召喚士の憂鬱
TCGアニメ風ファンタジー世界を舞台とした、バトルありラブコメありの短編です。
楽しんでいただけたら幸いです。
召喚士。
それは人間以外の存在をカードに封じ、自在に使役出来る才能である。
ごく一部の人間にのみ発言する才能であり、その才能に目覚めた者は強大な力を手に入れることになる。
●●●
――リザちゃーん!
――アインくーん!
幼い少年と少女が、草むらを走っている。はしゃぎながら、笑いながら、くるくると時に回り、時に手をつなぎ、走り回っている。
少年はごく普通の人間。上等な服を着ているから、裕福な家の子なのだろう。
少女は背中に翼を、頭の上に光の輪を持っていた。天使だ。
人間と天使。異なる種族。それでも、そんなことは気にも留めないというように、二人は仲良く遊びまわっている。
あははは。うふふふ。
幼い二人の無邪気な笑い声が響く。
平穏。まさにその具現ともいうべき場所を、打ち崩す存在が現れる。
――見つけたぞ! 天使だ!!
――捕らえろ! 我々の手札にしてしまうんだ!!
黒のフードに身を包んだ人の群れが、少年と少女を取り囲む。黒フードの一人が懐から一枚のカードを取り出し、少年たちに向ける。
――召喚! 出でよブラックオーガ!! その少年と少女を取り押さえろ!!
カードから黒い光が溢れ、それが巨大な体躯の怪物の姿となる。身長三メートルはある巨躯の怪物・ブラックオーガである。
カードから召喚されたブラックオーガは、召喚士の命令に従い、逃げる少年少女を、その両手で取り押さえてしまう。
乱暴に拘束された二人は、苦しげに表情を歪める。
――だれだ、おまえたちは!
――我らはハデス教団! 全てのモンスターを支配する者!
黒フードの一人がそう名乗りを上げる。
ハデス教団。全てのモンスターは召喚士に従うべし。そんな召喚士至上主義の教義を打ち出して広まりつつある宗教団体である。
――このモンスターとて例外では無い! 我らの手札とさせてもらうぞ!
――リザちゃんをはなせー!!
無慈悲な黒フードの言葉に、少年が抗議の声を上げる。しかし、その言葉に黒フードの男は嘲笑を持って答えた。
――他者に己の意思を通したいのならば"決闘儀式"で挑め。それがこの世界のルールだ! まぁ召喚士でもない小僧には無理な話だがなァ!!
黒フードの男は少年を嘲りながら、ブラックオーガに取り押さえられたもう一人――天使の少女へと近づいていく。
少女はそれを怯えた表情で見る。必死に逃げようとするが、ブラックオーガの膂力で押さえつけられた少女の身体は、完全に拘束されてしまっている。
――リザちゃん――!!
――アイン、くん……
少女に出来るのは少年の気遣う叫びを聞くだけだ。
否。少女は、少年の叫びを聞き、何かを決心したかのように表情を引き締め、少年に手を伸ばす。
――わたし、きゅうめいのてんしリザエルはアイン・マシンハート、あなたをマスターとさだめ、けいやくします――
少女の言葉と共に、彼女は光に包まれる。光はふわりと浮かび、アインと呼ばれた少年の元へと集っていく。
――小娘、まさか――
――わがみ、わがたましいはなんじのもの。なんじのうんめいこそわがうんめい――
黒フードの驚愕の声。それを無視するように、少女の言葉は紡がれていく。
――ちかいをここに。ここにけいやくははたされた――!
