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夏の紅葉と、お引っ越し。  作者: 山方 翁学
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自称女神様


夏休み。

世間一般では、恋の季節と呼ばれている。

今頃、クラスの連中は彼氏彼女を連れて、海だのキャンプだのに出かけていることだろう。

……正直、うらやましい。

けれどこの俺、鳴嶋鴎(なるしま かもめ)にはほとんど全く、縁のない話だ。

高校に入って1年が経ち、今は2年目の夏休み。

当初の予定では、今頃俺も友達や彼女と遊んでいるはずだったのに。

……当初の予定では。

俺は、何度目になるか分からないこの回想を夏休みが始まって2週間、ずっと繰り返していた。

その度に落ち込んではふて寝しての毎日。

自分でも思うよ、こんな奴とは友達になりたくないってさ。

あんな事があってからは、ずっと一人みたいなもんだからな。

誰だって、やばい奴の近くには居たがらない。

ただそれだけの事だ。

もうこんな事考えても、虚しいだけだな……。

そして俺は、今日もクーラーのよく効いた部屋で青春を無駄にする。



「さーて今日も、お気に入りの実況動画でも巡回しますかね、っと」

コップに入った牛乳を一気飲みして、デスクトップ型のパソコンの前に着席する。

「あー、やっぱこの位置が安定してますな! もうここから離れられないぜ」

意気揚々とパソコンの電源を入れた。

起動するまでの数秒を、少し固い椅子に座って待つ。

「よし。じゃあいつもの動画サイトを……っと何だ? 宅配便か?」

パソコンが起動したその時、玄関からピンポーンとチャイムが鳴らされる。

「ったく、これから楽しい時間がはじまるって時に……。通販で買った本でも届いたのか?」

しぶしぶと重い足取りで玄関へ向かう。

ピンポーン。ピンポーン。

「はいはい。今行きますよ」

ここ最近、俺は部屋を出ていない。

買い物も、もっぱら通販か妹に買って来てもらっていた。

ピンポーン。ピンポーンピンポーン。


しつけぇええええ!!!


どんだけせっかちだ!

「あの! ちょっとくらい待っ……たら、どうですか……?」

玄関のドアを勢いよく開ける。

するとそこには、着物を着たアイドル顔負けの綺麗な女の子が立っていた。

年は15歳くらいだろうか。流れるような黒髪を腰に届くくらい伸ばし、赤いリボンで結んでいる。

そして、和風な顔立ちながら、ぱっちりとした目鼻立ちがその可愛らしさを際立たせていた。

加えてこの少女は、真夏にも関わらず紅葉模様の着物着ている。

気温的にも、季節的にも不自然な格好だが、不思議と違和感を感じず、似合っていた。

「…………」

いかんいかん。見惚れてしまった。

「……あの、どちら様ですか?」

「……が……ですか?」

「え? 何ですか?」

「わたしが見えるんですか?」

……何を言ってるんだろう、この見知らぬ美少女は。

「見えるも何も……あなたですよね?」

手のひらを差し出して、目の前を指す。

「とうとう……とうとう、見つけましたっ!」

「な、何ですか! 一体何が見つかったんですか⁉︎」

少女は可愛らしい声で叫ぶと、差し出した俺の手を取って目をウルウルさせた。

はっきり言って訳がわからない。

俺にはこんな可愛い知り合いはいないし、この子も、荷物を持っていないから宅配の線も消えた。

残る選択肢は……

「あの……怪しい勧誘とかなら他を当たってくれませんか?」

最近の宗教はこんな可愛い子まで巻き込んでいるのか。

今度からはもっと気をつけなければ。

「違いますよっ! そんなのと一緒にしないでください!」

どうやら違ったらしい。

少女は小さく頬を膨らませて怒っている。

「いや、そうは言っても……それ以外に考えられないんだけど?」

「だから違いますって! ……もう、ちょっとは落ち着いてくださいよ」

やれやれ、と溜め息をつく少女。

……あ、何だろ、ちょっとイラッとした。

「とにかく、そういうのには興味がないので。それじゃ」

「待ってください待ってください! 話も聞かずにドアを閉めるなんて、あんまりなんじゃないですか? 人としてどうなんですか?」

少女がドアを閉めさせまいと抵抗してくる。

「そっちこそ、俺の話を聞いてないんじゃないか? 俺は興味がないって言ってるだろっ……! 」

「う……た、確かに。それについてはごめんなさい」

なんでこの子、こんなに力が強いんだ?

