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18. 黒幕は語る

「てめえ……一体何を企んでる? どこまでグルなんだ?」

襤褸(ボロ)切れのようにしてやろうと思っていたのに……傭兵風情に、獅子の血を引く戦士がここまで苦戦するものとは……」


 全身の毛を逆立てて唸る俺は、それこそ(たてがみ)を纏ったように見えただろう。だが、獅子の領主――アディリフは俺には取り合わず、控えた獅子の戦士たちを睨みつけた。


「申し訳ございません。人の玩具などという小道具がなければ……」

「ふん。懸念はしておったのだ。いかに優れた肉体を持とうとも、実戦の経験がないのではな……。人間どもは条約に縛られず今も争い続けているというのに……!」


 尻尾を前脚の間に巻き付ける獅子たちは、まるで叱られた犬だった。彼らの言う通り、今の獣人は戦った経験がごく少ない。はぐれ者や人間の賊を取り押さえたり、一族の中での諍いくらいはあるだろうが、戦争という規模で争うことは、特に人間との間ではあり得ない。だから、魔道具を使えば俺がつけ入る余地も大いにあったし、サララ姫を攫った混血が妙に()()()()()()()のも、多分そういうことだ。だがこの言い方は――アディリフの口調は、戦う機会がないのを残念がってさえいるようじゃねえか!


「おい! 話をはぐらかすな! 条約に不満があるから混血強兵(クロスヴィゴー)もどきを造り出してるのか!? 人間だけじゃない、全ての獣人も敵に回すことになるぞ!? たとえ獅子でも、勝ち目があるとでも思っているのか!?」

「だからこそ時間を掛けて備えているのだ」


 アディリフの目が、やっと俺の方を向いた。だが、それは俺の詰問に答えようって意思があるということではないようだった。場違いな満面の笑みを浮かべて――どちらかというと鋭い牙を見せつけたようにしか見えなかったが――甘ったるい猫撫で声を出してくる。


「純血の雪豹で、これほどの腕があるとは貴重な逸材に出会えたものだ。――どうだ? 我らの側についてみないか?」

「……どういうことだ……?」


 バカげたことを、と怒鳴らず我慢するために、奥歯が砕けるのではないかというほど顎を噛み締めなければならなかった。そうしなかったことで、姫は不安げな唸り声を漏らして俺の肩の辺りに鼻先を押し付けてきたが。少しでも俺を疑わせてしまったのだとしたら悲しく悔しく申し訳ないことだが――それでも、アディリフから事件の真相を聞き出すためにはこうするのが良いだろうと思った。


 別に、まだ奴の申し出を受けた訳でも何でもない。だが、獅子の領主は俺の言葉を都合良く捉えたらしく、愉しげに笑った。


「生まれた一族から飛び出すくらいだ、条約の陰ですっかり牙を鈍らせた今の獣人の在り方に、お前も思うところがあるのだろう?」

「俺が飛び出した訳じゃねえ。飛び出したのは俺の親だ」

「同じことだ。子は親に倣うものだろうが」


 アディリフの視線を受けた獅子と混血たちは、そろって目を伏せて従順の意を示した。はっきり言ってこいつの言っていることは訳が分からないし、俺の親についてもまた都合の良い誤解をしている。だが、それを指摘するより先に、俺は嫌なところに気付いてしまった。

 アディリフは、戦士たちのことを度々息子たちと呼んでいた。群れを率いる者として、喩えとして言ってるのかと思っていたが、戦士たちを見下すようなこの目つき――傲慢な長というよりは、横暴な父親と言った方がしっくり来るような。


「そいつらは、本当にあんたの子なのか。母親は? 虎はどこから出て来たんだ」

「虎の一族にも現状を憂える者はいるということだ。種族は違えど、志ある気高い女たちだった……」

「なんてことを……」


 俺の傍らで、サララ姫が低く唸った。虎の女たちとやらを思い出したのか、夢見るような眼つきになったアディリフは実際気色悪かったから仕方ない。その目が姫にも注がれるかと思うと、俺だって飛び掛かりたくなる衝動を抑えるのが非常に難しいのだ。