少女の言葉の終わりと共に、少女の姿が消える。光だけとなり、それは少年の手に集まり――一枚のカードとなった。
――りざ、ちゃん……
少年はそのカードを手に、呆然と呟く。
カードの中で、リザと呼ばれた少女が、静かに微笑んでいた。
●●●
「――マスター、マスター! そろそろ起きてください!」
鈴を転がすような、明るい声。それに起こされて、アインは目を覚ました。
荒野を走るワンボックスカータイプの魔導車。その後部座席にアインは座っていた。
隣には金髪碧眼の少女。見た目は白いワンピース姿の女の子だが、その背中には羽根が、頭上には光輪があった。天使である。
アインをマスターと呼んだ天使の少女。名はリザエルと言った。
「そろそろサザンクロス領よ。気合入れて頂戴」
運転席から凛々しい声が届く。声の主は黒髪ツインテールの少女だ。ハンドルを荒々しく捌きながら、アクセルを踏みしめている。
ツインテールの少女の名はヴェレッタ・スケアリーと言った。
アイン、そしてヴェレッタはレジスタンスの一員である。
この世界の半分を支配する暗黒教団"ハデス教団"。召喚士至上主義を唱え、全てのモンスターは自分達のモノであると豪語し、その言葉通り多くのモンスターと土地を支配する暗黒教団である。アインとヴェレッタは、そんなハデス教団に対するレジスタンスの一員なのだ。
ハデス教団の支配する土地を訪れ、そこの支配者を倒し、解放する。それがレジスタンスである彼らの目的である。彼らが向かうサザンクロス領もまた、ハデス教団の召喚士によって支配された土地なのだった。
「サザンクロス領を支配しているのは"後宮"のハザード。数多くの女性モンスターをしもべにしている召喚士だそうです。女性モンスターで自身の館に後宮を作っているとか。女好きなんですね……それでもレジスタンスの召喚士も何度も破っている強敵です。油断せずに行きましょう」
リザエルが紙の資料を読み上げる。そんなリザエルを、アインは憮然とした表情で見ている。
「女性モンスターをしもべに、ね……」
「後宮を作るなんて、ひどいです。きっと無理やり後宮で働かせたりしてるんですよ!」
ぷんぷん、なんてオノマトペが見えそうな勢いで憤るリザエル。そんな天使の様子を、アインは憮然とした表情で見ている。
女性モンスターをしもべにする。それはアイン自身もやっていることだ。
"救命の天使リザエル"。今アインの横に座る天使は、アインのしもべである。契約によってアインの支配下にあり、リザエルはアインに逆らえない。リザエル自身の意思がどうであれ、リザエルはアインの意のままに働かされるのだ。
それは、あまり健全ではない、とアインは考えていた。
というか。
――好きなんだけどなぁ……しもべにする、ってそりゃ普通怒ることだよな。
等と考えていた。
アインとリザエルは幼馴染である。小さな頃からずっと一緒だった。アインは優しく純真なリザエルの人柄に惹かれていた。
しかし、ある時ハデス教団にリザエルは襲われ、彼らのしもべにされそうになった。その時彼女は、緊急避難としてアインをマスターとしてしもべになったのだ。モンスターは複数のマスターを持てない。アインのしもべになれば、ハデス教団のしもべにはならずに済む、というわけだ。
この出来事はアインにとってトラウマであり、つい先程も夢に見るほどだった。
もっと力があれば、彼女を護れたのではないか。そうすれば、今でも一人の人間と一人の天使でいられたのではないか。そうであれば――
「マスター、聞いてます?」
物思いにふけるアインの思考を、リザエルの明るい声が割って入る。むー、と頬を膨らませる彼女に、ごめん考え事をしていた、とアインは返す。それを聞いて彼女は仕方ないですねー、とまた最初からハザードに関する資料を読み上げてくれる。
特に怒った様子も無く、ごく自然に。それがリザエル自身の気持ちなのか、アインがマスターゆえなのか……そんなことを考えながら、アインはリザエルの説明を聞いていた。
●●●
サザンクロス領。大都市と言って良い領地である。多くの商人が行きかう商業都市であり、この辺りの土地の物流の要とも言うべき街である。
しかしそれは過去の話である。ハデス教団の召喚士、ハザード・クリシスが現れ、街の支配者となって以来、街はすっかり寂れてしまった。
ハザードはとにかく住人から税を、貢物を搾り取った。金もモノも全て奪い取っていった。その結果、この街からは多くの人が去り、残っているのは逃げ出すことさえ出来ない弱い人々だけである。かつては多くの店が並んだ通りも、今やその多くがシャッターを閉ざし、ゴーストタウンと見間違うほどである。そんな通りに、わずかな人々が物乞いをしている。寂れ、滅びを待つ街。それが今のサザンクロス領なのだった。
そんな街の支配者、ハザード・クリシス。人呼んで"後宮"のハザードは召喚士であり、多くの女性型モンスターをしもべとしていることで有名な男である。彼は街の中心にハザードハウスという巨大な邸宅を築き、女性型モンスターを侍らせた後宮に耽溺しながら、街を支配していた。
「ここがそのハザードハウスよ。邸宅というよりもはや城ね……」
