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2. お見合い作戦

「――ふざけるな」

「おや、どこへ?」


 席を立った俺に、エリオが掛けた声はあくまで飄々として惚けている。危険すぎる案件を持ち掛けてきた癖にこの態度、人を舐めているとしか思えなかった。


「顔馴染みの情けで通報はしないでおいてやる。だが、危ない橋はひとりで渡れ。少なくとも俺を巻き込むな。雪豹の姫の誘拐だと……!? 皮でも剥ぐのか、好事家のペットにでもするか? 悪趣味だ……! 何より、幾ら積まれても割に合わん!」


 怒りと苛立ちに任せてひと息に捲し立てる。金で傭兵の命も、それにもしかしたら誇りも買えるのかもしれないが、この話は(マズ)すぎる。獣人に手を出すのは人を攫ったり売り買いするのよりはるかにリスクが高い。ことは雪豹族だけじゃなく、この大陸全土の人と獣人に関わることだからだ。


 六王国と二十七種族による共栄条約――長年に渡る戦乱の果てに、人と獣人の間で取り決められた不可侵条約を知らない者はこの大陸にはいないだろう。戦いというのは人同士に獣人同士、人と獣人が相争うもの、その全ての結果だが、この条約の主な目的は存続が危うくなるほどに数を減らしてしまった獣人の各種族の保護だ。人間の国はまだ利害を巡って争うこともあるが、それに獣人のいかなる氏族も巻き込んではならない。獣人も加担してはならない。更にはより小規模な組織や個人のレベルであっても獣人に危害を加えては――種族の存続に負の効果を及ぼすことは――許されない。

 人間は他種族の者と交わっても子を生すことができるし、二世代目の子も人間とならば更に子孫を殖やすことができる。だが、獣人は同種族の(つがい)とでなければ生殖力を持った子は望めない。戦争にしろ犯罪にしろ、ひとりでも不当に命が失われれば種族自体の寿命も確実に縮む。


 希少になってしまった種族を保護するため――だけが目的でないのもまた、周知のことではあるが。だが、人間の国家は獣人を迫害する蛮行を許さないということになっているし、獣人の方も、当然同胞への危害は見逃さない。見せしめもかねて、獣人への罪に対する罰は、倍返しでは効かないほど重い。この稼業で食っている以上、エリオもそれをよく知っているだろうにこの軽さは何事だ。


「まあ、待ちなよ。君が思ってるようなことじゃないから。この案件、他ならぬ星降る銀嶺の長から依頼されてるんだ。何より君には最適な仕事だと思う」

「お家騒動なら、なおご免だ」


 ほら、これも条約の胡散臭いところだ。人間に対しては被害者面するくせに、獣人だって内輪ではそれなりに争っている。種族の存続が危うくなるほど数を減らしたのは自業自得でもあるってのに、この期に及んで()りもしない。――やっぱり、この件に関わって得なんてあるはずがない。


「それも違うって。ちょっと話を聞いてくれよ」

「嫌だ。耳が汚れる」


 不機嫌も露に牙を剥いて見せてるのにエリオが動じた様子もないのは、こいつも何かしらの護符(アミュレット)をつけてるからか。だが、このへらへらとした態度に俺の苛立ちは増すばかり。大体こいつは何て言った? 俺に最適な仕事、だと! 俺の綽名(あだな)は半獣のラヴィ。大抵の奴が見上げる背丈に鋭い牙。見た目からして人より獣に近いと分かってるだろうに、何だってそんなことを言い出すんだ!?


 俺に睨まれるのは、それこそ肉食の獣に吠えかかられるようなもの。気弱な奴ならそれだけで泣いて謝ってきてもおかしくないんだが――あいにく、そんな繊細さは今回の相手には無縁だった。大げさに両手を広げたエリオは、何かとてつもなく面白い冗談を聞かせてやるとでもいうかのように、得意げな笑顔で言いやがった。


「これはね――回りくどい()()()()なんだ!」




 結局、俺は蒸留酒の杯を傾けながらエリオの話を聞くことになった。受付に頼んで運ばせた、こいつの奢りだ。バカな話を持ち掛けようとしてくるヤツの財布を多少なりとも痛めつけてやりたかったし、何より素面で聞く気になれなかったからだ。


 雪豹のサララ姫とやらを映した鏡はそのまま、エリオは何かの講義でも始めるように勿体ぶって人差し指を立てた。


「知っての通り、雪豹族は絶滅の危機に瀕している種族のひとつ。まして由緒ある銀嶺の氏族ともなれば、姫君には間違いのない相手を娶って種族の繁栄に貢献していただきたい、というのが長老たちの一致した意見だ」

「間違いのない、ね……」


 獣人は同種族の相手でなければ子孫を繋ぐことはできない。だから、人間と比べれば結婚相手の選択肢が狭まっていることは事実だ。だが、山奥に引きこもる頭の固い連中のことだから、純血の雪豹族なら誰でも良いって訳じゃないんだろう。氏族の縄張りだの伝統だのに齧りついて、ただでさえ危うい血脈を自ら絶とうとさえしているんじゃないか。自分の愚かさに気付いていない――こういうところが、俺は大嫌いなんだ。


