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23. 真の黒幕

 傭兵ギルドの扉を開くと、中の人たちの目が一斉に僕らに集中した。


「ひゃ……」


 純粋な人間ばかりのはずだけど、雪豹並みにがっしりした身体つきの人も多い。それに、顔や腕とかに傷痕がある人も。これまでに会った役人さんとか兵隊さんとかとは全く違った雰囲気が、少し怖い。


「何してるのクマル、早く入りましょう」


 立ち竦んでしまった僕の横を、サララ姫がすいと追い抜いていく。長い尻尾が優雅に揺れて、また咥えそうになってしまってる僕とは大違いだ。


「情報屋のエリオさんと待ち合わせです。いらしていますか?」

「二階の五号室です。右手の階段から上がってください」


 僕が追いつくまでの間に、サララ姫は受付の女の人から呪文の刻まれた鍵を受け取っていた。獅子族の居城に比べたら何でもないことなのかもしれないけど――初めて来た場所でこの落ち着きよう、やっぱりこの子はすごいと思う。すごすぎて、僕には合わないとも思うけど。




 案内された部屋に入ると、エリオさんがマタタビ酒を用意して待っていてくれた。僕の分は、果汁で割ってあるのが匂いで分かる。落ち着かなくなる匂いに耳と尻尾を動かしながら席に着くと、エリオさんは早速口を開いた。


「サララ姫、クマル君、わざわざご足労いただき恐縮です」

「いいえ、貴方様の今回のご協力、星降る銀嶺の氏族も陽を覆う影の谷の氏族も、心から感謝しております」


 僕とサララ姫がまたこの人間の国を訪れたのは、先日の事件について、父たちからのお礼を言うため。人間と獣人の未来のために、獅子の陰謀を挫くのに協力してくれたこと。あらかじめ計画したことではあったけど、姫を助け出すのに尽力してくれたことへのお礼。

 人間の国に対してのお礼は、さっき王宮で済ませてきた。父たちは、エリオさんに対しても同じ場所で話すんだろうと思っていたんだろうけど――わざわざ防諜魔法の施された傭兵ギルドを訪ねたのには、父たちが知らない理由がある。それは、サララ姫と僕だけの秘密だ。


 二つの氏族から託された礼――とりあえずの金貨ひと袋と、運びきれなかった分の支払いを約束した手形――の横に、サララ姫は大粒の青い宝石を置いた。星降る銀嶺で取れる貴重な石だ。


「私個人としても。私の願いを叶えていただき、まことにありがとうございます。ほんの些細なものですけれど、どうかお納めくださいませ」

「いいえ、こちらこそ貴重な情報をいただきまして――初恋の人との再会は、いかがでしたか?」


 宝石を渡した後、マタタビ酒に口をつけていたサララ姫が、エリオさんの言葉にかたん、と音を立てて杯を置いた。


「うふふふふふふ」


 突然の笑い声は、マタタビの酔いが回ったから――じゃ、ない。あの日、獅子の城から助け出された後、姫がしばしば発症する()()というか。抑えきれない喜びが、不意に溢れ出てしまうことがよくあるらしい。


「それはもう! 素敵でした! あんなに身を挺してまで守ってくださるなんて……本当に、夢のようでした……!」


 ああ、姫の尻尾が痛い。興奮を表してぶんぶんと鞭のように振り回される長い尻尾が、僕の腕や肩を襲う。歳上なだけに力も強いし尻尾も長いし、おまけに僕のことなんて体の良いお人形みたいに思ってそうだし。


「ラヴィさんは、相手が誰でも助けてたと思うけど……。それに、姫の話をしても思い当たることはないみたいだったし」


 僕だって頑張ったのに、あまりにも相手にされないのが悔しくて、つい憎まれ口を叩いてしまう。


 ラヴィさんは、確かに格好良かった。獅子の混血をものともしない強さに、僕みたいな子供にもしっかり目線を合わせて話してくれて。でも、つまりサララ姫だから特別ってことじゃない。もしかしたら、母君の出身の氏族ってことで意識はしてたのかもしれないけど、サララ姫が望むような意味ではない、と思う。


 痛いところを突かれたのか、サララ姫は僕をキッと睨むと牙を剥いて唸った。怖い。


「そこが素晴らしいんじゃない! それは、覚えていてくださらなかったのは悲しいけど……それは、これから絆を深めれば!」

「そこですが……ラヴィのヤツ、姫がご自身を危険に晒したことでちょっと怒ってましたねえ。まあ、それも姫を案じるからこそではあるんでしょうが」

「そんな……」


 ぴんと立っていたサララ姫のヒゲと耳が、でも、エリオさんの言葉でしおしおと萎れてしまう。やっぱりラヴィさんも怒ったんだ。僕だって、危ないからって必死に止めようとしたのに、姫は全然聞かないんだもの。ラヴィさんやエリオさんみたいに、姫に相手にされる男になれるのはまだ先みたい。