ヴェレッタが辟易した顔で目の前の門と、その向こうに広がる邸宅を見ている。
サザンクロス領の中心、ハザードハウス。広大な庭と巨大な邸宅を高い石垣が囲んでいる。その豪華さ、華美さはサザンクロス領の他の地域の建物とは比較にならない。サザンクロス領の富を吸い上げた結果が、ここにあった。
そんなハザードハウスの正門前に、アインとリザエル、そしてヴェレッタはやってきていた。
魔導車は街の外に置き、三人だけで乗り込んできたのである。
「さて、じゃあいつも通りやるわよ、アイン」
「了解だ、ヴェレッタ」
「――出でませ! "宝石竜エメラルド"! "宝石竜クリスタル"! "宝石竜ガーネット"! "宝石竜トルマリン"! "宝石竜サファイア"!」
ヴェレッタがカードを取り出し、その名を唱える。するとカードから光が溢れ、それぞれ緑、白、赤、黄、青の巨大なドラゴンが召喚された。
これこそ召喚士の持つ力。カードからモンスターを召喚するチカラである。
「私のかわいいドラゴンちゃん達! 暴れてらっしゃい!!」
ヴェレッタの号令と共に、召喚されたドラゴン達が一斉にハザードハウスを襲い始める。庭を、邸宅を、好き放題破壊していく。警備兵と思しき者達も応戦に現れるのだが、ドラゴンの巨体には到底抗えず、なすすべも無い。人間はモンスターには勝てない。その戦力差は圧倒的だ。ゆえにこそ、そのモンスターを操る召喚士の力は強大なのである。
「やれやれー! どんどんぶっ壊せー!!」
はやし立てる召喚主に応えるように、ドラゴン達は一層ハザードハウスを破壊していく。壁を噛みちぎり、吐く炎が邸内を焼き尽くしていく。大惨事である。
「そろそろかな」
アインの言葉が聞こえたわけではないだろうが、破壊されつつあるハザードハウスから一つの人影が飛び出てくる。
ハーピィの少女の足に捕まりながら出てきたのは、肥満体の男である。派手なローブにジャラジャラとつけた指輪が、豪奢というより下品な印象を与える男だった。彼こそこのサザンクロス領の支配者、領主ハザード・クリシスである。
「ええい、何者デスカ! 我が邸宅にこのような狼藉を働くのは!! ――お前たち、デスネェ!?」
「ハデス教団"後宮"のハザードね!? 私たちはレジスタンス! お前を倒してここサザンクロス領を解放するためにやってきたわ!」
「"決闘儀式"だ。俺が勝ったらこの街を解放してもらう」
わめくハザードに対し、ズビシ、と指差しながら宣言するアインとヴェレッタ。
"決闘儀式"。それは古来より伝わる召喚士同士により神聖な儀式。一対一の正々堂々とした戦いの儀である。その結果は神聖にして絶対。勝負に賭けたモノは全て勝者のモノとなる。
「――いいデショウ。挑まれた"決闘儀式"は受けるのが召喚士。この"決闘儀式"、受けて立ちまショウ!! 我が名はハザード、ハザード・クリシス! 人呼んで"後宮"のハザード!! 貴方は!?」
「俺はアイン。"機甲軍"のアイン。相手をしてもらおう。俺が勝ったらサザンクロス領を解放し、アンタには出ていってもらう」
アインの名を聞いたハザードは、はたと手を打ち、ジロジロとアインとその横にいたリザエルを睨めつける。その口元は嫌らしくニタリと笑っている。
「貴方が噂のレジスタンスの凄腕、"機甲軍"のアインデスカ。噂は聞いていますネェ……機械族モンスターを巧みに操る召喚士。そして何故か一体の美しい天使をデッキに入れている、とネ。それが噂の貴方の天使、デスネェ?」
「それがどうした」
無遠慮にリザエルを差すハザードの指から、彼女を隠すように前に出るアイン。そんな彼に、ハザードは嫌らしい笑みを深めながら告げる。
「決めました。私が負ければこの街を解放し、私は出ていきまショウ。ですが私が勝てば――それをもらいますヨ!!」
「何だと?」
「私は美しい女性型モンスターに目がなくてネェ。それは美しい、私の眼鏡に適います。是非とも我が後宮に加えたい!」
ジロジロとリザエルの肢体を舐めるように睨めつけながら、ハザードが言う。
「そんなこと……」
「いいです! やりましょうマスター!!」
アインの否定の言葉を、リザエルの明るい声がかき消す。
「私のマスターは貴方なんかに負けません!!
――マスター、あんな嫌らしい人やっつけちゃってください! 私、信じてますから!」
ビシ、とハザードを指差しながら宣言するリザエル。そのままアインに言葉を託し、光となって一枚のカードになり、アインの持つデッキに入っていった。
それをアインはやや複雑そうな表情で見る。信頼してくれているのは分かるし嬉しい。だがそれはそれとして負けたらあの"後宮"作ってるような奴のモノにされてしまうというのに、そうあっさり決めてしまっていいのだろうか――などと彼は考えていた。
「どうやら話は決まったようデスネェ! では始めまショウカ……」
「ああ、始めよう……!」
アインとハザードが向かい合い、互いにカードの束……デッキを向け合う。ヴェレッタはそれを見届け、後ろへと退避する。
「「"決闘儀式……開始"!!」」
二人が儀式の始まりを宣言する。
ここにサザンクロス領と、天使リザエルの命運を賭けた"決闘儀式"が始まった。
●●●
"決闘儀式"ルール!
