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魔王の猛威

 待機せよ、との命令が下った。

「ふぅ……」

 思わず、溜め息が出る。いよいよ敵がこもっている砦は視界にあり、その城壁の上で右往左往する人影すら視認できる。

 忙しなく狂ったように打ち鳴らされる鐘の音と合わせて、砦の者が今の今まで四方から囲まれていることに気付いていなかったということが知れた。

 ということは、魔王が逃げもせずにあの砦にいるということだ。

「大丈夫大丈夫、ケーイチはやればできるんだから」

 いつになく優しく、横から背中を叩きながらケイトが言う。

「ケーイチが隊長なんだから、しっかりしてよね」

 その逆側から、目を血走らせたリーンがかなり強く叩いて来た。相変わらずというか、彼女は戦いとなれば命を捨てて遮二無二勇猛果敢にかかるのが当然と思っていて、無闇に士気が高い。

 この戦いにかける意気込みでは、父の、主君の仇討ちに燃えるオーレンと伯爵家の兵士に比べると、やはりこの、アレン率いる部隊はだいぶ劣ると言わざるを得ない。

 無様な姿を見せれば家名を汚す、という意識を濃厚に持っているアレン直属のハウト男爵家の兵士百人ほどはともかく、それ以外の臨時雇いの傭兵連中については、怪しいものである。

 だが、アレンは別段そのことに深い危惧は抱いてはいない。

 この戦いにおいて、彼らが期待されているのはヴェスカウ伯爵家の者どもが主君を討った仇敵に対して、どのように果敢に戦ったかを見届けることであって、自らが率先して難敵に当たることではない。

 アレンとしては、我が家の武名のためにあわよくばという思いは無いわけではなかったが、ここで復仇のために血眼になっている伯爵家と張り合うまでの必要は認められない。

 実際に、砦への包囲網の一環を構成しつつも、他に比べて布陣位置も僅かにだが砦から離れている。

「っしゃあ、やるわよー。もう、待ちくたびれたわよ」

 そんな中にあって、例外的に士気がやたらと高いのがリーンである。

 いったいなにをそんなに、とは思うが、とにかく「仇討ちよ!」の一点張りである。

「おーっし、やるぞおおお」

 例外がもう一人いる。

「いや、ホントに、ほんっとうに前に出るのは構わない。あんたが強いのは事実だし、強い奴が前に出るのは当然だわ。でも、前に出過ぎちゃ駄目、絶対に駄目。どんなに強くっても、あんたは後ろに目がついてるわけでも、手が四本あるわけでもない。背中は、どうやったって死角なの。出過ぎってのは、要するに後ろに敵が入る余地ができるぐらいに突出するな、ってこと。逆に、後ろに味方がいる状態なら、先頭に立って戦うのは全然構わないわ」

 と、ツレのセレナという女性に懇々と、はっきり言ってくどいと言っていいほどに言って聞かされているカツヤである。

「うん、わかった」

 と、頼もしげに応じてもセレナのお小言は止まらない。セレナがしつこい、と思うよりも自然にカツヤがこれまで幾度もいい返事をしながら、全く言う通りにしなかったということがあったのだろうなと思ってしまうのは、セレナがいかにも実年齢よりも落ち着いた女性に見えるのに対して、カツヤの方はこれはいかにも実年齢よりも落ち着きが無い男の子に見えるせいだろう。

「ケーイチ、頼むわよ、ホントに」

 リーンは、恵一の背後にぴったりくっつくようにして、後ろから盛んにプレッシャーをかけてくる。

 今回、隊長の座を譲ったリーンとしては、隊長の後に続くつもりであり、それはつまり恵一が進まないと自分が進めないということであり、進むことしか考えていないリーンにとってはとにかくお前が進まんと始まらん、ということなのである。

