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 11 陽の光の中で

 雲が流れ去った空は、何時もと同じ焼けるような日差しを地上に落とす。

 さっき降った雨もみるみる干上がっていき、ハルンツの湿った黒い髪も焦がす勢いで乾いていく。肌にこびりついた濡れた砂も、パリパリと零れていく。


 「大祓(おおはらい)で雨雲を払うとは、今まで見たこともない術だった。そなた、呪術を誰に教わった」

「呪術は習っていません。ただ、いくつかの祭文を育ての親から習っただけです」

「育ての親か。そうであろうの。あのヒゲ男が祭文を知っているとは思えん」


 笑い声を長い袖口で押さえ、楊燕(ようえん)は天幕の外に視線を走らす。

 ハルンツも眼を向けると、いつの間にかトンサが天幕の端で家人に平伏しながら何かを囁いていた。術比べでハルンツが上々の出来だと踏んで、金をせびりに来たんだろう。

 家人は掴まれた腕を振り払い、怒鳴っている。酒とすえた体臭が漂ってきて、思わず息を止めて顔を背けた。

 一体、どれだけの金があれば満足するんだろう。父親が満足する金を手に入れられれば、この占い師まがいの毎日が終わるんだろうか。そしたら、この村から出れるんだろうか。

 もうダショーの子としての禁を犯した今、呪術を習うことや世界を見る事も出来るだろうか。

 

 「では、育ての親はどこだ」

「おばぁは、もう死んでます」

「なるほど…残念じゃ」


 ためらい無く玉杯を仰いで侍女に渡すと「面をあげよ」といいながら、天幕の影にまで歩いてきた。

 顔を上げたが、思いのほか近くに楊燕(ようえん)がいて顔を伏せてしまう。細い眼に、感情が見えなくて、怖いと感じた。それすら、見抜かれてしまったような恐怖。

 もう一度「面を上げよ」と命じられ、抵抗できない事を肝に銘じて顔を上げて楊燕(ようえん)を見据えた。


「ふん…やはり良い眼をしておるの。浄眼(じょうがん)ならば、これは良い。ハルンツと言ったか、朱雀家(すざくけ)抱えの共生者(きょうせいしゃ)と命じる。都へついて来い」


 どよめきが砂浜に響く。羨望の声、非難の声、驚きの声。その大音響をぬって、悲鳴のような声が場を引き裂いた。


「お待ちください!朱雀家(すざくけ)共生者(きょうせいしゃ)は私と、伎妃(きひ)と決まっております!コヤツは、大祓(おおはらい)を読み上げただけにございます。本当の、楊燕(ようえん)様の役に立つ呪術者は私にございます!」

 

 脇息を払いのけ、這うように楊燕(ようえん)の足元まできた伎妃(きひ)が裾に縋りつく。髪は乱れたまま、差した(かんざし)は落ちそうになっている。

 

「呪術を知らない子供など、帝がお使いになるでしょうか。それに、このような田舎者が宮中で何時どれだけの粗相をしでかすか、分かりません。どうか、どうか」


 あぁ、そうか。都に行くとは、こういう事なんだ。

 ハルンツは伎妃(きひ)の変貌に息を飲みながら、頭の端で冷静に血が引いていくのを感じていた。

 いつも最高の出来で居なければいけない。誰よりも、何よりも自分が一番でなければいけない。真実を誇張しても、捻じ曲げても、蹴り落としてでも、自分だ一番と叫ばなければいけない。

 そんな覚悟、自分にあるだろうか。そんな世界に、飛び込んでいけるんだろうか。かなりの覚悟が必要なのは、間違いなさそうだ。

 

 「恐れながら、この子供はダショーの子でございます。都へは連れて行くこと許されません」


 若い男の声が聴衆から上がり、ざわめく。ハルンツも思わず後ろを振り返る。

 長老ではなく、笠を深く被った質素だが身なりの整った青年が、砂浜に飛び出して伏していた。

 秀全(しゅうぜん)さん!

 叫ぶ出しそうになった空気の塊を喉下で飲み込み落とす。


「この村をでることは、村の因習で禁じられていたはずです」

「そなたに言われとうないの。お前、村の者ではないな…浩芳(こうほう)の手の者か」


 顔を砂に押し付けんばかりに伏して、顔を振る。その様子を一瞥し、楊燕(ようえん)は舌なめずりをした。


「 麿を誰だと思う。大魔術師エアシュティマスの長女リの血を引く李薗(りえん)帝国の皇族ぞ。この村の者でない事くらい、見えておる。笠を取りや」


 天幕の傍から、下人達が秀全(しゅうぜん)に群がり押さえつけて笠をむしり取られてしまう。

 なんで、分かったんだ。

 ハルンツが顔を上げて楊燕(ようえん)と眼が合う。一瞬、青い光が微かに瞬いた。

 錯覚かと思うほどの瞬間だったけど、まるで精霊の放つ光のように、ハルンツの感覚がとらえた青。この人も共生者(きょうせいしゃ)の仲間なのか。これは直感。


「何故分かったのか、不思議のようだな。これはそうだな…嗅覚のようなものじゃ。この村の血は独特だ。そう、微かに甘くゾクゾクと囁くのよ。そなたやこの村には帝や麿が持つ李薗(りえん)の血の匂いが微かに匂うのよ。何故であろうな」


 ハルンツに聞かせるように、微笑む。

 体が縛られた。肌は陽に焼かれているのに震えが止まらない。やけに冷たい汗が浮き出てくる。


 「長老よ、そなたら先祖は都落ちした貴人とか。その血は誰のモノじゃ。ダショーとは誰ぞ」


 危険だ。この人は危険だ。逃げなきゃ。

 体中の血が騒ぎ出す。鼓動が心臓を破りそうな勢いでリズムを刻みだす。

 群集の中から進みだしたものの、長老も異様な雰囲気を察してただ首を振る。


「もう、昔のことです。誰も詳しい事は…。どうか、ハルンツを都に連れていくことはお許しください」

「言わぬか…まぁよい。伎妃(きひ)、アレを出せ。そなたの願い、半分は叶えてやろう」


 楊燕(ようえん)の足元で蹲っていた伎妃(きひ)は、弾けるように立ち上がり、天幕から一抱えの細長い箱を持ち出してくる。

 白い顔が、上気して眼は見開かれて光りだした。もう、魅惑の美女ではなく惑わしの魔女じみている。

 

「確かに共生者(きょうせいしゃ)は必要じゃ。李薗(りえん)は力を必要としている。だが、エアシュティマスの血を引くのは(はく)家のみで良い。李薗(りえん)帝国を統べるのは麿らで充分。余計な草は早く切り取るに限る」


 白木の箱から真紅の布に包まれた一振りの太刀が取り出される。鞘から飛び出さんばかりに、精霊の炎が刀身をなめていた。

 風が布を飛ばしていく。その風にも熱が帯びている。

 

「この村の子供を全員捕らええよ。後は殺して構わん」

「なんで!民を護り国を統べるのが皇族の役目じゃないのか!」

「この村の血は欲しいが、余計なモノは不要。浩芳(こうほう)のモノよ、これは帝の御意思でもある。ハルンツ。類稀な共生者(きょうせいしゃ)の力、生かしてみよ。呪術を習いその力を(はく)家に捧げるのなら、命は取らずにおこう」

 

 命は取らない。その言葉は嘘はないのだろう。

 でも、命以外のものは、全て奪われる。体も気持ちも、この浜辺さえ、思い出だって。見下ろす視線に、確信する。歯の根が合わないまま、ハルンツは首を振った。



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