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だまされた

 悠然と構えていたところ、死体がどんどん積み重なっていった。

 目に見えてぶち当たった所の人数がガリガリと減っていくので、大丈夫か、と老人を見ると、真っ青な顔をしていた。

「逃げる奴は、おれが直々に制裁すると言ってこい」

 近くにいた者に言いつけて、走らせる。

 一皮むけば、いや、むかずとも魔王軍の兵士たちはただの盗賊である。

 一方的に劣勢となって死体の山が築かれれば、抗戦を諦めて逃げるであろうことは容易に想像がつく。

 それをさせぬためには、恐怖で背中を押してやる以外に無い。

 長鑓を振り下ろしてくる親衛隊に向かうことは死ぬことに等しかったが、背中を魔王の制裁というこれもまた死そのものに痛烈に叩かれた兵士たちは、進む以外に無くなった。

「よし、よし」

 逃げ腰の者がいなくなったのを遠望して、魔王こと山崎雄平は満足げに頷いた。これならば勝てるだろうという見込みと、なによりも自分の言葉が軍勢の端々にまで威令として行き渡るサマを見て、快感を覚えていた。

 やがて、やられる一方だった形勢に変化が生じた。きらびやかな軍装で一目でそれと知れる親衛隊の死体が地に転がり始める。

 百人ばかり死んで、残り二百となったところで完全に勝利を確信してますます悠然と部下たちの戦闘を眺める。

 その時、既にこちらも相当の被害を受けていたが、後は圧倒的に有利になるだろうと思っていた。

 二百が百になった辺りで、あいつらこのまま押し切られるんじゃなかろうなと心配になってきた。

 やがて、親衛隊が数えるほどになり、部下たちもあからさまに当初の十分の一ぐらいに激減した。三十人ぐらいと五百人ぐらい……これぐらいなら、なんとかなるか、なにしろあっちは疲労しているし、さすがに戦闘態勢を維持できているものの、無傷の者はほとんどいない。

 それに比べて、こちらの五百人は後方にいて全く戦っていなかった新規兵力だ。

 勝てるだろう。

 しかし、随分と兵士が減ってしまった。

 まあ、それも問題あるまい。ヴェスカウ伯爵を討ったことが知れたら、またどこからともなく傘下に入りたいというのが湧いてくるだろう。

「あ? 何してんだ、あいつら」

 だが、その期待に反して、残った部下たちは敵に向かわずに、こちらにやってきた。

「お前ら、逃げたら殺す、と言ったはずだぞ」

 不機嫌さを隠さずに、むしろこれ見よがしに表面に出して言うと、約五百の顔がことごとく蒼白となったが、それらはやはり敵に向かわずに、その場で下を向いた。

「ああん?」

 揃って土下座するのを見て、不機嫌さを増した声を上げながら、悟らざるを得ない。

 こいつら、本格的に折れやがったな――

 このままでは私ら皆殺しにされますお願いします――と懇願しつつも、もうどっちにしたって死ぬんなら今すぐ殺せ、もう絶対に戦わんと居直っている気配すらある。

「魔王様……」

 老人が、背後から声をかけてきた。

「不甲斐なきことですが、どうかお助けを……私も、伯爵と親衛隊がここまでやるとは思っていませんでした」

「まあな……」

 強い強いと聞いていたが、三百で五千相手にあそこまでやるとは思っていなかったのは魔王も同じである。

「さすがに、一兵もいなくなると色々と不便です。それによく考えてみれば、伯爵は魔王様の手で討ち取った方が雷名が轟きましょう」

「ふむ、なるほどな」

 考えてみれば、今まで自分が力を示してきたのは雑魚ばかりである。

 ここで伯爵と親衛隊二、三十人ばかりを一人で倒せば部下どもはいよいよこのお方は人間を超えたまさしく魔王だと畏敬するであろうし、その噂が広まれば減ってしまった兵士を補充するのにも役に立つだろう。