男の俺が力一杯ドアを閉めようとしてるのに、ビクともしない。

「でもっ! やっと見つけたんです! あなたしかいないんです! お願いします、話だけでも聞いてくださいっ!」

これじゃいつまで経っても終わらなそうだ。

仕方ない、一時休戦にしよう。

「そこまで言われちゃあ……じゃあ、話を聞くだけなら……」

「ありがとうございますっ!」

俺はドアから手を離して、聞く意思を示す。

すると少女も手を離し、胸の前で手を組んで言葉を続けた。


「あなたに、私の住む家を探して欲しいんです!」


バタン。

「何でですか⁉︎ ねえ、何でですか⁉︎」

「うっさいわ! 話は聞いただろ?」

「聞いてませんよ! ほんの3割程しか聞いてません!」

「たった1行喋っただけで3割語れる話なんて、聞く耳持たん! 大体なんだ、家を探してくれって! 俺は不動産屋じゃないから!」

ドア越しにぎゃあぎゃあと騒ぐ俺たち。

暫くしたらマンションの人が来て、どうにかしてくれるだろう。

「うーっ! もうこうなったら奥の手を使っちゃいますよ! いいんですか? これを使われたら大変な事になっちゃいますけど、いいんですか⁉︎」

俺を威そうっていうのか。面白い。

「おーおー、やれるもんならやってみなさいよ!」

「言いましたね……後悔しても知りませんよ?」

「しないから安心してくれ」

「では……」

すうっ、と息を吸い込む音。

そして少女が、ドアの向こう側からドンドンと叩きながら大声で叫ぶ。


「払って! 払ってよ! 私との夜の代金、払ってよー!!」


全力でドアを開け、少女を玄関に入れる。

「……君、やってくれたな…………」

頭を抱えた。どこでこんな手口を覚えたのやら。

「私はちゃんと警告しましたからね? それに、私だってあんなこと言うのは恥ずかしいんですから」

「胸を張って言うセリフじゃないだろ……」

でも、もう暫く外に出すわけにもいかなくなってしまった。

......これはもう仕方ないと割り切るしかないかな。

「ほら、そんなとこにいないで上がりな」

俺がそう言うと、少女はえっ、と驚いた表情になる。

「いいんですか? 本当に、いいんですか?」

「そこに居たいなら止めないけど?」

「い、いえ。では、お言葉に甘えまして」

少女は履いていた下駄をきちんと揃えてから部屋に入って来た。

礼儀知らずのくせに、こういう所はちゃんとしてるんだな。

「へぇー、なんだか小ざっぱりしてますね。パソコンとテーブルと本棚しか無いじゃないですか。株で一生分儲けて、暇を持て余した脱サラリーマンみたいな部屋ですね」

「君、俺に頼みがあって来たんだよね? そうだよね?」

「そうですよ? さっきからそう言ってるじゃないですか?」

「えーっと、警察は何番だったかなー」

「通報してもいいですよ? どうせわたしの事は見えないでしょうけど」

ちくしょう。どうにか反撃出来ないものか。

「あーもー、分かりました。じゃあ、その辺に適当に座ってて」

「あ、はい。でも、あなたは……?」

「お茶淹れたら話を聞いてやるから」

「……! ありがとうございますっ!」

再び頭を下げ、正座して待っている謎の少女。

話を聞く前に、あの子の正体をはっきりさせないと……

「お待たせ。緑茶でよかった?」

「はい。ありがとうございます」

手早くお茶を用意して、少女の前に座る。

「それで、今から俺は君の話を聞く訳だけれど、その前に質問したいことがある」

「はい。なんでも聞いてください」

「うん。それじゃあ、君は何者なの?」

少女の目を見て問う。

ズズズと一口お茶を飲んでから、彼女は答えた。

「私は神です。一昨日から地上で生活しています」

「はぁ、神」

日本には八百万いると言われるあの。

「そうです。ついこの間まで、高天原に暮らす天津神の内の一柱でしたが、訳あって中津国に降りる事になったんです。……あの、大丈夫ですか? ついて来てます?」

ぽかんとして見ている俺に心配になったのか、少女が目を覗き込んでくる。

「いや、ついて来るとか以前にさ……って、近い近い」

「近いって何がですか?」

「……君、わざとやってるんじゃないかって、この短時間で何度も思うんだ」

尚も至近距離からのぞいて来る少女の顔を手で押し戻しながら、俺は続けた。

「はっきり言おう。……君、頭おかしいだろう?」

「へ? …………な、なんですってーーーーっ!!」

