16. 曝け出す本性
白い閃光と赤い炎が踊り、轟音が耳を刺した。吹き付ける熱風が髪を乱し、飛び散った岩の欠片が頬にあたる。広い空間があるこちら側でもこの勢いだ、通路から飛び出そうとしたところにこの爆発に出くわした獅子どもや混血どもにはちょっと眩しいとか痛いでは済まないだろう。暴風は、通路の方にも容赦なく向かったはず。逃げ場もない狭い空間で、後続に控えた連中がひとりでも多く戦闘不可能な怪我を負ってくれるのを祈るばかりだ。
「小賢しい……! 小道具が幾つもあるはずない、無駄撃ちさせろ!」
通路の奥の方から苛立った唸り声が響いてくる。それと同時に押し出されてきた何人かに、また風の精と炎の精と雷の精の三重唱を見舞ってやる。年長の戦士だろうか、声の言ってることは全く正しい。確かにこっちの持ち玉も無限じゃないし、特に姫はひとりずつでも姿を見せれば水晶玉を投げつけずにはいられないようだ。できれば何人か纏めて倒せるタイミングを狙って欲しいが、殺意が文字通り牙を剥いて襲い掛かって来ている状況では、そこまでの冷静さは望まない。
そして、俺たちを屠ろうと群れを成してくる獅子どもも、冷静ではいられないだろう。
「お前らは捨て駒だとよ、ご苦労さん」
「ほざけ……!」
水晶玉を掌にチラつかせながら挑発すれば、先頭にいた混血が顔色を変えて唸った。二本足に毛皮を纏った獣に近い姿だから、顔色というか耳とヒゲがぴんと立って牙を剥いた、ってことだが。――だが、悔しげに顔の縞を歪めてはいても、炎と雷に見舞われると分かっていて踏み出す勇気はないらしい。お陰でこちらはひと息つく暇をもらえた。
「くそ……っ」
「ほらよ」
それでも後続に押し出されるようにそいつは転がり出てあっさりとまた炎に巻かれた。毛皮の焦げる悪臭に、咳を幾つか。どういう仕組みでか空気の流れは確保されてるとはいえ、洞窟の中だ。立て続けに起きた爆発で窒息することがないか、天井が崩れ落ちて来ないかは少々怖い。
もちろん、それよりもっと切実に怖いのは俺たちを引き裂きに次から次に現れる爪と牙だが。
「ラヴィ様、もう……!」
「おう、あんたはもう下がってろ」
サララ姫に渡した水晶玉が底を尽いたようだった。白銀のしなやかな身体を背後に庇いながら、俺は短剣を抜く。同時に左手では、こっちも最後の水晶玉を投げつけて。
「さあ、来い!」
「行け、もう玩具はないぞ!」
「食らってやる……!」
後方から響く号令に応えて、まだ煙を上げてもがく同胞の身体を踏み越えて、獅子の戦士たちが広場へと足を踏み入れてくる。二本足の姿の者、鬣を見せびらかすように獣の姿を取った者――仲間をやられた怒りに駆られて真っ直ぐに突進してくる。
「覚悟――!」
それも思い通りだがな、バカめ!
「ぐっ――」
「何、だ……!?」
呻き声と、自身に起きたことを訝しむ声と――三方から上がる騒音を聞くのは、今日は二度目だ。一度目は、サララ姫を攫った混血どもを護符で返り討ちにした時。そう、今も、俺たちを目掛けて飛び掛かって来た奴らが何匹も、雷の精の稲妻の網に掛かって身悶えしている。
「まだ小細工をしていたとは……!」
「玩具が一種類だけとは言った覚えはねえなあ! さあ、もっと遊びに来いよ!」
世の中には色んな場面があって、人間はそのそれぞれに合わせて色んな道具を造り出してきてる。例えば敵地の中でいくらか安心して野営したい時。山や森の中、野獣から身を守るためでも良いし、逆に敵を罠に掛けたい時だってあるだろう。――ちょうど今みたいに。
落とし穴やらの仕掛けも他の場面ならあり得るが、今回はそんな時間はなかった。何より、雷の精を織り込んだ糸は魔術師が目を凝らさなければ見破られないのが良い。獅子どもが現れる直前に、泉を囲むように地面に埋め込んでしまえばなおのことだ。
「この娘を攫った奴らも同じ仕掛けに掛かってたぜ? 一族揃って間抜けだな!?」
「貴様……っぎゃあぁ!」
水晶玉で足止めを喰らって、よほど苛立っていたんだろう。挑発に乗った一匹が雷の糸を踏み越えようとして、また倒れる。俺たちを守る防壁よろしく、積み重なった同胞の身体を前に獅子の連中が二の足を踏んでいるが――ほんの瞬きほどの時間稼ぎにしかならないだろう。
「何をしている! 踏み越えろ!」
「……はっ」
