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 3 水鏡

「見事なものだ。海と空の境界が消える昼の光景も素晴らしかったが、ここの夕日はまた一段と美しいね。赤く染まる海原に、空は夜の帳が落ちていく神秘さ。山から冷たい空気がくるのもいい。朝日も先に行けば見えそうだ」

「すぐそこが半島の先ですが、聖域だから立ち入らないでください。ニライカナイを拝む祠があるんです」

「そうか。それは残念だな。見事な光景だろうが、諦めるとしようか」


 白い珊瑚礁の砂浜に、見たことのない調度品が並べられていた。

 見慣れぬ模様の織物の上に、全てに凝った意向の彩色や細工が施された陶器や茶器。注がれた茶は薫り高く、周りの潮の匂いまで清めるような品の良さ。

 ただただ、ハルンツは夕日より並べられたモノと雰囲気に見蕩れていた。この一年で様々な人を占ってきたけれども、内地の旧家の家長という人より、はるかに身分が上のようだ。父さんと同い年の感じだけど、ずっと年上に感じるのは何故だろう。


 「ワタシは早く国に帰りたいですね。春陽(しゅんよう)蓬莱山(ほうらいさん)に沈む夕日のほうが、ずっと趣がありますよ。こーんなだだっ広い海と熱帯の森しかない所、うぅ・・・干物魚クサイし」


 小言を言いながらも、手はせわしなく動いて茶菓子を用意していく。こんな綺麗な食べ物はこの村にはないから、持ち込んできていた物だろう。トンサに茶を用意させるのは、諦めたらしい。

 秀全(しゅうぜん)と紹介されたこの若い青年は、浩芳(こうほう)と名乗るこの客の家人と説明された。召使いの下人よりも上の使用人らしい。正直に率直に意見を言うが、仕事は手際よく進めていく。さっきから、何人もの下人が秀全(しゅうぜん)の指示を受けて往き来している。


「好きなものを食べなさい。まだ口の中が痛むかい」

「いえ、手当てして頂き、ありがとうございます」


 村の端、この半島の最南端に置かれた忌み小屋に村人に担がれて運ばれて、ようやく落ち着いた。見た目よりは軽い打ち身がほとんどだった。

 この浩芳(こうほう)と名乗る客は怪我の手当てをしてくれた上に「一緒に茶飲み話をしよう」と、盛大に小屋の前の浜辺に茶会を繰り広げた。風雨で痛んだ薄い板と藁葺き屋根が、いつもより弱弱しく見えるのは気のせいじゃない。

 ハルンツは、高価そうな織物に触らぬよう気をつけながら、頭を下げて礼を言う。その途端、体中に塗られた軟膏の匂いが漂って、思わず眉をひそめてしまった。


「強烈だろう。でもエリドゥ産の軟膏だからよく効く」

「高価だからな。ありがたく使え。茶」


 秀全は単語と共に、湯呑み茶碗を置いていく。そっけない動作だが、薬を塗られていない左手前に置いていった。

 ハルンツは、ふと彼の腕に気をとられた。ふんわりと蒸気のように纏う気は、人それぞれに違うモノだ。はっきりと意識できるものではなかったけど、ハルンツにはなんとなく体感できていた。

 その気が、腕にだけ異質なものがある。まるで糸に引かれるように眼で追っていく。秀全(しゅうぜん)には、モノ欲しそうに見えたらしい。


「なんだよ。まだ足りないのか?」

「いえ、そこに・・・あぁ、レンカさんが何か言ってるのかな」


 自分の腕を指差されての言葉に、秀全は思わず持っていたお盆を砂浜に落とす。


蓮迦(れんか)がいるのかね!」

「そこにいますよ。へぇ・・・珍しいなぁ。水鏡なしでこんなに見えるなんて」


 冷静に虚空を見つめるハルンツに、秀全(しゅうぜん)は固まり、浩芳(こうほう)は駆け寄る。


「見えるのかい?そこにいるのかい?」

「ほら、いま劉さんの所にきました。袖のところ。ウン、やっぱ何か言いたいのかなあ。ちょっと待って下さい。これで・・・」


 慌てず騒がずハルンツは湯呑み茶碗を両手で包み持ち、じっと見つめる。何が起こるんだろうと、二人はハルンツを見つめた。


「あれ?やっぱり、沸騰した湯じゃ無理か。すいません、水下さい。水鏡の水」


 秀全(しゅうぜん)浩芳(こうほう)はお互いの顔と、ハルンツの顔を見比べた。

 ひょっとして、水鏡をしようとしたのか?この近くに、神殿はあっただろうか。高度な占術の水鏡ができるなんて、こう見えてどこか有名な神官に弟子入りしていたのか。様々な考えが思わず口にでた。ハルンツは、笑って首を振る。


「まさか。おばぁに遠見(とおみ)を教わっただけです。おばぁは、先代の[ダジョーの子]を世話した祖母に聞いたそうです」

「ハルンツといったか。君は、そのおばぁに、水鏡を習ったのか?」

「おばぁは、伝え聞いただけです。[ダジョーの子]なら、遠見(とおみ)はできます。精霊が観せてくれますから。だから大抵の水なら出来るんですけど、さすがに一度沸騰させると精霊があまりよりつかなくなるんですよね。お茶じゃ、駄目でした」


 朗らかに微笑むハルンツは、グイっとお茶を飲み干すと、空になった茶碗を持って立ち上がる。イテテと、顔をしかめた。


「小屋に汲み置きの水があるから、汲みにいきますね」


 ハルンツはようやく気付く。浩芳と秀全が、顔を固まらせて自分を見ている。何か変な事を言っただろうか。


「大丈夫です。今朝汲んだ水ですから。新鮮ですよ。汚くないし。このお茶碗借りていいですか?さっき殴られた時に、いつも使ってたの割っちゃったし」

「なら、この手水鉢(ちょうずばち)を使いなさい。これは沸騰してないな?」


 高価な茶器の中に置かれた子供の片腕ほどの大きさの鉢には、花弁が浮かばせて水を湛えていた。秀全(しゅうぜん)浩芳(こうほう)の視線の先を確認すると、慌てて首を振った。


「銀ですよ!銀細工の手水鉢(ちょうずばち)ですよ!・・・あーもう、旦那様は変わった趣味がおありだから困ります。こんな子供に触らせるモノじゃ、ないんですよ」


渋々、嫌々、不満を零しながら手水鉢(ちょうずばち)をハルンツの前に置き換える。浩芳(こうほう)はゆっくり、語りかけた。


「これで、精霊を通じて蓮迦(れんか)と会話が出来るんだね」


ハルンツはにっこり頷いた。


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