気が合う?
「おーい。茜ー。起きろよー」
ゆさゆさと寝ている茜の身体を揺する。
すぐに反応はあったが、まだまだ寝ぼけているようだ。
「なぁんですかー? 鴎さん、夜這いですかぁー?」
「バカ言え、今はもう夜じゃない」
こいつはちょこちょこ変な言葉を知ってやがるな。
「えー、じゃあ何のようですかー?」
「茜を起こしに来たんだよ。いくら何でも寝過ぎだ。」
寝ぼけ眼で、今ひとつ呂律が回っていない茜。
……こいつは本当に、神様とは思えない生活をしてるな。
このだらしない寝方の他に、橋の下で寝泊まりしたり、俺に出会うまで手当たり次第にピンポンダッシュして回ったり。
さっさと住む御社を見つけて、まともな生活をさせなければ。
「うーん、もう少し寝てたいですぅー」
「ダメだ」
「ふーんだ。鴎さんなんて無視して、わたしは二回目のお休みに……」
「さっさと起きないと、10秒毎に髪を一本ずつ抜いていくからな」
「鬼っ!!」
茜が、ガバッとベッドから飛び降りる。
てかこいつ、寝る時もこの着物着てるのか。絶対、寝苦しいだろ。
「鴎さん、あなたは鬼ですか! 女性の髪を抜くだなんて! さすがのわたしでも怒りますよ!」
プンプンと、どこからか聞こえてきそうな様子で頬を膨らませている。
しかし、その仕草は幼い少女のそれを思わせ、ちっとも怖くない。むしろ、頭を撫でてしまいたくなる。
「はいはい、悪かったよ。嫌なら文句を言わずに起きればいいんだ。それより茜、今何時だか当ててみな」
聞くと、目をゴシゴシ擦りながら答える。
「えっと……朝の8時くらいでしょうか?」
「惜しいな。午後の1時だ」
「えーっ! もうそんな時間なんですか⁉︎ どうしましょう、寝すぎてしまいました……」
茜はやらかしたー、という表情であわあわする。
こいつは昨日は朝から家までやってきたくせに、今日はどうしてこんなに寝起きが悪いのだろうか?
その理由を尋ねると、
「なぜなら、今までダンボールで寝ていたのが、一日にしてベットで寝ることができるようになったからですよ!」
と誇らしげに語った。
ちなみに、今茜が寝ているのは昨日まで俺が寝ていたベットだ。
こんなやつであっても一応は女の子であり、客なのであるから、仕方なく俺の寝床を譲ったのだ。残念ながら、妹の雲雀には茜の姿が見えないらしいので、本当に仕方なくだ。決してやましい気持ちがあるわけではない。
「それは良かったな。で、今日はどうするんだ? 時間はあんまりなくなったが……」
「そうですね〜。今日は探しに行かなくてもいいんじゃないでしょうか」
「ふーん。そんなこと言って、ずっと家に居座るつもりじゃないだろうな……?」
「!」
疑惑の眼差しを向けると、ビクッと茜の身体が震えた。
……こいつ、本当にそのつもりだったか。
「い、いえ! 住む御社が見つかったらちゃんと出て行きますので、どうかそれまではぁー!」
涙目になって拝まれてしまった。……さすがにちょっと可哀想か。
「わ、分かったから。追い出したりしないから、泣くなよ。な?」
「ありがとうございますー!」
俺が慰めようとすると、ケロっと元気になった。
全く、調子のいい神様だ。
まあこんなやつでも、いると退屈しないからいいけどな。
「茜、ちょっとじっとして」
互いに近距離で向かい合いながら、顔を見つめる。
「か、鴎さん……あの、恥ずかしいです……」
茜も心なしか赤くなって、もじもじしている。
「ダメだ、茜。もっと、力を抜いて」
「こ、こうですか?」
「もう少し、楽にしていいから」
「こう……でしょうか……?」
「そう、いい感じだ。安心して。俺に全部任せてくれ……」
茜を怖がらせないように気をつけながら話す。緊張していては雰囲気が台無しになってしまう。
「はい……。わたし……上手に出来てますか……?」
「大丈夫、綺麗に出来てるから」
お世辞でなく、今までで一番と言っていいくらいだ。
「嬉しいです……鴎さんも、頑張ってくださいね」
「ああ、もう少しで終わるから……あと少しだけ我慢してくれ」
しかし、こうして見ているとやっぱり茜は綺麗だと思う。少し天然なところはあるものの、見た目においては類を見ないほど可愛らしい。
