表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/90

 44 クマリへ

 「すごい…っ。緑がすごくキレイ!」


 マダールの言葉が、全てを表している。

 あれから、ハルンツと玄徳(げんとく)の疲れを考えて結局はアシが連れて来た星輿(ほしこし)に乗ってクマリへ向かっている。眼下に広がる森に、街道が一筋まっすぐに西の峠に向かい伸びている。一枚一枚の葉が見えない程の高さを風で出来た道を、玉獣(ぎょくじゅう)が装飾された箱のような輿を担いで駆け抜けていく。本来は窓につけられた御簾を下げるそうだが、あまりの景色の素晴らしさと神苑(しんえん)の上空ですれ違う恐れもない為に、御簾を上げて景色を堪能していた。こちらには、玄徳(げんとく)とマダールと義仁(ぎじん)とハルンツ。もう一つの輿には、リリスと警備の三人。かなり、リリスは不服そうだったが。


「丁度、クマリは新緑の季節なんです。良い時期にいらっしゃいました。我々クマリ族が、神苑(しんえん)が最も美しいと讃える時季なのですよ」

「納得だ。本当に、素晴らしい。この時季に来れるとは、吾は幸せだな」

「アシさま、あの山もクマリのですか?」


 視界に飛び込んできた白い頂をもつ大きな山の連なりに、思わずハルンツが割り込んでしまう。しまった…と思ったが、アシは微笑んで頷く。


「えぇ。あれがシュミ山で聖なる大地母神の山です。もうじき、京が見えますよ…ほら」


 峠を越えたその途端、視界が広がりまた違う緑の世界が広がった。

 見守るように京の北にそびえるシュミ山。その麓からの新緑の緑の山々に囲まれた人里が扇のように広がり、遠く南に反射する海まで点在する里と街道が続いている。茶色の茅葺き屋根が広がる中にも、多くの緑が点在している。山からのびる青い空を映した川は、運河となって都市中を巡って光り輝いている。上空からも判るほどの活気溢れる営みに、息を飲む。


 「なんと…クマリがこれほどの京とは…。李薗(りえん)春陽(しゅんよう)にも負けぬ…」

「お褒めにあずかり、光栄にございます」

「大地が、ほとんど田を耕せる農地とは…なんと豊かな」

「シュミ山より豊富な雪解け水が流れてきています。クマリは玉獣(ぎょくじゅう)を扱う猛者(もさ)に思われてますが、国の基盤は農業で大半の民は農民です。もちろん、その血の共生能力を使い玉獣(ぎょくじゅう)を扱ったり、他国へ調教へ出かけたりもしますが。基本は、ご覧の通りです。地味な国ですよ」


 アシはそう微笑むが、玄徳(ぎょくじゅう)義仁(ぎじん)は眼下の緑の光景に釘付けになっていた。

 思えば、ハルンツの育った海南道に田んぼなど、殆どなかった。淡水の水はとても貴重だった。とても米を作る余裕などない土地で、食べられるモノは芋か、雑穀。李薗(りえん)は広大だが、その大部分は荒野だ。だからこそ、視界に収まるほどの小さなクマリの領土であっても、緑に溢れている光景は豊かな証拠だ。


