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 84 賛歌

 風が、吹き出す。ボクの周りを、精霊達が遊ぶように漂い飛んでいく。両手一杯に、光を抱いて飛んでいく。虹色に輝く光が、ひらりと舞うたびに雫が宙へ零れていく。武人達の上に光の雨が降っていく。

 大地から、小人姿の精霊が這い出してくる。互いの手を取り合い、踊っていく。プルリと大きな尻を振りながら踊りまわる。

 あぁ、ボクの声が少しおかしいから、精霊達がみんな笑っているんだろうか。前は、もっと声が高かったもんねぇ。

 風の精霊と目が合い笑ってしまう。でも、この声もいいじゃないか。低くなったけど、喉を締め付けられるような不快感はなくなったよ。通りもいい。このまま、唄ってもいいかい? 祈っても、いいかい?

 

 「 ボクらは唄う 父なる大気に感謝を込めて ボクらは唄う 大気を震わせ風となる 」


 表門からのザワメキに戸惑いが混じりだす。門を壊そうとした大きな音が途絶えている。

 ボクらが、ここにいる理由。それは判らないまま、日々食べて、働いて、がむしゃらに生きている。でも、争う為にいる訳ではない。誰かの大事なモノを壊すために生きているわけではない。必要以上に、奪うためじゃない。


 「矢を用意せい! 構ぇえ! 」

 

 門の向こうからの声に、一斉に武人達が動き出す。

  

 「あきまへん! ハルンツはん、ここは危険どすえ! 」


 袖を強く引っ張るコムに、微笑む。大丈夫。

 そっとコムの手を離し、歩き出す。表門に向かい、歩き出す。

 大丈夫。ボクは一人ではない。溢れる感情と光を感じている。きっと、大丈夫。

 きっと、ダショー様とナキア妃が、いてくれてる。一緒に唄ってくれてる。

 そう、意味もなく確信出来る。

 目を見開いたままのグムタン達に微笑み、武人達に頷く。

 大丈夫。


 「放てぇい!」

 「 ボクらは唄う 生まれる命に祈りを捧げて ボクらは唄う 緑の木々と花々となる 」


 塀の向こうから雨のように放たれた矢が、空気を切り裂く音と共に降りそそいでくる。美しい曲線を描き空を斬って飛んでくる凶器に、手を掲げる。

 違うよ。奪うために、造られたんじゃない。

 風の精霊達が、さらに光を零した。


 「 唄は祈り 祈りは光 光は風に 風は種に 花々の種を運ぶ風になる 」


 宙で精霊の光に包まれた矢が、花となり葉となって降ってくる。青い空を背景に、赤、薄桃、水色、黄色、白、橙と色鮮やかな花弁と緑の葉が舞い落ちる。

 精霊の歓声に、人の歓声が重なる。全てが、叫ぶ。存在すべてが、命の底から叫ぶ。それは命の賛歌。


 「 連なる山々へ 空と雲へ 湧き出す泉へ 太陽へ 夜空の月と星星へ 」


 武人達が持つ刀が砂となって崩れていく。そう、大地に帰っていくんだよ。

 弓矢から蔦が伸びて弦に絡みつく。大地から生えた蔦が投石機に絡んでいく。大地の緑の恵み。

 矢が変化した色とりどりの花弁は、絶えることなく降ってくる。ほら、美しいんだ。こんなにも、ボクらのいるこの世界は、美しい。

 呆然と立ち尽くす武人の前を通り、門を押し開く。

 