「パドマ様にもご夫君様にも、一族の者が大変な失礼をしてしまいましたし……だから、ちゃんとしたところを見せなければ、と思ったのですが」


 サララ姫のしおらしい言葉は、多分半分は嘘で、単純にラヴィさんと親しくなる機会が欲しかっただけだと思う。でも、例え口実だとしても、一族のしでかしたことを償いたい、というのは立派なことだ。それに、十年近くに渡って想い続けた人と会えるってなったら、多少暴走してしまうのも分からないでもない、かもしれない。




 パドマ姫のことは、ほんの噂としてしか知らない。星降る銀嶺の氏族にとっては醜聞だから、他所の氏族にはあまり漏らしてくれなくて。でも――


『私、好きな方がいるの。だから貴方との結婚なんてどうにかして避けなければならないの!』


 父上たちの「お見合い計画」を漏れ聞いたサララ姫は、密かに影の谷を訪れて宣言した。それからその理由をじっくりたっぷり語ってくれた。


 パドマ姫の懐柔のために、幼いサララ姫もその方の住まいに連れて行かれたことがあること。パドマ姫と姫の母君は年が近くて、子供も交えて仲良くなれれば母子揃って戻ってくれるかも、って狙いがあったらしい。

 大人たちが話している間、子供のラヴィさんとサララ姫は本当に仲良く遊んだ――と、姫は言うんだけど。聞いた感じだと、年上の男の子について行こうと頑張った小さい女の子に、ラヴィさんはさぞ困ったんじゃないかと思う。


『あの方は手を握ってくれたし……』


 お付きの大人たちに整備されたんじゃない、手付かずの森は険しくて、サララ姫は柔らかい肉球を傷つけてしまったとか。手当するために手を取ったのを、姫はどうも良いように解釈しているような気もするけれど。姫が狩りを嗜む勇敢な女性に育ったのは、そのたった一日の体験が影響を与えてのことだというから、ラヴィさんが姫の心の奥深くにずっとい続けたのは確からしい。




 正直に言って、サララ姫は子供の頃の記憶を美化しすぎてるんじゃないかと思ってた。たとえそうじゃなくても、遊びに来た女の子に優しくするのはある程度当たり前で、獅子の城に乗り込むとか、その中で守ってくれるとかになると話は全然変わってくる。


 だから、サララ姫が期待した通りに想いが燃え上がることなんてないんじゃないか、姫は失望するんじゃないか――もっと悪くすると、助けが間に合わなくてひどい目に遭ってしまうんじゃないかと、すごく心配してたんだけど。


「ラヴィ様は、そんなにお怒りですか? 私、勇気のあるところを見せられたと思っていたのですけど。あの時はずっと一緒にいられなかったから、今なら、と思っていたのに……」


 終わってみれば、サララ姫はラヴィさんへの想いをますます募らせている。混血の戦士を圧倒したところをちらりと見ただけの僕でもすごいと思ったんだもの、絶体絶命のところを助けてもらったサララ姫はなおさらなんだろう。


「嫌いな相手のために怒ることなんてありませんから、そこはご安心いただけるかと。それに、あいつが姫を嫌うことなどないでしょう」

「まあ、本当に?」

「ええ、最初に姫のお姿を見せた時も、見入っていたくらいですから」

「きゃ、そんな……!」


 姫の尻尾がまた僕をばしばしと叩いて痛い。でも、ラヴィさんのことしか頭にないなら僕にはその方が良いかも。うん、父上たちや人間たちの計画の裏をかいてあの人の居場所を探そうとするくらいだもの、姫は絶対諦めたりしないだろう。ラヴィさんがどう思うかは分からないけど――パドマ姫たちのように、一族を振り切って想いを貫くくらいになって欲しい。

 だってサララ姫は強すぎて、僕には不釣り合いだと思うから。まだ恋とかは分からないけど、ずっと一緒に過ごすならもっと穏やかな人が良いなあ。


「まあ、それは次にあいつに会った時に――ご武運を、お祈りしておりますよ」

「ええ、ありがとうございます……!」


 ラヴィさん、頑張ってくださいね……。


 輝くばかりの笑顔で、拳を握りしめる姫を横目に、僕はそっと祈った。身分があって強引な上に、サララ姫はとっても綺麗だ。上手くあしらうのは、きっととても大変だろうけど。


 でもまあ、エリオさんもまんざらじゃないというのが本当なら、きっと上手く行くんだろう。……多分。


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