「しょうがねえなあ」

 かったるそうに、承知すると、部下たちは感動のどよめきを上げた。死なないで済みそうなのだから感動もする。

 ガンを飛ばしながら、歩いていく、やや後方にいる老人がヴェスカウ伯爵その人であろう。

 さすがに歴戦の武人だけあって、老いてもそうとは思えぬ眼光の鋭さである。おそらく元の世界で出会えば、なんだジジィやんのかコラとか強がりながら一喝されたら逃げ出していただろう。

 だが、自分の強さを理解し、すっかり自信を深めた今、全くなんの恐れも感じない。

 伯爵の周りを固める連中も、見るからに強そうなのはわかるし、揃って敵意のこもった視線を投げつけてくるが、心にさざ波すら立たぬ。

 自分の方が強い、という確信に裏打ちされて揺るぎ無く、軽いとすら言える調子で歩いていき、その途中で落ちていた血に染まった鑓を拾った。

 適当に、ぶん回した。

 一人、二人、三人と倒れていく。

 なぁにが精鋭だ。親衛隊だ。他の連中と変わりねえじゃねえか。

 驕りが、歩を進めさせたが、もちろん驕っているとは思っていなかった。

 自分と敵の位置関係など考慮せずに、目についた者を叩いた。鑓だが、斬るとか突くというのは意識もしない。ただ、長い棒として振り回した。

 背中に痛みが生じて、飛び上がった。

 痛みに喉の奥から悲鳴が漏れるのを押さえながら、やはり親衛隊というだけあってそこらの奴らよりゃ強いんだな、さすがに無傷とはいかねえってことか……などと、一応それなりに余裕を保っていた。

 その余裕も、保持できたのは少しの間だけであった。

 主に背中に増えていく傷と、自分の力に驚愕し恐怖していた連中の顔が、妙に落ち着いたものとなり、それが自分を取り囲んでいるのを意識すると、狼狽が――否定しようのないそれが心に波を立てた。

 なるほど、奴ら、なんらかのコツを掴んだか戦法を変えたか知らないが、ただ一方的にやられるばかりではなく、こちらに手傷を負わせるようになってきた。

 だが、押されっ放しだったのが、やや押し返したというに過ぎない。

 一人、また一人と、こちらは傷を負っているだけなのに、それと引き換えに奴らは死体になっている。決して、優位になったわけではないのだ。

 それなのに、恐れも迷いも消えて晴れやかにすら見える顔で自分を囲んでいやがる。

 どっちを向いても、そんな顔があった。

 イラついて、前にいる奴を叩いてやろうとすると、後ろや側面から斬り付けられる。

 傷が、段々と深くなってきているのに、嫌でも気付いていた。

 奴らの踏み込みが深くなってきているのだ。いつから? もちろん、あいつらがあの顔になってからだ。

 だが、もちろん負けるつもりはなかった。

 ほら、もうあと少しだ。

 それに、この戦いを見守っている五百人ばかりの部下もいる。いざとなれば、こいつらが突っ込んでくるだろうから――いや、いや、おれ一人で十分。

 おれは、魔王だぞ――

 もう、数えるほどしかいない。

 ちょうど、目の前に何度か斬りつけてくれた男がいる。いい加減に顔を覚えてしまったが、周囲の人間の態度などを見るに、そいつは伯爵と思われる老人を抜かせば、この中で一番偉い人間のようだ。