彼女は結構しっかりした着物を着ているため今までわからなかったが、こうしてよく見るとその小さめの身体に似合わないくらい胸が大きい。
……なんだか、意識し始めるとドキドキしてくるな。
「鴎さぁん……」
「ん! ど、どうした?」
「まだですか? わたし……もう……」
「ああ……ごめん。まだだ」
よかった、じっと見てるのがバレたかと思った……。
「うう、でも、なんか痺れてきちゃいました……」
「茜、もう少し……もう少しだから……」
「鴎さん……まだ、ですか……?」
「うう…………よしっ! 」
俺の手の動きが止まる。
「完成だ!」
俺が叫ぶと、茜がもう我慢できないといった風に足を投げ出した。
「あー! 足がー! 痺れますー!」
「お疲れさま。よく頑張ったな」
ピクピクしている茜の足を優しくマッサージしながら労いの言葉をかける。
「いやー、本当に大変だったんですよ? ずっと正座して動くな、なんて」
「まあまあ、そう言わずに。おかげでいい絵が描けたぞ」
茜が寝坊したおかげで御社探しを中止した俺たちは、今日は残りの時間を俺の夏休みの課題へと当てることにした。
俺の夏休みの課題は、英語、国語、数学を始めとする主要科目の課題の他に、俺が高校の芸術の授業で美術を選択したことによる、デッサンをしろというものがあった。
去年も同じ課題が出ていて、その時は雲雀にモデルをしてもらったが、今年はそうはいかなくなってしまったのだ。
なんとも狡猾な美術担当の教師は去年提出した俺たちの作品をしっかりと保管しており、『同じ人物をモデルとした作品は無効だ』などと言ってきた。そのため、今年は茜をモデルに作品を描くことにした次第である。
「ふう、なんとか痺れが治まってきました……」
自分でも足をモミモミしながら近寄ってきた。
「それでは鴎さん、どんな風に描けたんですか?」
「いくぞ……ほいっ」
茜に促され、傍に置いておいた絵を見せる。
さて、反応は……
「うわぁ、 すごいです! 上手じゃないですか!」
茜のお気に召したようだ。
興奮した声を上げ、食い入るように眺めている。
「まぁな。昔から絵だけは得意だったんだ」
小学生の頃や、中学生の頃にも絵のコンクールで賞をもらった記憶がある。さすがに全国で有名になるような程ではないにせよ、地元の公民館などではよく俺の絵が飾られていた。
「でも、驚きました。鴎さんってすごく絵が上手いんですね。下手だったら思いっきり笑ってやろうと思ってましたのに……」
一言余計だが、素直に褒められたと受け取ろう。
……それにしても、褒められたのなんて久しぶりだ。
「それは残念だったな。……でも、ありがとう」
「えっ、何がですか?」
「いや、なんと言うか……いろいろだ」
「いろいろって何ですか? ちゃんと言ってくださいよー!」
「あーもう、うるさい。そんくらい自分で考えろ!」
「鴎さんのケチ!」
「茜のバーカ!」
子供のような喧嘩を始める俺達。
最初は変なやつだと思ってた。けれど茜は底抜けに明るくて、一緒にいて楽しいと思う。その気持ちは本当だ。
だからかな……こんなに充実していると感じるのは……。さっきのありがとうはそのお礼も含んでいる事にしよう。
そんなことを考えていると、何だか恥ずかしくなってきた。
それから俺は心を落ち着けて、茜に向き直る。
「あー、全く。茜に付き合ってると疲れるんだよなぁ」
「それはこっちのセリフですよ! 鴎さんにいやらしい目で見られるわたしの身にもなってください!」
やっぱりバレてた!
恥ずかしさのあまり顔が熱い。
「それは……すまなかった」
「あれ? 意外と素直ですね。どうしたんですか?」
「うーん……」
自分でもよく分からない。なんだか急に反論する気が無くなってしまった。
どうしたんだろう。なんだかさっきから余計なことをゴチャゴチャと考えている気がする。主に、茜のことで……。
「ちょっと休憩しましょうか。鴎さん、疲れたんじゃないですか?」
「ああ、そうかも。雲雀が帰って来るまでゆっくりするか」
なんだか妙な違和感を感じつつも、雲雀が帰って来るまでの間ゆっくりと休むことにした。