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人生バラ色

 魔王こと、山崎雄平は、翌日の治療を受けた後に、少女にあれこれと質問してみた。主に、この世界のことを、だ。

「え?」

 少女は、そんなことを尋ねられるとは全く想定外だったようで戸惑っていたが、頼むと答えてくれた。元々、師匠からは魔王への服従を命じられている。

 傷が治ったらジジィに死んでもらってここから逃げて、新しい人生を始める、という基本方針は決まっていたが、考えてみれば一人で飛び出すには、あまりにもこの世界のことを知らなさすぎる。

 魔王としての日々で得た情報が、非常に偏っているのは間違いないのだ。

 ある程度は、この世界での常識を知っておかねばなるまい、と思って、真っ先に思い付いたのが治療と、それに限らず細々とした世話のために頻繁にこの部屋にやってくる少女から聞き出すことだ。

 少女から、老人に伝わる懸念があったので、一日でできるだけ多くの情報を得ておきたかったので、それではこの辺でと切り上げようとするのを引き止めてまで話を聞いた。

「おう、そうかそうか。よくわかったよ」

 ある程度の情報を聞き出してそう言うと、少女は嬉しそうにしていた。

 感情の無いような印象を抱いていた少女だが、こうして見ると普通の子だ。というか、むしろチョロい方だ。

 少し、褒めてやっただけで、えらく嬉しそうにするのだ。

 薄々察してはいたが、幸の薄い人生を歩んできたようなので、そんな程度のことで喜ぶような情に飢えた子になってしまったのだろう。

 で、そう思うと、ふと気になった。

 考えてみれば、名前すら知らない。

 それらを――名前から生い立ちからを聞き出そうとすると、案の定あまりよい思い出ではないらしく、気が進まぬ様子であったが、そこは魔王様が強いてお尋ねである。ポツポツと語り出した。

 と、言っても、物心ついた時には奴隷として売り物になっていたので、どこでどのような両親の間に産まれたのかとかは彼女自身が知らない。

 予想はしていたが、やっぱりハードモードな人生である。

 名前は、ルル。

 全くもって記憶は無いのだが、奴隷商人のところに売られてきた当初はろくに言葉を喋れずに、なにかというと、「ル」という言葉を色んな調子で口にしていたのだという。

 これが、名前なのだろうということになり、ルだと呼びにくいので、ルルになった。

「ふーん、まあ、いいんじゃねえの。可愛い名前だと思うぜ、ルルって」

 全く心をこめずに物凄く適当に言うと、ルルは見ていて哀れになるぐらいに喜んだ。そんなことを言われたのは初めてだと、言わんばかりに。

 奴隷として望むべくは、よい主人に買われることである。

 はっきり言って、それしかない。少しでもよい境遇を得られるかどうかは主人の胸先三寸だ。

 中には、子供の頃から励めば成人する頃には解放してくれる主人もいないでもない。少なくとも、商品であるルルたち子供らはそう言い聞かされて育った。とにかく主人に忠実に仕えよ、と。

 うわー、なんも知らん子供たちにそんなん吹き込んで売り飛ばしてんのかよ、と品行方正ではないが根っからの極悪人というわけでもない山崎は嫌な気分になったが、あまり気にもしていなかったから知らないだけで、彼の部下たちは奴隷商人のお得意様である。買う方ではなく、品物を売る方でだ。

 だが、それを知ったところで、あんまり反省もしないであろう。知らん奴らが部下に捕まり売り飛ばされたところで、別になんとも思わない。ルルに関しては、言葉を交わしているから多少なりとも情が湧いているだけだ。

 当のルルはというと、それに怒りを感じている様子でもない。

 彼女にしてみれば、自分を魔術の素質があるとして買い求めたあの老人の元での生活がそれなりに気に入っているので、よい主人に買われた幸運を実感している。

 素質があるとは言われたものの、治癒をはじめとしてまだまだ未熟であるが、いつかもっと凄い魔術師になって、超特化型のために色々と不備もある師匠を助けるようになりたいといつも思っているのだ。

「はあ、そうか。まあ、頑張れよ」

「はいっ!」

 相変わらず心のこもっていない激励であるが、それにもルルは過敏に反応し、目を輝かせる。

 頑張れよ、とかついつい言ってしまったが、おそらく近い未来に彼女が恩を報じようとしている老人をぶち殺そうとしているわけで、さすがに少々言わなきゃよかったかと思わないでもない。

