ホーランド家
今回はホーランド家の話です。
ホーランド家。西側の地区では言わずと知れた名家。公爵、侯爵、伯爵に次ぐ子爵であり、犯罪や防衛などを専門とした世襲制の家系であり、特に西側の地区のヘルスという町に屋敷を構えているため他の町と比べ、ヘルスは非常に治安がいい。ただし、犯罪や防衛の仕事をしているため闇の世界で生きる人々には、ただならない恨みを買われている。
ホーランド家のクレアといったらこのヘルスでは誰もが知っているお嬢様だ。顔は当然のこと何より品性と性格がずば抜けてよい。さらに、ホーランド家にふさわしい優れた剣術を受け継いでおり、加えて努力も怠らないそんな彼女だから誰もが慕っている。
今日もクレアは日課の素振りをする。
普通の女の子なら素振りなんてきっといやがるだろう。振れば振るほど手にはまめができるし硬くなる。だいたい、剣を使う機会も必要もない。誰かに襲われそうになっても、自分でどうにかするよりも凜々しい殿方に助けてもらいたい。きっとそう思うはずだ。後者は私も少しそう思う。だけど、普通の子と決定的に違うのは剣を振ることがいやではないことだ。たとえ、手が硬くなろうとも日々の成果でだんだんお父様やお兄様の剣に近づいていくのが分かるからだ。
「クレア様、そろそろ休憩にしませんか?」
新人のメイドのミアがタオルを持って立っている。
「わかりました。今行きますね。」
自分に付き合わせてしまっている新人メイドに軽く微笑むとミアは顔を赤く染めて、
「うぅぅぅ・・・・」
照れたように体をクネクネさせている。
・・・どうかしたのだろうか。急に赤くなったけど・・・。
ミアからタオルを受け取って体をふく。さすがに剣が好きと言っても汗臭いのはNGだ。そしてふき終わるとタオルを返す。
ミアはタオルをもらうとそこから香る主人のにおいに惹かれる。
あぁ・・・思いっ切り香りたい。
自分が変態発言をしているのは分かっている。だけど、女の自分でも惹かれる彼女の笑顔とこの香り・・・大好きだ。きっと男だったら逢って三秒で告白してる。間違えない。
「ミア、顔が赤いです。大丈夫ですか?」
ギクッ。
「だいじょうぶですよ~アハハハ。」
「そう、でも無理してはいけませんからね。」
また、彼女は微笑む。
ああ、癒やされる。きっとまた顔赤くなっているんだろうな~
でも仕方がない。主人はかわいいのだから。
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朝の素振りが終わるとクレアは町の中をミアを従えて歩く。もちろん、あの後しっかりとお風呂に入った。ただ、ミアがお風呂に入ってから出るまでの間、私が使ったタオルをずっと顔に当てていたことが不思議だが・・・。
・・・そんなに臭うかしら。
試しに今、自分のニオイを嗅いでみる。すると、そこからは石鹸のいい香りがする。
・・・大丈夫よね。
「クレアお嬢さん、これ新作なんだけど買っていかない?」
近寄ってきたのはこの町で次々とすばらしい料理を思いつき、その発想力には肩を並べる人がいないと言わしめるおじさんだ。
「では、一つ・・・いや二ついただきますね。」
受け取ったものはホクホクのパンだ。しかし、ただのパンではないという。とりあえず、二つのうち一つをミアに渡す。ミアはもらうと「お嬢様の触られたもの・・・うぅぅ」と小さな声で呟いていた。
・・・そんなに私が触ったものがいやなのかしら、どうせならはっきり言ってほしい。
気を取り直してパンをパクッ。
んん~美味しい。
中に入っていた肉から溢れ出す肉汁と蒸されたパンとのハーモニー。こんな美味しいもの食べたことがない。いったい何という名前なのだろう・・・。
「これは何ていう料理なんですか?」
「ああ、肉まんだ。東の方から伝わってきたものをこっちの味覚に合うように改良をしたものだ。どうだ、うまいだろ。」
おじさんは自信満々に胸を張る。
「ええ、とっても美味です。」
「わ、わたしもこんなの初めてです。」