「う、うん、わかった」

 甚だ頼りなげに応じるが、よし頼んだわよ、とリーンは言質をとったと言わんばかりである。

 しかし、まあ、アレだ。リーンが突出してそれを慌てて追いかける状況を想定していたのだから、こうして後ろにいてくれるのは非常に助かる。

 だが、あまりモタモタしていたら隊長失格の烙印を押されて先に往かれてしまうだろうから、適度に進まねばならぬ。

 けっこう難易度高いなと今更ながら嘆息する。

「いつまで待機してんのよ!」

 逸りに逸ったリーンは、攻撃命令が下らぬのに苛立ち始めた。

「いや、そんなのおれに言われても……」

 と、恵一としては当然のことを言ったのだが、

「それもそうね」

 と、後ろでリーンの足音が遠ざかる音がしたので、慌てて止める。

「どこ行くんだよ」

 これほど戦意旺盛なのに、いきなり敵に背を向けるとはらしくない。

「ほら、親分にいつまで待機してんのよ、って言ってくるわ」

 親分というのはアレンのことであろう。

 おれに言われても、という恵一の言葉に納得したリーンは、言うべき相手に言うべきことを言いに行くつもりらしい。

「いや、待って待って、ちょっと待ってつかぁさい」

「なによ」

「いや……」

 いくら客分扱いと言っても、さすがにそれはまずい。或いはアレンはそこまで怒らないかもしれないが。

「すぐにも攻撃命令が出るさ。その時、後ろに行ってたら出遅れちゃうよ」

 そのまま言っても聞きゃしないだろうから、咄嗟に思い付いたリーンが聞き入れそうな理由を述べると、これまたあっさりと、

「それもそうね」

 と、また恵一の真後ろに戻ってきて、ブツブツ文句を言い始めた。

 もう、早く攻撃命令してくんねえかなと目前というか真後ろのプレッシャーに耐え切れずに投げやりに思うが、動かない。

 遠望すると、アレンの周囲の人間が何やらしているようではある。

「城攻めになるかなあ」

 黙っていたケイトが、言った。

 考えてみれば、敵の残りが情報通り五百を割った数ならば、数倍する兵力との野戦を避けて砦に籠るのは十分にありうる話であった。

「城攻めって……どうすんの?」

 全くそういう経験の無いリーンが、尋ねる。

「そりゃあ、矢を射かけたり、梯子をかけて壁を登ったり、扉を丸太で突いたり、なんにせよ、そうなるとけっこうしんどいなあ」

 ケイトとて、経験があるわけではないが、彼女はなんといっても歴戦の兵士であった父親に戦争の話を聞いて育っているために、そこそこの知識はある。

「ふぅん」

 と、言うリーンの父親も歴戦と言えばある意味では歴戦なのだが、城攻めの話は聞いたことがないようだ。

「うーん、あたしのクロスボウで役に立つかなあ。大した城壁じゃないけど……」

 ケイトの小型のクロスボウは、そのサイズに見合った射程距離しかない。そのために城壁の上の敵を狙うには相当近付く必要があり、そうなると当然のことながら壁の上から放たれる矢に逆に狙われることになる。

「ケイトとアンは、無理しないで」

 アンの弓矢もまた彼女でも扱える小型サイズであり、射程においてはケイトよりもさらに劣るぐらいである。

「うーん、そうだな」

「んむ、わかった」

 と、こちらの子たちは聞きわけがよろしいのだが……

「じゃ、私たちは、梯子か丸太ね、どっちにする?」

 こっちの子はやる気満々なのであった。無理しないで、と言っても、それを無理だと思っていないので悲しいぐらいに効果が無い。

「どけどけ」

 後方から声がして振り返ると、人の背丈ほどもある巨大な盾を持った兵士が幾人も並んでやってきた。

「大盾か」

 誰かが呟いた声が聞こえて来る。

 なるほど、大盾という名称に違わぬシロモノである。

 見れば、上の方に横長の穴があいていて、前方を覗けるようになっていて、さらには上部で湾曲し上端が後方に向いている。

 これならば、頭上もある程度は防御ができそうだ。

 それを持った屈強な男たちが一列に並べば、壁が出現した観がある。

 なるほど、これで弓矢を防ぎつつ、ジリジリと砦に近付くのかと納得がいったが、遠くからいかにも攻勢に出るような勇ましい大声と何本もの足が踏み鳴らす足音が聞こえてきたというのに、我が部隊には命令が出ぬ、つまりは待機のままである。