一瞬何を言われたのか理解が遅れた様だが、すぐに正気を取り戻した。

そして少女は、手をワナワナさせて怒っている。

「あなたは! あなたは人の心を持っていないんですか⁉︎ あなたしか頼りがいないと、恥を忍んでやって来た神に向かって……あろう事か、あ、頭がおかしいなどと……!」

「頭がおかしいは、言い過ぎたかもしれないけどさ。……でも、どう考えてもいきなり『私は神です』なんて言われて信じる奴はいないと思うぜ?」

「そうでしょうか……やっぱり、信じてくれませんか……」

落ち込んでしゅんとなってしまった自称女神(暫定)。

床に『の』の字を書き始めてしまったので、とにかく話は最後まで聞くことにした。

「まあ、とりあえず、全部話してみろよ。その内容によっては信じてもいいけど?」

「ありがとうございます。本来、崇められるべき存在のわたしなのに、どうしてそんな可哀想な者を見る様な目で見られないといけないのかはわからないですが……。仕方ありませんね。そこまで言うのでしたら話してあげます」

これ以上突っ込んだら日が暮れてしまいそうなので、無視した。

「とりあえず、前提として、わたしは神なのです。それで一昨日から人の世で暮らし始めましたが、住む御社がありません。なので、わたしを見ることができる人間の力を借りようと思って探し回っていたところ、と言う訳です」

「以上?」

「以上です!」

満足そうにドヤ顔をする少女。

適度に冷めていい温度になったお茶を飲んで、喉を潤している。

その仕草や言動は、やけに人間臭く感じられた。

「……話は分かった」

「そうですか! 分かっていただけましたか! それじゃあ……」

「もうないなら、これでおかえりください。お疲れさまでした」

「やっぱり話を聞いてないじゃないですか! 力を借りに来たって言ってるのにーっ!」

どうして分かってくれないんですか、と少女がべそをかいてしまったので、そろそろ真面目に話そう。

「力を貸せっていうことだが……俺では役に立てないと思うぞ?」

「ぐすっ……どうしてですか……?」

「俺は今、このマンションで妹と二人で暮らしてる。……両親が揃って死んでしまったからな。だから、学生で、親の遺産でどうにか生活してる俺達には、他の奴の事を気にしていられないんだ」

「そうだったんですか……」

「同情なんかするなよ? そんなのは、もうたくさんだから……」

今の話は全て事実だ。それはこの少女にも分かったはず。

諦めて帰るだろう、と思ったその時、

「あなたは、お金が必要なんですよね?」

不意にそんな事を言われた。

そして、少女は俺の目を見て言う。

「では、こうしましょう。わたしの住む御社を探してくれたら、お礼をします。人の世のお金はこっちへ来る時に貰いましたので、それで払います。……どうでしょうか?」

「どうって……」

こちらとしても、報酬が貰えるのならば拒否する理由はない。

「これは取引です。あなたが、どうしても嫌だと言うのでしたら、わたしはもう金輪際あなたに近づきません。……あなたはどうしますか?」

今まで話した中で、最も真剣な顔をしている。

少女も、自分の姿が見える人間を探すのに、随分苦労したのだろう。……少なくとも、初対面の人間相手に取引を持ちかけるくらいには。

「……負けたよ」

「……へ?」

「決めた。君の取引に乗る。俺の力なんかで良かったら、使って」

静かに手を差し出す。

「本当に、本当に、ありがとうございますっ!」

少女も俺の手をぎゅっと握って返した。

柔らかくて小さなその手は、確かな熱を持って俺に触れている。

「俺は鳴嶋鴎。君は?」

「申し遅れました。わたしは(あかね)と言います! これから、どうぞよろしくお願いします!」

「うん。こちらこそ」

互いに挨拶を済ませ、手を離すと、茜が突然立ち上がった。

「では、さっそく御社を探しに行きましょー!」

「え⁉︎ 今から⁉︎ 明日からでよくない?」

「ダメに決まってますよ! またわたしに橋の下で野宿させるつもりですか?」

俺に会うまでそんなとこで寝泊まりしてたのかよ……。

神様のイメージが今日でメチャクチャになったな。

「分かったよ。じゃあ行くか!」

「はい! 行きましょう!」

こうして、俺と神様の不思議な契約が始まった。

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