錯綜
仰け反りつつも、魔王はかなり不格好な姿勢から鑓を振り下ろしてきた。当然、そのような攻撃に十分な威力があろうはずもない。
そのはずなのだが、恵一の剣に加えられた衝撃は相当なものであった。
しっかりと腰を落として踏ん張っていたからこそ耐えられたが、剣は押し下げられ後一寸もすればカツヤの頭に触れていたというところまで来ている。
体勢を崩さずに繰り出された一撃であったならば、やはり当初の予想通りに恵一の防御など無視してカツヤの頭をカチ割られていたに違いない。
「これ、持ってて」
やや呆然自失としていた恵一に、カツヤが何か渡してきた。
「あ、うん、わかった」
と、反射的に受け取ってしまったが――
「え? これって?」
「てめえ!」
魔王が上半身を起こして激昂した時には、既にカツヤが立ち上がり身を低くして疾走、魔王の懐に入らんと突き進んでいる。
迎撃しようと鑓を動かそうとして魔王は一瞬、眉をしかめた。
「てめえっ!」
その視線も、憤怒も、行く先は恵一であった。それもそのはず、魔王の鑓の先を恵一が掴んでいるのだ。
構わず、魔王は鑓を振り上げようとする。恵一は咄嗟にそうはさせじと踏ん張ったが、ふわりと浮遊感が襲ってきた。
正直なところ、既にある程度はその膂力を見せつけられているので、そうなるんじゃねえかとは思っていたがやはり案の定、掴んでいる恵一ごと鑓を振り上げたのだ。
ぶんぶん、と鑓を振ったが、恵一は必死にしがみついた。
「このっ!」
魔王は、恵一ごと鑓を振り下ろした。
だが、既にカツヤは接近を果たしていた。鑓のような長物は十二分に力を発揮できぬ距離、すなわちカツヤが持っているような剣の距離に、だ。
おうっ、と気合いを発して一閃させた剣は魔王の左頬を深々と傷付けたが、カツヤは舌打ちする。
狙ったのは、顔ではなく首だった。かわされたのだ。
しかし、それでも頬からの出血で顔を血だらけにした様子は、いかにも傷を負わせてやったと見えて、周囲から歓声が上がった。
それを浴びるカツヤは、若い顔に昂揚感をありありと浮かせていた。
畜生、という罵倒とともに振られた鑓から手を放して地面にゴロゴロと転がった恵一が顔を上げると、カツヤが親指を立てていた。
まあ、自分がしがみつくことで鑓を振らせるのを遅らせたおかげでカツヤの攻撃が成功したのだ、と思うことにして、こちらも親指を立ててみた。
「っしゃあああ!」
甲高い奇声が聞こえた。
初めて聞く声ではなかった。
「リーン!」
それが、リーンが死力を振るって敵に斬りかかる時の声だというのに気付いて、恵一は跳ね起きながら魔王の方を見る。
「んな、てめえ!」
顔を傷付けられ、その当の張本人であるカツヤを睨み付けていたところを、横合いから奇襲を貰ったらしく、魔王も声によってそれに気付いた。
リーンの剣が斜めに走り、血が飛んだ。仰け反る魔王の体に傷は無いように見えるが、血が出たということはどこかしらに当たったということだろうが、浅いのは間違いない。
「リーン! よけて!」
魔王は仰け反ることで体勢が大きく崩れたが、奴はそこからでも鑓を振ってくる。そして、そんな無理な姿勢からでも大きな威力があるというのを身をもって知っている恵一は叫んだ。
だが、リーンはそれをかわせなかった。横から来るのを剣を、刃の部分ではなく腹の部分を脇腹に当てるようにして防ごうとはしたようだが、貰ってしまった。
高らかに、金属と金属が鳴る音がしたので、体への直撃は回避したようだが、ふっ飛ばされて転がって、その場から動かない。
「この野郎!」
今の奇襲には、魔王はむしろカツヤの真っ向からの攻撃よりも腹を立てたようで、倒れたリーンに向かって数歩進んだ。
鑓を振り上げる。
ヴェスカウ伯爵の親衛隊からかっぱらって使っているその鑓は長さ3メートル近く、そこからでもリーンに届く。
まずい、と思った瞬間に恵一は走った。