 「 祈りは運ばれる 母なる大地の果てまでも 父なる大気の全てに染みる 」


 声にならない音とともに、取り囲む武人達が崩れていく。手にした刀が砂となり、身を包んだ鎧が泥となり、火花を散らして消えていく。

 奪う為のものならば、いらない。ソレは祈りと共に、大地へ帰っていく。

 胸当てを着て泥だらけとなった男達が、座り込んでいく。


 「 ボクらは唄う 空に大地に輝く唄う星 天界地界を飛び渡り やがて一つの光となる やがて一つの星となる 」


 一音一音が、響いていく。空気を震わしていく心地よさに、身を任せてしまう。

 これは、ボクの唄であって、ボクの唄ではない。きっと、同化したダショー様とナキア妃の祈り。

 みんなの、祈りの唄。


 「 輝け光 ボクらの祈りよ ボクらはやがて星となる ボクらは輝く星となる 」


 最後の音が、響いて空気の向こうへ消えていく。

 降り注ぐ花弁が、やんでいく。相変わらず、風の精霊は舞い踊っているが穏やかな勢いに落ち着いていく。

 気づけば、門の外にいた。

 敵側の武人もグムタン側の武人達も、鎧も刀も持たず、蔓に絡みとられるような形で地面に座り込んでいる。

 これは……唄いすぎたんだろうか。


 「あの、驚かせて、ごめんなさい。怪我をした人、いませんか? 」

 「ぶっ……ぅわっはっはっはっ! 」


 思わず心配して周りに声をかけたが、グムタンの弾ける笑い声に思わず固まる。

 なんか、変なことしただろうか。


 「なんとまぁ。あれほどの唄を唄い奇跡のような光景を作り出した後の一声が、それとはまぁ……ハルンツ殿らしいわい」

 「よかったどすわ。ハルンツはん、なんも変っておらへん」

 「よかったな。(はつゐ)の娘よ。愛する人は、相変わらずのお人よしだ」


 その言葉に一瞬で真っ赤になったコムの肩を叩き、泥にまみれたグムタンが門をくぐり辺りを見渡す。身につけていた鎧は泥になったのだろう。

 

 「この陣で指揮を執った者に伝えよ。クマリには、エアシュティマス様の御子が居られる。今、戦をするという事は世界を敵に回すという事だとな。さて、行きましょうか、ベザド殿下」

 「お手を煩わせ、申し訳ない」

 「刀は砂になってしまったが……まぁ、よい。この異変、将軍殿も察しであろう」

 「呪術師が控えているはずです。充分、伝わっているでしょう」

 「うむ。ならば、何の心配もあるまい」


 グムタンの影が動き出す。漆黒の影から、純白の獅子が飛び出した。その巨体に見合う玉獣(ぎょくじゅう)に息を飲む。これが大連の力。

 グムタンを乗せても余る背に、ベザドが乗りこむ。座り込んだ武人達からどよめきの言葉が広がる。その堂々とした玉獣(ぎょくじゅう)の迫力に押される。誰も止めるものはいない。

 

 「お待ち下さい。李薗から幾人かつけましょう。(ちん)! 」

 「護衛いたします」


 すでに用意していたのだろう。義仁(ぎじん)の言葉に、また泥だらけの(ちん)達三人が玉獣(ぎょくじゅう)を操りながら飛んでくる。刀を携帯した様子はないが、それでも人数が多いに越した事はない。グムタンは無言で頷き、義仁(ぎじん)に軽く頭を下げる。


 「では、後を頼みますぞ」

 「ハルンツ殿、母上も後で必ず説得します故、お待ち下さい! 」


 その言葉が終わらぬうちに、風が舞い上がり純白の獅子と三頭の玉獣(ぎょくじゅう)が飛びあがる。返す言葉をみつけぬうちに、空高く小さな点となって南へと飛んでいった。

 その姿を見送りながら、ボクは歩き出す。


 「ハルンツはん? 」

 「うん。まだ、やらなきゃいけない事がある」


 大霊会(だいりょうえ)を、成功させなければ。ここで、世界を調律する音を放たなければ。待ってなんか、いられない。一刻も早く、雲上殿(うんじょうでん)へいかなければ。マダール達、玄徳(げんとく)達の所へ。ファリデ王妃の所へいかなければ。完全に戦を止めたとはいえない。世界が牙をむき出す前に、その牙を折ってしまわなければ。

 

