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 7 裏切りの値

 「面を上げい。その顔をもそっと見せてみよ」


 クラクラする。肌の痛みで、はっきりと意識は持っているけれども、なんだかクラクラする。眩暈がする。

 朝食を摂らなかったからだろうか。さっきの浩芳様の用意したご飯、美味しそうだった。やっぱり食べればよかったのかな。

 遠慮したことを悔いてみても、しょうがないか。あぁ、やっぱり今のボクはなんか変だ。

 天幕に押しやられ、平伏したままでハルンツは動けずにいた。今まで感じたことのない感覚だったから、戸惑っていた。空腹のせいかとも思いながら、命令どおりに顔をそっと上げる。

 とても怖くて視線を上げれずにいた。銀糸で鳥が刺繍された衣の裾を見るだけで精一杯だ。

 皇族、しかも帝の近くにいるという偉い人というモノに、今まで会ったことがないのだから。


 「ハルンツといったか。そなたの占いは必ず当たると、海南道では大層評判になっていたぞ。しかし本当に子供じゃな。幾つになる」

「・・・すみません、よく知らないんです」

「ほう、生まれ月も知らないのか」

「ダショーの子は、月日を隠さなければいけない決まりだそうです」

「じゅ、13になるはずです。はい。歳は13です」


 背後から、トンサのドラ声が叫び、人垣がどよめく。

 あいつ、また禁を犯したぞ。ダショーの子を表に出して働かせたうえに、生まれ年までいっちまった。

 口々に零すざわめきを、楊燕(ようえん)の糸目がゆっくりと鑑賞していく。薄い唇をそっと舐める。


 「面白い。先からダショーの子と言うが、それはなんだ」

「あのぅ、喋ったら幾らかの金は」


 恐れ知らずにもトンサが好色の欲を含んだまま声を上げる。楊燕(ようえん)ではなく、伎妃(きひ)を見つめて。

 

「よい。伎妃(きひ)、いくらでも渡せ」

「お、お待ちください!この者は、もうハルンツの親ではありません」


 人垣から、1人の老人が倒れこむように飛び出て地面にひれ伏す。その姿に周りの村人が「長老、ここでは失礼じゃ」と止めても振り払うように喋りだす。

 流木のように陽に焼けた肌に、枯れ木のような体をしていたが、声は朗々と天幕に響いていく。


 「恐れ多くも皇の方の御前で、このような醜態お許しください。しかしながら、このトンサなるものはハルンツの親ではありませぬ。親は子を護るものでございます。こいつは血が繋がっている事だけで村の祭事を務めるダショーの子を、働かせているんでございます。これほどの恥はございません。どうか、お引取りください。この子供は、表にでてはいけないのです」

「おもしろい」


 楊燕(ようえん)の一言で、長老はひれ伏した顔を思わず上げる。村人も勇気ある長老の言葉を一蹴した楊燕に、静まる。誰もが礼儀など忘れて楊燕(ようえん)を見た。ハルンツも、思わず顔を上げていた。

 そして気付く。精霊が居ない。この天幕には、精霊が居ない。まるで、追い出されたようだ。思わず外を見渡すと、天幕の外のみに精霊達が舞っていた。落ち着きなく低く高く村人の隙間を飛び回る舞は見たことなく、ハルンツの心の臓が、ギュッと飛び跳ねリズムを変えた。

 ここは、なにかが自然ではない。この天幕は、なにかおかしい。


 「ヒゲ男、ダショーとはなんだ。そなたの倅は、何が出来るのだ」

「へ、へぇ。ダショーは、俺達の先祖とかいう者だそうです。何でも都落ちして、この先の孤島に逃れたけど。何代か後に、半島の端のこの地に落ち着きました。それから村には時々ダショーの持っていた青い色が入った眼を持つモンが生まれます。それがダショーの子でして。はい」


 水鏡(みずかがみ)遠見(とおみ)をすること。村の祭りでは祭文を読み上げること。ダショーの子がいれば、その代は祝福が受けられること。そんな風習が長く続いたこと。全てを喋っていく。

 いつもより上ずったドラ声を聞きながら、ハルンツは伎妃(きひ)の袖の中に水の気配を感じていた。漂ってくる作り物の花の匂いや化粧の匂いの他に、水の匂いがしてくる。


 「ふん。まぁ、そのようなものであろうな。よい。下がれ」


 途中から果物を食べながらだったが、濡れた指先を懐紙でふき取りながら手を払う。手際よく重みがありそうな錦の袋がトンサの前に落とされた。


 「殿下の気持ちだ。ありがたく頂け」

「へへっ。どうも」


 中を確かめずに、素早く懐にしまうと立ち上がり走り去っていく。

 村人達の中からは「恥知らずもん」「村を金で売ったな」と罵倒する声もでたが、逃げるトンサは、笑顔がこぼれていた。このまま町までいき酒か女を買いに走るのだろう。

 ハルンツは平伏し直しながら、じっと指先を見つめた。おばぁが死んでから、随分と手が荒れたのは、気のせいではない。


 「さて、ハルンツとやら面をあげい。ふん、確かに青が入っているの」

「灰色の中に青が混ざっている様は、エリドゥの藍水石のようですね。この瞳で、何を見るのかしら」

伎妃(きひ)の言葉に、楊燕(ようえん)が頷く。


「では、水鏡(みずかがみ)遠見(とおみ)をしてもらおうか」


 予め用意してあったのだろう。下人たちが陶器の大鉢を運びこみ、なみなみと水を注ぎ込む。一滴も敷物に零さずに仕事を終えると、衣摺りの音だけを残して退いていく。

 ハルンツはゆっくりと周りを見渡してみる。地面に座り込んだままの長老と眼が合い、思わず視線を外した。

 一年前もこうだった。嘆き崩れる長老と、金儲けに走る父親。周りを囲む村の人達。ボクは何度この光景を見ていくんだろう。ボクは何度、遠見を繰り返すんだろう。これやって、ボクは毎日を積み重ねていくんだ。きっと。

そっと水鉢を覗きこみ、思わず息を飲んで顔を上げた。

 

「あの、これでは水鏡(みずかがみ)は出来ません」


 楊燕(ようえん)は上半身を起し、家人はすり足で駆け寄ってきた。


「おのれ、これだけの報酬をもらい殿下の前で何を言う!もう一度、言ってみろ!」


 詰め寄る家人の勢いと、口の中まで見えてしまっている事に圧倒されながら、半ば見蕩れて返す。


「だって、ここには精霊がいないんです。水にも精霊が居ません。これでは、占えません」

家人が殺気立つが、楊燕(ようえん)が手を上げて制し、薄い唇をうっすらと舐めた。

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