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 31 怖れと怒り

 「大変なことをお願いし、申し訳ありません」

「わかっておる。吾はこの旅を楽しんでおる。少し違ってきたが、こんな事はなかなか出来ぬであろうしな」


努めて明るく返事をして立ち上がる。


「殿下…これは仮定の話ですが…」


見納めに景色を見ようと思った玄徳が、周偉の声色に振り返る。ゆっくりと、口元に生やしたヒゲを撫でながら円卓の一点を睨んでいた。


「帝の噂はご存知でしょう。このところ、後宮との馴れ合いが酷く、宮中の財政を圧迫しうつあります。このまま帝が死んで…」

「周偉。陛下はまだ存命だ。ここが遠い東桑でも、そのような事を言うべきではない」

「失礼」


 この男は、こんな事をいう男だったか。玄徳は、背筋から冷たい何かが這い上がってくる嫌悪感に襲われた。幼いときから知っているこの男は、不器用なほどにまっすぐだった。帝国のことを第一に考えていた。この違和感は、何だ…。何故、そんな言葉が出てくる…?


「私は、しばらく春陽を離れる事なりません。このようなお願いをしながら殿下の力にはなれませんが、どうか…どうかご無事で」


顔を上げまっすぐに、玄徳を見つめる。大丈夫だ。この者の目は、何も変わっていない。そう、さっきのは幻だろう…。


「次に会うのは、おそらく大霊会の当日でしょうが…お気をつけて」

「吾はいつまでも子供ではない。大丈夫だ。それで、その少年の名はなんと申す?名前ぐらいは知っておかねばな」

「ハルンツと名乗ったようです」

「…ハルンツ、か」


 鳶の鳴き声だけが響いている。上空を旋回していた鳶は、霞の向こうに飛んでいったらしい。朝は見えなかった遠くの白峰が、雲の向こうから顔を出していた。

  




 「つまり、一緒に旅をしたいと? 」

「いや。こちらの貴人が、そなたらの音楽に甚く感じ入り同行を命じられたのだ」


さりげなく注意をされると、垂れたハチミツ色の髪の下から舌打ちが聞こえる。簡単には屈しない意思表示に、玄徳の口元が緩む。可憐な容姿だが性根は強いようだ。そんな女は嫌いではない。


 「もちろん、それなりの報酬をあたえよう。何が望みだ」

「ふ、ふふ…いや、すまぬ。御簾をあげよ。腹を割って話しをしたほうが良い。吾もややこしいのは苦手だ」

「で、殿下? そのような事」

「構わぬ。そなたも下がってよい」


 そもそも、当事者以外の者は入れるべきではなかった。関所の守長に退室を命ずると、戸惑いを隠せぬまま無言で確認を取りながら扉の向こうに消える。それでも近くに控えるための足音が小さくなるまで、部屋の中の誰一人として動かなかった。

 御簾を下げた上座に玄徳。その左に周偉。右手には義仁。下座に平伏した三人の旅人。ハチミツ色の髪の美少女は二馬線を。北方風の金髪の青年は大きめの琵琶を。やや後ろに控える黒髪の少年は三線を。

 部屋には、身分も容姿も異なる六人が残される。


 「さて、吾らはそなたらに旅の同行を願う。そなたらの要望はなんだ」

「何も」


 凛とした声が響く。


「ボクは、何も望みません。あなた方とはもう関わりたくないのです」


 芯のある伸びやかな声。これで唄を謡えば、朗々として美しいだろう。ただ、言葉は玄徳をはねつけた。


「ちょっとハルンツ! なんで何も望まないのよ!ここは焦らしてふっかけた方が良いって! 」

「マダール…ばらしてどーすんのよ」


呆れた青年が止めると、ようやく自らの失言に気付いたマダールと呼ばれた少女が固まる。


「興味深いが、漫才を見たい訳ではない。さて、ハルンツはやはりそなたか」


 ゆっくりと、少年の頭が上げられた。迷いなく見据えてくる灰色の瞳には、青が光り輝いている。

 浄眼だ。大魔術師のみが持っていたとされる、精霊を見る青い瞳。

 鼓動の乱れを実感して、深呼吸をしてもう一度見返す。周りから、精霊達が集まってくるのを感じていた。それも、尋常ではない速さで密度が濃くなっていく。

 全て、目の前のハルンツと名乗った少年の仕業だろう。いや、仕業というのは正しくない。おそらく、身の危険を感じて無意識に精霊達を呼び寄せてしまったに違いない。呪文も精霊文字も書いていないのだから。

 一触即発。この言葉ほど、この場に相応しいものもない。言葉を誤れば、この場にいる者に危険が及ぶ。


「その様子だと、吾の素性もこの場にいる訳も、知っているようだな」

「玄武家の方ですね。朱雀様の事は残念です。だから、また過ちを犯してほしくないのですが」

「朱雀殿の事を認めるか…。吾も、やりすぎだったと思う。済まぬ」

「っ! あなた方のせいで、村はなくなったんだ! 一言で…」


『たった一言で片付けるな! 』


 ハルンツの声なき叫びが、頭の中を殴りつける。思わず椅子の脇息にしがみ付き、勢いで結い上げた髷につけた冠が床に転がった。両脇の周偉と義仁は、床に倒れこんでいる。…言葉を間違えたらしい。


「ハルンツちゃん! 燃えてる! 」

「水! 水! 」

 

まっすぐ見据えたままの姿勢で、青白い炎を纏っている。燃えている訳ではない。感情の気が強く出てしまったらしい。それでも、このまま物に触れれば火事になるだろう。

 

 「 耳を傾けよ 吾らが父なるエンが 母なるナンムが 囁く言葉に 」


 腹の底に気をためて、ゆっくりと紡ぎだす。ハルンツを包みこむよう、風の精霊文字に祝福の文字を混ぜる。彼の周りに風の防御壁を作り上げなければ、この関所ごと燃えてしまう。

 

 「 全てを包み込む風よ そなたは美しい この世を駆け巡る風よ その最も強い力よ 彼 ハルンツを護れ 」


 ハルンツの両目が見開かれた。





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