 「何するつもりどすか? それより、体を安めなあきまへんえ? もう、何日もまともな食事もせんと……」

 「田舎じゃ、海が荒れたらロクな食事なんか出来なかったよ。大丈夫。何日も芋と水でしのいでいたから」

 「そんな無茶やわ。ハルンツはん」


 止めようとするコムの手を逃れながら、視界に目的のモノを見つける。そう、池だ。

 中庭に優美に造られ池を覗きこみ、水の精霊が居るのを確認する。これで水鏡が出来る。


 「ハルンツ、何をするつもりですか」

 「水鏡。このままさ、向こうへ行くんだ」


 義仁(ぎじん)の訝しげな顔に微笑む。

 何故だろう。今のボクに、出来ない感じがしない。精霊で繋がった先に、体を持っていける気がする。

 さっき、唄うことで降り注ぐ矢の雨を花弁に変えた感覚で、確信になりつつあった。

 そう、見える。感じる。

 玄徳と大祓(おおはらい)をした時も感じた事。乱れた空気の粒の配列を変える瞬間に、自分の体が溶けていく感覚を覚えた。あれは、気のせいじゃない。自分の体を共鳴させて空気の粒を震わす感覚も、気のせいではない。

 唄う声と自分の気。これが全ての粒を動かせる。矢が花弁に変ったのも、その根本の粒の配列を変えれば出来た事だ。さっき、はっきりと意識して出来た。精霊の力を貸してもらい、自らの声の振るえと気を使う術。これが魔術。これが、ダショーの記憶。

 

 「この世のものは、みんな小さな粒で出来てる。だから、体を小さな粒に分解して精霊に運んでもらうんだ。飛んだ先でもう一度組み立て直せばいい」

 「そ、そないな恐ろしい事……」

 「コム様、ハルンツの言っている事は、本当なのですか」

 「万物は粒で構成されている。これは確かやけど……組み立てなおすって、そないな事、出来るんどすか」

 「兵で囲まれた雲上殿に早く行く他の手段は? 玉獣(ぎょくじゅう)でも、止められるでしょう? 」

 

 感じる。雲上殿(うんじょうでん)の周りを、いかめしい音が取り囲んでいる。

 水面に手をかざし、意識を飛ばしていく。遥か上空から、一気に下る。巨大な建物と、その前の大広場。何百もの群集から溢れる不安。戸惑い。信じる音を待ち続ける、強い意志。渦巻く負の感情。その雲上殿を取り囲むようなクマリとエリドゥの兵の壁。まるでさっきまでのこの屋敷のようだ。

 指を鳴らし、音を変える。水の配列が僅かに変り、水面に映る水鏡の向こうの様子に、義仁(ぎじん)とコムが息を飲んだ。 


 「これは……馬でも玉獣(ぎょくじゅう)でも無理やわ」

 「私が出た時は、ここまでエリドゥの兵が多くなかった。これほどの兵を、一体いつから用意していたんだ……」


 雲上殿(うんじょうでん)に辿りつくには、時間がかかる。ならば、手は限られる。


 「一気に、飛び出す。……うん、大量の水があるから、ここなら大丈夫」


 繋げた水面から、確認する。差し出した手を、思い切って水中に入れる。水面から下、きれいに消えていく手の先に、痛みは感じない。溶けていくことに、快感すら覚える。

 そっと戻せば、水面を境にボクの体の粒がが組み立てられて、元どおり組み立てられていく。大祓(おおはらい)で沸いたように感じた体の粒が、水面で解かれて組み立てられていく感覚だ。いける。そう確信した。


 「行くよ」

 「まっておくれやす! 私も行きます! 」


 重心を傾けた瞬間、コムが抱きついた。思わず、足を踏ん張り踏みとどまる。


 「し、失敗したらどうするんですか! ボクだけならともかく……あなたまで犠牲に」

 「さっき、ずっと一緒に生きていく言いましたえ! もう、後で見てるだけは嫌どす! 」


 柔らかな香りが、ボクを包む。背に回されたコムの腕が、強く強く回される。その力強さと腕の細さに、愛しさが高まる。コムからの信じる気持ちが、なだれ込む。

 駆け引きも、打算もない、正直な心が体に飛び込んだ。

 いとおしさを感じる瞬間って、こんな時かもしれない。全ての信頼を預けられた、この瞬間なのかもしれない。

 信じて、いいんだね。あなたも、ボクを好いていると。

 小さなコムの背を、思いっきり抱きしめる。大丈夫。失敗なんかしない。貴方を守ってみせるから。この信頼に、答えて見せるから。

 だから、一緒に来て欲しい。一緒に、飛んで欲しい。


 「行くよ! 」


 澄み切った水面めがけて、抱き合ったまま飛び込んだ。


 


 


 


 

 

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