2 占い
「客はそんな話を聞きたくねぇんだよ!」
あぁ、また癇癪が始まった。ハルンツは体の力を抜いて目を閉じる。
「金払ってもらえねぇだろう!おめぇはまだそんな事もわかんねぇのか」
「で、でもそれが観えてるから・・・」
「まだそげなアホなことを」
「待ちなさい!」
客の制止の声と重なるように、腹に重い蹴りが入れられる。息が詰まる痛みに、ひたすら頭を空っぽにする事だけを考えようとした。でも、今日は、周りが騒がしい。
おかしい。いつもなら、暴れだした父さんに恐れをなして、誰も居なくなるのに。
「旦那様! お怪我は」
「私ではない。 秀全、ソレを早く止めろ」
視界の端に、何人かの男が投げられ殴られ飛ばされていく。次々と現れる客の下人達は、果敢にも父さんの腕や足にしがみ付いていった。
なんで、ここまでして、止めてくれるんだろう。
痛みで床にうずくまったまま、ぼんやりと騒然として荒れた小屋の光景を見上げていた。
客が懐から錦の小袋を取り出した途端、父さんがおとなしくなる。
「占い師と少々話がしたい。分かるな? 今日は貸切にしてくれまいか」
父さんはにんまりと顔を崩しながら、しがみついていた下人を振り払った。
「そうなりゃ、それなりの金がいるぞ」
「茶が飲みたい。何かつまむものも欲しい」
「別料金だ」
「私は劉浩芳だ。貿易商では少々名がある。不安なら人に尋ねるがいい」
浩芳と名乗った客の後から、特大の溜息が聞こえる。
秀全と呼ばれていた若い男だが、太い眉を痙攣させて頭をかきむしっている。
浩芳は、そんな秀全の様子を見ながら口元に笑みを浮かべていた。
「まぁ、いい。エリ銀貨十枚なら、明日の朝まで貸してやってもいいぜ」
錦の小袋を受け取ると、父さんが足早に小屋から出て行く。
急に広くなった小屋に、安堵の溜息が満ちた。
「大丈夫かい。もうお父さんは出て行ったから安心しなさい」
「お・・・親子ですか、その、その子とアレが?」
「そう、親子らしい。そうなんだろ」
床に転がったままのボクに、墨が染みた大きな手が差し出される。思わず手を重ねてしまうと、強く握られて立ち上がらせてくれた。
柔らかくて、温かい。
こんな柔らかな手が、あるんだ。
呆然としたまま、やたら気前がよく、父さんより貫禄のある顔を見上げてしまった。
「こんな細い子と、見るからに漁師というヒゲ大男が親子とは……信じられない。旦那様、本当に大丈夫ですか? こんな子どもの占い師、信じてるんじゃないですよね」
「この子は蓮迦の名前を当てた。何時もとおり、生まれ月も方角も言わなかったのにね。今まで最も信じられる占い師じゃないか」
確かに、ボクは栄養不足の細い体。全く手入れされていない垢の付いた肌。無造作に結ったボサボサの黒髪。ただ、しいて言うなら、灰色が中に混じった青い瞳。そんな外見なのに、「最も信じられる」なんて言う客は少なかった。占いの結果が事実であれ、気に入らなければ罵倒されるのがオチだった。
この人、変ってる。
ただ、秀全と呼ばれた若い男は大きく溜息を零した。
「まぁ、旦那様がそう言うならいいですけどね」