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 15 夜中の目覚め

 高価で気品溢れていた大天幕は、今や宴会場になっている。

 ハルンツを中心にして人の輪ができて、何故か大漁節を歌いだす者達もいる。


「そんなに騒いだら、落ち着いて飯が食えないだろう。ほら、おじさん達は向こうで踊って。おばさんと子供は向こうの天幕で船支度を手伝えって。時間はないぞ」

秀全(しゅうぜん)どのは容赦ないのう」

「俺が言わなきゃ、誰が言うんだよ。ほら、働く働く!なんで酒飲んでんの。明日の朝までに仕上げなきゃ」


 手際よく村人を追い立てるが、村人は文句を言うだけで従って散っていく。随分とこの村の空気に馴染んで信頼されたらしい。笑顔で愚痴を言い合う様子を、ハルンツは口を開けたまま見つめてしまう。


 「まぁ、なんだ。こう、異常事態だと、人は団結するもんだ。だろ?」


 それだけではなく、秀全(しゅうぜん)の人なつっこさと人を指示する事に慣れた者がだす雰囲気のなせる業だろう。

 思わず笑うと、喉の奥が引きつった。


「もう一杯飲め。二日も飲まず食わずで寝てたんだから」


 驚いて固まるハルンツに「飲みながら聞け」と、水を促しながら秀全(しゅうぜん)は寝ていた間のことを話しだした。

 時折、お代りを持ってくるフリをして割り込んでくるおばさん達や、椰子酒をもって乱入するツワモノはいたが。

 突然現れた幽体の貴人は稀代(きだい)の魔術師エアシュティマスであり、この村の祖ダショーを名乗った。ハルンツが倒れたあと、「そなたらもこの浜を離れろ。次に春陽(しゅんよう)の馬鹿どもが攻めてきても、もう手助けはせん。私はハルンツを助けるだけだ。ニライカナイへ逃げよ」と言い残して、消えてしまったらしい。

 その後の浜はもう、大騒ぎになったらしい。先祖がニライカナイより海洋を渡りこの地に着いた事は伝承の域にあった事柄だったのに、いきなり「行け」と言われたのだから当然だ。しかも当のダショーからは「もう手助けはせん」とまで断言されていなくなるし、村の老人達は「ダショーの御加護がなくなった」と嘆き伏す者まで出た。

 そこを、居合わせた浩芳が過去の伝承を基に航海図を製作する事を提案したらしい。

 船を外洋を航海するに耐えれるよう、乗り付けていた貿易船から船頭らを呼び寄せて船支度を指示させ、女達はありったけの食料をかき集め保存食を作り出す。

 楊燕(ようえん)らが置いていったこの大天幕を中心に作業は行われ、残りの天幕は帆に変えられたらしい。

 まさか、楊燕(ようえん)も使っていた天幕をこんな状態にされるとは、想像もしてなかっただろう。思わずハルンツが苦笑いしてしまうと秀全(しゅうぜん)も笑った。


 「まぁ、有効に活用しなきゃ。高価な宝玉とかは全部持っていったみたいだし、これぐらいいいだろ」

「でも、いいんですか?商売とは関係ないことにここまで巻き込まれて…。ボクのことで李薗(りえん)の王家に謀反を疑われているんじゃないですか?」


 楊燕(ようえん)に斬られそうになりながらも前に立ちふさがった光景を思い出してしまい、思わずハルンツは身震いをする。


「私の心配をしてくれる場合じゃないだろう」

浩芳(こうほう)様!」

「旦那様、お休みになられていなければ駄目ですよ」

「ハルンツが起きたと聞いたのでね。ほう、芋粥は食べれたかい。お代りを貰おう。気持ち悪くないかい。なにか果物を食べるかい」


 さっきまで休んでいたんだろう。夜着の上に単の着物を羽織った姿で現れた浩芳(こうほう)は、ハルンツの顔色や茶碗の中身まで一通り点検していく。ようやく異常がないと認めて秀全(しゅうぜん)の差し出したクッションに座りハルンツに強引に芋粥のお代りを持たす。


「ウチの商売の心配をしているようだが、無用だよ。元々我が家は(はく)王家に睨まれて、最近はすっかり商売上がったりだったからね。この機会に李薗(りえん)を出る事にしたんだ。まぁ、予定より早まったが」