召喚士同士の一対一の決闘。召喚士がお互いの手番を交互に繰り返していく。
召喚士は自分の手番になると、手札からモンスターや呪文を使用し、相手を攻撃する。
お互いの生命は5。モンスターの一度の攻撃で1削れる。
相手の生命を先に0にした方の勝ちとなる!
●●●
「先行は私がもらいマスヨ! 私の手番! ドロー!!」
ハザードが宙を浮く山札からカード一枚引く。
「私は土地カード"千夜後宮"を発動!」
ハザードの出したカードから闇が溢れ、怪しげな館が現れる。看板に"千夜後宮"とある館からは、ムーディな音楽と怪しげな光が漏れ出てくる。
「この千夜後宮は女性型モンスターの住まう後宮! その効果により私は一ターンに一度、女性型モンスターを手札から特殊召喚出来るのデス! 私は千夜後宮の効果で"猫獣人舞踏家"を特殊召喚! さらに手札から"女王蜂女"を召喚、デスネェ!」
ハザードの場の千夜後宮の扉からヴェールで顔を隠し、ナイフを持って踊る猫獣人"猫獣人舞踏家"が飛び出てくる。さらにハザードの手札から金色の豪奢な甲冑に身を包んだ蜂女が召喚される。
☆ハザードの場
生命5
モンスター
"猫獣人舞踏家"パワー1500
"女王蜂女"パワー2000
土地
"千夜後宮"
「私はコレでターンエンド、デスネェ!」
――ハザードは女性型モンスターを多数並べて相手を圧殺する戦術かしら。典型的なビートダウン、って奴ね。
アインの背後から"決闘儀式"を見守るヴェレッタが、ハザードの場の展開を見ながら考察する。
――ビートダウンならアインも中々のモノよ?
「俺の手番、ドロー」
アインが静かに自分の手番を始める。
「俺は手札から"機甲獣サイバータイガー"を召喚する」
アインの手札から虎型の機械モンスター"機甲獣サイバータイガー"が場に召喚される。グルル、と唸りながら彼は相手の場のモンスター達を睨みつけている。
「さらに手札の"機甲獣アーミーウルフ"の効果発動。このモンスターは場に自分よりパワーの高い"機甲獣"モンスターが出た時、手札から特殊召喚することが出来る。サイバータイガーのパワーは2000、アーミーウルフは1800。よってアーミーウルフを特殊召喚」
今度は狼型の機械モンスター"機甲獣アーミーウルフ"が場に現れる。彼はサイバータイガーに付き従うように、静かに後ろに立つ。
「さらに手札の"機甲獣ジェットファルコン"の効果発動。場に自分よりパワーの高い"機甲獣"モンスターが出た時、手札から特殊召喚することが出来る。ジェットファルコンのパワーは1500。よってジェットファルコンも特殊召喚だ」
アインの手札から鳥型の機械モンスターが飛び立つ。しばらく上空を旋回してから、アイン達の上に翼のジェットエンジンを更かしながら滞空する。
☆アインの場
生命5
モンスター
"機甲獣サイバータイガー"パワー2000
"機甲獣アーミーウルフ"パワー1800
"機甲獣ジェットファルコン"パワー1500
☆ハザードの場
生命5
モンスター
"猫獣人舞踏家"パワー1500
"女王蜂女"パワー2000
土地
"千夜後宮"
――これがアインの"機甲軍"の力よ!
アインの背後でヴェレッタがほくそ笑む。
自分よりパワーが上の"機甲獣"が出た時、続いて場に出る効果が"機甲獣"の特徴だ。アインの戦術はその効果を利用して連続で"機甲獣"を場に出し、相手を殴り倒すビートダウンである。
――ハザードのコンスタントに場に二体ずつ出す戦術も悪くないけど、それじゃあアインの展開スピードには追いつけないわよ?
