24 はじめての仲間
ベットに置かれた鞄から銀貨と銅貨をシーツにおいて、鞄と外套を抱えて部屋を飛び出す。
自分を心配してくれる人を、なんで利用してしまうだろう。
なんで、好意を心待ちにしているんだろう。
なんて浅ましい。ズルイんだろう。
草履をつかんだまま素足で土間に降りて、表の大扉から外に飛び出る。
人影の消えた月明かりの街を、全速力で駆け抜ける。手に持った外套が、風を含んで足に絡めつく。夜の冷気が、湯上りで濡れた髪を冷やしていく。
それでも中央の噴水広場に付く頃には、息は乱れたが気持ちは、ようやく落ち着いていた。
『大丈夫か』
虚空から聞こえてきた声に頷き、噴水の縁石に腰掛ける。
肩で息をしながら、空を仰ぎ見ると、月を背にして半透明の見慣れた貴人が心配そうに覗き込んでくる。
『しかしまぁ…何故に逃げた』
「だって、一緒にいたら、迷惑掛けちゃう、から」
乱れた息継ぎで答えると、ダショーは溜息を零すように笑われた。責めるでも、怒るでもないその顔に、ボクは戸惑い姿勢を正す。
なにか、間違いをしただろうか。
『ハルンツの悪い癖だ。人の無欲無心の好意は受けるべきだよ。まぁ、あの二人は無欲ではないが…好意も悪意はないぞ。しいて言うなら、同属だ』
「…はぁ…」
『あのマダールとかいう女が言っていたではないか。大霊会に出なければいけないと。ハルンツが手形が無くても、共生者であろうと、一緒に演奏してくれと』
それは、そうだ。あの二人は、一緒に演奏してくれる三線弾きを探していた。でも、それなら…
「ボクよりいい三線弾きを見つければ良い事です。ボクと組んでなにも罪を犯さなくてもいい」
『あの男だか女だか判らんもう一人は、お前が事情持ちなのは感ずいていたぞ。それでも、ある程度なら構わないと思っていたはずだ。出なければ白状などさせない。余計なモノを聞いて面倒に巻き込まれないようにするのが、普通だろう』
ダショーの言葉に、ボクは溜息をする。そうかもしれない。
でも、迷惑をかける。李薗は関所を止めてまでボクを追い探しているのに、見つかったら二人も罪人になる。
『まぁ…決めるのはお前だ。早く外套を着ないと風邪を引くぞ』
山間独特の夜の冷気が、汗ばんだ肌の体温を急に奪っていく。薄汚れた外套を羽織り、ふと手に眼を落とす。
久しぶりの弦の感覚が、体の芯から蘇る。
あの響き、震えた感覚、なんて心地よかったか。
李薗を出れたら、楽器を買おう。細身の三線がいい。安い中古品でも構わない。
しばらく野宿なら、買えるだろうか。クマリに入ったら、遠見をして稼いでもいい。
こんな月夜に、あの演奏を聴いた後に、何も弾けなくなるなんて、寂しすぎる。
「 泣け泣け海よ さめざめ唄え 」
ニライカナイの皆も、月夜を見上げているだろうか。
あの浜辺を思い出して、唄っているだろうか。
ボクが見上げる夜空の果てに、繋がっているだろうか。
元気にやってるよ。大丈夫だよ。
「 帰っておいで 私の宝よ 私の宝よ 」
あぁ、やっぱり…三線が恋しいなぁ。この声じゃなく、もっと気持ちが出せれるのに…。
思わず手が弓を持つ形に、棹を支える形を取ってしまう。溜息をついて顔を上げると、視界に三線が飛び込んできた。
「えっ、あ!…なんで…」
二人が、いた。三線を差し出すマダールと、笑顔のリリスが立っていた。
汗で額に張り付いた金髪をかきあげて、微笑んでいた。
「弾きたいんでしょ?あたしも、ハルンツの三線が聞きたい」
「ハルンツちゃんの音に惚れちゃった」
三線を渡され、手に弓を握らされる。ひんやりとした木と革の感触に、動悸が早くなる。
あぁ、この感触だ。
「事情持ちなのは判ったけど、諦められないの。一緒に演奏したいの」
「これは、私達からのお願い。我が儘よ」
「…貴方達に、迷惑を掛けてしまうかもしれないのに…」
「かまやしないわ」
マダールの笑顔の向こうに、ダショーの頷く顔が見える。
頷き返すと、涙が地面にこぼれていく。
この人達はなんて強いんだろう。ボクも、強くなれるだろうか。
「ほら、草履履いて。風邪ひく前に宿に帰りましょう」
「えぇー?!こんなに気持ちいい夜だもん。一曲ぐらい合奏していこうよ」
「こんな夜遅くに非常識でしょうが。近所迷惑」
泣いて上手く草履に紐が結べずにいると、リリスが素早く結んで立たせる。
濡れた頬を小奇麗な手拭いで拭かれるが、それでも次から次へと涙が零れていく。
この人達は、全て感づいているのだろう。
ボクがただの共生者でないことを。
なにかしら事情がある事を。
それでも、共に旅をしようと言っている。
哀れみでも、同情でもない。困っているからと、自らの考えで、信念で、ボクの手を取ろうとしている。
三線弾きを探していたけれど、見返りも要求せずに。
「ほら、ハルンツちゃん…もう泣かないで。女将が鍵かけちゃう前に帰りましょう」
「えぇー!なんか合奏しようよ。ほら、笛ならあるし。ほら」
「鍵かけられたら野宿でしょうが」
「大丈夫だって」
心配症のリリスと、大らかなマダール。強く優しい二人。
この二人に、せめて迷惑を掛けずにいこう。ボクを認めてくれたこの人達を悲しめさせないでいこう。
いつか、もしも、追っ手に追われても、二人だけは護りきっていこう。護ってみせよう。ボクの初めての仲間を、護ってみせる。
最後に零れた涙を袖で拭い、二人に笑いかけた。
「じゃあ、合奏しながら帰りましょう。リリスさん、それならいいでしょう?」
「うーん…じゃぁ、小さな音でね」
「やったー!ハルンツ、ほら、三線弾いて!リリスは笛ね。あたし、唄う」
勝手に決めて、マダールは夜空に手を伸ばす。全てを包み込むように。その心に、ボクも包まれたんだろう。
腰で三線の胴を支え、その気持ちのまま弓を引いていく。
どうか、この心がニライカナイの皆にも届きますように。
これからの旅が、凪いだ水面のように穏やかでありますように。
始めの旋律を弾きおわると、リリスの笛が重なっていく。歌詞なき歌声がマダールから溢れていく。
『ゆっくり、ゆっくり行けばよい。そなたの進みたいように。それでいい』
ダショーの声が、月の光とともに旋律と溶け合ってゆく。
『よかったな…よかった…』
音を奏でながら、ボクらは歩き出した。クマリに向かって。