「でも、店手形を取り上げると…李薗(りえん)を追放すると」

春陽(しゅんよう)に邸宅は構えていたが、クマリにもエリドゥにも店舗はあるし。私の祖母はクマリ出身でね、人脈もある。大した損害はあるまい。なぁ、秀全(しゅぜん)


 飄々と話をする浩芳(こうほう)からは、悲壮感やこの事態に焦る様子も見られない。


「せいせいしますね。王家に取り入ろうとしてる商売敵から嫌がらせも受けなくてすむし。大体、買い付けの邪魔されてこの半島まで南下してたんですから。あぁ、あと先程伝書が届きました。奥様達は、無事に緑河から海に出たそうです。海流を捕まえられれば昼にはこの浜まで来れそうです。これでなんの心配もありませんね」

「あの時玉獣(ぎょくじゅう)で帰っていて良かったよ、念のために資財をまとめて移動の準備を出しておいたからね」


 話し合う二人に、ハルンツの口は開きっぱなしになる。全ては順調に進んでいるらしい。


 「それより、ハルンツのほうこそ…大丈夫かい」

「大丈夫ですよ。術比べの騒動で寝れなかったし緊張してたし、色々重なって疲れが一気に出ただけです。これだけ寝させてもらえれば体はすぐに元どおりですよ」


 何故か心配げに世話を焼こうとする浩芳(こうほう)秀全(しゅうぜん)に、笑いかける。もう満腹だったが、もう一杯芋粥を食べてみせたほうがいいだろうか。茶碗の底を匙で丁寧にさらえて最後の一口を口にする。


「いや、そうではなく体も心配だが、これからの事で…」


 浩芳(こうほう)がそう言いかけた途端、まだ木屑を体に付けた村人が三人の間に乱入してくる。

 椰子酒と木の青々した香りが辺りに広がる。


「なんにも心配する事ないやろ。ハルンツがおれば大丈夫じゃ」

「ニライカナイだって、何処だって大丈夫じゃ」

「さあ、明日は船出じゃ。ハルンツも飲め。俺達の守護神さまだ」 


 芋粥を空けたばかりの茶碗に、なみなみと酒が注がれた。

 周りに船支度を終えたのだろう、大勢の村人がなだれ込んできた。

 口々に話す言葉に、ハルンツの頭の中が疑問で膨れていく。


「ボク、守護神じゃないですよ」

「なぁに言っとる。ダショー様の守護を受けてるじゃないか」

「ニライカナイ、ボクも行くんですか?」

「ハルンツが行かなきゃ、俺達どーすんだよ」

李薗(りえん)の兵が攻めてきたら、またあの呪術でドッカーンとやり返してくれよ」


 ダショーを讃え、ハルンツを褒め称える唄を歌いだす村人達が、どんどん膨れ上がっていく。

 ハルンツの中で言葉にする前に感情だけが渦を巻いて何かを壊していく。今までの壁が、崩れていく。


「さぁ、ハルンツを先頭にニライカナイに行くぞぉ!」

「ボクは行かない!!」


 叫んだ声に、唄は途切れる。音頭をとっていた若衆の青年の目が見開かれる。

 その目に戸惑いと怒りの色が滲んだのを感じて、ハルンツは思わず立ち上がっていた。


「なんで行くって思い込んでるんだ!なんでまた呪術が出来るって思ってるんだよ。出来るわけないだろ。ボクが出来るのは祭文を読むことと遠見(とおみ)だけだ。毎年、祭りの時に祭文読んでたし、父さんに遠見(とおみ)をさせられてたじゃないか。ダショーの守護があるから?ボクに守護があるから?呪術が出来たから?たまたまダショーが現れただけじゃないか。助けてくれたのだって、自分のせいで子孫が迷惑をかけてるからって…あの人は、ずっと、ずっと苦しんでいるんだ!自分のした事でたくさんの人の人生を狂わせてしまったって…血を引いた子孫まで苦しめているんじゃないかって。だから助けてくれた。何百年も苦しんで、苦しんで、苦しみぬいて、それでも守護を与え続けなければいけないの?いつまで罪に縛られなくてはいけないんだ!いつまでダショーを縛り付けてくんだよ!」


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