「他のとこは、動き出してるんじゃないの? なんでうちは動かんのよ」

 逸るリーンだが、今回ばかりは気持ちがわかる。友軍が交戦に及ぼうとしているのに不動ということはあるまい。

 しかし、命令は下らない。

 アレンとしては、これは打ち合わせてのことである。他ならぬ友軍の方から、まずは我が部隊がかかるので、しばし御観戦あれと、いわば手出し無用を告げられているのだ。

 ならばお手並み拝見と、御観戦と洒落こんでいるわけだが、さすがに何もしないのもなんなので大盾隊をこれ見よがしに前に出して、いかにも今にも攻めかかるぞという姿勢を示している。

 実際に動いていないと言っても、すぐにも前進攻勢に出る態勢を見せられては、敵もこの方面の守りを極端に薄くするわけにもいかない。

 悠々と、音に聞こえたヴェスカウ伯爵家の武勇を見聞しようとしていたアレンであったが、その戦場に臨んでいささか暢気な心情に痛打を加える事態が生じたのはその時であった。

 門が、開かれたのだ。

 そして、そこから人が溢れ出てきた。

 先頭に立つ男は遠くからは、角でも生えているような兜をかぶっている。ファルクの話を思い出す。あれが、魔王だ。

 一瞬思ったのは、攻城の勢いを削ぐために、魔王が直卒する精鋭だけで飛び出して暴れ回り、その力を見せつけて引き上げるという意図だ。

 だが、後に続く人間の数がその予想を捨てさせた。四百から五百という、各報告から割り出された数にほぼ等しい数だったのだ。

 つまり、全軍が討って出てきたということ。

 その間に、他の三方の軍が攻めかかれば無人の砦はあっさりと陥落占拠されるに違いないので、もはや敵は砦を放棄したと考えるべきだ。

 元より、放棄しても惜しくないボロ砦であるが、となればその目的はこのまま包囲軍の一角を突破して逃走することにある。

 そして、その突破口と見做されたのが自分たちの部隊だという結論に達して、アレンは全身の温度が一時に下がる感覚を味わった。

 よりによって、自分のところか――

 とは思ったものの、考えてみれば条件は揃っている。

 活発に動いて攻城準備を進めている他の部隊に比べれば、大盾を前に出しただけの当部隊はやはり戦意の無いものに見えたであろう。

 どうやら、ウィリスとオーレンに離間工作すら仕掛けているらしい敵であるから、かなりの情報を得ているはずで、この軍勢がヴェスカウ伯爵家の軍と、ハウト男爵家を中核にした部隊で構成されていることも知っているのかもしれない。

 その後者が、仇討ちに意気燃え盛るヴェスカウ伯爵家の軍に比べて、おそらく士気に劣るであろうという予想は容易に成り立つだろう。

 そして、今まさに砦を囲んだ軍を見渡せば、今にも攻めかかってきそうなヴェスカウ伯爵家の軍と、死に物狂いの士気という面で明らかに見劣りする当部隊である。

 包囲網の弱点部と見做されて、あそこが一番突破し易いであろう――と思われてしまうのは致し方ない。

「ええい!」

 一瞬、不意を衝かれて恐怖に震えた自身を叱咤するように膝を叩いて、アレンはすぐに迎撃を命じた。

「敵は墓穴を掘ったぞ」

 殊更に明るく言った。

「籠られては面倒だったが、出てきたからにはすぐに決着がつく。少し持ち堪えればオーレン殿たちがやってくる。敵を挟撃包囲する絶好の機会だ」

 その言葉は、部下たちを奮い立たせるためのものであったが、無理のない事実でもあった。

 幸い、大盾が前列に並んでいる。いざ前進となった際に砦からの矢を防ぐためのものであったが、友軍の来援まで敵の攻撃に耐えるのにもそのまま有用であることは言うまでもない。

