お社を探しに
「……暑い」
「え? そうですか?」
「いや、どう考えても暑いだろ! 今は夏なんだから。……それでなくとも、クーラーの効いた部屋で引きこもってた若者には堪えるよ」
急激な温度の変化は身体に悪い。
妹が部活から帰って来ると「寒いっ」て言いながら容赦無くエアコン切るからなー。俺には寒いくらいがちょうどいいのに……。
「ふーん、そう言うもんなんですかね?」
平然と、汗一つかかずに、スイスイ歩いて行く茜。
「そういうもんだろ。というか、着物なんか着て絶対暑いよな?」
「いえ、全く。わたしは神ですので、気温なんかは関係ないんですよ!」
神様ずるい。
そんな快適な身体に俺も生まれたかった。
「まあまあ、そんなに嫌そうな顔をしないでくださいよ。こんな可愛い神とデートできる機会なんて、そうそうないですよ?」
「可愛いかどうかは別で、これはデートじゃなくて仕事だからな?」
「別にしないでくださいよ⁉︎ 鴎さんだってわたしに見惚れてたじゃないですか!」
確かに見惚れてはいた。それは百歩譲って認めてもいい。
けど、絶対に口には出さないからな。茜が調子に乗るのは目に見えてる。
「まあ、それはそれとしてさ。……俺達、どこを目指して歩いてるんだ?」
ついさっき取引による契約を結んだばかりの俺は、茜に手を引かれるままに、御社を探して町に繰り出していた。
しかし、こうやってブラブラと町を歩いているだけでは、本当にデートになってしまう。早いとこ、目的地に当たりをつけたいところだ。
「さあ? わたしも分かりません」
茜が小さく首を傾げる。
「え? ここまで引っ張ってきておいて、分かりませんはないだろ?」
「そんな事言われても、わたしは一昨日こちら側に来たばかりなんですから。……全く、鴎さんは考えが足りませんねー?」
このやろ。この神様は、いつも一言多いな。
「じゃあ、どんな御社に住みたいんだよ? 外観みたいなのの希望はあるのか?」
「そうですねぇ……やっぱり、可愛いのがいいです!」
「可愛い御社? ……ピンク色とか?」
「それはないです」
ジト目で引かれた。
なんなんだよ! そりゃ、自分でも安直すぎるとは思ったけれども……。
「うーん。このまま茜なんかと喋ってても埒があかないから、とにかく近くの神社に行ってみるか」
「そうですね! ……というか、今なんかサラッと失礼な事言いませんでしたか?」
「いえいえ、そんな! 滅相もございません!」
「うわっ、白々しいですねー!」
……そうこうありつつも、地元で一番大きな神社にやって来た。
「さて、ここにも神様がいるんだろ? どこにいる?」
「それはわたしに聞かなくても、鴎さんだって見えてるんじゃないですか?」
「いや、そうでもないぞ。茜みたいに立派な服を着た、それっぽい影は見えない」
「あの……中津国に降りて久しい神を探す時は、服装は当てになりませんよ?」
「え? そうなの?」
てっきり、みんなこぞって平安の貴族みたいなガチガチの和服を着てるんだとばかり思ってた。
「はい。ちなみに、ここの神社に住んでいる神はユ◯クロのパーカーを着たあちらの方です」
「ユニ◯ロのパーカー⁉︎」
茜が手で指した方向を見ると……いた。確かにいた。パーカーを着たおじいさんだ。
「……いくらなんでも庶民的過ぎるだろうよ、神様」
「あのー! すみませーん!」
わずかに残っていた神様の、神様としてのイメージが崩れて行ったことに心の中で涙する俺を無視して、茜はユニク◯のパーカー姿のおじいさんに駆け寄っていった。
落ち着きのない神様だなぁ……。こんな騒がしいのじゃなくて、もっとお淑やかな感じの神様がよかった。
「おや? お嬢さんはどこの神だろう? 儂に何の御用かな」
しわしわの顔に、長く白い髭を蓄えた優しそうなおじいさんだ。
こちらに気づくと渋い声で話しかけてきた。
「初めまして! わたしはつい最近こちら側に来た、茜と言います!」