「そのお相手も既に目星がついている。陽を覆う蒼い影の谷の若君だ。氏族の力関係から言っても申し分ない――ただ、姫君といっても若いお嬢さんだ。親の決めた結婚相手を素直に喜ぶかどうかは分からないだろ?」

「どうせ顔も見たことない相手なんだろうしな」


 人間の世界にも政略結婚なんて溢れかえってる。国のため、家のため、事業のため。獣人も同じ、といえばそうなんだが。だが、種族のため、ってのはそれ以上に当事者の気持ちを無視しているような気がしてならなかった。美味い豚や足の速い馬を作り上げるような――家畜の交配とどう違うんだ?

 映し出されたままのサララ姫の顔だちを改めて見れば、いかにも雪豹族らしい気の強さが窺える。雪豹は本来は孤高の生き物だってのに、くだらないしがらみに巻き込まれたのは気の毒なのかもしれなかった。


 俺の感傷には、エリオは全く無頓着だったが。


「そこでふたつの氏族の長たちは考えた。姫君と若君には()()()出会いをしていただこう。サララ姫も恋に落ちるような。その相手との結婚を、心から喜ぶことができるような」

「……おう」


 むさくるしい男の癖に手を胸の前で組むな、気持ち悪い。――ともあれ、何だか話が見えてきた気がした。一方で、絶対に理解したくもない気もした。だから俺は曖昧に頷いて酒を傾ける。強い酒が喉を灼く――が、あいにくと理性と聴覚を麻痺させるには至らなかった。


()()に襲われて攫われそうになった姫を若君が助ける――なんて。まあ、陳腐ではあるんだけど、だからこそイケるんじゃないかって長老会は盛り上がったとか。そういう訳で強面の傭兵を紹介してくれと言われたのがこの僕で、ちょうど良いことにぴったりの男を知っていたという訳だ! そう、君だ!」


 びしり、と音が聞こえてきそうな勢いだった。祈るように組み合わせていた手を解くと、エリオは俺を真っ直ぐに指さした。同時に俺の忍耐も切れた。やっぱり時間の無駄をさせられただけだった。


「――やっぱりふざけるな。帰らせてもらうぞ」

「待てって。バカらしいって言いたいのは分かるよ? でも、あちらも必死なんだ」

「知るか。自分とこの娘にも言うことを聞かせられないような種族は滅んじまえ」


 八つ当たりとばかりに、飲み干した杯をテーブルに叩きつけ、その勢いで席を立つ――が、立とうとしたところで、服の裾がしっかりと握られて引き止められていた。


「実は()()があってさ。サララ姫の父君――銀嶺の氏族の長は、婚約者候補に逃げられたんだ。その姫君は一族が認めない相手と恋に落ちて駆け落ちしてしまった。いまだに行方も知れないとか」

「……」


 人間(エリオ)が必死に食い下がったところで、俺なら片腕で振り払えるはずだった。駆け落ちしたとかいう雪豹の姫も、それだけなら大したもんだと言えるはずだった。でも、そうはできなくて俺は顔を顰める。クソ、エリオが俺を指名したのは見た目だけが理由じゃないな。こいつ、初めからこの方向に持って行くつもりだったんだ。


「愛し合うふたりは、まあ幸せだったのかもしれないよね。でも、長たちが心配しているのは子供のことだ。氏族の保護も受けられない、獣人の血を引く子供が人間の世界でどう生きているか――」


 エリオの目が、片眼鏡(モノクル)の陰から俺の全身を撫でる。ひと目で純粋な――この世界で多数派を占める――人間ではないと知れる容姿を。牙だけじゃない、白銀の髪も金の目も、人の世界では否応なく目立つ。

 俺が怯んだのを見て取ったのか、エリオの笑みが深まった。俺が罠に嵌ったのを確信したんだろう。――忌々しいことに、当たってやがる。


「種族とか、伝統だけじゃなくて――孫に苦労をさせたくないって、親心もあると思うんだよねえ」


 条約を締結したのは、人の国と獣人の氏族たち。氏族を離れたはぐれの獣人には、条約の保護が及ばない。ましてや人と獣人の間の混血は、どちらの種族からも本当の同胞とは見做されない。傭兵稼業に()()()()ヤツ等が多いのは、他に行き場がないからでもある。

 ――つまり、俺は星降る銀嶺の長どもの懸念を、身をもって知ってるって訳だ!


「権威とか、体面とか? 君が嫌いなのは知ってるけどさあ。彼らにも情がない訳じゃないってことで! 人助けと思って引き受けてくれないかなあ?」


 一応は問いかける形を取りながら、エリオは俺を逃がすつもりは毛頭ないようだった。俺に残された自由は、報酬をせいぜい吊り上げてやる程度のことしかないんだろう。全くもってふざけてる。


 自棄と苛立ち紛れに、俺は蒸留酒を瓶から直接飲み干した。

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