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9. 深まる疑惑

「……何を疑ってるのかなあ。まともな国が混血強兵なんかに手を出すはずないだろ? それに、この依頼はそもそもは雪豹族から来たものなんだってば。確かに予期せぬ事態になってしまったけど、だからこそ早く姫を助けないと。ね?」


 この国の役人たちではなくエリオが答えたのは、こいつの方が俺との付き合いが長くてあしらい方も分かってるからか。それとも、こいつの方が誤魔化しはぐらかすことが得意だからか。姫のことを持ち出すのは卑怯にも思える――いや、俺にとってはたまたま依頼されて知り合っただけの関係、エリオはそうとしか把握していないはずなんだが。


 いや、それも違うな。実際、姫とはちょっと会って話しただけだ。助けなきゃ、なんて思うのは――最初の依頼に引きずられちまってるのと、目の前で攫われたのが悔しいの、それだけだ。あとは、雪豹族のことは放っておけないってこと。だがまあ、これはエリオが知らないことだ。


 だから俺はあくまでも不審と不機嫌を装った。()れた傭兵らしく、依頼主を信じ切れないで、あわよくば報酬を吊り上げようとゴネているとでも見せた方が良いだろうという計算が働いたから。


「……依頼もされたことだしな。俺だって早く助けてやりたいさ。だが、『誘拐犯』は多分姫を攫った連中だけじゃないだろ? 虎と獅子の混血が、少なくともあと三人はいた。事前の情報なしで相手するには厄介な連中ってのは、分かるよな?」


 変わらず相手の反応を読み取ろうと神経をとがらせながら、何をやっているんだろうな、と思う。エリオの主張も決して間違っている訳じゃない。姫の無事を考えるなら一刻も早く行動した方が良いに決まってる。こいつらが何を企んでいるにしろ、バカ正直に教えてくれるはずもないし。何があっても出し抜いてやる気で動いた方が良いのかもしれない。


「……あのように強力な混血が現れたことについてはこちらとしても動揺しているし、情報が漏れた経路については必ず突き止めなければならないと思っている」

「貴殿の身の安全については、武器防具なり魔道具なり提供させていただくということでは……? 獣人や混血、それも非合法の手段に訴える相手に対して、貴殿の経験は替えがたいものだと認識している」


 そう、今の段階で言えるとしたらこの程度が精々のはず。本当に何も知らないのだとしても、知った上で俺を嵌めようとしてるのだとしても。

 人間どもの言葉が本心からの懇願なのか、空々しい誤魔化しなのか分からなくて、口の中で牙を噛みしめる。ぎしぎしという剣呑な音を雪豹の耳で拾ったのか、クマルがぴくりと震えたのが視界の端に見えた。子供を怯えさせるのは、本意ではないんだが。


 クマルを気にしたことで、威圧感が薄れたのかもしれない。エリオがあのへらへらとした笑みを浮かべた。


「それにさ、君を巻き込んだのは僕だってことを思い出してくれよ。もしもこの国がサララ姫に何か、とか考えてたとして、部外者に依頼するのはどう考えても悪手だろう? 襲撃役はここの兵士にやらせれば良かった訳で」

「……だから偶然だ、と?」


 それもまた、もっともではあるんだが。この俺のことを、目の前で女の子を攫われても、混血の獣人と対峙しても何も感じず何も思わないような間抜けとでも思っているのでなければ。過去の幾つかの仕事で俺の腕を知っている以上、エリオが俺をそこまで舐めることも、多分ない。


「という訳で、引き続き頑張ってくれるかなあ? 姫の、ためにも」

「ああ……」


 俺が断ることはないと確信していそうなエリオを、殴り飛ばしたいという衝動と戦うのになぜか苦労した。俺の力で殴れば首の骨が折れてもおかしくない。元から軽薄だと知ってる奴の軽口ひとつにムキになっても仕方ないってのに。


 サララ姫は、今、どこでどうしてる……!?


 あの()のことを思うと言いようのない焦燥感に襲われるのも、不思議でならなかった。心置きなく追うためにも、エリオとこの国の思惑を問い詰めておこうと考えたのは間違いではなかったはずだ。少なくとも、俺が疑いを持っていると知らせておけば牽制にもなるはずだし。人間が知恵を凝らした魔道具を持たせてもらえるのは悪くない交渉結果と言えるはず。

 だが、どうしても考えてしまう。こうしている間に、姫の身に何かあったらどうしよう。クマルの話だと、人間の兵たちに加えて、雪豹族の戦士も探しているということだが。それなら、俺が加わったところで結果に大差はないはずなんだが。


