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22. 雪豹の系譜

「何……? どういうことだ……?」


 エリオの言葉が今ひとつ呑み込めなくて、俺はぼんやりと呟いた。今日一日で散々走ったし血も流した。だから疲れで頭の動きが鈍くなってるんだろうか。まるで、俺が姫を助けるのを期待していたかのような――いや、だって「お見合い計画」は最初からあったって言ってたじゃないか。姫を助ける役目はクマルじゃなきゃいけないんだろうに。実際、さっき良いところを見せられてたんじゃないのか?


「まあ、それはそれとして」


 まだ何か言ってやりたかったのに、エリオは強引に俺の方へと身を乗り出してきた。馬車の揺れ次第では男と抱き合う羽目になりそうで、はっきり言って止めてほしい。だが、エリオはにやにやと笑い、わざとらしく首を傾げながら迫って来る。鬱陶しい。


「君の話も聞かせて欲しいなあ。獅子の城で何があったか――特に、さっきの格好良い姿のことについて、さあ」

「あー……」


 やっぱり来たか、とは思った。これまで半獣ってことで通してきたのに、俺のあの姿を見られたんだから。やり手の情報屋として、何も聞かずに済ませてくれるはずはない。

 どうにか誤魔化せないか、と考えるのも一瞬だけのことだった。心身共に疲れ切ってる今、下手な言い訳をしたところで後々ぼろが出るだけだろう。なら――正直に話すしか、ないか。


 それでも、誰にも言ったことがないことを話す口は重く、俺はゆっくりと語り始めた。


「星降る銀嶺の氏族のパドマ姫――例の、駆け落ちしたって人な。俺の……母親なんだ」

「へえ? でも君のさっきの姿は雪豹そのものだったよね? 他の種族の特徴はどこにもない、白銀だけの毛皮……」

「そりゃ、父親も雪豹だからな」


 目を瞠って尋ねてくるエリオに、それでもやっぱり面倒だな、と思う。雪豹の姫が駆け落ちをした、と聞けば、普通なら相手は人間か他の種族の獣人だと考えるだろう。雪豹族がこいつにしたであろう説明も、そこは都合よくぼかしたに違いない。そういう辺りが、俺が雪豹の氏族――母親の出身の一族をどうも好きになれない理由だし、今回の依頼を最初は断りたかった理由でもある。




 俺の両親は、雪豹族の故郷の雪山で出会ったらしい。勇敢と語り伝えられる母親が、父親の集落の近くまで迷い込んだのが馴れ初めとか。細かい話を教えられたことももちろんあるが、親のことだからしっかりと思い出すのは恥ずかしい。とにかく、年頃のふたりはすぐに惹かれ合って共に山を駆けるようになった。


 最初の問題は、父親は由緒ある氏族の出じゃなくて、隠れ里みたいなちっぽけな集落の者でしかなかったということ。というか、問題にしたのは母親の一族の年寄りだけだったんだろうが。

 長の婚約者を奪った男に姫はやれない。どこの馬の骨とも――歴とした雪豹族に対しておかしな言い草だ――知れない男は由緒正しい氏族の姫に相応しくない。


 最初は母親を受け入れるつもりだった父親の縁者も、銀嶺の氏族の言い草に態度を硬化させた。自分たちを虚仮(コケ)にするような一族の娘は願い下げって訳だ。

 それぞれの一族と恋人との間で板挟みになった両親は、でも、身内よりも相手を取った。多分、銀嶺の氏族も父親の一族も、二人の想いを甘く見ていたんだろう。生まれた一族を飛び出すほどの覚悟があるはずない、と。だけど結果はご覧の通り、両親は愛を貫くことに決めたんだ。――クソ、改めて言うとやっぱり照れくさいな。




「……ふうん。じゃあ、君も世が世なら雪豹族の王子様、って訳か!」

「俺は父親と母親の子でしかねえよ。どっちの一族とも、仲は微妙だったしな」


 駆け落ちした二人の決意が思いのほか固いのを目の当たりにした両親の出自の一族は、それぞれ跳ねっ返りどもを懐柔するように慌てて方針を変えた。二人のそれぞれの親族や友人が代わるがわる訪れる中、俺も、その標的になった。見知らぬ客が来る度に、豪華な玩具や贅沢な菓子を惜しみなく贈られて。でも、それで言われるのは、父親か母親のどっちかを見捨ててこっちへ来い、ってことだ。そんなモノで釣ろうとするようなやり方、好きになれるはずもない。

 客が帰った後は、両親の間がぎくしゃくしているのも子供心に悲しかったし。一族の伝統だとか体面だとか――そういうものが、だから俺は大嫌いなんだ。


 必要以上に冷たく斬り捨てるような口調になっちまったのかもしれない。エリオは、少し困ったように微笑んだ。


「でも、君の今回の働きを見れば彼らの考えも変わるんじゃ? 何があったか――まあ、想像がつかないでもないけど。今ならもうちょっと、ちゃんとした対話ができたりとかは……?」

「今さらだ。ややこしくなるだけだろ。サララ姫とクマルの話が進んでるところに俺が出ても、な」


 エリオに答えて投げやりに放ったことは、実は少し嘘を含んでいる。


 雪豹族とは、長く関りを避けてきた。両親も棲み処を転々としたからあっちも把握してないんだろう。だから子供の頃に抱いた悪い印象をそのままに生きてきたが――今回のことで知った。クマルや、少しだけ話した銀嶺の氏族の戦士。それに何よりサララ姫。立場や出身に関わらず、誇り高い者はちゃんといる。それは多分、俺にとっても収穫があったってことだ。

 ただ、だからといって名乗り出ようなんて思わない。母親の系譜は詳しく聞いたことはないが、長の婚約者だったならそれなりの家柄なんだろう。折角お見合い計画が上手く行ったってのに、余計なお家騒動を起こす訳にはいかないだろう。


 と、そこまで言って、俺は大事なことに思い当たった。


「あー……、だから今の話は雪豹族には黙ってて欲しいんだが。あくまでもはぐれの雪豹ってことで、誤魔化したいな、と……」


 あの年配の戦士辺りは、母親の――パドマ姫の匂いに気付いていたのかもしれないが。そこは知らぬ存ぜぬを通したいし、エリオにもそうして欲しい。それにこれからの仕事についても、俺の正体は伏せていた方がやりやすいだろう。混血強兵の再来なんて陰謀は珍しいにしても、俺を誘拐なんてするのは相当に難しいにしても。危害を加えても条約で咎められる恐れが少ない、氏族に属さない獣人なんて身の上は知られないに越したことはないんだから。


 油断のならない情報屋相手の頼み事だ。あっさり頷いてくれるとは思わなかったが――


「構わないよ。君の事情も気持ちも分かったからね」

「そうか。悪いな――」


 思いもよらない二つ返事に、安堵することができたのはほんの一瞬だけだった。頬を緩めて、礼を言おうと口を開けて息を吸って。その一連の動作は、エリオの小狡い笑みで全くの無駄になる。


「代わりに、というか――また新しく、頼みたいことがあるんだけど……?」


 俺を見つめるエリオの目は、獲物を前にした空腹の猛獣さながらだった。絶対に逃がさないぞ、とぎらついていて。

 ああそうだな、半獣ということで通っている、実は純血の獣人――情報屋にとっては良い手駒だろうとも。


 こんな奴相手に、一瞬だろうと礼を言う気になったのは間違いだった。長々と身の上を語ってやったのも。歯噛みをしても後の祭りというヤツで――俺は、当分こいつ(エリオ)の言いなりになるしかなさそうだった。

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