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5. 追跡

「何事だ!?」

「これは……お前がやったのか!?」


 集まった衛兵が俺に詰め寄ってくる。見た目からして獣の血が混ざっているのが明らかだから疑われるのか。皮で関節を保護する装備に腰には短剣――いかにも傭兵といった、堅気ではない風体だからか。慌てふためく野次馬と違って、宙をじっと睨んでいるからか。そのどれでも、関係ない。


「――ラヴィ! 姫は……!?」


 エリオも野次馬をかき分けてやって来た。風の精(シルフィ)はこの騒動のざわめきも送っていたんだろうが、この早い到着は、思った以上に近くにいたってことなのか。ズレた片眼鏡(モノクル)を直しながら髪を振り乱す――珍しく慌てた様子を、良い気味だと思ってしまう。


 にい、と笑って――というか牙を剥いて――、尋ねる。


「これは……予定外、なんだよな?」

「ラヴィ?」

「別口を頼んでた、はずはないよな。何者かは分からないが、あの()はマジで攫われて危険に曝されてる、そうだな?」

「ちょ、落ち着けよ……」


 何だ、こいつは何をグズグズしてるんだ? いくら胡散臭い情報屋でも、俺に依頼したのと同じ案件を他の奴にも持って行ったりしてないよな、って。当たり前のことを念のために聞いただけじゃねえか。ひと言答えれば済むってのにどうして無駄に口をぱくぱくさせてるんだ?


 もう一度――今度はもっとでかい声で怒鳴りつけてやろうとした時、()の方から甲高い声が割って入った。


「――ですっ! こんなことになるなんて、聞いてない……!」

「あんたは……」


 見下ろせば、俺の腹の辺りで必死に背伸びしている雪豹族の子供――少年がいる。幼い顔立ちに、雪豹族特有の大きな目も少し垂れているような、可愛らしい雰囲気の子供。といっても十二、三歳にはなるんだろうか。なのに自分の尻尾を咥えているのは――そりゃ、野生の雪豹も気を落ち着ける時とかにやる仕草なんだが、あまりに子供っぽい。

 それでも、サララ姫のように重い刺繍や豪奢な宝石の服を着せられていることから、何となく素性は分かる。陽を覆う蒼い影の谷の若君――こんな子供に、俺は退治される手はずだったのか。いくら何でも配役に無理があり過ぎるだろう。


「あのっ……!」


 呆れて思考を止めてしまった俺に、()()は必死の形相で訴えてくる。耳の辺りの毛が逆立って、俺に怯えていると教えてきてるのに。尻尾を握りしめる手が震えてるのに。それでも、子供なりに勇気を振り絞ってるようだった。


「姫を、助けてください……っ!」


 婚約者候補なら自分で助けろよ、と。一瞬頭を掠めたが、こんな子供に言うのも酷だ、とすぐ分かった。エリオや雪豹族の長どもに対してはこんな子供を巻き込むんじゃねえ、とも思うが、それも今言ってる暇はない。大事なのは、どうやら思う存分やってやって良いらしいということ、それだけだ。


「言われるまでもない」


 牙を見せつけるようにして答えると、若君はひ、と声を漏らして尻尾を硬直させた。あんぐり開いた口から覗く牙も可愛いものだったが、そんなことはどうでも良い。エリオに怒鳴ったのもこの子供に凄んだのも、八つ当たりのようなもんだった。


 俺は、自分自身に腹が立って仕方なかったんだ。サララ姫の容姿に目を奪われて、鼻の下を伸ばして。街中だからって油断しきっていた。それでも仕事中には違いなかったのに、目の前で掻っ攫われるとは! 否、何よりも悪いのは――何者かは知らないが――姫を攫た犯人どもだ。だから、この怒りを晴らすなら必ず追いついて捕まえてやる。


風の精(シルフィ)を辿って、後からついて来い!」


 エリオに短く言い捨てて。俺は地面を強く蹴った。




 ブーツの爪先が窓枠を捉える。指が庇を掴む。身体を引き挙げ、壁を蹴る――二階の窓枠で、また同じことを繰り返す。更にもう一度。手足の筋力とばねを使って、俺は一瞬のうちに屋根の上に上がっていた。姫の尻尾が消えるのが見えた建物だ。一階は店舗、二階と三階が住居になっているよくある造り。屋根の上に立ってみれば近くの建物も概ね同じ高さで、色とりどりの屋根や瓦が花畑のように広がっている。遮るものがないという点では、平野のようとでも言えるかもしれない。


「すげえ、もうあんなところに」

「獣人……半獣か?」

「撃つな、味方だ!」


 地上からはどよめきと、衛兵を制止しているらしいエリオの声が聞こえてくる。それを無視して、周囲を見渡し――俺は、笑う。一瞬の間に導き出した予想が当たっているのを確かめた、会心の笑みだ。

