肝の据わった様子を見て、政界に多少の影響力を持てるだけのことはあるな、と藤堂は密かに値踏みをした。
そんな藤堂の行為を、校長も分かってはいるのだろうが、不快な様子は一切見せない。校長も同じく藤堂を値踏みしているのだから、当然ではある。
「これは失礼しました。藤堂様は様々な業界に多数の関係をお持ちで、多大な影響力を与えうる方です。私としては、学校のために、好感度を上げておきたかったものですから」
学校のために、と強調したので、校長は学校への資金援助を狙っているのだろう、と藤堂は予想したが、深く追究しようとはしない。代わりに、校長が食いつきそうな話を出すことにした。
「構いませんよ。ですが、そうですね。もし、本当に好かれたいと思ってくださっているのなら、1つお願いがあるのです」
すると、案の定校長は興味を持ったようだった。名門藤堂の弱みを握れるかもしれないとあっては、誰でも興味を持つものだろう。
「もちろん、私のできることであれば、善処しますよ」
興味津々、という様子の校長に、弱みというほどのものではないんだがなあ、と藤堂は内心ほくそ笑む。だが、もちろんそんな様子は表には出さない。
「この学校には、入学時テストというものがありますね。今回入学させていただく息子の大地ですが、順位表には、名前を載せないでいただけますか」
そんな奇妙な要求に、校長は不思議そうに首をかしげた。
「わかりました。しかし、なぜです?」
その、当然来るはずの質問に、藤堂はきっぱりと言った。
「こちらの事情です」
その、あまりにも簡単な答えに校長は呆気にとられた。そして、少し黙って考える。さらに追及するか、後で調べるか。校長は、後者を選んだ。
「分かりました。詮索はしないことにします。ご子息の入学を、心よりお祝い申し上げます」
そんな校長の様子を見て、藤堂はふむ、と頷いた。校長は不注意なことを聞くよりは、黙っておくほうが得策だと考えたのだろうし、実際それは正しかった。賢い男だ、と藤堂は感心しながら、手を差し出す。
「ありがとうございます。息子を、よろしくお願いします」
校長は頷きながら、その手を握った。
そうして、藤堂大地という問題児の入学が決定した。
―誤解のないように、もう一度伝えておこう。これは、世界最強の、妹の物語である。