そう。稲妻に絡め取られた奴らのうち、糸に近い地面と接している奴らは全身を縛られるようにばちばちと音を立てる雷の精に責め立てられてる。だが、上の方に積み重なった奴らは比較的拘束が弱く、俺に爪を立てようとじりじりと這って糸の範囲から逃れようとしている。
そのうちの一匹の頭を思い切り蹴飛ばして失神させる――と同時に、仲間を足場にして近づこうと跳躍した奴の腹に短剣を突き刺して、思い切り捻る。安易に腹を見せた隙を、見逃したりなんかするものか。
「間を空けるな!」
「雑種風情を調子に乗らせるな!」
だが、獅子たちの人数はまだ尽きない。俺を雑種と呼んでくれたのが混血強兵もどきの一人だったから思わず苦笑してしまう。俺なんかとは違うと、捕まえた奴らも言ってたっけ。一体どこがどう違うのか――詳しく聞く時間はなさそうだ。
「お行儀が良いなあ、坊ちゃん方は!」
血に塗れた短剣を引き抜いた勢いで、柄の方を横から跳びかかって来た混血の額に叩き込む。先に戦った時と同じ、こいつらの戦い方はどうにも型通りで読みやすい。短剣なら刃の部分で戦うものと思い込んでるようなのは、全く甘いとしか言いようがない。
「黙れぇ!」
頭蓋を揺らすであろう衝撃に頭を振りながら、縞を纏った獅子のような獣が牙を剥く。獅子よりも虎よりもデカい身体――だが、鈍いなんてことはない。避けるか受け止めるか、いずれにしても体勢を低くして備えようとした瞬間。白銀の風が飛んできた。と、思った。
「私もおります! 後ろは気になさらないで!」
「姫……何てことすんだ……」
いつの間にか白豹の姿になったサララ姫が、混血の獣の喉元に噛みつきながら思い切り体当たりしたんだ。体格では劣る相手とはいえ、不意打ちだ。姫の、この姿だと力強い顎で頸動脈を絞められて、そいつはすぐに仲間の隣にぐったりと横たわった。
「女の方は殺すなよ」
「分かってる」
「だが、躾程度は良いはずだ」
人の姿の俺よりも、爪と牙に加えて俊敏さもある姫の方が厄介だと踏んだのか、獅子どもの視線が彼女に集まった。殺さないにしても何をする気か――今までは感じてもなかった恐怖に駆られて、慌てて叫ぶ。
「雌に牙を向けるのか!? てめえらの相手はこっちだろうが!」
俺を舐めて注意を逸らした報いを受けさせようと、短剣を振るう。が、ここまで頑張ってくれた獲物にも限界が来ていたらしい。狙った相手の毛皮を少し傷つけただけで、根元からぽきりと折れてしまう。
「何もできない二本足め。女を捕えたら引き裂いてやる……!」
その折れ飛んだ短剣の刃先を前脚で踏みつけて、一頭の獅子が鬣を震わせて笑った。俺の目の前で姫を嬲って、その後で俺も八つ裂きにする気か。人の姿でなくても得意げな嘲笑が見えるようで、俺は牙を噛み鳴らした。
「雑種の二本足か……まあ、そう思わせて来たからな……」
だが、それも侮られたことへの不快感を示すだけ。獅子どもが期待したような絶望では、決してない。
魔道具に限りがあるのも、鋼の武器が獣人の毛皮相手には大して頼りにならないのも、承知。その上で戦いを挑んだのは――姫を抱えていたから、逃げ場がないからでもあるが――まだ切り札があるからだ。
サララ姫が攫われた時も使わなかった。獅子の縄張りに入ってからも、今の今まで使わなかった。それで乗り切れると判断してきたからだし、簡単に人に見せるもんじゃないと思ってたから。特にサララ姫に知られるのは面倒だから。――だが、この期に及んではそんなことも言ってられない。
俺は低く唸ると、短剣の柄を投げ捨てて地面に両手をついた。身体が熱くなる。中から、何かが膨れ上がる感覚がある。人としての姿が溶けて、別の形に変わっていく。
「ラヴィ様……!?」
さっきの勇ましさとは全く違った、サララ姫の戸惑うような声が胸に刺さる。まったく、さっきは「半獣」だなんて名乗ったのに。嘘吐きと思われちまうんだろうな。
一抹の罪悪感。だが、解放感の方がはるかに大きい。四本の脚で地面を踏みしめることの、喜び。聴覚も嗅覚も遥かに鋭くなって、世界が広がるかのような。大きく口を開けて、声にならない――雪豹は吠えるのが苦手だ――咆哮を上げれば、風の精が応えてくれる。故郷の雪山を呼び込むように、辺りの気温を一段と下げて。
身震いして、邪魔な衣服を払い除ける。久しぶりに――本当に、何年かぶりに。俺は、一頭の雪豹の姿に戻っていた。