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1. 危ない依頼

 小さい頃、世界には俺と両親しかいなかった。たまに()から来る奴らはあくまでも余所者で、両親のどちらかと少しだけ話して去っていくだけだった。時には派手なやり取りの果てに追い出される奴もいて、事情があるんだなと子供心にも察せられた。

 父も母も優しかったし、その生活に不満があった訳じゃない。野山を駆けて風と語れば寂しさを感じることもなかった。むしろ、親の()()をはっきりと理解するにつれて、外の連中との関りなんかご免だと思うようにさえなっていった。

 それでも生まれ育った山を離れたのは――巣立ちの時だったから、いつまでも親の元でぬくぬくと過ごすのは耐えられなかったというだけだ。()に出たからって俺は俺で変わらないと思っていた。


 ただ、いつのことか分からないけどたまに思い出す声と姿がある。両親を訪ねてきたにしては幼なすぎる――なら、どこかから迷い込んで来た子だろうか。年下の女の子が、俺に近づいてきたなんて信じられないが。


「どうして一緒に来られないの? 私たちと何が違うの?」


 困ったように微笑んでいたあの女の子――どこの誰だったんだろう。俺に怯えることもなく、どうしてあんなことを言ったのか。

 旅を続けていれば、いずれ分かることもあるんだろうか。






 傭兵ギルドの扉を開けると、不躾な視線が一斉に俺に突き刺さった。扉をくぐってすぐの広間には、情報や束の間の相方を求めて傭兵どもが(たむろ)している。それなりのプロ意識を持っているにしろ、そこらのゴロツキ同然のヤツにしろ、自分の腕にもガタイにも自信を持ってる連中ばかりだろう。――その中の一番ゴツいヤツと比べても、俺はなお優に頭ひとつ分は上背がある。室内に落とした影だけでも人目を惹くには十分だったらしい。


「獣野郎か……?」

「いや、雑種だ」

「半獣の――」


 半獣のラヴィ。そう囁かれるのが耳に届いて、俺は片頬だけで笑った。

 久しぶりに来た街だったが、俺の名が覚えられているようだったのは僥倖(ラッキー)だった。下手に男気とやらを見せてやろうと絡まれることがないのは良いことだ。それでも幾つか剣呑な目や、腰の剣に手を伸ばす動きが気に障ったが。それも、軽く唇を剥いて牙を覗かせてやれば大人しくなった。八重歯なんかでは断じてない、肉食の猛獣の牙。彼我の力の差を察することができない雑魚は、どうやらここにはいなかったらしい。


 最奥のカウンターに陣取る受付嬢は、そこらの傭兵よりもよほど肝が据わっているようで、俺の姿を見ても眉一つ動かさなかった。ギルド特製と評判の、首飾りを模した護符(アミュレット)の効果だろうか。深い海の色をした宝石が、あらゆる攻撃から持ち主を守るのだとか。荒くれが多い傭兵ギルドで、どの支部に行っても綺麗どころを受付に置ける秘訣だとか。そこまでして見た目に拘る意味があるのかどうか。それはともかく――


「ご用件は?」

「人と約束してる。情報屋のエリオ。来てるか?」

「二階の五号室です。右手の階段から上がってください」


 整った唇をにこりともさせず、受付嬢は複雑な呪文が刻まれた鍵を手渡してきた。言われるまでもなく目に入る階段をご丁寧に手で示すのも、いかにも決められた通りの手順(マニュアル)だった。俺の明らかに目立つ容姿に、驚いたり怯えたりする素振りがないのはとても気楽で良いものだ。