リーンを守るためだが、守れるかどうかまで考えている余裕は無かった。
倒れているリーンの前に立ち、剣を頭上にかざす。
魔王が、また、にやっと笑っていた。さっきと違って、体勢は崩れておらず、つまり威力は十分。そして、恵一とてそれはわかっていたので冷汗が顔にじわっと噴き出したのが自分でわかった。
それでも、リーンを守るために行動できた自分に、どこかしら誇らしさを感じるのも事実だった。
元の世界の、なんの取り得もなく、過度に卑下しているわけでもなかったが決して自分に自信を持っているとは言えない自分ならば、こんなふうに何も考えずに知り合いの少女を助けるために体を張れなかったはずだ。
無我夢中で意識する暇も無かったが、さっきとは違うことがもう一つあった。
カツヤの横から剣をかざした恵一には、向かなかったもの。
鑓を掴んで、しがみついて邪魔をして、おかげでカツヤの一撃を許してしまったという魔王にとっては横からちょいと入ってきた馬鹿ではなく、憎しみの対象に恵一が昇格したせいで生じたもの。
ぞわっと背筋が凍った。
最近、感じる機会があまり無かったが、それが自分に向けられれば瞬時にわかる。こちらの世界に来てからの恵一はそうなっているのだ。
殺気が、殺してやるという意志が、来た。
出所は言うまでもない。
どうしようもなく、本能として恐れつつ、心が弾むのを自覚した。
そうだ。自分にはこの力が――
魔王が、鑓を振り下ろす。思い切り、全力――
「おうっ!」
衝撃は、やはり凄まじいものだった。踏ん張った膝がきしむ感覚がある。
「ああ!?」
魔王が、ふっと緩んだ――その一撃で当然恵一とリーンをまとめて始末したと疑っていなかったために緩んでいた顔を、驚愕によって歪める。
恵一は、魔王の鑓を剣で受け止めて、その場に立っていた。膝が折れたりもせず、リーンをしっかりと守って、堂々と立っていた。
ふうっ、と息を吐き出す。魔王の全力の一撃を受けた剣は、明らかに曲がっていたが、むしろ折れずに耐えてくれたことに感謝した。千ゴールドで買った剣としては、作った鍛冶が胸を張っていい働きだ。
もう一撃来るか、と魔王を見やると、カツヤが斬りかかっていた。魔王が明らかにこちらに未練を残しながらも、そちらへ向き直っている。
上手い具合に意識が逸れた。カツヤに感謝しながら、恵一はリーンを抱き抱えて後ろに走った。
「ケーイチ!」
中軍の辺りに控えていたケイトが声をかけてくる。
「リーンを、エリスのところに!」
それだけ言って、身を翻す。
「おう、わかった」
後方のエリスのところに連れて行って治癒魔法をかけてもらってくれ、という省いた部分を即座に了解してケイトが請け合う。
それに安心して、リーンを任せて走る。
背中に、リーンの「あいつ、殺してやるぁ!」という闘志だけは満々に満ちた声が当たるが、それへは心の中でエリスに治療してもらってからな、と言って走る。
走りながら、曲がった剣でどこまで戦えるか、と不安になったので落ちていた剣を拾って、元からの剣は捨てた。なにしろ大きく曲がっているので鞘に入らないだろうと思ったのだ。
一瞬だけ、持ち主はと思わないこともなかったが、戦場に落ちていて誰にも拾われない剣など所有者を云々してもどうしようもない。使いたい奴が使ってしまって構うまいと思い切って、拾い上げた。
走って行く先には、さっきと似たような光景があった。カツヤが魔王に押されているのだ。
やはり魔王の方がカツヤよりも強いらしい。これは助太刀せねばなるまい。
先程ので要領は掴んだ。
走って、到着した時には丁度よい頃合いであった。押されたカツヤが防戦一方となり、そこへ魔王が勝負を決しようと強力な攻撃を繰り出そうとしていた。
「待てっ!」
横から、突進する。剣を振り上げてこれ見よがしにだ。
魔王の顔が不快以外のなにものでもなくなった。またこいつか、と忌々しげに言いたげである。