 ルルは、師匠である老人のことをよい人だと信じて疑っていないようだ。かといって本当の孫のように可愛がっているか、というとそこまでではなく、まあ奴隷の割には優しくしてる方なのかな、という程度に見える。

 正直なところ、そこまで恩を感じ慕うほどかなあ、と思うのだが、彼女自身がそう感じそうしたいのならば仕方あるまい。

 しかし……

 実際のところ、全然いい人なんかじゃねえぞあのジジィ――

 と、思う。

 あちらの世界――つまり彼が産まれ育った世界に時折本来ならば凄い力を持っているのに産まれた瞬間に強力な封印でも施されたようにそれを発揮できぬ人間がいる。

 そういう人間は、こちらの世界に来れば、本来の力が解き放たれる。

 そして、老人にはそれが可能である。

 向こうの世界でそういった人間が死に瀕した際に、その能力でこちらに連れて来る。

 と、ここまではよい。というか、それによって物凄い力を手に入れた自分としては、やはりよくぞやってくれた、というのが本心である。

 だが、それで何をしているかというと、魔王だの支配だのと吹き込んで分不相応――と言うしかあるまい――な夢を見させて、荒くれどもを手下にして街を焼き、人を殺し、惨禍を及ぼしている。

 とんでもねえ極悪人だぞあのジジィは――と、けっこうその気になって魔王をやっていた自分のことは豪快に棚上げして、思った。

 ルルだって、既に思い切り巻き込まれているのである。

 自分が討伐され、老人もまた魔王の参謀として大罪を負った際に、ルルだってその弟子であり魔王の世話をしていた人物として連座する可能性は大いにあるのだ。

 ちょっと、かわいそうだな――

 と、根っからの極悪人ではないので思ってしまう。

 ろくでもない境遇だったために、そこから救いあげられてそこそこ優しくしてもらっただけで大きな幸福を感じ、それを与えてくれた老人に感謝し、献身的に仕え、そして本人に自覚は無いが今や賊の一味である。

 老人を殺したら、これに恩を感じているルルは自分に復讐を誓うかもしれない。

 だから、彼女も殺すのが万全であるが、まあ、自分は強いのだからそこまで恐れることはあるまいから見逃してやろう――

 と、そう考えていたのであるが、そこからさらに一歩進んだ感情が芽生えていた。

 こいつも、連れていけないかな、と。

 なんとか、老人を自分が殺したことは隠して、他の奴――話が違うじゃないかと錯乱して自暴自棄になった部下のせいにでもして、行けないもんかな。

 それに、やはり誰かこの世界の案内人がいる方が何かと便利だ。

 贅沢なんぞ全く知らんだろうし、こいつ一人ぐらい養うことができるアテはある。

 正に、そのルルから先程聞いた話の中に、剣闘士の話があった。

 体格のいい奴隷仲間の子供はよく、お前は剣闘士になれば一攫千金も夢じゃないと言われて体を鍛えるコースに回されていたのだそうだ。

 それだ、と思った。

 この強さを活かすには、まずどこかの軍隊にでも潜り込むことが考えられたが、あれこれ窮屈で命令に服従することも求められるだろう。強いだけに、却ってそういう境遇にストレスを感じそうだ。

 だったらもう、自分が王様にでもなるしかないが、それはもう懲りたというか、なんだかんだで自分はそういうタチでもないのだというのがよくわかった。

 一対一で闘って報酬を貰う剣闘士ならば、ストレートに強さを活かせるし、雇い主へは頭を下げる必要もあるかもしれぬが、軍隊勤めなどよりは遥かに束縛は緩いだろう。

 それになにより、大勢の観客の前で相手を打ち倒して強さを誇示し、歓声を浴びるというのが、単純に興奮する情景であった。

 自分には縁の無い情景だ。

 せいぜい、それを見て歓声を送る観客の役目しか与えられていないはずだった。

 ボクシングなどの格闘技をやり、リングに上がって勝って歓声を呼ぶような素質も無いし、それを練習量で補うような根気も根性も無い。

 不良のリングとでも言うべき喧嘩でも、一番下ではないけど上にたくさんいるというランキングでは、この喧嘩に勝てばあいつは強いぞと皆が認めて一目置かれるような舞台は回ってこないし、そんな舞台にはそもそも立ちたくない。

 それが、自分がそういう場所に立ち、勝利し、あいつは強いぞと観客たちを熱狂させ、称賛される――そんなことが夢ではないのだ。このヴェスカウ伯爵の親衛隊を何人も倒した強さがあれば。