 よし、こいつを殺って――

 ずぶり――と。

 右の脇腹に、入ってきた。

 深い。異物の侵入箇所は、そこ自体が痛みそのものと変じたかのように、熱い激痛が生じた。

 その、熱が、かなり深くまで侵入してきている。

 夢中で鑓を右に振った。そちらをろくに見もしなかったが手応えはあった。

 ざまあみろ、と嘲弄しようとして、前方で動いた気配に怖気を感じてそれどころではなくなっていた。

 おそらくは、隊長クラスの生き残りと思われるあの男が、全身を預けるように突いてきた。

 咄嗟に、顔、心臓などへの攻撃が来ると思い、上半身が仰け反ったが、攻撃は下方に来た。

 鑓の穂先が、左腿を突き刺す。痛み。熱。

「てめえ!」

 夢中。無我夢中で、鑓を振った。頭を横から叩く。ぐき、と首の骨が折れたらしき音を確かに聞いた。

「へ、ざまあみろ」

 今度こそ、存分に嘲弄し、その直後に息を飲んだ。

 倒れる男の肩を踏み台にして、跳躍した伯爵が上から鑓を突いてきたのだ。

 首に、痛み、熱――やべえ、首を、やられた、やべえ――

「クソジジィが!」

 鑓を振った。老体が飛ぶ。

 もう、気を抜かなかった。まだあと、何人か、片手で数えられる程度だが、残っていたはず、もう気を抜かねえ、もう――

 傷を増やされながらも、残りも打ち倒し、膝をついて荒く呼吸をする。思っていたよりも苦戦し、傷付いたが勝った。

 おれは、魔王だぞ――

 喘ぎながら、地面を見ながら、思った。何かが動いた音がしたのはその時だった。

 そちらに目をやって、愕然とする。

 死んだと思っていた伯爵が立ち上がっていた。

 しぶといジジィだ――

 なんとか、こちらも立ち上がる。――が、体が、動かない。まずい。ここに、思い切り心臓にでも攻撃を喰らったら、危ない。

 だが、伯爵もまた、その姿勢のまま微動だにしない。

 どうやら、彼もまた、立ち上がるだけで精一杯だったと見える。

 だったら、やっぱり勝ちだ。

 ほら、足音が近付いてくる。ジジィはもう一人だが、こっちにはまだ五百人も部下がいるのだ。

 やってきた部下たちが、大勢で四方八方から一斉に打ち掛かって伯爵を討った。

「よし、首を獲れ!」

 老人が、高らかに命じる。それに従って伯爵の首が刈られ、それが掲げられると歓声が沸いた。

 それは、確かに勝利者たちの行為であり、昂揚感もあった。

 だが、その凱歌は、どこか虚ろなのが否めなかった。

 老人が指示を出し、それに従って簡易の担架が作られ、それに乗せられる。

 辛くも――当初の楽勝違いなしという予想を大いに裏切って多大な犠牲を払っての勝利と言えど勝ちは勝ちだ。かの武名も高きヴェスカウ伯爵を討ち、親衛隊を全滅させた。大勝利と言っていい。

 なのに、付きまとうこの虚ろさはなんだろう?

 担架で揺られながら、それをひしひしと感じ、不思議に思っていた。

 答えは、すぐにわかった。

 自分を見る部下たちの顔で、目で、それをわからされた。

 どことなく、醒めた目。

 夢から――酔いから――醒めた、と言いたげな目。

 恐怖で従えてきた部下たちだが、決してそれだけではなかった。彼らは、確かに自分たちの仰ぐ者が人間を超越した存在だと認め、恐怖とは別に純粋に崇拝する気持ちも持っていたのだ。

 それが、消えている――少なくとも、魔王はそう思った。

 なんだその目は、おれは魔王だぞ――とは、思わなかった。

 ああ、うん、そうなんだ。

 おれは、魔王なんかじゃなくって、山崎雄平っていうケチな男なんだ。

 或いは――最も醒めたのは、彼自身だったのかもしれない。


 落とし、占拠し一日か二日いただけで後にした小さな砦に、魔王とその軍団は戻ってきた。

 なんでこんな所に、とは思ったがわざわざ聞かなかった。

「却って、このような目立たぬ場所の方が傷を癒すにはよろしいかと」

 聞かなかったが、老人がわざわざやってきて言った。

「思わぬ痛手を被りましたが、魔王様が健在なれば、なにも問題はございません」

 熱っぽく、老人は言った。

 それに、ああ、とか、うん、とか気の無い返事をしつつ、不思議そうに見ていた。

 なおも、熱意というか、魔王への崇拝の念を捨てていない老人が、いささか滑稽に見えていた。

 こいつは、まだ魔王とか世界を支配とか、考えているのか、と。

 他の盗賊上がりの連中や、なんだったら魔王自身が熱狂から醒めているというのに、この老人一人がまだ熱い。

 老人は、そのことはわざわざ言わなかったが、おそらく脱走が相次いでいるだろうなというのはわかっていた。

 脱走する連中の言い分も手に取るようにわかる。

 魔王と名乗るに足る人間を超越した存在だと思って着いてきたが、どうもそこまでではなさそうだ。このままここにいたら討伐を受けて皆殺しになってしまう。逃げるべきだ。

 ヴェスカウ伯爵の親衛隊を一人で十人二十人と倒したのだから、強いことは間違いはないが、それで自分も半死半生になっているのだから、そこまで超絶的な、それこそ一人で国を滅ぼせるほどの存在ではない。