 指定の部屋に入ると、既に先客がソファに掛けて待っていた。扉が開く音に顔を上げて、そいつはひょいと軽く手を上げて俺に挨拶してくる。


「やあ、ラヴィ。時間通りだね」

「久しぶりだな」

「ん。元気そうで何より」


 あちこち跳ねる髪を軽く括っただらしない風体。片眼鏡(モノクル)がトレードマークの情報屋のエリオ。この胡散臭い男と俺は既知の間柄だった。こいつは情報を、俺は腕を提供し合う、仕事仲間と言ったところか。中には法に触れるギリギリの後ろ暗い案件もあるが――概ね信頼できる男だと思っている。


「ご指名とは珍しいな」

「是非とも君でなければ、という件でね」

「ほう? おだてるじゃねえか」


 お互い、うるさい礼儀が必要な仲じゃない。そんな軽口を叩きながら、俺はエリオの向かいに腰を下ろす。同時に、ふたりの間に陣取るテーブルに受付でもらった鍵を置く――と、鍵に刻まれた呪とテーブルに描かれた紋が魔法陣を作り出す。蜂の羽ばたきのような微かな音は、風の精(シルフィ)が呪文の命令を聞き届けた証。これまた傭兵ギルド自慢の、防諜魔法が発動したんだ。風の結界によって室内の会話を盗聴するのはほぼ不可能になる、らしい。持ち主の魔力や技術によらず、道具によって誰にでも簡単に高度な術が使用できる。まったく人間らしい発想だと毎度のことながら感心するもんだ。


「――で、今回の仕事は?」

「うん、実はね――」


 人間の小道具への感情はともかく、結界の精度は信頼して間違いない。だから端的に切り出すと、エリオの方も軽く頷いて懐を探った。情報屋ならではの秘密道具が、緩すぎるようにしか見えない服のあちこちに仕込まれているんだとか何とか。

 どう見てもポケットがあるようには見えない布地の隙間から取り出されたのは、小さな手鏡だった。縁飾りの魔石が、ただ目の前のものを映し出すためのものではないことを示している。実際、エリオが魔石を撫でると、鏡面がさざ波のように揺れてひとつの像を結んだ。――思わず息を呑むほど、美しい像を……。


「この方、知ってる?」

「知るか。――雪豹族の、貴人ってことしか」


 幻の像に見蕩れちまったことを悟らせまいと、俺はせいぜい不機嫌そうに聞こえるように唸った。


 鏡に映るのは、銀色の美姫だった。人間が見てもそう認識するかは知らないが、多分並外れて美しい雌だと捉えるのはほぼ間違いないだろう。

 つり上がった大きな目は、金色。白銀の髪から覗く丸い耳と、整った顔を化粧のように彩る黒の斑点が彼女の種族を仄めかしている。鼻筋は人間のそれではなくて、肉食の獣の形をしていて。肌も、人間のようにつるりとしているのではなく、髪と同じ色の滑らかな被毛に薄く覆われて。生活の利便のために人の姿を取りつつも、獣形の特徴を残す形態を取るのは誇り高く力ある獣人の一族がすることだ。まして全身を重たげな宝石や刺繍の施された衣装で飾っているとなれば、きっと名のある氏族の長に連なる女なんだろう。


 誰が見ても分かることだ。だからエリオは勿体ぶることなく軽く頷いて肯定を示した。


「星降る銀嶺の氏族の長のご息女、サララ姫。御年十六歳であらせられる」

「ほう」


 星降る銀嶺の長? よりによってあの一族かよ。雪豹の氏族のなかでも屈指の勢力と長い歴史を誇る、つまりはとびきりプライドが高くて頭が固い――面倒でややこしいところじゃねえか。


「今回の依頼というのはね」


 俺の警戒を見て取ったのか、エリオはにい、と笑みを深めた。まるで逃がさないぞ、とでも言うかのような。


「ちょっとこのお姫様を誘拐して欲しいんだ」


 ――前言撤回だ。何が信頼できる取引相手だ。法に触れるギリギリどころじゃねえ、こいつ、堂々と犯罪行為を要求してきやがった。それもただの誘拐じゃない、人の諸王国からも獣人からも追われることになる重罪を、だ!

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