「まさか、それを私にもしようとしていたというの!? そんな、汚らわしいこと……!」

「獣人の未来のためだと言っただろう! 儂も実の娘を虎のもとに行かせたのだ、種族に貢献できるのを誇りに思え!」


 姫の抗議の声を、だが、獅子の咆哮が圧し潰す。


「六王国と二十七種族による共栄条約――あのような屈辱的な条件を受け入れた先祖は誤っていた! たまたま争いが続いたからといって、怖気づいてはならなかったのだ! 獣人が人間に()()されるなどと……爪も牙も持たないひ弱な種族の癖に、思い上がりおって……!」

「だから条約を破棄させる……混血強兵(クロスヴィゴー)は、人間と、条約に従う獣人とやり合うための軍備、ってとこか……?」

「そういうことだ」


 アディリフの言葉を聞けば聞くだけ、耳が汚れるような思いがする。獣人は、人に狩られるだけでなく人を見下す存在でもあった――それも、知識としては知ってはいるが。今の時代にもそんなことを大真面目に主張するのはバカバカしいとしか思えない。だが、そうと分かると色々と説明がついてしまうのも確かだった。

 得意げに頷くアディリフに、今なら何もかも披露してくれそうだと見て、嫌悪を抑えて問いを重ねる。


「サララ姫を狙ったのは――」

「雪豹は小柄だが柔軟性と敏捷性には優れる。その特性を取り込んだ兵も、必要だろうと考えたのだ」


 雪豹と獅子の混血――それが何を意味するかに気付いてしまったのだろう、姫の毛皮がぶわりと逆立ったのが視界の端に見えた。できることなら慰めて宥めてやりたいのに、得々と語るアディリフから目を離すことができないのがもどかしかった。だが、こいつからはまだ聞かなきゃならないことがある。


「姫が訪れるタイミングと、警備が手薄になる時間と場所――誰から教えられた?」

「人間どもが教えてくれたぞ。隣国との国境を巡っての対立がキナ臭くなりそうということでな、条約の(くびき)を受けぬ混血の兵が欲しい、と……半獣の傭兵を使った計画のことも、全て隠さずに、な……! 人間を信用するのは間違いだと、これで雪豹族も思い知ったことだろう!」


 やはりか、と。俺は密かに歯噛みした。懸念していたことのひとつが現実のものだと分かってしまった。あのバカバカしいお見合い計画、サララ姫をわざわざ誘拐しやすい状況に置く瞬間のことを知る者は限られる。エリオに、森の入り口まで同行した人間たち――あいつらまでもが全貌を知っていたかは分からないが、助けが現れる望みはやはり薄い。人間の国の上の方が初めから獅子とグルだったというなら、雪豹たちが何を訴えても獅子を追及しようとはしない――それどころか、誘拐の黒幕はこの()だったということで幕引きを図ろうとするのだろう。

 姫に誘拐の隙を許したのは雪豹族のせい、邪な()()を紹介したのはエリオのせい――そういう落としどころを描いていたのか。


「人間や――条約を掲げる惰弱者どもの愚かさはよく分かっただろう? あのような者たちに雇われるなど、雪豹の誇りが許さぬだろう? お前にも儂の娘を与えてやる。同族の女が良いなら、そこの娘が役目を終えた後なら――」


 いつしか、獅子どもと混血どものうち動ける奴らは、立ち上がってアディリフの周囲に壁を築いていた。怪我をしてる奴も多いとはいえ、俺と――それからサララ姫が立ち向かうにはまだまだ分が悪い。まして助けも見込めない中では。アディリフの余裕ぶった笑みも、それを分かっているからだ。俺が、渋々にでも頷くものと、頭から信じ込んでいるからだ。

 こちらを睨む獅子どもは、無言のうちに親父に従って圧力を掛けてきている。兄弟たちを傷つけられた怒りを目の中に燃やしながら、否と言えば八つ裂きにしてやるとはっきりと伝えてきている。確かに、勝ち目がごく薄いのは俺だってよく理解している。だが――


「黙れ」


 この気丈なサララ姫の、誇りの全てを踏み躙るようなことに加担して堪るもんか。それくらいなら死んだ方がマシだ。というか、死ぬまで戦って抗った方が。


「どんな大義を掲げようとてめえは卑劣な誘拐犯で強姦魔だ。獅子の、獣人の誇りがあるっていうなら、一対一で勝負しろ。口先で脅すんじゃねえ、牙と爪で従えてみろ!」


 サララ姫を背に庇いながら牙を剥いて、啖呵を切る。これ以上ないほどの明確な拒絶に、アディリフの表情が初めて揺らぐ。まずは驚きに、次いで怒りに。その様を見るのは、いっそ愉快ですらあった。

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