湖
真っ白な朝靄に包まれながらロダンは早朝の湖で舟を漕いだ。舟のオールは後ろ側についていて立って漕がなければ進まなかった。
ロダンは命令で公爵の外套を着てフードを深く被って舟を漕いだ。そのため前が良く見えなかった。
公爵に言われた物を湖の奥にある屋敷から預かった。大きな箱が3つと小さな鞄と小箱がいくつかだった。
途中、ロダンは舟を漕ぐの止めて休憩した。
舟のまわりは霧のために真っ白で少し先は見えなかった。
早朝の今時分は街の人々はまだベッドの中だろうなとロダンは考えた。いつもなら寒いはずなのに舟を漕いだおかげで暑いくらいだった。
考え事をしながらまわりを眺めていると急に後ろから誰かが腕をまわしてきたので舟の先にいたロダンは驚いて態勢を崩しそのまま湖に落ちてしまった。
ざばんと波の立った音が静かな湖に鳴り響いた。
刺客か?!と思いロダンは湖の中で外套を脱ぐと足に閉まっていたナイフを抜いてゆっくりと水面に出た。
見ると舟には見慣れない女の子が乗っていた。
女の子はロダンを見ると急いで近くに寄って声をかけた。
「まぁ、驚かせてごめんなさい!あなたは..誰?!」
ロダンがナイフを閉まって舟に手をかけると女の子が手を貸して舟に上がることができた。
「公爵様だと思ったの..」
女の子は言ってロダンの濡れた黒い髪と青い瞳を見て一瞬心動かされた。
ロダンは急いで濡れた上着を脱ぐとシャツだけになり靴も脱いで中の水を捨て、舟の乾くところに置いた。
「..海でなくて良かった」
ロダンは明るく冗談に呟くと女の子が笑顔になった。
シャツだけになったロダンは急に朝の寒さを感じた。
女の子は自分のコートを貸すとロダンはそれを羽織ったまま舟を漕いだ。
「公爵様に頼まれたのね?」
しばらくすると女の子が口を開いた。女の子は厚手のワンピースを着ていておとなしく舟のへりに座ってロダンを見上げた。
ロダンは女の子のことなど想定外だったので返答に困ってしまった。
答えに迷っていると女の子がうつむいて一人言を言い出した。
「..そうよね。公爵様が私に隙など見せたことはなかったもの。」
どうやら自分は公爵と間違われて先ほどこの女の子に寄りかかられたらしいぞ、とロダンは思った。
ロダンはそれとなく女の子に質問した。
「公爵のことを知ってるのかい?」
女の子は頷くと応えた。
「えぇ。もちろんよ。
その外套は公爵様の物よね。」
言い終えると女の子の興味がロダンに移り話し出した。
「あなたに会うのは初めてね。」
ロダンは少しばかりやってしまったと後悔した。
自分に興味の矛先が向くとは考えもしなかったのだ。
女の子はその様子を察したようにロダンに言った。
「あんまり自分のことを話したくないみたいね?..」
女の子は少しからかうようにロダンを見上げてから言った。
「なら仕方ないわ。」
その表情はなんだか楽しそうだった。
まるで質問できないなら観察して探ろうとする生徒のようだ。
だんだんと日が昇り暖かくなってきた。
舟はゆっくりと隣の街に近づいて行った。
岸が見え始めるとロダンは乾かしていた公爵の外套に身を隠した。靴も乾いていて履くことができた。
女の子は隠れていた箱に戻る前にひとつだけ教えてと言い出した。
「あなたの名前が知りたいの。」
女の子に懇願されて断れなくなったロダンは仕方なく教えた。
「..僕の名はロダンだ。」
女の子は嬉しそうに微笑むと言った。
「ロダン、ありがとう。またどこかでお会いしましょう。」
すると女の子は急に思い出したように言い出した。
「そうだ」
突然言いかけると女の子は顔を赤らめてうつむいてしまった。
「..さっき舟の上で起こったことは秘密にして頂けませんか?」
ロダンが舟から落ちたのを思い出して頷くと女の子は安心したように箱の中に戻って行った。
舟が岸に到着すると数人の水夫が女の子の入った箱と他の荷物を担いで行ってしまった。
これで荷物は全部無くなった。
それを見届けるとロダンは来た道をゆっくり戻った。