「死ねっ!」
叫び、無造作に鑓を振ってくる。斜めに袈裟斬りの軌道で向かってくる。速い、だが素直すぎる、と恵一は感じた。
イリアに手ほどきを受けた時のことを思い出す。
「まあ、初心者だからそんなものだろうが、攻撃が素直すぎるな」
屈強な精鋭である親衛隊を倒した恐ろしい魔王。
今も、大盾の堅陣をあっという間に突き破って蹂躙した恐ろしい魔王。
その魔王と結び付けるには本来違和感のあるはずのそれが、恵一の中ではあまり違和感もなく結合しようとしていた。
初心者――
この魔王は、武術、すなわち戦闘の技術においては初心者同然なのではないか。
ありえない、と思う気持ちはもちろんあるが、実際に魔王の戦う姿がそれを肯定してしまっている。
或いは、基礎的な身体能力が人間とは隔絶しすぎているために技術など、弱者が強者への対抗手段として編み出し練磨しているものなど不要ということだろうか。
予想される軌道上に、剣を置くように構える。左手で柄を握ってそれを上方へ、右の掌を剣の腹にあてて下方へ、剣を斜めにして頭部から肩にかけて体の右側を守った。
果たして、予想通りに鑓が来た。そして、その直前に期待通りに怖気をふるうような殺気も――
受け止めた。唯一の心配は剣自体が耐えられるかどうかだったが、なんとか踏ん張ってくれた。先の剣よりはだいぶ優れたもののようで、よい拾いものをした。
まあ、後で持ち主には返さないとなあ、と思いつつ期待をこめた視線を走らす。
期待に応えて、カツヤが体勢を立て直して魔王に斬りかかり、魔王は憤怒と忌々しさとそして隠しきれぬ若干の焦りすら感じられる罵声を上げながら、そちらに向き直った。
カツヤが正確にこちらの意図を察して動いているかはわからないが、まったく期待通りに動いてくれている。
彼が魔王と打ち合い、押されて不利になったら自分がちょっかいを出して攻撃を誘発してそれを防御する。その間にカツヤが立て直す。
このパターンで、行ける。というか、これ以外に無い。カツヤも実際にかなり強いらしいが、一対一では魔王に勝てない。
カツヤが打ち合う、押される、恵一が叫喚しながら剣を振り上げて突っ込む。
魔王も、いちいち苦々しげな顔をこちらに向けて鑓を振ってくる。このことからも、魔王が実は場馴れというか、戦闘に習熟していないのではないかと恵一は思った。
歴戦の戦士であれば、恵一の行動が魔王の意識を、そして武器をカツヤから逸らせるための陽動であり、声と構えこそ大きいがそのまま肉迫して斬りつけるつもりはないことに気がつきそうなものだ。
それと、恵一の考えに同意したかのような行動をとっているもう一人の人物があった。
離れたところにその人物はいて、時折魔法で魔王を牽制している。
カツヤと一緒にいて、あれこれと彼に助言というか苦言を呈していたセレナという女性だ。
どうやら、彼女は優秀な魔術師らしく、後ろから攻撃魔法――ぼんやりと見えるのでおそらく魔法の礫を飛ばしている。
恵一は後から気付いたが、最初から彼女はそうやってカツヤを支援していたものと思われる。そう考えれば、先程絶好の機会に魔王が突如仰け反ったことの説明がつく。
行ける――
あの野放しにすれば次々に被害を拡大させるであろう魔王を、この三人だけで押さえ込んでいるのは上出来だ。
自分は横からちょっかいをかけているだけだが、カツヤがある程度は魔王と打ち合えるというのが大きい。
と――恵一は自分の役割について小さく評価していたが、実のところ決して小さくはない。
恵一は殺気に反応して発動する謎の力によって、魔王の渾身の一撃を防御はできる。これが他の者が恵一の役割をやろうとすれば、まともに受け止めきれずに一人ずつ戦闘不能者が増えただろう。
なんといっても、固定された三人で押さえているというのがでかいのだ。
