この気持ちは?
翌日。
今日もまた茜と二人で町を歩いていると、俺は視界の端に面白いものを見つけてそこに書かれた文字をなんとなく口に出した。
「夏祭り、ですか?」
茜がなんのことかわからないと言った風に返事をする。
「ああ、そこの看板にポスターが貼ってあるだろ?」
駅の待合室に貼られたポスターを指差す。
山のイラストが入ったポスターの隣に、大きな花火の写真がプリントされた一際目立つものがある。
茜はそれに気づくと、小走りでそれに近づいていった。
「本当ですね。……あ、明日みたいですよ。お祭り」
「茜はお祭りに興味があるのか?」
「もちろんです! 祭りが嫌いな神なんていませんよ!」
その場でぴょんぴょんして喜びを表現している。
そういえば、祭りって神様に奉納するとかいう意味合いもあるって聞いたことがある。
一般からしたら、屋台が出て花火を上げるくらいの認識だろうけど。
「じゃあ、明日行ってみるか」
「いいんですか⁉︎ 是非行きたいです!」
俺が誘うと、茜はにこにこと上機嫌になった。
こんなに喜んでくれるんだったら、いくら出不精な俺でも一緒に行きたくなるな。
「雲雀も連れて行ってやろう。毎日部活して家事やって疲れてるだろうから、屋台で好きなもの食べさせてやりたいな」
明日の雲雀の予定を聞いておかなくては、と頭の中で予定を立てていると、茜が意外そうな顔でこっちを見てきた。
「……どうしたんだ? 何か言いたそうだけど」
「いえ、大したことじゃないんですけど……鴎さんって、結構優しいですよね」
「な、なんだよいきなり」
ちょっとドキッとしてしまった。
「普段の鴎さんは意地悪だし、無愛想ですけど」
余計なお世話だ。
雲雀にもよく言われるけど、俺ってそんなに無愛想かな? 全然そんなつもりないんだけど。
「でも、たまに優しいんですよね。わたしにベッドを譲って、自分は床で寝たりとか。デッサンした時だって、わたしの足が痺れた時もマッサージしてくれましたし」
「それは……普通だよ」
別に特別なことをしている訳じゃない。
俺としては、当たり前のことをしているだけだ。
「それと、雲雀ちゃんには特に優しいです」
「そりゃ、俺は雲雀の兄なんだから当然だ」
ただでさえ、俺は雲雀には世話になりっぱなしなんだから優しくしないなんて罰当たりなことはできない。
素直に受け取らない俺が不満なのか、茜はちょっと頬を膨らませている。
「とにかく! わたしは鴎さんのそういうところ、素敵だと思います」
「……なんだよ。なんで急に褒め出したんだ?」
少しむず痒いような、照れくさいような形容しがたい気分だ。
しかし正直、茜に褒められるのは嬉しいが、理由がイマイチ理解できない。
前から謎の行動をするやつではあったが、今日のはちょっとベクトルが異なっている気がする。
何だかいつもと雰囲気も違うし、茜が何を考えてるか分からない。
でもそんなやり取りでさえ、新鮮で楽しいと思ってしまう自分がいる……。
……本当に、どうしちゃったんだろうか。
俺も昨日あたりから茜のことを考えると何だかもやもやする。
苦しくなるっていうか……。
「なあ、あか……」
「あ、電車が来ましたよ。鴎さん」
「あ……ああ、そうだな」
このもやもやの正体を確かめようと茜に話しかける。けれど、タイミングの悪いことに電車の音に遮られてしまった。
プシューと空気の抜けるような音とともに電車のドアが開く。
「さあ、鴎さん。行きましょう」
「……ああ」
何だか気まずい。
昨日まではあんなに自然に話せたのに、今はなぜか躊躇してしまう。
「…………」
けれど、電車に乗っている間も俺の心の中のもやもやは取れることはなかった。
そして、互いに無言のまま電車に乗ること約10分。
俺と茜は二つ先の駅で降りた。
俺が住む町の隣にあるここは、海や山といった自然に囲まれた町で、今の季節はレジャー目的の人で活気付いている。
今日ここへ茜を連れて来たのは、あまり人の手が加えられていない土地なら、使われなくなった御社がそのまま残っていると踏んだからだ。
「さて、どこから……」
ついて早々、駅前に設置された地図を見ながら思案する。
「あの……鴎さん」
「ん?」
後ろから茜に袖を引かれ、振り返る。
すると、茜は何だか落ち着かない様子で俯いていた。
「鴎さん。申し訳ないですけど、今日はもう探索は中止にしましょう」
「え……?」
茜が唐突にそんなことを言う。
しばし呆然としてしまったが、すぐ気を取り直す。
「おい、茜。中止ってどういうことだよ。さっきまでやる気だったのに……」
俺は焦って問い詰めた。
何か気に触るようなことをしただろうか。
探索が中止になることより、そっちの方ばかりが頭をよぎる。
しかし、そんな俺を他所に、
「すみません。なんだか、急に気分が変わってしまったんです」
と茜は爽やかな笑顔で答えた。
「気分が……?」
「今日はあの山に登りましょう!」
そう言って指差した先には、ハイキング目的の観光客に人気の山があった。
「……あそこに行きたいのか?」
「はい!」
「あ……おい! ちょっと!」
元気よく返事をしたと思うと、茜は俺の手を引いて走り出した。
……やっぱり、何だかおかしい。
茜の行動もそうだが、繋いだ手から伝わる彼女の体温がやけに生々しく感じられた。
モヤモヤした気持ちを抱えながら、俺は彼女の進む方へそろそろと歩き始める。