ヴェレッタが笑みを深める前で、アインが手番を進めていく。
「戦闘だ。俺は"機甲獣サイバータイガー"で攻撃!」
「くっ……私は"女王蜂女"でブロック、デスネェ!」
"機甲獣サイバータイガー"パワー2000。
"女王蜂女"パワー2000。
同パワーのモンスターが互いに突進し、激突する。
サイバータイガーの牙が女王蜂女の首を貫き、女王蜂女のお尻の針が伸び、サイバータイガーを串刺しにする。相打ちだ。二体のモンスターは塵となって消えていく。
「さらに"機甲獣ジェットファルコン"で攻撃!」
「"猫獣人舞踏家"でブロックデスネェ!」
鳥型の機械モンスターが、猫獣人へと急降下突撃する。そのクチバシが猫獣人の腹を貫くと同時、猫獣人のナイフがジェットファルコンの首を断っていた。再び相打ちである。二体のモンスターは先程と同じように、塵となって消えていく。
「……"機甲獣アーミーウルフ"で攻撃!」
「生命で受けますネェ!」
狼型機械モンスターがハザードに向かって突撃する。その突進はハザードの周りに発生した結界に阻まれるが、結界は砕け散った。
☆アインの場
生命5
モンスター
"機甲獣アーミーウルフ"パワー1800
☆ハザードの場
生命5→4
土地
"千夜後宮"
「これで俺はターンエンド」
静かにアインは手番の終了を告げる。それを受けるハザードの表情は苦い顔だ。苦虫を噛み潰した表情で、ハザードは自身の手番を開始する。
「私の手番、ドローデスネェ……
"千夜後宮"の効果で"砂漠のラミア"を場に出し!さらに手札から"ハーピィの斥候"を召喚、デスネェ!」
ハザードの場の"千夜後宮"から長い蛇の下半身を持つ"砂漠のラミア"がズルズルと姿を表す。さらに手札からは手足が鳥のモノである女性型モンスター"ハーピィの斥候"が現れた。
「私はコレでターンエンド、デスネェ……」
☆アインの場
生命5
モンスター
"機甲獣アーミーウルフ"パワー1800
☆ハザードの場
生命4
モンスター
"砂漠のラミア"パワー1500
"ハーピィの斥候"パワー1000
土地
"千夜後宮"
ハザードは防御を固めた形だ。アインの"機甲獣アーミーウルフ"を倒すことは出来ないが、その攻撃を止めることは出来る。二体の壁が居れば安泰、というわけである。
「俺の手番、ドロー」
アインが山札からカードを引く。引いたカードを見たアインの表情が、一瞬曇る。しかしその表情はすぐに無表情になり、引いたカードをそのまま場に出す。
「俺は"救命の天使リザエル"を召喚!」
カードから光が溢れ、ワンピース姿の金髪碧眼の天使が現れる。リザエルはニコリとアインに笑いかけると、勇ましい表情で場に立ち、ハザードや彼のモンスター達を睨みつける。
『さぁ、行きますよ!』
「頼む。俺は"救命の天使リザエル"の効果発動! 一ターンに一度、墓地のモンスター一体を蘇らせる事が出来る。俺は"機甲獣サイバータイガー"を蘇生!」
墓地とは倒されたモンスター達が眠る場所である。リザエルが地面に手をかざすと魔法陣が現れる。魔法陣は墓地とつながり、墓地のモンスター――"機甲獣サイバータイガー"が地面から這い出てくる。虎型機械モンスターはガル、とお礼を言うようにリザエルに吠えると、ハザードのモンスター達に対峙する。
「"機甲獣サイバータイガー"が場に出たことにより、手札の"機甲獣スプリングラビット"の効果発動!このカードよりパワーの高い"機甲獣"が場に出た時、手札から特殊召喚できる! 来い"機甲獣スプリングラビット"!」
アインの手札から脚がスプリング仕掛けの兎型機械モンスターが姿を表す。ぴょんぴょんと無邪気にアインの周りと飛び回ってから、戦列に加わる。
☆アインの場
生命5
モンスター
"救命の天使リザエル"パワー2000
"機甲獣サイバータイガー"パワー2000
"機甲獣アーミーウルフ"パワー1800
"機甲獣スプリングラビット"パワー1200
☆ハザードの場
生命4
モンスター
"砂漠のラミア"パワー1500
"ハーピィの斥候"パワー1000
土地
"千夜後宮"
「戦闘だ。リザエル、サイバータイガー、アーミーウルフ、スプリングラビット――全員攻撃だ!」
「くっ……ラミアとハーピィでブロックデスネェ!」
アインのモンスター軍の攻撃を、ハザードの二体のモンスターが身体を張って止める。アーミーウルフ、スプリングラビットの攻撃は止められるが、リザエルとサイバータイガーの攻撃は止められない。天使と鋼の虎の攻撃は、ハザードを襲った。
☆アインの場
生命5
モンスター
"救命の天使リザエル"パワー2000
"機甲獣サイバータイガー"パワー2000
"機甲獣アーミーウルフ"パワー1800
"機甲獣スプリングラビット"パワー1200
☆ハザードの場
生命4→2
土地
"千夜後宮"
「ターンエンドだ、ハザード」
アインが静かに自身の手番の終了を告げる。
――これで決まりね。ここまで場の戦力差がある以上、アインの勝ちは揺るぎない。
アインの背後で、ヴェレッタがほくそ笑む。しかし不意にその笑みが収まる。
――ハザードは今まで多くのレジスタンスの召喚士を下してきた実力者。この程度のハズがないわ。まだ、何か隠している……?