魔王によって人数を減らされ、それに勢いを得た部下たちが攻め立ててきて戦線が崩壊して逃げられてしまうのが一番怖い。
魔王の側だって、それを目論んでいたはずなのだが、恵一たちに阻まれてしまった。
「うぜえっ!」
鑓を振る魔王には、既に怒りよりも焦りの方が色濃い。
耳に届く馬蹄の音が、そうさせているのは明らかだ。
もちろん、その音は魔王だけではなく、その場にいる他の者の耳にも届いており、両軍に全く逆の反応をもたらしていた。
三方から砦を攻めようとしていたヴェスカウ伯爵家の軍が、魔王がアレンの部隊の方面に討って出たことに気付き、急行してきた騎兵が近付いてきているのだ。
魔王は、それでもまだあからさまな狼狽は見せていないが、彼の部下たちはそうはいかなかった。
「くそっ!」
だまされた――
と、魔王は思った。
最初は上手く行ったのだ。盾を並べているところへ近付いて行って、盾に蹴りを入れてやると簡単に穴が開き、そこへ入り込んで前と左右に攻撃をするだけで敵陣は崩れ、敵兵は混乱した。
後ろからは、魔王様への絶大な崇拝のこもった歓声が上がり、士気が上がった部下たちが敵に襲いかかる。
そして、敵は崩壊し、難なく自分たちは逃走する。
もちろん追撃は受けるだろうが、なぁに、自分だけが逃げるのならば問題は無い。こちらの世界に来てから備わった――というか目覚めたと言うべきか――凄まじい身体能力はもちろん走力にだって影響しており、全力疾走すれば馬と同じぐらい速く走れるのだ。
森に入って逃げれば、他の連中は補足撃滅されても、自分だけは逃げられるはずだ。そこまでは試していないが、かなりの高さから落ちても大丈夫なはずだから、崖でもあったら飛び降りてしまえばいい。誰も追ってこれないだろう。
そこまでは、上手く行っていたのだ。
だが、こいつだ。
この、ガキが鬱陶しく突っかかってきて、邪魔をする。
忌々しいことに、こんなガキのくせにけっこう強くて、軽くあしらおうとした攻撃は防がれ、ならばと本気になって打ちかかっても、そこそこ凌ぎやがるのだ。
それでも、自分よりも強いということはない。次々に攻撃を送り込めば、防戦一方となって、その防御もそうそう長くはもたずに、押し切れるのだ。
だが、そこで、こいつだ。
こいつもけっこうガキだが、そいつが横からちょっかいを出してくる。
先のガキよりも明らかに弱いのだが、妙に防御力が高いというのか、攻撃を防ぐのが上手いのか、全力の一撃をくれてやっても、しっかりと防ぎやがる。
実は、けっこうショックであった。
こちらの世界で、万全の体勢から繰り出した全力の攻撃をこうまで完璧に防がれたことはなかった。
防いだ――ように見えても、どうやったってタダでは済まない。
横からの攻撃であれば、防いだ当人が踏み止まれずにふっ飛ばされるし、上からの攻撃であれば、攻撃自体を受け止めてもその衝撃と地面に挟まれた身体が耐え切れずに、足なり腰なりが一発で故障する。
だが、あのガキはしっかりと防ぎ、踏み止まり、それ以降もなんら体に異常があるようには見えず、またちょっかいを出してくる。
だまされた――
こんな奴らがいるなんて、聞いてねえぞ。
また、あのクソジジィにだまされたぞ――
と、なんでもかんでもあの老人にだまされたということにする悪癖が出た。実際は、別に老人はそんなことは言っていない。
だが、言わずとも、それを前提に――敵に魔王を少人数で足止めできるような者はいないというのを大前提にした作戦計画であったことは否めず、そういう意味では老人はそう言ったも同然と言えなくもないが、それならば魔王だってそう思っていて、大丈夫だろうななどと念押しはしていなかったのだ。
「よし」
伯爵軍の到着に、恵一は安堵した。これまでは人数で拮抗していたから魔王の部下たちもそれなりに頑張ってはいたものの、兵力差が広がれば、精鋭揃いの軍隊に抵抗できるわけがない。これまで見たところ、本当に魔王だけが極端に突出し、他はそこらの盗賊だ。