ミアもこの味に感動したらしい。するとおじさんが少し表情を曇らせて声を潜める。
「クレアお嬢さん、少し気になることがありまして。」
「何でしょうか?」
「実は先ほど見慣れない怪しい男たちがいまして、もしかしたら裏の人間かもしれません。」
「この町にですか?」
というのはホーランド家がこの土地を手に入れるのにあたって随分昔にこの地にいた悪党どもを追い出し、一切近づけないようにした。もちろん、何度か近づく輩もいたがことごとく退治。以来、数世紀経った後もこの町に悪党は近寄ってこないのだ。だから、その話が本当なら由々しき事態だ。
「もしかしたらです。一応頭の隅に入れといて下さい。まあ、クレアお嬢さんの剣の腕前は知ってますんで大丈夫だとは思いますが。」
「分かりました。ありがとうございます。」
その後もクレアとミアはいろいろな屋台を巡った。そして、時間は過ぎそろそろ帰ろうという話になった。でも最後にどこか一つ屋台に寄ってから・・・。
家からだいぶ離れたところに暗い路地がある。その近くに屋台がぽつりと一つあった。普段はここまでは来ないのでよく知らないが、このときは不自然には思わなかった。久しぶりの町の探索についつい興奮してしまい、最初の屋台での話はすっかりと忘れていた。
「クレアお嬢様、最後はあれにしましょう。」
ミアは元気にそうはしゃぐ。ここまでで大分羽目を外してきた。そんな普段とは違うミアを見てクレアは微笑む。
・・・よかった、今日で大きくミアと仲良しになれた。
「そうね。あれにしましょう。すみません。二つ頂けますか。」
「大丈夫ですよ、はい。間違ってたらあれなんですがクレア様で?」
男は人の良さそうな顔で尋ねてきた。一口食べてから、
「ええ、そうですよ。・・・あれ、私のこと知らなかったんですか?」
この町で私の顔はみんな知っている。だから、もしかしたら違う地域から来たのかもしれない。
イヤな予感がする。私がクレアと知ったとき男の目が一瞬鋭くなった気がしたのだ。
「今はあなたのことあまり知りませんね、これから知っていくつもりですが・・・。」
ゾッとする。何か変な汗を背中に感じる。
すると、周りにいつの間にか複数の男が立っている。クレアは急いで短剣を取り出す。だが、手が震えている。おかしい、恐怖で手が震える経験は過去にしている。だから、今更こんな時に手なんて震えるわけがないのに。
・・・はっ、料理。料理に何か盛られた。
震えはだんだん大きくなっていく。横を見るとミアはすでに泡を吹いて倒れている。
「あ、あな・・・た、毒を・・・。」
「気づきました?でも、もう遅いです。その倒れている女は殺します。そして、そうですね~あなたのことはみんなで知っていくとします。身も心もね。」
「・・・・・・この・・・。」
そのままクレアは倒れる。最後に見たのはミアに向かって振り下ろされる剣の動きだった。
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「団長、どうしました。」
振り下ろされた剣が切る前に止まっているのを見た手下が聞く。
それに、団長は嗤って答える。
「この、女もまだ殺さない。いいこと思いついた。」
団長がいつもあの笑いをすると何かおもしろくしてくれる。そう手下は知っている。
「いつ、この女で楽しむんで?」
倒れているクレアを見て待ちきれない様子だ。
「眠っている間ってのもいいがおまえらそれじゃいつもと一緒だろ?」
「「「確かに。」」」
「今回はこのお嬢さんの心を折ってから楽しむ。どうだ?」
「そいつはおもしれ~こった。」
「少し薬を強く入れすぎた。明日の夜まで起きない。それまでに、お前らの自慢のものしっかり手入れしておけよ。」
「「「了解だ」」」
いつの間にか空に月が出ている。ああ、ようやくだ。ようやく先祖たちに餞ができる。
そのまま彼らは二人を連れてその場から消えた。
思ったより時間がかかってしまいました。
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