ヴェレッタの怪訝な表情。それに応えるように、ハザードがニヤリと笑う。
「私の手番、ドロー。
……このまま勝てる、なんて考えていますネェ? ですがそうはいきませんヨォ!」
叫び、手札からカードを取り出す。
「まずは呪文カード"冥府後宮からの帰還"を発動! このカードにより墓地の女性型モンスター全てが場に呼び戻されるのデス!!」
ハザードの場がひび割れ、地面から倒された女性型モンスター4体が現れる。
「さらに"悪魔の女将軍"を"千夜後宮"の効果で場に出し! "アマゾネスの戦士"を手札から召喚!!」
黒い甲冑に身を包んだ女悪魔が千夜後宮から姿を表し、さらに筋骨隆々の女戦士がハザードの手札から現れる。
「そしてこれが私の切り札! 呪文カード"冥府での後宮歓待"!! 自分の女性型モンスター一体を生贄に、相手のモンスター全てを墓地に送るのデス!! 私は"悪魔の女将軍"を生贄に、効果発動デス!!」
ハザードの呪文カードが怪しく光り、その効果が発動される。甲冑姿の"悪魔の女将軍"は甲冑を脱ぎ、扇情的な娼婦の姿になる。彼女の足元に暗い穴――墓地への穴が開き、その場で怪しく、蠱惑的に手招きをする。
「しまった!」
アインの驚愕の声。アインの場の"機甲獣"達が皆"悪魔の女将軍"の手招きに応じるように、ふらふらと暗い穴の中へと落ちていく。全ての"機甲獣"が穴に落ちた後、"悪魔の女将軍"もまた墓地に落ち、その穴を閉じる。アインの場に残ったのは――
『ああ――皆さん行っちゃいました……』
"救命の天使リザエル"だけだ。
「同じ女性型モンスターであるそれには効かなかったようデスネェ。ですがこの呪文カードからは逃れられませんヨォ! 呪文"捕獲植物化"! このカードは自分のモンスター一体を捕獲植物へと変え、相手のモンスターを捕獲、無力化するのデス!! 私は"アマゾネスの戦士"を対象に発動! "救命の天使リザエル"を捕らえるのデス!!」
ハザードの場の"アマゾネスの戦士"の顔が青ざめる。苦しみを耐えるように全身を掻き抱くが、その皮膚を埋め尽くすように、植物のツタがハリネズミの様に突き破って出て来る。
『きゃあ!』
リザエルの悲鳴。"アマゾネスの戦士"を犠牲に生まれた捕獲植物のツタがリザエルに巻き付き、拘束し、ハザードの場へと連れて行ってしまう。
「んん〜やはり美しいデスネェ……この"決闘儀式"が終わったらその身体、たぁっぷり味わってあげますからネェ……!」
ツタでがんじがらめに拘束したリザエルを、ハザードは無遠慮に、舌なめずりをしながら、舐めるように見やる。嫌らしくニヤけた表情のまま、アインを指差す。
「さぁこれで貴方の場はガラ空き。戦闘デス! "猫獣人舞踏家"、"女王蜂女"、"砂漠のラミア"、"ハーピィの斥候"! 小僧を攻撃しなさい!!」
「くっ……生命で受ける!!」
猫獣人のナイフが、女王蜂女の針が、ラミアの体当たりが、ハーピィの空中からの爪がアインを襲う。それらは全てアインの身を護る結界に阻まれるが、砕け散っていく。
アインの生命は残り1。
☆アインの場
生命5→1
☆ハザードの場
生命2
モンスター
"猫獣人舞踏家"パワー1500
"女王蜂女"パワー2000
"砂漠のラミア"パワー1500
"ハーピィの斥候"パワー1000
"救命の天使リザエル"(捕獲)
土地
"千夜後宮"
「生命は1残りましたか……ですが勝敗は決しましたネェ! 私の場にはモンスターが四体! さらに貴方のモンスター"救命の天使リザエル"を壁として捕らえている! 貴方が勝つにはこの天使を含めた全てのモンスターを破壊し、その上で私の生命2を削らなければならない! 場が空っぽの状態からデス!! そんなことは……不可能デスガネェ!!」
ブヒャヒャヒャヒャ、と汚く嘲るハザード。その顔は勝利を確信している。
――不味いわね。この状況、かなり不味い……アイツがリザを破壊しなきゃならないってのが本当に不味い!