すぐに壊乱し、逃げ散り、しかし復讐に燃える兵士たちに徹底的に追いまくられて全滅するしかあるまい。
ファルクの話では、魔王といえども、取り囲んで背後から攻撃すればかわしきれるものではなく、徐々に傷付いていくのだ。
魔王の部下たちはそれほど精強な兵ではないが、後ろに従っているだけでそこにいることによって魔王の背後を守っている。
これがいなくなれば、魔王も恐れるに足りない。
親衛隊よりは個々の強さでは劣るかもしれぬが、騎兵に遅れて駆け付けてくるであろう歩兵も合わせれば兵数は千を超えるのだ。
それまでは、自分がカツヤとセレナと協力して魔王を釘づけにしていればいい。
そして、そのことにそれほどの困難さは覚えなかった。
もちろん、魔王の一撃一撃は強力無比で、ヘマして防御しそこねたら大ダメージを被るに違いないのだから油断は禁物ではあるが、これまで何度もこなして、自信はあった。
「どけどけっ! 手出し無用」
だが、そんな恵一が抱いていた成算のある計画を、よりにもよって駆け付けてきた騎兵が邪魔してくれた。
「父の仇だ。手出し無用!」
剣を突き上げて馬上にあるオーレンを先頭に騎兵の一団が、恵一とカツヤと、魔王の間に殺到してきたのだ。
「いや、ちょ!」
恵一は、予期せぬ事態に叫んだが、予期できぬことではなかった。
彼らが急ぎやってきたのは、伯爵の仇である魔王を逃がさぬためであり、そこにはアレンの部隊に討ち取られてはいけない、仇は伯爵家の者の手で、という念願もある。
そんな連中であるから、なんだかあの二人で魔王を押さえ込んでいるようだから、我々はそれ以外の雑魚を任されよう、とか思うわきゃないのである。
「くそっ! 魔王はおれが!」
間に入られて魔王との対峙を邪魔されたカツヤは悔しそうに叫ぶ。
カツヤとは違ってそういう拘りは皆無であり、むしろ他の人が倒してくれんならその方がいいなと思っている恵一ではあるが、果たして大丈夫なのかと思う。
カツヤの魔王には及ばずとも、それなりに打ち合える強さと、自分の殺気に反応する謎の力を上手く連携――カツヤの方にはその意識は無いかもしれぬが――させることでなんとか押さえていたのだ。
「おおおっ!」
魔王が叫喚して鑓を振るうと、守るようにオーレンの前に出て突っ込んで行った騎兵が一騎二騎と叩かれて転倒した。
人を馬から落とすというよりも、人馬もろともに薙ぎ倒すのだから凄まじい。
「いかん」
と、後方でアレンが苦り切った顔をしつつ言った。かくいう自分たちがそうだったのだが、オーレンたちもまた、ファルクの証言した魔王の強さというものをそれなりに真摯に理解したつもりで、実は理解してはいないのだ。
そうでなければ、あんなにオーレンを前に出さない。
いや、オーレンも父の仇を目前に逸りに逸って突出してしまったのだろうが。
「覚悟!」
オーレンは、圧倒的な力で部下が馬ごと地に叩きつけられたのを我が目で見ても怯まずに魔王へと一太刀を浴びせた。
その勇気は疑いなく、日頃の武勇を尊ぶ姿勢が決してポーズではないことを示して余りあったが、その一撃は魔王を傷付けるには至らず、その禍々しい角の生えたようなデザインの兜を跳ね上げただけだった。
舌打ちしながら、次こそはと剣を振り上げた。
勇気は申し分無いが、はっきり言ってオーレンはそれほどに強いわけではない。
そのことがわかっている彼の部下の一人が、オーレンの前に馬を乗り入れた。魔王が鑓を振るおうとしているのを察したからだ。
自分を防壁とする忠義の姿であったが、それにどれほどの効果があったか……。
魔王が振った鑓は、彼と彼が乗った馬と、そしてその後ろのオーレンと彼が乗った馬、二人と二匹をまとめてふっ飛ばす威力があった。
どう、とオーレンの身体が地を打った瞬間に凍りついたような沈黙が、敵味方問わずに戦場全体を浸した。