 或いは、避けるか――とも、アレンは思った。

 敵の目的がひたすらこの場を逃げることであったならば、それもありうる。大盾を並べた陣は堅固には違いないが、素早く動ける類のものではない。

 隙間もないほどにそれを張り巡らせるほどの兵力も無いので避けて、脇を抜けていくことは可能だ。

 その場合は、逃がすわけにはいかない。手元に置いてある直属のハウト男爵家の兵を向けることになるだろう。

 敵は、真っすぐに向かってくる。

 敵としても、脇を抜けることは容易ではない。四、五百人もの集団が悠々と通過できるような広さではなく、当然のことながら妨害もされる。

 それを嫌って、敢えて正面突破してくるつもりか。

 素早く計算を巡らせ、悪くない、と思った。

 大盾の壁をそうそう容易く突破できない以上、正面から来てくれるのは歓迎すべき事態だ。

 考えている間にも、敵はいよいよ方向転換など視野に入れぬ真っすぐさで向かってきていた。

 後方で騎乗しているアレンから見ると、大盾を構えた兵士たちの背中が見える。

 揺るがぬ堅陣に見えた。頼もしさを感じた。

 敵が近付き、とうとう接敵した。

 堅陣の真ん中にいきなり穴が開いた。兵士が大盾ごと後ろにふっ飛ばされたのだ。

「なんだ!?」

 攻城の際に門扉を押しあけるために、何人もの兵士で抱えて勢いをつけて丸太を打ちつけることがあるが、まさにそんな衝撃を喰らったように見えた。そうでなければ、大盾を構えた人間はああも飛ばない。

 しかし、敵にそんなものを持っている様子は無かった。

 開いた穴に、踊り込んできて左右に長い鑓を振るう人影があった。兜の形でわかる。魔王だ――賊徒の頭目、この度の混乱を引き起こした張本人、他は逃がしてもこいつだけは逃がしてはならぬ絶対的な標的だ。

 困惑が穴の横にいた大盾の兵士に生じた。

 こういうぶち破られ方をするとは思っておらず、いったいどうすべきかと迷った。本来ならばこういう時は横に移動して人が通れぬように穴を塞ぐべきである。元々、後方から鑓を突き出すために盾と盾の間は少し隙間があるのだが、一人分の穴ならば左右がそれぞれ少し移動すれば穴は埋まるし、その逆側も人が通れるほどの隙間は空かないようになっている。

 迷っているうちに、ぶん回される鑓に弾き飛ばされた。

 すぐに、大盾の後方にいた兵士たちが鑓を突き出そうとするが、その前に信じられない速さで繰り出された横薙ぎの鑓に叩かれて三人まとめて飛ばされた。

「うらっ!」

 鑓を振り前方の兵士を打ち倒しながら、時折横に蹴りを出す。それに突き飛ばされた大盾兵が隣の兵を巻き込んで倒れ込む。

 最初の穴から、右に左にと穴は拡大し、そこに後続の敵兵が入り込んできている。

 こうなっては、もう大盾による防壁はそれほど意味をなさぬ。

「あれが、魔王か」

 兵士たちのその声に、真摯な怯えの響きがあった。誰もが、心のどこかで思っていた自称魔王という、思い上がりを揶揄するような蔑称が頭からふっ飛び、幼い頃に読み聞いた物語で圧倒的な猛威を振るっていた存在が、実際に目の前に現れたのだという驚愕と恐怖が広がっていた。

 物語では、自分たちのような兵士は魔王に好き放題に蹂躙される無力な存在だ。

 魔王と戦えるのは選ばれし者だと相場が決まっている。

 そんな気分が士気を下げたとしか思えなかった。魔王はもちろん、本来ならば互角以上に戦えるはずの他の敵兵にも全体的に押され始めた。

「お前ら、行け。なんとしても奴を止めろ!」

 アレンは叫んだ。なんとか、自制心を動員して、その叫び声に重々しさを帯びさせることに成功して、悲鳴のような声になるのは免れていた。

「おう!」

 と、応えたハウト男爵家の兵士たちも、どうしようもなく顔が青ざめていたが、それでも彼らは訓練を積んだ兵士たちである。ハウト男爵家は爵位を得てから三代という歴史の浅い家だが、それでもその初代から仕えて自らも三代目だという兵士も決して少なくはない。