アインの背後で、ヴェレッタが苦虫を噛み潰した表情でうめく。
――アインに取ってリザは"特別"な存在。例え敵の場に居ようとそう簡単に割り切れるものじゃない。なのに、破壊しないと勝てないなんて……
「私はターンエンド、デス! さぁ小僧、ラストターンデスヨォ!?」
「……俺の手番」
ハザードの煽りに、アインが力無く自身の手番の開始を宣言する。
――俺の手札に、逆転の手は無い……この引きに全てが懸っている。
彼はじっと自分の山札を見つめる。
――俺のデッキは俺の魂だ。全身全霊を込めて構築した俺の分身。逆転の手はまだ残されている。だけど――
アインの視線が、ハザードの場――捕獲植物のツタに拘束されたリザエルに向かう。
――俺が勝つためには、リザエルを破壊しなきゃならない。リザエルを、この手で……?
モンスターの破壊は仮初のモノだ。例え"決闘儀式"の中で破壊されようと、それがそのままモンスターの死には繋がらない。それでも、破壊された時の衝撃は本物だ。例え仮初であろうと、破壊された時、モンスター達は死を味わうのだ。
――勝つために、リザを、殺す……そんなこと――
迷うアインはふと、ある視線に気づく。
視線の主は捕獲植物のツタに捕らえられたリザエルだ。全身をツタにガッチリと拘束されたリザエルは、しかし唯一自由となっている頭を力強く縦に振った。拘束するツタが食い込んで苦しいのか、表情は苦悶のそれだが、しかしそれでも笑顔を作りながら。
大丈夫。そう伝えるように。
――――!
アインもまた頷き、山札を見る。
「ドロー!」
力強く、山札からカードをドローする。
「――良し! 行くぞハザード!!」
引いたカードを見たアインの表情が晴れる。不敵に笑いながら、カードを手に取る。
「まずは土地カード"冥府の門"を発動! このカードは、任意のタイミングで墓地のカードを一枚場に呼び戻すことが出来る。この効果は一度しか使えず、使用したら門は破壊される」
アインの手札から出されたカードから闇が溢れ、地面から巨大な門が現れる。冥府に繋がる門だ。閉じた門戸から、瘴気が溢れ出ている。
「そしてこれが俺の切り札!
――六つの弾倉に戦意を込めて、戦いの荒野へ発進せよ!
機甲銃竜ドラゴリボルバー!!」
アインの手札から、巨大なドラゴン型の機械モンスターが現れる。胸元に回転弾倉を構え、一対の翼を背負った巨体。アインの切り札であるエースモンスターである。
「何と巨大な……ですが、たかがモンスター一体! 我が盤石の場を攻略することは不可能デス!!」
「それはどうかな」
四体の女性型モンスター、捕獲植物で捕らえたリザエルの影に隠れて叫ぶハザードに対し、アインは不敵に宣言する。
「手札を全て捨て、"機甲銃竜ドラゴリボルバー"の効果発動! このカード以外の全てのモンスターを破壊する!!」
「何……デスッテ――!?」
「やれ、ドラゴリボルバー!! ハザードの場の全てのモンスターを破壊しろ!!」
グオオォォ、と吠えながら、ドラゴン型機械モンスター・ドラゴリボルバーがその口をハザードの場に向ける。鋼の口が大きく開かれ、中から砲身が伸びる。ガチャン、と重厚的な音とともに口腔内の砲身に銃弾が装填される。
「"デストロイバレット"!!」
アインの叫びと共に、ドラゴリボルバーの口の砲身から巨大な銃弾が発射される。バン、という発射音は五連続で空気を叩いた。
銃弾はハザードの女性型モンスター達を粉砕していく。そして――
『――――』
目をつむるリザエルもまた、ドラゴリボルバーの銃弾によって粉砕される。塵となり、その姿は散っていく。その様子を、アインはまっすぐに見続ける。
「そんな、馬鹿な――私のモンスター達が……ぜ、ゼン全全滅メツメツ……」
空となった自分の場を呆然と見るハザード。茫然自失、という様子のハザードに対し、アインは冷徹に宣言する。
「戦闘だ。ドラゴリボルバー! ハザードに攻撃しろ!!
