雪と果実と
気がつけば外は雪が降っていた。
その真っ白な世界が珍しくて、どうしてか急に外に出たくなって。
出てみたらその寒さに少し後悔したけれど、でもその眩しいほど白い世界はとてもきれいだった。
小さいときからそうだ。
俺は綺麗なものが好きだ。
そして、どうしてか分からないが、大体冷たいものを綺麗だと感じる。
冷たい水。冷たい色。冷たい空。冷たいコンクリート。冷たい刃。冷たい世界。
その閉ざされたような温度がどうしようもなく綺麗で、ずっと感じていたくなる。
冷たいものに触れたときに、自分の体温が奪われていく感覚が好きだ。まるで自分の中にある濁ったものを浄化されていくような気分で。
だから、この外の冷たさはとても心地好かった。珍しく口笛なんて吹いてしまいそうになるくらい上機嫌になってしまう。
嬉しくて楽しくて、もっともっと、冷たさを感じたくなる。もっと欲しくなって、もっと奪ってほしくなる。
そんなことを考えながら白い世界を歩いていたら、俺はいつもの廃墟にいた。
コンクリートで作られた二階建ての小さな建物。窓ガラスはすべて割れていて、中に入っても外と大して変わらない。むしろ、中の方がコンクリートが冷たくて日が当たらなくて温度が低いかもしれない。
俺が外に出た日には必ず訪れるお気に入りの場所だ。
ここでよく、俺は林檎をかじる。
林檎。赤い実。知恵の実。禁断の果実。
神話はあまり信じていないけれど、でも何故か食べると背徳的な気分になる。そんなときにスッと冷たい風が自分の中に入り込んでくるような気がして、とても気持ちが良い。
この甘さと酸味は、俺に何をもたらすのだろう。
知恵だろうか。それとも毒だろうか。
わけもなくそんなことを考えて、勝手に楽しくなってしまう。
廃墟の奥へと足を進める。
そこで俺を出迎えてくれるのは、冷たくなった『かのじょ』。
冷たい瞳。もう熱い息を吐くことのない口。冷たくなった肌。いとおしくていとおしくて仕方のない俺の『かのじょ』。
「ああ……今日もきれいだよ……」
俺は今日も『かのじょ』にそんな言葉を吐く。
ほんのすこしだけの付き合い。きっとこの『かのじょ』ともあと少しでお別れになってしまうだろう。それはひどく悲しいが、仕方無い。そうしたら、また次の娘を探そう。
かつん。と乾いた音がした。
振り向けば今にも泣きそうな顔をした男が立っていて、俺に黒い鉄の塊を向けていた。
「……千賀子を……」
震える声で、見知らぬ男は言う。千賀子? 誰だろうか。そんな名前、俺は知らない。
「よくも、千賀子を……!」
何やら大きい音がした。
冷たくない、綺麗じゃない音だった。
それとほぼ同時に、ああ、千賀子と言うのはこの『かのじょ』の名前かもしれない、と思い至ったのだが、すぐにその考えは消えていった。
痛い。
痛いより熱い。
熱い。
焼けそうなくらい熱い。
熱いのは嫌いだ。綺麗じゃない。
どこからか流れ出る真っ赤な液体はまだ何処か温かい。だからなにも綺麗じゃない。
ああ、どうせなら。
どうせなら、冷たい刃でもって、俺の熱を奪ってほしかった。