 なにが魔王だ、支配だ、最初っからそうすりゃよかったんだ。あのジジィも、そんな夢を見ないで、自分を剣闘士にして、そのマネージャーにでもなっていれば大儲けして老後を豊かに暮らせたに違いない。

 それになんていうか、まっとう、じゃねえか。

 誰に恥じることもなく、軍隊の討伐対象になることもなく、金が稼げるのだ。

 剣闘士試合は非合法でもなんでもない。大きな都市には必ずと言ってよいほどに存在する競技場で堂々と開催されているのだ。

 大金持ちや、貴族や果ては王族が観戦に訪れるのも珍しくない。なんだったらそれらが主催したりもする。

 浮き沈みはあって安定はしないかもしれないが、れっきとした正業だ。浮き沈みというのも、普通の剣闘士の話であって、自分ならば無縁だろう。

 女だって、お望みのままだ。

 部下が担いできた凄まじい形相で泣き喚く女を脅かしておとなしくさせて、震えるそれを抱く必要なんかないのだ。

 連戦連勝の剣闘士ともなれば、女の方から言い寄ってくるはずだ。

 限り無くブラック寄りなグレーゾーンで小銭を稼いだり、大きく稼ごうとすれば危険な綱渡りを強いられ、足を踏み外してやくざに殺されるようなことも、遥か遠くのことだ。

 なんていうか、これがアレか、人生バラ色ってやつか!

「魔王様?」

 じっと黙り込んで、やがてニヤニヤと笑い出したのをさすがに不審に思ったらしいルルが、恐る恐る上目遣いで見つつ声をかけてくる。

「ん? ああ、なんでもないなんでもない。なぁーんも心配いらねえ」

「そ、そうですか」

 戸惑いながらも、凄く素直にそれを受け取って、安心した顔をする。

 剣闘士として成功したら、それまで世話になったこいつにもいい生活させてやらないとな。

 と、ルルに優しい眼差しを向けるが、極悪人ではないが狡猾な小悪党の資質も十分に持っているこの男には、もちろんそれなりの計算もある。

 老人にあれほど恩義を感じて仕えているルルのことだから、そうすれば自分に対しても深い恩を感じ、忠実に仕えてくれるであろう。

 うん、なんか、希望が見えてきた。

 魔王として軍勢を率いて街を焼き、人を殺し、周囲を恐怖のどん底に叩き落したのも早くも彼の中では過去のことであった。

 剣闘士として成功すれば、この世界に来たばかりの頃はそんなこともあったなと甲斐甲斐しく働くルルを目を細めて見ながら、感慨にふけることもあろう。

「魔王様!」

「あ? なんだよ」

 楽しい空想を邪魔されて、不機嫌そうに返す。

 部屋に駈け込んできたのは、部下の中でもそれなりに主立った連中で、一応なんとか顔ぐらいは覚えていた。

「なんかあんなら、ジジィに言え」

 全て、あのジジィが元凶なのだ。もうおれは数日中にここからはおさらばするのだから何が起ころうが知ったこっちゃない。

「いえ、見当たらないので」

「探せよ。どっかにいんだろよ」

 あくまでも、面倒事は自分は知らんという態度を固辞する。強く、いかにも不快げに言えば、こいつらはそそくさと姿を消すだろうと思っていた。

「いえ、ですが……大変なことに」

 しかし、踏み止まった。

「なんだ。大変なことって」

 どうも引きそうにないので、しょうがなく言った。

 以前ならば、どいつもこいつも自分に直接口をきくのも恐れて、老人を通してきたものだが、伯爵と親衛隊との戦いで大怪我を負って、魔王としての恐怖の束縛も緩んでしまったのか。

 それもこれも、ジジィがいねえからいかんのだ。いれば、こいつらはそっちに話を持っていくはずで、やはり、あのジジィが全て悪いのだ。

 だが、彼らの言う大変なこと、というのは本当に大変なことであり、なにも魔王と言っても大したことねえからもう怖くねえやとかは微塵も思っておらず、むしろその事態をなんとかしてくれるのは魔王様だけだと縋るような思いでやってきていたのだ。