"殲滅のフレアストリーム"!!」
ドラゴリボルバーが鋼の口をハザードへと向ける。口腔内からプラズマとなった炎の柱が発射され、ハザードへと叩きつけられる。
ハザードの周りの結界がそれを阻むが、砕け散る。
「くぅ……ですが私の生命は残り1! このターンでトドメを指すことは出来なかったようデスネェ!!」
「それはどうかな。俺は土地カード"冥府の門"の効果発動! 墓地のモンスターを一体蘇生させる! 蘇生するのは――"救命の天使リザエル"!!」
アインの場の巨大な門がギギギ、重い音を立てながら開け放たれる。門から現れるのは光を纏った羽根を持つ姿――"救命の天使リザエル"である。
「そ、そんな……」
「リザエルで攻撃!」
『行きます! "リ・ザ・エ・ル・キィ〜〜〜〜〜〜ック!!"』
リザエルが思い切り飛び上がり、落ちる勢いで飛び蹴りをハザードへと叩きつける。ハザードは結界で守られるが、結界は砕け散る。
「そんな、馬鹿なァ――――ッ!?!?」
☆アインの場
生命1
モンスター
"機甲銃竜ドラゴリボルバー"パワー3000
"救命の天使リザエル"パワー2000
☆ハザードの場
生命2→0
土地
"千夜後宮"
勝者:"機甲軍"のアイン!!
●●●
「いや〜ヒヤヒヤしたわよ実際。まぁ勝てて良かったわ」
戦い終わって。ハザード一派をサザンクロス領から叩き出したアインとヴェレッタは、街の宿屋で今後の相談をしていた。
「とりあえずレジスタンスの上層部に連絡して、領主を送ってもらって……って何よ。また上の空ね」
ぼうっと何事か考えているアインを、ヴェレッタは呆れた表情で見る。仕方ないわねー、とヴェレッタは席を立ち、部屋の出入り口へと向かう。
「話したいことがあるのなら話しときなさい。私はちょっと席を外すから」
「……ごめん」
バタンと扉を閉めるヴェレッタ。それを見届けたアインは、デッキから一枚のカードを取り出す。"救命の天使リザエル"のカードだ。
「召喚。"救命の天使リザエル"」
光が溢れ、カードから天使が現れる。リザエルはにこりと笑顔を浮かべながらアインに向き合う。
「マスター、どうしました?」
「謝っておこう、と思って」
ぽつぽつ、と語り始めるアイン。
「今回、俺は勝つためにキミを破壊した。そのことを謝りたくて。その、ごめ――」
「あー、そんなの気にしてませんよぅ」
アインが口にしようとした謝罪の言葉は、途中で遮られた。リザエルは何でも無いことのように、軽い調子で続ける。
「あの場はああするしか無かったんですから。私も気にしてませんし、謝るとか無しです」
「でもリザ、俺は――」
「それに、あそこでああして勝っておかないと、今頃私はあの変態さんのしもべにされて後宮入りだったんですよ? それに比べたら破壊されるくらい軽いものです」
そう言ったリザエルは、アインの両手をぎゅっと握る。
「ちゃんと勝ってくれて、ありがとうございます。マスター。私の信じた人――」
「リザ……」
「それはちゃんと言っておきたかったんです。では!」
そう言って、リザエルはカードに戻り、デッキの中に戻っていく。それを、アインは複雑そうな表情で見ていた。
「ありがとう、か……」
彼女を犠牲にしたのに、感謝までされてしまった。自分は、好きな人を犠牲にしてしまうような人非人だというのに。
それでもありがとう、と言ってくれるのは彼女が自分のしもべだからか。それとも――別の何らかの感情からか。
「どうなんだろうな、本当の所は……」
アインは窓の外を見やる。憂鬱なアインの心象とは裏腹に、窓の外には青空が広がっていた。
●●●
アインのデッキ、そのデッキ空間。
そこはアインのデッキのカード達の意識が集まる、広場のような空間である。
その空間に、今二つの影があった。
一つは羽を持ち光輪を頭上に持つ天使。"救命の天使リザエル"。
もう一つは巨大なドラゴン型機械モンスター。"機甲銃竜ドラゴリボルバー"。
『ドウダッタ?』
『ちゃんと言えましたよ。ありがとうって』
『ダガ、アノマスターノコトダ。素直二受ケ取ラナイダロウナ』
『そーなんですよねー』
リザエルは困った困った、とばかりに眉をひそめる。
『召喚士とモンスターとか、マスターとしもべとか。そんなことばかり気にするんだから、マスター……アイン君は。私はそんなこと、気にしてないのに』
『ダロウナ。見テイレバ分カル』
どーしたら分かってもらえるのかなー、とぶつぶつ考え始めるリザエルに、ドラゴリボルバーは無骨な鋼の頭を彼女に向けながら、問いかける。
『リザエル。マスターノコトハ好キカ?』
『ええ、大好きです! マスターとか、召喚士とか、そんなの関係無しに。アイン君のことが大好き!』
『我ガマスターハ幸セダナ』
パッと花開くように笑いながら応えるリザエル。
そんな彼女を見て、ドラゴリボルバーは鋼の頭を揺らしながら静かに笑うのだった。
〜完〜
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