 伯爵と親衛隊は、この世界でも最精鋭の軍隊と言ってよいが、突出して最強というわけでもない。他にも、これに匹敵する武勇を誇る精鋭部隊はいないわけではない。

 強いことは強いが、魔王だの世界を支配だのはいくらなんでも高望みが過ぎてただの無謀である。

 と、まあ、そんなところだろう。

 よくわかる。彼自身が、そう思っていたからだ。

 そして、思考の行き着く先は、

 だまされた――

 という強い思いである。

 魔王だのなんだのと吹き込まれて、実際にそれが上手く行っているように見えたためにすっかり乗せられてしまった。

 ――あのまま死んでいたらよかったのか?

 という問いには、否だ。あんな死に方は嫌に決まっている。

 ――こっちの世界でなんの苦労もなく手に入れた今の力は要らないのか?

 という問いには、否だ。こんな凄い力、絶対に手放したくない。

 ――それじゃあ、それらは老人のおかげなのだから、感謝すべきでは?

 と、思わないこともないのだが、そのおかげでこんな状態になっているのだから、一応感謝はするが、一応するだけだ。

 大体、老人だって自分を純粋に助けようと、善意でやったことではない。

 自分を利用して世界を支配し、それを成し遂げた暁には大功労者として世界を統べる副王として君臨するぐらいのことは目論んでいたはずだ。

 だが、そのアテは外れた。

 自分は、そこまで強いわけではなかった。

 もう、そんな途方もない夢を見るのは止めよう。

 で、止めてしまえば、視界が明るく開けていく。

 強いことには違いないのだ。そんな大それたことを考えずに生きていくのならば、いくらでもいい思いはできる。

 もう少しで、親衛隊と戦って傷付いた体が完全回復する。そうしたら、さっさとこの砦を去る。もちろん、一人でだ。老人も部下も知ったことか。

 老人に、はっきりともう魔王だのなんだのは止めてこっちの世界で生きていこうと思うと告げようかな、とは考えたには考えた。

 だが、それを躊躇わせるのが老人の熱である。

 こいつは、まだ魔王だの支配だのの夢を見続けていて、自分が回復したら性懲りもなくそれに邁進するつもりだ。

 どうせ、言ったら反対されるに決まっている。なにしろ、自分をこちらの世界に呼び出した張本人だ。もしかしたら、逆に元の世界に戻すことができるかもしれない。

 もう、元の世界には戻りたくない。

「となると……」

 魔王……いや、山崎の眼光が獰猛さの光を帯びて輝く。

 ただ逃げても、老人が追ってきてあの手この手で再び魔王として担ごうとし、それができなければ元の世界に戻してしまう、という懸念はある。

 そんなことを恐れてビクビクして暮らすのは嫌だ。

 その不安を根から絶つには――

「やるしかねえ」

 そうだ。あの老人を殺すのが一番確実だ。

 もう、やるとなったら有無を言わさず問答無用でさっくりと殺るべきだ。元の世界に戻したり、或いはそれ以外のなんらかの魔法を使うにしても、発動までに時間がかかるはずでいきなりの奇襲には対応できまい。

「魔王様」

「ん? おお、なんだ?」

 沈思して身じろぎもせずにいると、少女が声をかけてきて、意識が引き戻された。

「お師匠は、凄い魔術師なのです」

「は? え? ああ、そうなんか」

 突然、突拍子もないことを言い出したな、と思い、少女をまじまじと見るが、真剣そのものの表情である。

 この少女のことは、身の回りの細々としたことを世話してくれる、視界にちょこちょこと出入りする存在として認識はしていたが、いつしか魔王としての自覚が強まるにつれて一人の人間である、という意識が限り無く希薄になり、そこにあって色々してくれるものという以上には思っていなかった。