「軍隊が、おそらく、伯爵家の軍隊が、砦を囲んでいます!」

「ああ!?」

 さすがに、驚愕して叫ぶ。軍隊が近付いてきた、とかではなく、囲んでいる、と言ったのだ。

「見張りは何してた!」

 老人が、ほぼ正方形の敷地の四隅に立つ塔の上に常に見張りを立てておくことを指示していたのを、はっきりと覚えている。

「それが、ほとんど同時に、四方から軍が出てきたらしく」

「なんだとぉ……」

 見張りは、指示に従って絶えることなく周囲に目を配っていた。

 塔の上には異常を知らせるための鐘が設置してあり、二つの塔のそれがほぼ同時に鳴り響いた。

 鳴ったのは、砦の西側の塔のそれである。当然のことながら、そちらで何かがあったのだと騒然としたところで、今度は東側の二塔が続いた。

 四方の鐘四つが全て鳴らされているということを理解して、軽いパニックに陥りつつ塔上へと呼び掛けると、それぞれの塔が軍隊の出現を報じ、そしてその出現した方角は、東西南北を網羅しており、つまりは囲まれていることがわかった。

「ちっくしょう、遠巻きに囲んでから近付いてきたってわけか」

「へい、おそらく……それと、わざわざそんなことするってことは……この砦におれたちがいるってことを、知ってのことですぜ、きっと」

「……だろうな」

 苦虫を噛み潰す、ってのはこういうのかと思う。自分の顔の肉が歪んでいるのが、嫌でもわかる。

 そこへ、老人がやってきた。

「どこへ行ってた!」

 思い切り苛々をぶつけてやる。

「申し訳ありません、地下におりましたもので」

 地下は、まるごと牢屋になっていて、当然のことながら暗いしジメジメしているし、誰も好んで下りていく者はいないのだが、そこにいたらしい。

 色々と文句はつけたかったが、さしあたって四方から危機が迫っているのだから、それへの対処が優先だ。

「話は聞いたか? どうすりゃいいんだ」

 そして、その対処の方法を考えられるのは老人であった。

 部下たちも、老人に注目する。

 この集団の頭は間違いなく魔王であったが、今まで作戦を考えてきたのは老人であり、そのことは誰もが知っている。

「討って出るしかありますまい」

「……大丈夫かよ? 籠城とかした方がよくねえか?」

「籠城は得策ではありません」

「……そうか?」

 そこまで、軍事的な知識などがあるわけではないが、普通に考えて城壁に寄ってそこを登攀してくる敵を迎え撃った方が効率はいいだろう。

 さらには、部下たちの戦力を勘案すれば、正規軍相手に互角に戦えるとは思えない。野戦になれば、あっという間に、ガリガリ削られて残っているのは自分だけ、ということになりかねない。

 さすがに、自分があれほどに手傷を負ってしまったのは、背後などの死角からの攻撃のせいであることは、背中に刻まれた多くの痛みによって嫌でも理解させられている。

 だだっ広い所に一人だけになって囲まれたら、例え敵が親衛隊よりも一枚二枚強さにおいて劣る連中であっても危うい。

「出撃の準備をせよ」

 という老人の言葉に、部下たちは顔を見合わせた。彼らとて、自分たちの実力は正しく認識している。ヴェスカウ伯爵家の軍隊に対抗できるとは思っていない。

 ならばせめて籠城で――という気持ちは、彼らとて同様であった。

 ちらり、と老人が視線を投げてくる。

 意図は察することができる。自分の――魔王の方から直々に命じてくれ、ということだろう。

 これまでも、魔王の腹心として振る舞う老人に対して、本当にそれでいいのかと部下が疑問を呈したことは無いわけではない。

 その際には、魔王から「その通りにしろ」と命じていたのだ。

 それを、期待しているのは明白である。

「んー」

 だが、こちらの意識が既に昔日と同じものではない。

 異世界から人間を連れてくるような大魔術師である老人に全幅の信頼を、というよりかはなんとなく言う通りにしときゃいいだろうと思って従ってきたが、それに彼自身が疑問を感じまくっていた。

「だけど、外に出たら囲まれちまうだろうがよ。向こうの方が数多いんだろ?」

 老人は、魔王が自分の言うことに拒絶を示したことに軽く驚きつつも、籠城の不利な点として敵の増援を挙げた。

 エスティア伯の率いる五千の軍が接近してきていることは、老人が放ったスパイからの報告で情報を得ていた。もっとも、それを最後に連絡が途絶えており、おそらくはスパイに使っていた連中は見切りをつけて逃亡したと思われたが。

 それが到着し、包囲網が分厚さを増せば、突破はかなわなくなる。あくまでも籠城をして撃退するのも不可能だ。相手は決して小さくはない王国なのだ。その気になれば包囲は解かぬまま城攻めを中断して、さらなる増援を送ることができる。