茜は元気に挨拶を返す。
「これはこれは、ご丁寧に。儂はこの神社にて祀られている嘉多主というジジイじゃ。よろしくのう」
「こちらこそ。ところで、そのパーカー素敵ですね」
「じゃろう? ここに参拝に来る若者の服を参考にしたんじゃ。『くーるふぁっしょん』というやつじゃよ」
……それは違うと思う。
決して◯ニクロの服がダサいとかいう意味じゃないので悪しからず。
「……ふむ。気になっていたのじゃが、少年。お主も儂が見えとるか?」
ひとしきり茜に服装を自慢し終えたおじいさんは、不意にこっちを向いて尋ねてきた。
「あ、はい。鳴嶋鴎といいます」
「そうか。今時珍しいのう、儂らを目に映すことができる人間というのも」
「そうなんですよ! 丸二日、寝る以外の時間はずっと探し続けて、やっと見つけたんです!」
いやー、一日に何軒ピンポンして回ったかわかりませんでしたよーと笑う茜。
こいつ、神様のくせに人に迷惑かけすぎだろ……。やむを得なかったとはいえ、ちょっとは反省してほしいと思う。
「茜ちゃんも大変だったのう。どれ、儂が揉んで疲れを……」
「嘉多主様、ちょっとお尋ねしたい事があるんですけど」
同情するふりをして茜の身体を触ろうとする寡多主様を遮って、用件を伝える。
「この近くで……というか、近くなくても結構ですので、空いている御社とかはご存知ないですか?」
「あ、そうでした。それを聞きにきたんでしたね。珍しく冴えてるじゃないですか、鴎さん」
一番大事なことを忘れていやがった。
こいつには後でデコピンしてやる。
「ふむ。残念じゃが……今、神が住んでいない社は知らんのう。最近は人間の信仰心が薄れてきてしまっておるから、取り壊されてしまった社が多いんじゃ」
「そうですか……」
ちょっと期待していただけに、残念だ。
「そういう事なら仕方ありませんね、鴎さん」
「すまないのう。力になれなかったようじゃ……」
本当に申し訳なさそうにしている寡多主様。
「いえ、いきなり押しかけてしまってすみませんでした。……あ、でも折角だからお参りもさせてください。行こう、茜」
「ありがとうございました、おじいちゃん!」
手を振っておじいさんと別れる。
「……はて、あの茜というお嬢さん……どこかで……」
ハッとして振り返る。
「? どうしたんですか、鴎さん?」
「うーん……いや、何でもない」
何か呟く声が後ろから聞こえた気がしたけど……気のせいだな。
「そうですか? じゃあ行きましょ!」
そしてそのまま何事も無かったように、境内の奥へと進んで行った。
「おー、結構大きいな。俺が神様だったら、これくらいでかい御社に住みたいな」
広い参道も風情があるし、社殿自体もどっしりとして迫力がある。
この分だと、建物の中もきっと豪華に違いない。
「いいですねー。これであともう少し可愛かったらバッチリです!」
「お前、どうしてもそれは外せないんだな……」
「当たり前じゃないですか! 前に、こちらの世界には、『可愛いは正義』っていう言葉があるって聞きましたから!」
「ああ……まぁ、いっか……」
ちょっとズレてる気がしないでもないが、本人がいいなら文句は言うまい。
それから、ちょっと歩いて俺と茜は拝殿の前までやって来た。
「よし。じゃあ早速お参りするか。まずは、お賽銭を入れて……」
財布から五円玉を取り出して賽銭箱に放る。
そして、鈴を鳴らして手を合わせようとすると、
「鴎さんはお願いごととかあるんですか?」
茜が顔を覗き込むように聞いてきた。
「ん? ……ああ。まあ大した事じゃないけどな」
「ふーん……そうなんですね」
「お前こそ、願い事あるのか?」
聞くと、ちょっとだけ考えてから口を開いた。
「はい。でもそれは自分でどうにかしなくちゃいけないんです」
そう言って、一緒に手を合わせてお参りをした。
……というか、神様が神頼みをするってなんかシュールだな。