 関わったと言ってもほんの一つ二つの言葉を交わしただけ。見た目の美しさは、雪豹の姫なら当然のこと。星降る銀嶺の氏族と聞いた時は、そりゃ、構えずにはいられなかったが、あの娘は何も知らないはずのことだし。

 思い当たるとしたら――あの笑顔か。胡散臭い傭兵にも屈託なく微笑みかけてきた、あの無邪気さが俺には眩しくて慣れないから。だから、こんなにも心を占めてしまうんだろうか。危ない目や怖い目に遭って欲しくないと思うんだろうか。バカバカしいお見合い作戦に噛んだ時点で、俺もあの娘にとっては同罪になるんだろうに。怪しげな連中が現れたのを良いことに、都合よく助け出す側に回ろうとしているのか? だとしたら、それは浅ましく図々しい発想じゃないのか。


 だが、そんな後ろめたさとは全く別に、助けたいという思いは心の底から湧き上がる真実で――それだけに、訳が分からなかった。考えてはいけない、開けるべきでない扉を心の中に見つけてしまったかのような。だって、これ以上関わってどうなる? 身分違いで、婚約者が――候補でも、子供でも――いる相手だ。助けることができたとして、それ以上なんて


「ラヴィ? 受けてもらえたってことで良いよね? 傷の具合は? 捜索に加わってもらっても……?」

「あ、ああ……」


 俺が黙ったのを見て、すぐに調子に乗ったように畳みかけるエリオの笑顔が、また腹立たしかった。


 捜索か。姫の匂いは覚えてる。銀嶺の氏族の連中ももちろんそうなんだろうが、人の街の臭いと混ざった場合は、いつもの山での狩りのようにはいかないかもしれない。この図体を、役立てる機会のはず――そう思って、自分でも分からないもやもやとした感情を一時は忘れたくて、腰を上げようとした、その時だった。


 部屋の扉が、勢い良く開いた。同時に室内に舞い込むのは、土と草と木の臭い。それに、獣の――否、獣人の臭いだった。大型の肉食獣の――それなら、姫を探していたという雪豹族の戦士に違いない。

 風を巻き起こして扉が壁に叩きつけられる。その音の方を見れば、果たして白銀の被毛を全身に纏う、雪豹族の男が駆け込んできたところだった。人間の建物に入るために慌てて二本足になったのだろう、衣服がはだけて腹の模様も見えるような姿だった。


「聞いてくれ――」

「どうした!? 何があった!?」


 俺の反応に一拍遅れて、人間たちも血相を変えて立ち上がった。現われた雪豹族の慌てようからして、良い報せではないのは明らかだったからだろう。俺も、そもそも立ち上がろうとしていた勢いをバネにして、そいつに駆け寄る。


「サララ姫は!? まさか、見失ったりは――」

「お前は……?」


 人の姿で、自分と同じ体格の相手に詰め寄られる経験なんてなかったんだろう。かけ込んできた雪豹族は、一瞬呆気に取られたようにぽかんと目と口を開けた。が、本当に瞬きするほどの間だけ。すぐにそいつの金の目は鋭さを取り戻すと、俺を飛び越えて人間たちの方へ視線を投げた。


「姫の連れ去られた先は見つかった……と、思う」

「思う、とは? 雪豹の鼻と脚をもってしても断言できないとはどういうことだ?」


 人間の、軍人の方が発した疑問は、その場の全員が共通して抱いたものに違いない。特に同じ雪豹族の、しかし異なる氏族のクマルの不安そうな目は、銀嶺の氏族の戦士には堪えただろう。自らの氏族の姫を探し出すこともできないとは!


「……奴らの後を追うことは、できた。姫の匂いが続く先も、分かる。だが、それ以上踏み込むことができない」

「どうして!? 相手の人数が多いとか? 姫を人質に取られそうだから?」


 だが、男の報告は単純に見つけ出せない、というのよりも悪かった。行方が分かっていながら手出しができない、など――クマルの真っ直ぐな詰問は、さぞ胸に刺さったはずだ。その痛みと屈辱に耐えるかのように一瞬目を閉じた後――それでも、男は目を開けて強く、言った。


「……連中の臭いは、獅子の縄張りに続いていた。条約の遵守は獣人同士であっても厳密に求められる……だから、星降る銀嶺の氏族として踏み入ることは、難しい……!」


 獅子の獣人。言うまでもなく、最強の戦闘能力を誇る王の種族。姫を攫った連中は、獅子の血も引いていた。混血強兵(クロスヴィゴー)を思わせる、訓練された混血の戦士。


 嫌な予感が室内を満たし、俺たちはお互いに不安の視線を交わし合った。

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