 今しか、まだしも敵の数がそれほどでもない内にしか、突破する望みは無いと老人は力説する。

 その中にも、巧みにもう事態がこうなってしまった以上、お前らは魔王様に着いていくしかないのだぞ、お前らだけで伯爵家の軍と戦えまい、という部下たちへの半ば脅迫めいた言葉が混ぜ込まれている。

 部下たちは、親衛隊との決戦の時に死んだ仲間たちと同じ、前からも後ろからも死が迫る状況に追い詰められていた。

「わしら、ここまで着いてきた以上、最後まで魔王様に着いていきますから」

 意を決したように言ったが、だから見捨てないでくだせえという媚びは隠しようがなかった。

 それに、せいぜい頼もしげに頷きを返しつつ、いざとなったら――いや、別にいざとならなくても必要に応じてこいつらは捨てよう、と思う。

 それほど堅固でもない砦で敵軍に囲まれている、しかもあちらはこちらを完全な賊と見做していて降伏など許されず、生け捕りにされようものならば凄惨な極刑が待つばかりという状況に彼らを連れてきてしまったことへの責任なんかは、微塵も感じていない。

 なるほど、我は魔王なり、世界を支配する手始めにヴェスカウ伯爵の領内で暴れ回るから従え、と言われて、ひたすら正規軍などとは戦わずに旅人や隊商を襲って糊口をしのいできた盗賊山賊連中が、なんでそんな無謀なことに加わらねばならぬのだと難色を示したのを、圧倒的な力を見せつけて何人もむごたらしく殺して無理矢理に従わせたのは確かに自分である。

 だが、最初はあくまでもそんなことをしたら、軍の討伐を招いて皆殺しにされるという打算で気が進んでいなかった連中も、破竹の勢いで街を攻め落とし、殺戮凌辱略奪を思いのままにする快感を経験してからは、大乗り気で、むしろ魔王への恐怖を自分たちがふりかざし、利用していい目を見てきたのだ。

 そもそも、賊なのは間違いなく、元から悪党だったのだ。

 責任云々を感じて、あいつらのために何か骨を折ってやるなどとは考えんでいいと強く思っていた。

 部下たちにいつでも出撃できるように準備を命じて去らせてから、老人は耳打ちしてきた。

「あいつらにはああ言いましたが、この状況です。おそらく何人も生き残れますまい」

「ああ、だろうな」

 と、言いつつ、いささか滑稽に感じていた。

「陣形としては、魔王様が先頭に立って進み、その後に他の者が着いていくということになります」

「ん、まあ、それしかねえだろうな」

 敵の陣を突破するのには、どうしても自分が先頭に立たねばなるまい。他の連中では突破口を作るどころかそのまま押し返されてしまいかねない。

「連中は、魔王様が敵を倒してくれるからその後に続けばよい、と思うでしょうが……」

 老人の考えでは、あくまでも連中は盾だ。

 伯爵と親衛隊との戦いで痛感させられたのは、いかに魔王が強いと言っても所詮は背後や側面などの視界の外からの攻撃には対処ができないという当たり前と言えば当たり前の事実である。

 そこを部下でカバーする。敵を防げ、とは言わない。敵に殺される際に多少は抵抗して時間をかけさせればよい。

 先の戦いでの最大の失敗は、まずは部下たちを、そしてそれが戦意を喪失してからは魔王が一人で、といった具合にこの二つの戦力を別々に戦わせてしまったことだ。

 最初から、魔王が五千人の部下の先頭に立って戦えば、部下の体そのものが壁となってそうそうすぐには魔王の背後や側面は敵に暴露せず、その間に魔王が敵を倒しその数を減らすことで、もっと容易く勝利することができたはずなのだ。

 それが、老人が得た戦訓であった。それにそれなりの理を認めたので、魔王はそれでよしそうしようと頷いたが、やはり滑稽さを感じるのをどうしようもできなかった。

 老人はどうするのかと問えば、彼はなけなしの馬に乗って魔王のすぐ後ろに従う、と言うのだ。なるほど、確かにそこが一番安全な場所だろう。

 老人の口振りから、部下たちを所詮は捨て石と割り切って見下している感は拭えない。そして、自分はそうではなく、作戦方針を考案する参謀として、魔王にとって必要不可欠の存在であると、別に殊更思い上がっているというふうでもなく、ごくごく自然に思っているのが、滑稽であった。

 もう、魔王を止めて剣闘士になろうとしている自分にとっては、老人など不要――どころか、下手に色々と知っているために積極的に抹殺したい存在であるというのに。

「うん、よし、お前の言う通りにしよう」

 それを悟られぬよう、精一杯に信頼しているぞという顔で、言った。


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