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 37 小さな嵐

 「でも、玄徳さんを見ていくうちに気付いたんです。ボクにどれ程の力があるか知らないけど、それらを使ってはいけない。玄徳さんの力こそ、世界を変えられるって」


 一気に喋り、もう一度玄徳の顔を見る。困った顔をしているのを見て、ハルンツは微笑む。


「呪術って、精霊の力を僅かに貸してもらう行為ですよね。それは、他人の力です。他人任せの力です。旱魃で雨乞いをしても、所詮はよその水の精霊を奪う行為で、誰かが困る。ボクの力を使えば、その裏で誰かが悲しむ。それなら、ボクはこの力は使ってはいけない。使えない力なら、無くても同じだ。けど、玄徳さんの持っているものは違う。多くの医者や呪術者をうごかして、沢山の人を助けられる。旱魃があれば、運河やため池を作れば、長い間多くの人々を助けられる。そう、思うんです。だから…えーと、だから…玄徳さんは持っている力で、いろんな事が出来るから、そんなに嘆く事はないんじゃないかなぁ…と、その」


 上手くいえない。励ますつもりだけど、何を言えばよいのか、判らなくなってきた。


「玄徳さんには、人や世界を変えれる力があるんです。ボクのように、ただ、手を握るだけじゃない、何かが出来るんです」

「ハルンツ…?」

「あーもう、判んなくなってきました」

「くっ…くくっ…そなた、吾に皇帝になれと言うのか?」

「えーっと、うん、そうではないんですが…」


 堪えきれないように、玄徳が笑い出す。その明るい笑い声に、血が顔で激流をつくる。湯気が出そうなほど熱をもった顔を抑え、どもってしまった。言いたい事は、伝わったんだろうか?ひとしきり笑うと、玄徳は目尻に浮かんだ涙を拭きつつ頷いた。


「そうだな。力を使う事に疑問を持てるから、そなたは精霊に愛されているのだろうなぁ…。吾も、皇帝の座を否定するからこそ、推挙されるやもしれぬな…その座が意味する重みを感じているからこそ、か」

「玄徳さん?」

「自らの力で道を切りひらけと、最高の賛辞を送ってくれた事に感謝を。そして、その言葉をそのままハルンツに送ろう」

 

 囲炉裏の炎に照らされた顔が、温かく微笑んだ。玄徳の微笑みに、息を飲む。


「そなたはやはり、世界を変える。偉大な力だけではなく、自らの力で道を切りひらける。自信を持て」


 その瞬間、伝えたい事が伝わっていると確信した。ハルンツも、自分の口元が綻ぶのを止めれない。囲炉裏をはさんで、互いの瞳を見て笑いあう。


 『ハルンツ!! 』


 次の瞬間、空気が轟音を立てて引き裂かれるような感覚が体中に響き渡る。その衝撃から僅かに遅れて、耳にも裏の山が崩れたかのように空気が大きく振るえた音が届く。


「風の守護陣が壊された! 全員起きろ! 」


 玄徳の声と同時に、マダールをのぞく全員が布団を蹴り飛ばして起き上がる。今まで、寝ていた者の動きではない。ハルンツが目を見開いて固まる間に、警備隊の陳隊長が剣を携え囲炉裏に駆けつけた。それぞれに弓と矢筒を手にした黄と秦が従う。その動きに迷いはない。リリスすら、まだふらつくマダールを支えて、囲炉裏までやってくる。


「あと火と水の守護陣があるが、何時までもつか吾にもわからぬ。最悪を考えた守備を取って欲しい。吾とハルンツは呪術を行う間、無防備になるゆえ守備は任せた。義仁はマダールを頼む」


 素早く単の衣を玄徳の肩に羽織らせ、義仁は「畏まりました」とマダールの元に駆け寄る。まだ顔色が悪いマダールにも、単衣を持って行く。が、マダールはその手を振り払った。


 「服はいらない! あたしにも刀をちょうだい! 」

「慣れない者が持つ物ではない」

「自分の身ぐらい、自分で守るわ! 」


そう言いつつも、眉を寄せて胸元を押さえる。まだ吐き気がこみ上げるのだろう。いつもの強気に勢いがない。それでも、玄徳を睨みつけるように顔を上げる。


「はっきりは言いたくないのだが…そなたは体調が優れぬ今は足手惑いだ。義仁とリリスに任せよ」

「体調が優れていたって足手惑いなのは自覚してるわ!ただ、ただ、玄徳の邪魔になりたくないのよ! あたしのせいで玄徳の気が散って何かあれば…」

「マダール?」


 睨みあう二人の間の空気が、僅かに変化した。マダールの口元が震えて続きの言葉が出てこない。想いだけが、強く強く思念となって空気に溶けていく。


    『どうか無事で 怪我などしないで もし何かあったらどうしよう 玄徳 玄徳 玄徳! 』


 強く強く瞬くような想いに、ハルンツは眩暈を感じた。こんなにも、誰かを想えるものだろうか。自分の事ではなく、ただ一心に相手の事を想えるのは、なんて強い心なんだろう。

 

 「気が散る訳がなかろう。吾は全身全霊をかけてマダールを守ろう。だから、どうか吾の傍から離れないでくれ」


    『吾はそなたを守る 安心してくれ ここにいてくれ そんな怯えた顔をせず笑ってくれ 』


 玄徳からも、声なき思念が溢れてくる。次々にやってくる強い思念の波に、ハルンツの頭の中が混乱してくる。この感情はなんだ? この想いはなんだろう。二人は、なんでこんなに強い思いを伝えきらないんだろう。何故か自分の胸まで熱くなってしまい、涙腺がどうしようもなく緩んできてしまった。


「いやぁん! マダールと玄徳、何時の間にそんな仲になってたのよぅ」

「リ、リリス?!」

「私だけ置いてけぼりじゃないの。いいわ、それでも応援するから。ほら、ハルンツちゃん、なんで泣いてるの」

「わ、わかんないけど、二人の感情が急に入ってきて、その、わざとじゃなくて、これは不可抗力で」


 ポロポロと勝手に零れる涙を、リリスが使い込んだ手拭いで拭いていく。ハルンツはされるままに涙を拭いてもらいながら、リリスを見上げる。リリスは、玄徳とマダールの間に流れた感情が何か知っているのだろうか。共生者でもない何の力も持たないリリスが、何故に感情が判ったんだろう。


 「やぁね、そんな顔して。二人の会話聞いてたら判るわよ」

「そうなんですか! 」

「年の功、と言うのですよ」

「失礼なっ! 」

「義仁さんまで知っているんですか?! 」


 驚きで周りを見渡すと、部屋の隅で剣を構えた隊長の陳も黄も秦までもが微笑んで見ている。ただ、玄徳とマダールの二人だけは、真っ赤な顔をして俯いている。自分以外は答えを知っているような雰囲気だ。


「いーのよ。お子様のハルンツちゃんはまだ知らなくていいの」

「お、お子様ってなんですか! 」

『暢気に言い合ってていいのか』


 突然、空気を震わさずに声が飛び込んでくる。虚空に、半透明の貴人が姿を現していた。






 






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