 「では、お米が沢山食べれるんですね。誰も、空腹ではないのですね」

「えぇ。クマリには、飢餓という言葉はありませんから」


 アシの返事にハルンツの腹の虫が答える。

 あまりの唐突さに、その場が一瞬の静寂に包まれてから、笑い声が爆発する。


「さっき朝食を食べたばかりでろう! 」

「いいよいいよ、育ち盛りなのよね…ぷっ」

「そんなに笑わなくてもっ…あ、義仁さん、背中向けて笑っているんでしょう! 」

「…っ、いえ、そんな、し、失礼なこと…っ」


 そう否定しながらも、義仁の肩が小刻みに震えている。窓枠を握りしめた手の甲には、血管が浮き出ている。


「下屋敷に着きましたら、すぐに膳を用意させましょう。ゆるりと寛いでくださいね」


目尻の涙を水干の袖口でふき取りながら、アシが答える。その言葉に、玄徳(げんとく)義仁(ぎじん)とマダールが振り返った。


玄徳(げんとく)殿下の今のお召し物では、宮へ立ち入る時に時間がかかるやもしれませぬ。よろしければ、私の屋敷に立ち寄って頂ければと思いまして」

「それは…願ってもない事。しかし、このように好意に甘えてよいのですか」

「こちらこそ。先程、李薗(りえん)の皇子とソンツェ様の子孫が、神苑(しんえん)妖獣(ようじゅう)を浄化し、かかえの楽師殿は妖星(ようせい)を浄化したと報告した時の兄上の顔は見物でした。これほどの方々をお迎えできる機会があるなんて、私は幸せです。ですから是非、屋敷へ来てはいただけませんか? マダール殿は、大霊会(だいりょうえ)の奏者を目指してこられたのでしょう? あれほどの腕ですもの、出来れば私に指南していただけないでしょうか」


 アシは、その色白の頬を僅かに薄桃色に染めて喋り続ける。まるで、小さな女の子が砂糖細工の菓子を見て飛び跳ねているように、嬉しそうに話し続ける。

 この人には、他意はない。純粋に、本心のみを口にする。きっと、言葉の力をよく知っているのだろう。これは、本能のような仕草。

 ハルンツは、そのアシの様子に神苑(しんえん)の空気を感じていた。言葉ではいえない、感覚。幻のような清清しい清涼感。でも、目を閉じれば掴める確信。彼女は、信じてもいい。


玄徳(げんとく)さん、お邪魔しましょう」

「ハ、ハルンツ、そんな勝手な」

「アシさまは、本当に望んでいるようです。そうですよね」

「はい! あっ…私としたことが…勝手を申しましてすみませぬ。殿下の都合がおありなのでしたら」

「いや、予定はあってないようなものだ。そうだな義仁」

「えぇ。姫君の申し出、勿体無いほど有り難きお言葉。確かに殿下の身支度もございます故、一間でも借りられるのであれば、大変助かります」

「では、決まりですね! 」


 そのまま立ち上がりそうな勢いのアシに、全員が微笑む。まだ若い姫は、さっそく同じ世代のマダールに「鼓の稽古をしてほしい」と頼みだす。女同士の華やかな雰囲気に包まれたその様子に、残されたハルンツ達が顔を見合わせて苦笑いする。とても、あの中には入れない。そんな顔だ。


「おう、見えてきた。そろそろ噂に聞くクマリの宮の辺りであろうか」


 身の置き所に困った玄徳(げんとく)とハルンツが、景色を堪能しだすと、再び大きく景観が変わっていた。

 眼下に広がっていた緑が、聳え立つ緑になっていく。いつの間にか、高度を下げて北に回っていたらしい。シュミ山から広がる山々の連なりが、窓の外に広がっている。手を伸ばせば、葉の茂みに届きそうなほどだ。


 「いえ、ここが神苑(しんえん)の近くです。確かに昨晩の十二番宿場も神苑(しんえん)の森ですが、私達の言う神苑(しんえん)天鼓(てんこ)の泉を示します。もう少し、高度を上げて神苑をご覧になって頂きましょう」


 アシが身軽な動きで立ち上がり、輿の前方にある小窓を叩いて外の御者へ合図を送る。

 僅かな間の後に、急な浮遊感に襲われる。体は床の上だが、ふんわりと浮き上がる感覚に、思わずつかまるモノを探してしまう。マダールは玄徳(げんとく)の腕を掴んで、玄徳はそのまま肩を軽く抱いて、向かいの義仁(ぎじん)が目を剥いている。


 「まるで、神の為の祭壇のようでしょう。中央に、光る水場があるのが見えますか? あれが天鼓(てんこ)の泉です」






 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