 それらの兵士にしたら、四代目となるべきアレンをこの場で討たせるわけにはいかぬ。

「行くぞ」

 隊長が命じ、いざ進まんとしたところ、前方からどよめきが起こった。

「なんだ?」

 と、訝しげに声を発したアレンだが、狼狽の響きは無い。そのどよめきが恐怖ではなく感嘆のそれであることがなんとなくわかったからだ。

 それは、魔王に真っ向から立ち向かう一人の青年に向けられていた。

 魔王の強さに怯んで誰も向かう者がいなくなった瞬間、それはやってきた。

 雄叫びを上げながら、躊躇いなく突っ込んだ。

「カツヤ、気をつけて!」

 遥か後方から聞こえた女性の声に、おうと応えながら、剣を振り下ろす。

 その一撃は魔王に防がれたものの、反撃の鑓を彼もまた剣で防ぐ。

 飛ばされずに、踏み止まった。

 どよめきが、上がった。これまで誰も彼もが防いでもそのままふっ飛ばされていたのだから。

 多くの者が、その男のことを知っていた。軍中、彼はとても有名であった。

 まだ十五歳だというのにレベル30と称し、さらには自分は魔王を倒すために選ばれた者なのだ、と臆面もなく言い放っていた。

 何をとんでもない大ウソを平気な顔で吹きやがるか、と思われていたが、話してみるとどうも本当に自分でそう信じ込んでいるようだったので、どうも頭がかわいそうなアレらしい、という扱いをされていた。

 それがどうだ。魔王と立派に打ち合っているではないか。

「すげえぞ、小僧!」

 精神的に完全に気圧されていた兵士たちがにわかに活気づく。

「何者だ、あれは」

 後方のアレンもその勇姿を認めて左右に問うたが、誰も知らなかった。

「調べておけ、それとお前らも行け」

 それに見とれて前進を忘れていたハウト男爵家の兵たちは、アレンに改めて命じられて進み始めた。

「ケェイチィアアアアアア!」

 魔王とやり合うカツヤにやはり見とれていた恵一は、自分の背後に上がったその奇声がどうも自分の名前らしい、と理解するのに時間がかかり、理解した瞬間には背中をかなり強く叩かれていた。

「なぁにやってんのよ! 先越されたわよ!」

 奇声も、背中への痛撃も、リーンの仕業であった。

「あ、いや、でも」

「ケーイチに隊長を任せた私が馬鹿だったわ」

 と、リーンは言うのだが、言われてもしょうがない。正直なところ、魔王のあまりの強さにこれはとてもじゃないけど行けん、と思って後ろから行け行けとけしかけるリーンを無視して向かっていけないうちに、カツヤが打ちかかり、そこで彼が魔王と繰り広げる戦いの凄さに、ますます近付けなくなってしまっていたのだ。

「私が先に行くわ」

 だが、確かにリーンの期待に応えられなかったのは事実であるが、だからといって彼女が行けばどうなるか。

 あんな戦いにレベル6(本当は5)のリーンが介入したら、巻き込まれて殺されるだけである。最悪の場合、カツヤの邪魔になって魔王を利することもありえるのだ。

「いや、ちょっと待って」

「じゃっかしわ! もうケーイチなんか隊長とは認めないからね!」

「お、おれが行くから!」

 もう、一度決めたら言葉で止めるのは不可能なのは嫌ってほどわかっているので、ついつい勢いで言ってしまった。で、言ってしまった以上すぐにその通りにしないと、リーンは一人で行ってしまうだろう。

「うおらっ!」

 景気づけに叫んで、前に進む。

「どけどけー!」

 と、後ろに続いているらしいリーンが言うが、言うまでもなく魔王に打ってかかろうという人間はそうそうおらず、道が開けた。

 その先で、カツヤが膝をついていた。そして、その前で魔王が鑓を振り上げていた。

 一見、互角に戦っているように見えたが、やはり魔王の方が一枚上か。

 走る。今にも鑓が振り下ろされる。走る。カツヤはそれに気付いていないのか、それとも動けないのか。

 横から剣をカツヤの頭上にかざした。これで防げる、とは正直思えなかった。こんなものはものともせずに押し切られ、なんだったら他ならぬ恵一の剣がカツヤの頭を割る、ということすらありえる。

 それでも、無いよりはと踏ん張って構えた。

 魔王が、にやっと笑ったのがわかった。やはり、横から差し出した恵一の剣などそこにあるものとも扱わずに、真っすぐに鑓を振り下ろしてきた。

 その嘲笑を形作っていた目と口が突如開き、上半身を後ろに仰け反らせた。それは明らかに、思いもよらぬ何かに気付いて反射的に身を引いたように見えた。

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