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 27 いにしえの蛍火

 李薗(りえん)帝国の中興の祖リは、稀代の魔術師エアシュティマスの長女とされている。


 もう、五百年も前の事で、全ては伝説のように語られていることだ。河の流れを変え、大地を持ち上げ、一夜にしてエリドゥの河の中に巨大な中洲を作り上げたエアシュティマス。そこに深淵(しんえん)の大神殿を作りあげていく。

 その神のような魔力の前に、大陸中の民族や国は、彼に忠誠を誓う。こうして、世界はエアシュティマスの名において統一された。

 そして、それは後の歴史家に黄金期と呼ばれる時代の幕開けとなる。

 戦争はなくなり、深淵(しんえん)の大神殿を中心として魔術と医療の技術が向上する。また、教育にも力を入れ各地に神殿を作り、人々の言葉は統一されていく。

 やがて、エアシュティマスは恋をして、深淵(しんえん)の大神殿があるエリドゥ王国の皇女ナキアとの結婚。そして、授かった四人の御子に、エアシュティマスは大陸の主だった四国に嫁がせていく。北方のメロウィン公国、神殿群が作られた大陸中央部のエりドゥ王国、西南方のマリ王国、東方の李薗(りえん)帝国。

 血縁関係になった大国同士では戦もすくなくなり、繁栄の道を歩みだす。ただ、エアシュティマスだけが、歴史の表舞台から突如消えてしまう謎を残して。

 まるでお伽話だ。それなのに、この話が事実として残っているのは、彼の残した血が王族に残されているから。各国の王族から、魔術師と言われる最高クラスの呪術使いが幾人も生まれている。そうでなくても、王族ならば、大半は精霊を見られる共生者として生まれてくる。五百年という年月が血を薄めているが、大国四国の王族が共生者であることは事実だ。

  




 「殿、殿の瞳が青く光っています…」


 蛍光のように、微かに玄徳(げんとく)の瞳に青い光が宿っている。よく見れば、瞳に青の光彩が強くなったのが判る。その尋常ではない様子に義仁(ぎじん)が見蕩れていると、深く息を吐いて玄徳(げんとく)が椅子に座り込む。


「殿、大丈夫ですか」

「うん…少し、少し、待て…」


 眼を硬く瞑り、呼吸を整える。どこも異常がなさそうな様子に、周りが自分の身の安全を確信して安堵の雰囲気につつまれていく。もし(はく)王家になにかあれば、この場にいる役人は全員処分されてしまう。


「演奏している者達は、何者だ」

「ここの責任者」

「はっ」


 義仁(ぎじん)の声に、さっきまで中央の椅子でふんぞり返っていた脂ののった中年男性が、屏風横でひざまづく。同じく上座に座っていた幾人もの役人もその場でひざまづいている。

 

「この者達は何者だ」

「はい、流れの楽師だそうで。李薗(りえん)で演奏旅行をしてましたが、これからクマリの大霊会(だいりょうえ)を目指すために関所に来たようです。ここの所先の触れでご覧の通り関所は大変込んでおります。手形改めをかねて演奏をさせれば、待っている民らの気も紛らわらせるかと思い…。楽団名は『月夜の虹』とか申しましたか」


 平伏したまま述べる男の言葉に玄徳(げんとく)が僅かに顔を上げる。


「聞いたこと、あるな」

「殿、お体はもう大丈夫ですか」

「あぁ。それより『月夜の虹』とな」


 建物の中では、御簾や屏風を用意したりと一騒動が起こっていたにもかかわらず、白州の三人は変わらず演奏を続けている。

 よく見れば、珍しい金色の髪の若く美しい男が琵琶を弾き、エリドゥ王国風のハチミツ色の髪に褐色の肌の美少女が二馬線(にばせん)を奏で、まだ横顔に幼さが僅かに残る黒髪の少年が三線を奏でている。

 無造作に直毛の髪を束ねて、薄汚れて二人に比べ派手さはないが、彼の出す音が尋常でなく美しい。

 そう、この音だ。しかし、二ヶ月前ほど前に宮中で聞いた『月夜の虹』とは、音が違う。あの三線の音とは比べられないほど美しいが、垢抜けていない。


 「あの三線は、二ヶ月前とは別人でしょうね」

周偉(しゅうい)殿」


 突然の横からの声に義仁(ぎじん)が咎めるような視線を送ると、失敬というように軽く頭を下げた。まったく失敬と思っていない態度で。


 「確か『月夜の虹』といえば後宮の一の宮様お気に入りの楽団で、私もその演奏を聴いたことがあります。三線を演奏していたのは、もう少し大人だった気がしますね。もちろん、演奏も、垢抜けていたし…悪く言えば派手で雑でした」


 口元に蓄えたヒゲを撫でながら、周偉(しゅうい)玄徳(げんとく)の感じていた疑問にさりげなく答える。太極殿一の切れ者と噂される若い有望官僚は、鋭く白州の三人を見つめながらヒゲの奥には笑みを絶やさずに囁く。


「殿下、あの三線弾きに何を感じられたのです」


 玄徳(げんとく)義仁(ぎじん)にのみ聞こえる囁きに、玄徳(げんとく)は苦笑いを浮かべる。


「そなた、相変わらず単刀直入すぎるぞ」


 今までも、「こいつは人の考えている事がわかるのか」と幾度も思った。よく言えば、頭の回転が速く察しがいい。悪く言えば一方通行の会話。

 それでも玄徳(げんとく)が判るのは、宮中の政の一部を彼に教わったので、周偉(しゅうい)の考え方の大体の道筋を感じ取れるからだ。そして、玄徳(げんとく)のカンは周偉(しゅうい)が何かを知っていることを告げている。

 この者は、何か隠していると。


「交換条件だな。あの者は何者だ。周偉(しゅうい)の事だ。大体の察しはついているのだろう」

「まさか。殿下は私を買いかぶられております」


 にこやかに言葉で腹の探り合いをしていく二人に、上っ面だけ爽やかな笑顔で義仁(ぎじん)が間にはいる。


周偉(しゅうい)殿、出立の挨拶も兼ねて茶会の準備が出来ております。殿もお話しはそちらで時間内でゆっくりなされるのが良いでしょう。周偉(しゅうい)殿、異存ありませんね」


 この会話を止められるのは、義仁(ぎじん)しかいなかっただろう。二人は肩をすくめて屏風から出る。


「いやまったく、玄武(げんぶ)家の家人は強い。白四王家最強でしょうな」

「そうでしょうね。吾もまったく敵わない」


 口々にそう言い、何故か意見が一致して退室する二人を見送り、義仁(ぎじん)はひれ伏したままの責任者に言い放つ。


「あの者達は、こちらの審議が終わるまで関所を出さぬように」

「えぇ、あの、どういう…」

「なんとでも言いつくろえばよい!後で褒美をとらすとか、やんごとなき貴人が演奏を所望しているとか、色々あるだろう!あぁ…時間が押しているのに…」

「ははっ」


 勢いに飲まれている責任者は、ひたすらひれ伏しながら見送った。

 白州では、当の三人が変わらず演奏を続けている。それを取り囲むように、手形改めを待つ人々が聞きほれていた。

 



 視点は白玄徳サイドになっています。

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