 屋根の平原が広がる中に、黒い点が幾つか見える。城壁を――都の外を目指しているらしいその一団が動くにつれて、白銀の煌きも時折見える。姫の毛皮に違いない。

 思った通りだ。一瞬の煙幕に紛れてまんまと目的を攫いだす手際の良さと、身体能力。どの種族のどの氏族か、あるいははぐれの混血か、その狙いは――何ひとつ確かなことは分からないが、犯人は獣人かその血を引く存在に違いない。それなら、人が作ったまだるっこしい道に従う必要もないって訳だ。万が一姿を隠しされていたら、人とモノの匂いがあふれる街中で姫の匂いを辿るのは厄介だったろうが。白昼堂々誘拐を実行して見せた手並みからして、()()も面倒な小細工を施す気はないようだった。

 つまりは、俺はただ全力で走れば良いだけ。知力と忍耐の限りを尽くして獲物の痕跡を追う――狩りも悪くないが、体力任せで攻めるのは、考えなくて良いから良い。


「――逃がすか……!」


 小さく呟いたのは、俺自身への鼓舞だった。相手が何者だろうと絶対に追いついて追い詰めてやる、という。それと同時に、再び脚に力を込め――跳ぶ。


 屋根の傾斜。建物と建物の隙間、谷のように広く口を開ける大通り。そんなものはいずれもなんの障害にもならない。足をつく度に瓦や煉瓦の欠片を飛ばしながら、時に地上から驚きの声が投げられるのを聞きながら。俺は駆ける。走るというよりは、飛ぶ方が近いのだろうか。風を切る爽快感に、景色を置き去りにする速さに心が躍る。――だが、これはあくまでも疾走だ。跳躍し、膝を曲げてその衝撃を受ける。その反動を、また次の跳躍への力に変える。四肢に(みなぎ)る力を操り、身体にかかる負荷さえ喜びに変える――この楽しさは、鷲や鷹の獣人だって分からないことだろう。




「ふん、慌ててやがる……」


 軽く乱れてきた息に紛れ込ませて、小さく呟きを漏らす。追われる気配に気付いたのか、誘拐犯の一団が動揺する気配が見えたからだ。獅子か虎かは知らないが、姫を一瞬で攫った膂力と屋根の平原を駆ける速さからして、大型の肉食獣の血を引く連中だろうと思う。獲物を引きずっての移動はお手のもの、狩りに際して超移管走り続ける体力もあるって訳だ。――だが、それも身軽な俺から逃げ切れるほどじゃない。都を守る城壁に近づきつつあるが――そして壁の外に出られちまえば、森やら川やら洞窟やらで探し出すのが面倒になるんだが――、彼我の距離は、じわじわと縮まってきていた。


 黒い染みでしかなかった相手の姿も、次第に輪郭がはっきりと見えてくる。一応は人間の姿を取って二本の脚で走っている。四人――否、五人か。姫はそのうちの一人の背に担がれているようだ。ぐったりとしているのは、薬でも嗅がせられたか。後遺症が残るような奴じゃないだろうな、と思うと焦燥が一層足を強く速く動かした。

 尻尾が揺れている――のは、姫の銀色のだけじゃない。もっと薄汚い茶色っぽい尻尾もだ。それに、誘拐犯どもの首回りに(たてがみ)のようなふっさりとした毛の流れも、見える。ならば獅子の血を引いていると見て良いか。


 息を深く吸い――叫びにして、吐き出す。


「――獣の王の血を引く癖に! こそ泥の真似とは情けねえな!?」


 俺は吠えるのは苦手だが、遮るもののない屋根の上のこと、ちゃんと相手に届いたらしい。誘拐犯の一団の足並みが乱れ、俺が更に距離を詰める隙を作る。

 咆哮によって呼吸が上がったのを整えながら、相手の出方を窺う。露骨な挑発に、どう答えるか。あくまで城壁まで逃げ切るってことはないだろう。純血だろうと混血だろうと、獣人は自らの出自を誇るものだ。否、()()であればなおのこと、親から引き継いだ爪や牙や力は生き抜くための術だから。――それを侮辱されて、黙っていられるはずがない。


 ほら、思った通り。獅子だか虎だかの一団から、二人――あるいは二匹――が離れて俺目掛けて駆けてくる。足止めしている間に安全なとこまで距離を稼ごうって腹か。


「させねえよ」


 俺も、迎え撃つべく足を止めて、構える。こいつらを捕まえれば本当の狙いや、いるなら黒幕も吐かせられる。決して逃がしたりするものか。俺の目の前で舐めた真似をしてくれて苛々しているとこなんだ。――その礼は、たっぷりさせてもらおうじゃないか。


「しつこい奴だ……!」

「あの()を攫うのはもともと俺の仕事だからな。邪魔をしたのはそっちの方だ」

「黙れ……!」


 俺の目の前に辿り着いた二人の獣人は、いかにも不機嫌そうに唸りながら鋭い目で睨みつけてくる。そいつらに向かって、俺は牙を剥いて嗤って見せた。

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