 それでも、最初に、まだこちらの世界に来たばかりの時に、身の回りの世話をしますと紹介された際に、いったいこいつは老人のなんなのだという問いは発して、弟子であるとは聞いていた。

 ここに担ぎ込まれて、さあ治療だとなった。当然、彼としては異世界から人間を連れてくるような凄い魔術師である老人が、強力な治癒魔法を施してくれるものだと思っていたし、深い傷も、それならばすぐに、それこそ元の世界では何カ月も入院が必要な傷も、驚くぐらいの短時間で治るのだろうと期待していた。

 だが、そこで治癒魔法を使ったのは、老人ではなく、この少女であった。

 少女は、治癒魔法がそれほど得意というわけではなく、傷の治りは遅々としていた。

 二人とも、当たり前のようにしているが、ちょっと待て、である。

「いえ……治癒魔法は、使えませんので……」

 少しきつく言うと、さすがに老人はバツが悪そうに言った。

 愕然とした。

 それ以上は、何も言わなかったが、要するにこいつは大した魔術師ではないのだ。実のところ、

 だまされた――

 という思いを強く深く抱いたのは、この瞬間であった。

 それまでは、この老人は大魔術師なのだと思っていた。それだからこそ、言われるがままに従っていたというところもある。

 魔王だの、支配だの、そんな話を真に受けたのも、実際に我が身に備わった凄まじい身体能力とともに、この老人が異世界から人間を召喚するという離れ業をやってのける存在だから、というのが大きい。

 少女に対して、はっきりそう言ったわけではないが、態度や言葉の端々から、彼の老人に対する軽視を感じたのだろう。

 弟子としては、師匠は凄いのだ、と弁明をしたくなったに違いない。

「は? だって、治癒魔法が使えねえんだろ? お前が下手なりに使えるってことは、そんなすげえ難しいんじゃないんだろ? ってことは、大したことねえってこったろう。大体、弟子が使える技を師匠が使えねえってのがおかしい」

 一気に思うところをまくし立てた。言っていて、でも確かに、異世界からの人間召喚なんていかにも治癒魔法なんかより凄そうなことをやってはいるんだよなあ、と思う。

「お、お師匠は、特化型なのです!」

 少女は、縋り付くように、どうか理解して欲しいと懇願するように言った。

「ああ? 特化ぁ?」

「そうなのです」

 と、少女の語るところによると、魔術師の才能の中には何か特定の方向に特化したそれがある。

 わざわざ特化型と呼ばれることからお察しはつこうが、逆にそれ以外については全く駄目なことが多い。

 老人が使う異世界から人を連れてくることなどは、できる人間はこの世界に数えるほどしかいない大魔術である。

 異世界への干渉の魔術はそもそもが希少中の希少の才能であって、元々溢れんばかりの魔術の才能を持って産まれた上にそれを絶え間なく鍛え上げ、さらにそれが特化し、他を犠牲にしなければ、できるものではない。

 つまりは、老人が初歩の治癒魔法すら使えないのはそういうわけなのだ。

「ふぅん、まあ、わかったよ」

「わかっていただけたようで、なによりです」

 魔王様が、お師匠のことを理解してくれたという嬉しさにほっとして、少女は言った。

 だが、まあ、そこんとこについての理解はしたが、じゃあどうするかと言ったら方針は変わらない。

 傷が癒えたら、去る。その際に、あのジジィは殺す。

 どうやら、師匠である老人を心から尊敬しているらしいこの少女については、全く考えていなかったのだが、一瞬、

 こいつも、殺すか――

 と思った。

 別に放っておいても何も影響は無かろうと思っていたが、ここまで師匠を慕っている以上は、それを殺した自分に対して復讐者と化してつけ狙ってくるのではないか。

「まあ、大丈夫だろう」

 すぐに、頭を振って打ち消した。あの老人を殺すのは、もしかしたら呼び出したのとは逆に、元の世界に戻すこともできるのではないか、という危惧のせいだ。

 今聞いたように、才能がある上にそれが特化していないとできないことを、この少女ができるとも思えないし、普通に復讐してくるのならば、どうってことはない。なにしろ、自分が強いのは間違いないことなのだ。

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